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新訳・白雪姫

「鏡ー私キレイでしょ??」

やや圧のある声が、今日もまた振りかけられる。

「ええ。今日もとってもおきれいで。」

機嫌を損ねないように、細心の注意を払ってそう返す。ここまではいつも通りだ。でも―――。

「やっぱ世界でいちばんも私よね。」

この質問には、本当に、本当に答えがたい。

『鏡のルール』

その1
持ち主の質問には必ず答えなければならない。

その2
自分の意思を表現してはいけない。

その3
質問には、真実をこたえなければいけない。

こんなルールがなければ、こんなに苦しいこともなかっただろう。

でも、言うしかなさそうだ。

「世界でいちばんは、、、女王様ではありません、、、、」

怖い。怖い怖い怖い。

妃の顔が、一気に怒気の含まれたものに変わるのがわかる。

「ふざけるなっっっっ!!」

ドシャッ

飛び散った汁で視界が狭まる。

多分、かじっていた林檎を投げつけでもしたのだろう。

「いちばんは誰だ、、?答えろ!答えろっっっ!!!!」

「いちばんは、、、白雪姫です、、」

「どんなやつだ!!!どこにいる!!!!!!」

人間であったのならば、やれやれと呆れて返事もしないところだが、鏡ということでそうもいかない。

「これが白雪姫です。東の村にいます。」

端的にそう告げて、白雪姫を鏡に映しだす。

「こんな小娘が?世界一だと???ふざけるな!!おい、猟師を呼んで来い。今すぐ。」

だんだんと怒気の強まってきた妃に心底恐怖を覚えながらも、彼に王城に来てくれと伝達する。

やや戸惑っていたが、すぐに準備を終えて家を出たあたり、いいやつだなとは思う。

ガチャリ

数分ほどたった頃だろうか。彼が息をぜえぜえきらしてやってきた。

「遅いっっっ!」

妃は、彼が来るやいなや、持っていたトマトを彼に投げつける。

「す、すみません。今回は、何用で?また王城周辺に鹿が出ましたでしょうか?」

トマトをぶつけられているのにもかかわらず、謝罪の言葉が出る彼にはやはり心底感服する。

俺が人間だったら、間違いなく帰るだろう。まあ、あとのことはちょっと怖いけど。

「こいつの、心臓をとって来い。」

妃は、低く、どす黒い声でそう彼に告げた。

うすうす考えてはいたが、まさか本当に実行に移すとは思わなかった。

彼がごくりとつばを飲み込むのが見える。

数秒沈黙が続いたのち、彼は覚悟を決めた目で返した。

「わかりました。場所は、東の村でいいんですよね。」

「はやく行け」

はい、と小さくうなずいて、最後に一礼をして、彼は王城から出て行った。

***

はぁ、はぁ、、

彼の荒い息が聞こえる。

鏡とは言えど、実は相手の映るものにだったらどこにでも行ける。

今は、彼のひとみにこんにちはしているところだ。

それにしても、何かおかしい。

こっちは、東の村の方向ではない。どっちかというと、東の森の方だ。

彼に限って、道を間違えることはないと思うし。

ガサッ

目の前の茂みが揺れ、鹿が出てくる。

「本当に、すまない、、。」

彼の表情を確認しようと鹿に移ったとき、彼の悲しげな、申し訳なさげな表情と、向けられた猟銃から出てくる銃弾が目に飛び込んできた。

一時、何が起こったのか信じられなかった。

突如、視界がぐらんと揺れ、上を向いたまま動かなくなった。

上に人影がぬっとあらわれる。

それが彼だと気づくのには、そう時間はかからなかった。

彼の目に映ると、鹿が、鹿の腹が切り裂かれていて、臓器がむき出しになっていた。

「すまない、本当に、本当にすまない、、、」

何度も何度も謝りながら心臓を取り出す彼の行動に、心底感銘を受けた。

そういえば、前の鹿騒動のときも、始末しておきます、とあの妃に言った後、森に返していた。

猟師とはいっても、彼は動物のことを大切に生きているんだなと、あらためて気づかされた。

***

「持ってまいりました。」

妃は、鹿の心臓をもってやってきた彼を、今度は怒鳴りつけることなく、「今日は家に帰ってゆっくり休みな。」と優しく言って家に帰した。

「フンフフンフフーン」

妃は上機嫌で鹿の心臓を鍋に入れて煮込んでいる。

「これで、私が世界一。ざまあみろ白雪姫。あははははははははwwwwwwww」

狂ったような妃の笑い声は、一夜中王城に響き渡っていた。

「鏡ー世界で一番きれいなのは誰?まあもちろん私よねーー。」

早朝、開口一番そう聞いてきた妃に、本当のことをこたえるしかなかった。

「世界でいちばん美しいのは、白雪姫です、、、」

そう返された妃は、上機嫌のにこにこ顔から、だんだんと怒気を含んだ顔に変化して、最後に、吐き捨てるようにこうつぶやいた。

「猟師を、よんでこい。」

「妃が、呼んでます。」

彼にそう告げると、彼は神妙な面持ちでうなずいた。

「逃げてもいいんですよ。王城なんていかなくていいです。」

そう説得しようとすると、彼は諦めたように首を振った。

「わしは、罪のない鹿を手にかけてしまった。あとももう長くない。せめて罪を償わせてくれ、、。」

そんなことを言う彼に、かけることのできる言葉なんて見つからなかった。

ガチャリ

王城の扉が開くと、間もなく彼は警備に取り押さえられた。

「てめえ、騙しやがったな。」

妃の声にも、彼は反応しない。

「たった今から、お前を処刑する。」

「、、、」

「私をだました罪は重い。ただ、誠意を見せて謝るというのなら、生かしてやらないこともない。」

「、、、」

沈黙が数十秒続いたのち、妃は吐き捨てるように「つれていけ」と警備に指示すると、自分も服装を整え、王城から出て行った。

「こいつは、私の命令に逆らい、何を言っても反応をしないという重大な罪を犯した。よって、ただいまからこいつを処刑する。」

妃は、大勢の群衆の前で高らかにそう宣言した。

群衆は静まり返っている。

その静けさの中、彼は自ら処刑台に登り、すべてを受け入れたかのように正座のまま微動だにしない。

そこに、処刑人がカツカツと歩み寄る。

パァン

乾いた音が、さわやかすぎる青空のもと、響き渡った。

私は知っている。彼が処刑された銃は、彼が愛用していた猟銃であったことを。

―――――――

「今、白雪姫はどこにいる?」

猟師が処刑されて5日後、妃は聞いてきた。

「まだ引きずってんのかよ」だとか、「めんどくせえ」だとか言いたかったが、あいにく鏡のルールがあるからそれはできない。

「まだ東の村にいます。」

正直に答えると、妃は部屋に戻り、数分後、黒いマントに身を包んで、王城を出て行った。

流石にこれは気になる。

俺は、一足先に東の村に向かうことにした。

「白雪姫ー。料理ちょっと分けてくれない?」

「わかりましたー」

「白雪姫ー、あとでうちにきてくれー」

「わかりましたー」

協会の窓から町全体を見渡してみるが、改めて白雪姫の美貌と、その人望の厚さに尊敬する。

あの妃とは違って、変に美しくあろうとしない、内から出る美しさみたいなものがある。

多分、妃はそこが気に入らなかったんだろう。

しかし、初めて東の村に来てみたが、ここは村人が異様に小さい。

言うなれば、そう、小人のようだ。それに、今見た限りだと、村人は白雪姫も含めて8人だけ。しかも、白雪姫以外は全員小人のようで、男性だ。

そんなことを考えながら村を見渡していると、妃があらわれた。

バスケットにリンゴがいくつか入っている。

「あらこんにちは、お嬢さん。」

妃は、白雪姫を見つけるやいなや白雪姫に近づいて行った。

「こんにちは」

「この真っ赤なリンゴはいかがですか?」

いかにも怪しげな妃に、白雪姫はやや戸惑いながら応答した。

「すみません、私、今お金がないんです」

「ああ、お金ならいりません。お嬢さん、おきれいですから、サービスに一つ、どうですか?」

断ろうとした白雪姫に、妃はさらに追い打ちをかける。

「じゃ、じゃあ、いただきます。」

押し切られるような形で白雪姫は赤リンゴを受け取り、満足した妃は帰って行った。

なんだったんだろう?と白雪姫の顔に書いてある。

ぜったいに赤リンゴを食べるなよ、と言いたいが、鏡のルール2に反するため、それはできない。

「美味しそうだなー」

純情な心を持つ白雪姫は、そのリンゴを一人で食べる、なんて考えはなかった。

リンゴをもって家に帰ると、ものの数分でリンゴを切って、7人の小人たちを集めたのだ。

「これ、知らないおばさんからもらったんです。みなさんにもおすそ分けです!」

白雪姫は元気よくそう言うが、小人たちは心配そうだ。

「これ、毒とかないよね?」

「大丈夫大丈夫。じゃあ、一番に私が食べるから、見ててね。」

元気にそう言った白雪姫は、自分の皿の上のリンゴを一気に食べ切った。

もぐもぐとほおばる姿が、やはり可愛い。

しかし―――――

「んんんん、んんんーーーー」

白雪姫は、喉をおさえて突如苦しみだした。

「やっぱり毒か、、?毒があったのか、、、」

「ああ、どうしようどうしよう。食べさせるべきじゃなかった、、、」

小人たちがおろおろしている間に、白雪姫は草むらに倒れこんだ。

白雪姫の突然の死に、小人たちはおいおい泣きじゃくった。

自分に責任を感じるもの、今までの行動を悔やむもの、白雪姫への思いを明かすもの。

悲しみ方は三者三様でも、白雪姫を思う気持ちは、7人とも一緒のようだった。

葬儀はその日のうちに行われた。

白い棺に白雪姫を寝かせ、村で一番大きい建物である協会の真下に棺を置いた。

夕日が沈むころ、小人たちはまだ悲しみに暮れ、棺の前でおいおい泣いていた。そこに、1匹の白馬と、それにまたがる若い男があらわれた。

「この村に、とても美しい方がいると聞いたのですが、会うことは可能でしょうか、、、」

その青年は馬から降り、小人のうちの一人に尋ねた。

その小人は泣きはらした目をこすって、「その方は、何者かに殺されました、、」と答えた。

「もしかして、、この方が白雪姫、ですか?」

小人たちは何も言わずにうなずく。

青年は何かを察したのか、それ以上小人たちに何も聞かず、代わりに棺を開いた。

そして、白雪姫の頭を持ち上げ、キスをした。

その時だった。

「あれ?私、、、、?」

白雪姫は目を覚ました。

小人たちも、今さっきやってきた青年までも目を丸くして驚く。

そして、白雪姫が生き返ったことに喜び合った。

それはのちに、「王子のキスで白雪姫は生き返った」という伝説ができるほど、大きな出来事だった。

それは真実ではないのだが、、真実を知っているのは俺だけでいい。どうせ俺も、あと数分ですべてが終わるのだ。

ふと意識が現実に戻った俺は、シンとした王城の中を見渡す。

白雪姫が倒れたのは、実は、『リンゴが喉に詰まった。』ただそれだけのことだった。

王子が顎を持ち上げた時、リンゴがつっかえていた喉をするりと通り抜け、呼吸の戻った白雪姫は息を吹き返した。ただそれだけのことだったのだ。

しかし、数時間も無呼吸だったのに生きているのはさすがに人間であるかを疑うが。

ファーストキスを王子に奪われた白雪姫は、怒るどころかどんどんと王子に惹かれていき、今では結婚して2人で仲良く暮らしている。

一方の妃は、リンゴを与えた日を境に姿を消した。

俺は妃がリンゴを与えた時、妃を疑った。「この世で一番醜いのは?」と聞かれたら、迷わず「妃です」と答えられる地震があった。

しかし、妃は普通のリンゴを渡しただけだった。

結局のところ、いろいろ言われているが、妃は何もしていない。

あの真っ赤なリンゴは、妃なりの白雪姫への未練の捨て方、なのかもしれない。

ああ、想い出にふけっていたらもうそろそろだ。

あの時間が、やってきそうだ。

カチッ

長針が7を指したとき、俺、ガラスは、粉々に砕け散った。

今日は、あの猟師の命日。5年前、あの猟師が殺された日だ。

鏡のルールは4つある。

その1
持ち主の質問には必ず答えなければならない。

その2
自分の意思を表現してはいけない。

その3
質問には、真実をこたえなければいけない。

そして、その4
以下のルールを1つでも破ると、5年後に死ぬ。

本体である鏡が割れることは、鏡にとって死を意味する。

それは落として割られることもあるし、持ち主が衝動的に割ることだってある。

4つ目のルールを知ったのは、白雪姫が王子と結婚した、ちょうどその日のことだった。

しおり