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Layer29 朝食

 姫石の電話のせいで完全に目が覚めてしまった俺は朝飯を食べることにした。

 低血圧のせいで朝が弱い俺は朝食をあまり食べることができない。
 ふらふらと歩きながら朝食の用意をするためキッチンへと向かった。
 いつもは朝の弱い俺に代わって母親が用意してくれるのだが、あいにく出張のため自分でやるしかない。
 コーヒーを淹れるための水を沸かしている間にパンとヨーグルトの準備をする。
 量が少ないとは自分でも思うが、こればっかしはしょうがない。
 これでも良くなった方だ。
 昔は一口も食べれなかった時の方が多かった。

 せいぜい5分くらいしか掛からない朝食の準備を終えて、俺はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。

「いただきます」

 誰もいない家の中で俺はそうつぶやいた。
 この言葉に実質的意味なんてものはない。
 食材となった自然の恵みへの感謝の意味として誰もが物心ついた頃から教わってきたと思う。
 もちろん俺もその中の一人だ。
 では、もしこのことを誰もが一切教わっていなかったらどうなっていたのだろうか。
 教わっていなくとも自ずから自然の恵みへの感謝を表現していたのだろうか。
 それとも一種の洗脳のようなもので、教わっていなかったら自然の恵みを感謝するという感情は発生しないのだろうか。
 そんなことを考えながら俺はコーヒーをすすった。

「……」

 やっぱり化学室で八雲に淹れてもらったコーヒーの方が旨く感じたな。
 人間が情報として認識できる情報はあいまいなものだな。
 八雲に淹れてもらったコーヒーも今飲んでいるコーヒーも同じ銘柄のインスタントコーヒーなんだけどな。

 片手でくわえたパンを手にしたまま俺はもう片方の手でテレビのリモコンを手にした。
 テレビをつけると朝のニュース番組がやっていた。
 そのままチャンネルを変えずにテレビのリモコンをダイニングテーブルの上に置き、かじったパンをコーヒーと一緒に口に流し込んだ。

「中国でも本日から5日間の大型連休に入りました。延べ2億6500万人が移動するということです。北京駅は大きな荷物を抱えた旅行客や帰省客で溢れていました。北京を出発する高速鉄道はほぼ予約で埋まっているということです」

「アメリカの大統領補佐官は中国が台湾への軍事圧力を強めていることについて習近平国家主席は台湾への圧力強化を外交政策の核に据えたと分析し、台湾の防衛能力強化に向けた支援を続ける考えを強調しました。また中国の侵攻を防ぐためインド太平洋地域の各国が懸念をより高め台湾の安定について声を上げる必要があると述べました」

「今日未明、東武蔵市の7階建ての建物から48歳の会社員の男性が転落死しているのが見つかりました。警察は飛び降り自殺とみて捜査を進めています。東武蔵市の7階建ての建物で50歳ぐらいの男性がうつぶせで倒れているのを建物の職員が発見し119番通報しました。男性は病院に運ばれましたが死亡が確認されました」

「全国の天気をお伝えします。予想天気図を見ていきましょう。今日は低気圧や前線の影響によって西日本や東日本、東北のエリアでも傘の出番となる所が多くなりそうです。九州エリアでは雷を伴ったり、激しい雨にも注意が必要です。その後、前線低気圧はだんだんと東へと移動していきます。中国、四国、近畿エリアでもだんだんと雨が降り出しそうです。また東日本エリアでも日差しが届いていますがお天気は下り坂、雨が降りだす所が多くなっていきます」

 天気予報まで見て、俺はテレビを消した。
 食べ終わった食器をキッチンの流しへと持っていき、そのまま食器を洗った。

 朝のやることを一通り終えて俺はソファに寝転がった。
 いつもなら足が少しソファからはみ出てしまうはずが、今はぴったりと収まっている。
 期待はしていなかったが、一晩経ったからといって体が元に戻ることはなく姫石の体のままだった。

「さて、どうすっかな~」

 入れ替わりという現象についての情報を収集はしたいが、こんなこと小説とかにしか載ってなさそうだしな。
 科学的な面からは八雲が調べてくれるみたいだからそこは良いとして、俺はどうやって情報収集をしようか。
 やっぱり、入れ替わりを題材としている作品でも探してみるか。
 フィクションだとはいえ何かしらヒントがあっても良い気がする。
 見込みはかなり薄いが何もしないよりはマシだろう。

 とりあえず図書館にも行ってみるか。
 そう思い外へ出かけるための洋服に着替えようとクローゼットを開けた。
 ……
 そういえば、俺が姫石が着れるような服を持っているはずがなかった。
 母親の服を借りるという選択肢はないことにはなかったが、女子高生に母親の服を着させて外を歩かせるのは服装に年齢差がありすぎて無理があった。
 そんなわけで制服を着る一択だった。

 俺の学校が制服のある学校で良かったとここまで強く心の底から感じたのは初めてだった。

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