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03 ブービートラップ

【ブービートラップ】

「クワッカァ、ドゥードゥルドゥー、コケッコォ~」
 雄鶏が朝を告げると、私の頭の中にある歌のフレーズがぽっかりと浮かんだ。
――ボンジョルノ ミア マァ~ドレェ~――

 翌朝、私は日が昇って直ぐに『常闇の迷宮』に入った。今回の目標は迷宮の3階層付近に繫茂している薬草の採取で、この迷宮は既に12階層までが冒険者によって攻略されている。

 ところで冒険者はより深い階層に潜るために、大抵複数の冒険者がパーティを組んで行動している。パーティは前衛に、戦士、武闘家、侍、泥棒(シーフ)のような、攻撃力、守備力、回避力、索敵能力が高いジョブの冒険者を配置し、その後衛には、魔法使い、僧侶、召喚士、弓使いのような魔法や飛び道具によって、前衛の支援を可能とする職業が配置されるのが基本とされている。
 長い時間ダンジョンに潜って探索を続けるためには、パーティ構成のバランスが特に重要となってくるようだ。

 一方、私は常に一人で迷宮探索を行うようにしている。
 私は神聖なる白魔法――聖魔法――が使えるので、少し位の怪我や暗闇を気にする必要がない。聖魔法の中でも、ヒール(治癒)、ホーリーライト(神聖光照)、プロテクション(物理障壁)、リフレクション(魔法反射)と言った魔法は、私が好んで常に使用している魔法である。
 それだけでなく何故か私は、黒魔法とは似て非なるアップルパワー(林檎引力)を使える。

 つけた名前は可愛いがチート過ぎるダークパワー(暗黒力)、つまりそれがアップルパワーである。
 アップルパワーは応用次第で如何様にも使え、私の持つ21世紀の知識と合わせることにより多彩な攻撃を可能としている。
 もしかすると錬金術――鉛を金に変えるような原子核中クオークの再構成――さえ実現可能かもしれないが、取扱うエネルギーがでか過ぎて何が起きるか分からない。何はともあれ安全第一主義の私には、鬼が出るか蛇が出るかといった危険な実験は恐くてできはしない。
 ともかく過ぎた力は使わずに隠しておくのが身のためで、それこそが自由を謳歌するための秘訣だと思う。能ある鷹は爪隠すと言った諺もあることだし、他への情報漏洩は最小限に留め置くべきだ。

「きゃぁぁぁ~、やめてぇ~」
 迷宮の3階層辺りをちょうど探索している時に大きな叫び声が聞こえた。私が急いで声のした場所へ駆けつけると小さな魔物の影が2つ見えた。

「あっ、誰かがゴブリンに襲われている!?」
 ゴブリンはそれほど強い魔物という訳ではないが、4歳から5歳の人族の子供と同じ位の知能を持っている。器用に武器や道具を使って集団で獲物を狙うのでちょっと厄介な魔物だ。

 一人の子供がゴブリンに襲われて迷宮の壁の隅に追い詰められていた。
「あの犬耳……どこかで見た覚えがあるな? あの絶体絶命の女の子は……私を魔獣の魔の手から救ってくれた……フィーアか!?」

「い、いやっ、こないでっ――だっ、だれか、だれか助けてぇ~」
 フィーアは大声で泣き叫んでいたが、幸いにも命に関わるような大きな怪我はしていないようだ。
 ゴブリンたちは錆びついた片手ナイフを手にして、獲物の悲鳴を楽しむかのようにフィーアにじりじりと近づいている…………。
 
『ダダダダダッ――ザザザッ~シュシュッ、ブッブ~ン』
 私はゴブリンたち後ろからその間に滑り込むと、両腰から双節揚焼鍋(パンチャック)――フライパンのようなヌンチャク――を抜いて各々の小鬼の顔面に同時に叩き込んだ。

「エックス打ち~!」
『パッカァァァ~ン』
 迷宮中にフライパンを打ち鳴らすような金属音が響いた。
 ゴブリンたちはドロップアイテムの赤魔石を残して、黒紫色の魔素となって迷宮の宙に消え去った…………。

 迷宮の中で発生した魔物を倒すと、その強さに応じて魔石やドロップアイテムが残り、その身体は黒紫色の魔素となって消滅する。
 ゴブリンに限って話をすると、小鬼は倒されると赤魔石だけを残す。赤魔石は最も階級(クラス)が低い魔石で、ゴブリンがドロップアイテムを落とすことは十中八九あり得ない。
 フロアボスやダンジョンボスならば、より高位の階級の魔石やドロップアイテムを落とす確率がうんと高くなるのだが、ゴブリンは数も多くかなり弱い魔物なのでそれについては全く期待できない。

 魔石は一番低いクラス(階級)から、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、白の順に高い階級へと上がっていく。
 これは虹の色の並びによく似ていて大変興味深い。ちなみに、虹が七色であるとする説の起源は、物理学者ニュートンが活躍していた300年前のヨーロッパまで遡る。

 彼の物理学者ニュートンは、『万有引力の法則』という力学の研究において最高に有名な科学者であるが、光学の研究においても其の実とても有名な科学者である。彼は分光学の研究において、可視光の色を音階に準えて虹の色を七色に決めたと言われている。

 ニュートンが活躍していた時代は音楽も学問のひとつであり、音楽と自然現象を結び付けることはとても大切なことと考えられていた。彼は『赤・橙・黄・緑・青・藍・紫』を『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ』といった具合に考えて、科学と音楽を上手く結び付けていた。
 
 ついでながら浅い階層のフロアボスは黄魔石、深い階層のフロアボスは青魔石、ダンジョンボスは藍魔石か紫魔石というのが魔物の階級の目安である。
 紫魔石の階級の魔物の討伐となると、ゴールド等級の所属する冒険者パーティあるいはミスリル等級の冒険者でないと、そのクエストの達成は難しいとさえ言われている。

「あああ、ダッ、ダイサクさん? あ、ありがとう…………ぐすっ」
 フィーアはぷるぷる震えながら半べそをかいていた。
「フィーア、どうして君はこんな危ない場所に居るの?」
「き、昨日の夜からお母さんのお熱が下がらないの……それで一人で薬草を採りに来たの……家にはお薬を買うお金もないし……前にも何回か薬草を採りに来たことがあるから……ごめんなさい……」
 フィーアは尻尾を股の間巻込んでしょぼんとしている……。

 こちらの世界では、鶏肉、魚、野菜などの食料品はめっぽう安価だが、薬、ポーション、毒消しなどの医療品はたいへん高価だ。
 フィーアは何度も迷宮に来ていたのだろう。そして、彼女は過去の成功体験によって危険に慣れて危険を危険と認識する力が麻痺してしまい――ちょっとだけよぉ~薬草好きねぇ~――そんな軽い気持ちで繰り返し迷宮に立ち入っていたのではないだろうか。

「もう二度と迷宮に立ち入っては駄目だよ!』
 私がそうフィーアに強く言い聞かせた。
「はっ、はい、ごめんなさ~い、ううぅ」
 フィーアは垂れ垂れのしっぽで返事をした。
 厳しいかも知れないが、フィーアが自分の身を自分で守れるようになるまでは、命を落とさないように迷宮には近づかない方が身のためだ!

「それじゃあ~今から一緒にお母さんの薬草を探そうか♪」
 私は流し目でにやりと笑ってフィーアに声を掛けた。
「いっ、いいの……一緒に薬草を探してくれるの!?」
 私を見上げるフィーアの顔にぱっと笑顔が戻り、ぶんぶんと嬉しそうに左右の尻尾を大きく振った。
 その時だった――

『シュィィィィィ~ン』
 突然、フィーアの足元に魔法陣が浮かび上がると光輝きながら回転を始めた――
「フィーア!」
 私はすかさず彼女の手を取って彼女を魔法陣から引き離そうとしたのだが、時すでに遅しく2人は一緒に別の場所に飛ばされてしまった……。

◇◇◇

「……ん……こ、ここは何処だ?」
 周囲を見渡すと、私たちの周りには安物の装備品がごろごろと転がっていた。また、空間の中央部は巨大な濃い緑色の植物に占有されていた。
「ブッ、ブ~ビ~トラップ!?」
 私は即座にそのような判断を下した。というのもその巨大な植物からは尋常ではない量の禍々しい魔素が溢れ出ていたのだ。
 多数の冒険者たちは装備品だけを残して、この怪物に食べられてしまったのだろうか……。

「フィーア……大丈夫!」
「……うぅぅぅ~ん」フィーアは気を失っているのか返事をしない。
 程なくしてその巨大な植物はゆっくりと動き始めた。そしてたくさんの触手が四方八方に開いたかと思うと、本体の中央から真っ赤な5枚の花弁を持つ大きな一凛の花が出現した。その花弁は死肉に似た色彩や質感を持ち、白色のまだら模様が不気味で気色悪かった。

「……この汲み取り便所のような腐敗臭は……ラフレイシアか!」
 ラフレイシアは植物の魔物の中でも、最強の魔力を持っている危険な魔物だ。間違いなく落ちている装備品は、犠牲となった新米冒険者の持ち物だったのであろう。
 それにしても初心者用の迷宮の階層において、選りに選ってラフレイシアのような特級の怪物と遭遇するとは――なんとも運が悪い――
 
「プロテクション!」
 私は聖魔法を使ってフィーアに物理障壁をかけると、両腰からパンチャックを抜いた。

「フゥォアァァァァ~」
 私はこれからの未曽有の戦闘に備えて、息をゆっくりと吐いて呼吸を整えると、ラフレイシアに対して体を正面に位し、足を大きく開いて両手を真っ直ぐ前に突き出して構えをとった……。

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