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02 ライトニングラビット

【ライトニングラビット】

 私はナバルの町から少し離れた草原に来ている。
そして、私の周りをさっきから電光石火の如く私の周りを駆け回っている魔獣がいる。

「ライトニングラビット(雷角兎……獲物だ!」
 雷角兎は地面に穴を掘っていくつもの巣穴を作り、その巣と巣の間を駆け回っていた。

「……よしよし、けっこうな数がいるな」
 ライトニングラビットは非常にすばしこくて、追いかけられても人に捕まることが殆どない。
 捕まることがないので、人目につくところでも堂々と自由気ままに活動している。
 こうした背景から雷角兎は順調に繁殖していて、個体数も増え続けているらしい。

 私は1匹のライトニングラビットにずきゅんきゅんと狙いを定めると、林檎引力(アップルパワー)を解放してぐんぐんと徐々に出力を上げていった。
 ここで一気に出力を上げなかったのは、獲物が潰れて金色の毛皮や琥珀の角が台無しになるのを避けるためだ。
 アップルパワーによって獲物の動きは段々と遅くなり、最後にはぴたりと止まり、それから先は全く動かなくなった。ライトニングラビットは私の巧みな林檎引力の操作によって地面にしっかりと縛りつけられた。

「細工は流流、仕上げを御覧じろ」
 私は腰からパンチャクを抜いて、さっと獲物に近づいた……。
「このあんぽんたんがぁ~、アチョオォォォ~」

『パッカァァァ~ン』
 ライトニングラビットの横つ面をはたき気絶させた。
 それから紐で四足をしっかり縛って先ず1匹目の獲物の捕獲に成功した。

『ライトニングラビット~、打ち取ったり~、えいえいお~』
 嬉しくて思わず心の底で叫び声を上げていた。

 その後同じ方法で残り2匹を捕まえた後、私は早々に冒険者ギルドに戻ることにした。
 獲物を探し出し捕まえる時間よりも、ナバルの町から草原を往復する方に却って時間を費やしてしまったが、3時間で3匹の獲物の捕獲に成功したことを考慮すれば、まあまあのタイムパフォーマンスだろう。

 私は冒険者ギルドに到着すると、さっそくライトニングラビットのクエストの達成を受付のアイリさんに伝えた……。
「えっ、ライトニングラビットですね。もう捕まえて来られたのですか? それも殺さずに……生きたままの捕獲なんて……どのように捕まえられたのでしょう!?」
 アイリは少し驚いた表情をして捕獲の方法を聞いてきたが、私はポーカーフェイスで答えた。
「秘密でお願いします」
「失礼しました。獲物の捕獲方法は他人に教えてはいけない冒険者の秘匿情報の一つですね……それでは獲物を査定してきますので……暫くお待ちください」
 アイリはそう言うと、そそくさとその場を立って裏の事務室に消えた。

 …………、暫く待っていると、アイリが受付に戻って来た。
「お待たせしました。ライトニングラビットの状態がとても良かったので、査定の結果は金貨3枚となりました。これで宜しいでしょうか?」
「はい……ありがとうございます」私は両手で3枚の金貨をありがたく受け取った。
 
 こちらの世界で流通している通貨は金貨と銀貨が主流になっていて、金貨は10,000円相当の価値、銀貨はその1/10の1,000円相当の価値となっている。 
 その他には白金貨――金貨10枚と等価交換されている私たち凡人には滅多にお目に掛かることのない貨幣――10万円相当の大変価値の高い通貨だ!

 それぞれの地域に限ってしか使うことができない大銅貨や銅貨もあり、大銅貨は10枚で銀貨1枚、銅貨10枚で大銅貨1枚といった具合だ。大銅貨は100円、銅貨は10円の価値しかなく、町や村によって大銅貨や銅貨は使えなかったりする。

 兎にも角にも、日本育ちの私には異世界の物価は非常に安く感じる。普通の宿であれば、一泊二食付きでも銀貨2~3枚もあれば泊まれるからだ。

 冒険者ギルド一押しの宿――星の砂――に向かう前に、私はクエストボードを確認することにした。
 しかしながら、クエストボードに貼られているクエストの全てを、誰もが自由に受けることができるという訳ではない。というのも、私は現在の冒険者ランクがアイアン等級なので、アイアン等級のクエストまでしか受けられないのだ……。
 他の上位等級の冒険者とパーティを組めば、その上位等級者が受けることができるクエストを受けることができるが、当面の間は単独でクエストを熟そうと考えている。

 冒険者の等級はクエストの達成度と冒険者ギルドへの貢献度によって上がっていく。
 冒険者見習いの『ウッド』を経て、『アイアン等級』、『ブロンズ等級』、『シルバー等級』、『ゴールド等級』、『ミスリル等級』の順に段階式に等級(ランク)は上がっていくが、一般の冒険者はブロンズ等級止まり、上手くいったとしても精々シルバー等級止まりだ。
 従って、僅かしかいない『ゴールド等級』の冒険者に、普通の冒険者がお目に掛かることなんて殆どないし、ましてやこの世界に8人しかいない『ミスリル等級』の冒険者の方々については、本の中の文字でしか見たことがない…………。

 ちなみに、ミスリル等級の冒険者たちは途方もない戦闘力と経験値を持って、人込みに紛れて人知れずひっそりと暮らしているようだ。
 詳しいことは良く分からないけれど、ミスリル等級の冒険者たち8人の通り名が『冒険者ギルド大全』の冒頭に記載されている。
『氷笑のルナ』、『炎将軍サンバルガン』、『海王ポドン』、『竜巻のバハム』、『金剛阿吽』、『勇者アキラ』、『幻影のオコン』、『漆黒のメーテル』……。

「漆黒のメーテル……メーテル……絶対に違うよなぁ~」私は思わず呟いた。
 先生のパートナーの名前も『メーテル』だ。だけどメーテルさんは、優しくて、おしとやかで、戦いとは全くと言っていいほど縁がない人――私にとって正に理想の女性だ――

 先生に限界までしごかれていたあの頃、メーテルさんの優しさと美しさは神以て反則だった。
 加えて料理も絶品で筆舌に尽くしがたく、メーテルさんの必殺アイアンクロー攻撃で、私の胃袋はいつも鷲掴みにされていた。カレー、鶏の唐揚げ、ハンバーグ、オムライス、ロールキャベツと懐かしい思い出の味が勢ぞろいのオンパレードだ!

 しかしながら、一つ腑に落ちない点がある。メーテルさんが私に振る舞ってくれた懐かしい料理の数々を、私は今回の道中で一度も見たことがないのだ……。
『なぜだろう、なぜだろう、ライライ、ララィ、ラァ~イ』

「…………メーテルさん……今頃、何食べてるのかなぁ~」
 私は真ん丸のお月様を見ている気分で色々と想いを馳せていたのだが、真四角のクエストボードに目を遣ると直ぐに現実に引き戻された……。

「ブラックバッファローの討伐クエストかぁ~この辺にしておくかな……」
 ブラックバッファローは、肩高150センチ、体重60キロ、黒く厚い皮膚に水牛のような大きな2本の角を持った闘牛だ。その鍛え抜かれた赤身肉はとても味わい深く高値で取引されている。
 私はブラックバッファローの討伐を選択肢の一つとして考えていたのだが……。
 
「う~ん、やっぱりこっちにしよう」
 私は『常闇の迷宮』へ下見に行くことを優先して、アイリに『薬草の採取』という初心者向けのクエストを持って行った。
「……承知しました。薬草採取のクエストですね。薬草はダンジョンの3階層付近に繫茂しています。迷宮に深く潜れば潜るほど、魔素は濃くなり魔物も強くなっていきます。ですので……命を落とさないように注意してくださいね……」アイリは笑顔で言った。
『落命とは! 私はさらっと物凄い警告を受けてしまった』

「ご忠告、ありがとうございます。安全第一で薬草を採取して参ります」
 私は冒険者ギルドを後にしてアイリに紹介してもらった宿――星の砂――に宿を取り、翌日の『常闇の迷宮』の探索に備えることにした……。

 私にとって異世界の夜はとても長い、未だ夜が短い初夏なのに既に長く感じてしまっている。だから、ゲームやテレビのない異世界の秋の夜長を迎えるのが恐ろしい。
 おまけに私は酒が得意ではない。酒が好きならば夜の暇な時間をつぶすのも訳ないだろうが、酒を飲むと直ぐに顔が赤くなるし、アルコールの影響で頭がガンガンしてしまう。先天的に酒が体に合っていないので酒は大嫌いなのだ。ゆえに私はこちらの世界でも殆ど酒は飲んでいない。

 そんな訳でここでの夜の楽しみと言えば、たわいない曲を作って歌ったり、自作のギターで音楽を奏でることだ。
 ちなみに、私が今使っているギター(五絃琴)はウクレレと変わらない寸法で、通常のギター(六絃琴)と比べると少し小さいけれども、その音は高級アコースティックギターに勝るとも劣らない。
 私は隣の部屋に大きな音が飛んで漏れないように、遠鳴りではなく傍鳴り用の羊の腸で作った特製の弦を張って、異世界で一人音楽を楽しんでいる……。

 私はクラッシック音楽や民族音楽の曲が好きなのだけれど、特に好きなのは自分が辛いときに勇気づけられる曲たちだ!
「君にも見え~る――青い星ぃ~ 遠く離れて――異世界ひとりぃ~ 魔獣退治に命をかけて――燃える膝が敵を打つ~ アップルパワーを操って――帰って来たぞ――帰って来たぞ――ダイサクマ~ン♪――」
私はいつものように適当な歌を口遊みながら、深い眠りに誘われていった…………。

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