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第三十三話 「虚勢」

 ()(しげ)る巨大な木から頭一つ抜けた大男が、しゃらく達の前に出て来る。その大きさ、大男のウンケイでさえ、まるで子供に見えるほどである。腰には巨大な大剣を提げている。
 「ハハハハ。偽もんだとぉ? 俺様は十二支(えと)将軍の一人、“(うし)酒呑童子(しゅてんどうじ)”だ。生意気なガキだぜ」
 酒呑童子はボリボリと腹を掻いている。
 「十二支(えと)将軍がこんな辺鄙(へんぴ)な山を寝床にするかよ」
 ウンケイがニヤリと笑う。
 「てめェ! お(ちょう)ちゃん達に謝れ!」
 しゃらくは鼻息を荒くしている。
 「あぁ〜? 何言ってやがる。一体何だてめぇらは。まあいいか。どうせ殺すんだ、自己紹介は要らねぇな」
 そう言うと酒呑童子は、腰に差した巨大な刀を抜く。刀はボロボロに刃こぼれしており、所々が()び付いている。
 「汚ねえ刀だな」
 ウンケイが薙刀(なぎなた)を向ける。その刀部は、水に濡れたようにピカピカで刃こぼれなど見当たらない。
 「ハハハ! 分かってねぇな! この切れ味の悪さがいいのさ。綺麗(きれい)に斬れねぇからな、敵が痛がる顔を(さかな)に呑むのさ」
 酒呑童子が、大きな刀をしゃらくとウンケイに向ける。
 「悪趣味な野郎だぜ! おいニセもん! てめェがお蝶ちゃん達にした事許さねェ! 覚悟しろ!」
 しゃらくの体中に赤い模様が浮かび、筋肉が増強し爪や牙が伸びる。
 「おぉ神通力(じんつうりき)使いか。ハハ! 珍しいもん見たぜ」
 「ガルルル」
 シュッ!! しゃらくとウンケイが一気に距離を詰める。酒呑童子も巨剣を振りかぶる。ガキィィン!!! 酒呑童子の刀をウンケイが薙刀で止める。
 「うっ!!」
 しかしその威力凄まじく、ウンケイはたちまち吹き飛ばされる。
 「おらァァァ!!」
 すると、酒呑童子の頭上からしゃらくが飛びかかる。ズバァァァ!! 鋭い爪で酒呑童子の体を切り裂く。しかし酒呑童子は怯まず、足を振り上げる。ドォォォン!! 着地したしゃらくをすかさず蹴り飛ばす。
 「ハハハ!! 大した事ねぇ! 虚勢(きょせい)を張りやがって! 誰に喧嘩(けんか)を売ってんだ!?」
 それぞれ吹き飛ばされた二人が、むくりと体を起こす。
 「いててェ」
 「流石(さすが)にあのデカさじゃ力が強ぇな。お前の爪もあいつの皮膚(ひふ)じゃ(かす)(きず)程度だ」
 二人は立ち上がり、土埃を払う。
 「てめぇら程度じゃ相手にならねぇぞチビ共! 俺は生まれて一度も負けたことがねぇのさ! 相手が悪かったな! ハハハ!!」
 酒呑童子が高らかと笑う。
 「う、嘘よ!!」
 すると突然、木陰に隠れていたお蝶が叫ぶ。酒呑童子としゃらく達が一斉にお蝶を見る。これにはお蝶に抱かれたブンブクも飛び上がりそうになっている。
 「あぁ? ・・・てめぇは生贄(いけにえ)の娘じゃねぇか。こんなとこにいやがったのか」
 酒呑童子がギロリと睨む。お蝶はビクッと一瞬固まる。
 「お蝶ちゃん何してんだァ!?」
 「・・・!?」
 しゃらくとウンケイも突然のことに驚く。
 「・・・負けた事がないなんて嘘よ! あなたは一度、私たちの村に来た旅のお方に、コテンパンにされて逃げたじゃない!!」
 「っ!!!」
 お蝶の言葉に、酒呑童子が顔を真っ赤にし汗をかく。
 「その方が去った後、またのこのこやって来て、同じことを繰り返し、今度は村の人たちの命まで危険に晒した! 私はお前を許さない! 私はこの人達に()けた! 私もしゃらくさん達と戦うわ!」
 そう言うとお蝶は前へ出る。
 「てめぇ! ベラベラと喋りやがって、よっぽど死にてぇらしいなぁ!!」
 酒呑童子は今にも噴火しそうなほどである。
 「わァっはっは!! お蝶ちゃんよく言った! おれ達に任せとけ!!」
 しゃらくが再び構える。ウンケイもニヤリと笑い、薙刀を構える。
 「ガルル! お蝶ちゃんには指一本触れさせねェ!」
 シュッ! しゃらくが酒呑童子に飛びかかる。
 「おらァァァァ!!」
 ダダダダダダ!!! 酒呑童子のでっぷりと()えた巨大な腹に、しゃらくが拳を連打する。一方で攻撃を受けている酒呑童子はニヤニヤと笑い、まるで効いていないようである。
 「おいおい、そんな攻撃が俺様に効くと思うなよ」
 酒呑童子が頭上に刀を振りかぶる。しゃらくは気付かずか、連打を続けている。
 「あの馬鹿野郎!!」
 ウンケイが駆け出す。
 「ねずみが! 死ねぇ!!」
 ガキィィィィン!!! ウンケイが刀を受ける。
 「何!?」
 自分の攻撃を防がれ、驚く酒呑童子。尚もしゃらくは酒呑童子への攻撃をやめない。
 「ウンケイありがと!!」
 「うるせぇ! さっさとしろ!!」
 「おらァァァァ!!!」
 すると酒呑童子の顔が段々と引き()り始める。どうやらしゃらくの攻撃が徐々に効き始めているようである。
 「ゔぅぅ・・・」
 怯んだ酒呑童子へ、すかさずしゃらくが拳を振りかぶる。
 「倒れろ!! “無爪猫拳(くろねこ)”ォォォ!!!」
 ドォォォォン!!! 酒呑童子の巨大な腹をしゃらくがぶん殴る。その勢いに、酒呑童子が後方へふらつく。
 「ゔっ・・・!!」
 すると、いつの間にか酒呑童子の後方へ回り込んでいたウンケイが薙刀を構えている。
 「行くぞしゃらく!!」
 「おう!!」
 酒呑童子が目を丸くし脂汗をかく。酒呑童子の前方でしゃらくが脚を振りかぶり、後方ではウンケイが薙刀を振りかぶる。
 「“蹴兎(しゅうと)”ォォォ!!!」
 「“三日月(みかづき)”!!!」
 バゴォォォォン!!!! 前後からの攻撃に酒呑童子は気が飛びそうになる。
 「ぐはぁっっ!!!」
 酒呑童子が血を吐き、その巨体が膝を着く。
 「げ! まだ倒れねェじゃん!」
 「丈夫だな」
 酒呑童子の前にしゃらくとウンケイが立つ。その後ろで、お蝶とその腕に抱かれたブンブクが見つめている。
 「・・・畜生(ちくしょお)ぉ。いでぇ・・・」
 酒呑童子が手を着き、肩で息をしている。
 「なァお前、なんで酒呑童子と名乗ってんだ?」
 しゃらくが問う。すると、酒呑童子がしゃらくをギロリと睨みつける。
 「・・・へっ。クソ生意気なガキだぜ」
 そう言うと酒呑童子がゆっくりと立ち上がる。
 「お前らこそ何者だ?」
 酒呑童子がニヤリと笑う。すると、しゃらくもニヤリと笑う。
 「おれ達は天下を取りに行くんだ」
 その言葉に、酒呑童子はおろか後ろのお蝶までもが驚く。
 「だぁっはっはぁ!! 何を取るだと!? 笑わせるな!」
 酒呑童子が大笑いしながら、のそのそとしゃらく達の方へ歩いて来る。しかし、しゃらくとウンケイは微動だにせず酒呑童子を見つめている。
 「どうしようもねぇ馬鹿共に、一ついい事を教えてやるよ」
 酒呑童子がしゃらく達の前で立ち止まり、屈んで嘲笑(あざわら)うように顔を近づける。
 「確かに俺は“(うし)の酒呑童子”じゃねぇ。俺は若い頃、あの男に挑んだ事がある。そして完敗した。この俺が生まれて初めて敵わないと思ったぜ。俺はあの男を尊敬している。だから同じ“酒呑童子”を名乗ってんのさ」
 酒呑童子の話を聞き、驚くどころかしゃらくはニヤリと笑う。
 「へェ。そりゃア戦うのが楽しみになったぜ。いい事教えてくれてありがとよ!」
しゃらくが再びバッと構える。
 「そんじゃア、ここで手こずってる場合じゃねェなァ!」
 完

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