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Layer3 初対面

 人間というものは案外、反応が鈍い存在なのかもしれない。
 漫画やアニメのように主人公がラッキースケベを起こしたときに、やられた女性キャラ達は即座に反応ならぬ反撃をしていたが、現実ではそうはいかないらしい。

 見知らぬ男子にいきなり抱き着かれたその女子生徒は呆然としていた。
 目をぱちくりとした後ようやく事態に気付いたのか、

「な、な、何ですか!? いきなり!? どうして私の名前を知ってるんですか!?」

 と反応した。

「何言ってるのよ! 歩乃架(ほのか)ちゃん! あたしたち親友でしょ! 名前なんか知ってるに決まってるじゃない! 先輩後輩の関係だけど、そんなこと気にしないくらい仲いいじゃん! あたしたち!」

 その行動は、傍から見れば男子生徒が女子生徒に抱き着きながら訳のわからないことを叫んでるヤバいやつにしか見えない。
 その男子生徒は俺なんだが……
 こんなところを誰かに見られてでもしたら大変まずいことになる。
 社会的に抹殺されること間違いなしだ。

 現状を全く理解していない姫石は、そんなことはお構いなしに抱き着いたままだ。
 本当にやめて欲しい。
 このままではあまりにも危険なため、俺は急いで姫石を引き離した。

「姫石、一旦少し落ち着け! お前の体は今は男なんだ! そんな状態で女子に抱き着くのは大問題でしかない! というか俺が各方面で死ぬからやめてくれ!」

「あ~!! あたしの体! ちょっと早く返しなさいよ! 勝手にあたしの体使わないでよ!」

「それはこっちのセリフだ! お前の体は俺のなんだよ! ほれ! 見てみろ!」

 そう言って俺は姫石にスマホのインカメラを使って、姫石の顔を映し出した。

「なんで……玉宮が映ってるの?」

「俺と姫石が入れ替わっているからだ!」

「え!? もしかして、あたしの体を勝手に使ってるのは玉宮なの?」

「今さら気付いたのか!? 他に誰がいるんだよ。あと、俺だって好きに使ってるわけじゃない」

 混乱している姫石とこなんなことをやりあっていると、とうとう我慢できなくなったのか、ほったらかしにされていた女子生徒が割って入ってきた。

「あの! さっきから姫石先輩も、そ、そこのあなたも何を言ってるんですか?」

 俺を見て姫石先輩と言うということは、やはりこの子は姫石とは面識があるようだ。
 ただ、本当の姫石である方にはだいぶ警戒しているみたいだ。
 当たり前のことではあるが。

「歩乃架ちゃん、どうしてあたしのことをそんな怖い顔で見るの? そんな顔しないでよ。こないだだって歩乃架ちゃんの大切な秘密を共有した仲じゃない!」

「姫石! 話がややこしくなるから少し静かにしててくれ。頼むからこれ以上俺の体で変なことを喋らないでくれ」

「あたし別に変なことなんて言ってないの……」

「喋らない!」

「……はい」

 どうしてこう姫石は次から次へと、いろいろとアウトな発言をするのだろう。
 まさか、本当はわざとやってるんじゃないだろうな。
 それはないとは思うけど。

「とりあえず、二人とも俺の話を聞いてくれ」

 俺は今起きている状況について、先ほど立てた仮説を二人に説明した。
 正直、こんな突拍子もない仮説を当事者である姫石に言うならまだしも、第三者に言うのはそれなりにリスクがある。
 最悪、頭のおかしい人扱いされて俺と姫石は精神異常者として病院に連れていかれてもおかしくない。
 だが、このままだと俺は社会的に死ぬはめになる。
 どうせここで死ぬなら、いっそのこと病院に連れていかれるリスクをとる方がよっぽどマシだ。

 しかも、あんな取り乱した状況を見られているため誤魔化しようがない。

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「えっと……つまりは階段から落ちてぶつかった衝撃のせいで入れ替わってしまったってことですか? 本当にそんなことあるんですか?」

 俺の説明を聞いて、歩乃架と呼ばれていた女子生徒が開口一番に口を開いた。

「そう思う気持ちはわかるが、そうとしか考えられない状況が現に起きている。……悪い、ちょっと先に自己紹介をしてくれないかな? 初対面のままこんな話を続けるのはどうもやりづらい」

「あ、すみません。それもそうですよね。はじめまして、私は立花 歩乃架(たちばな ほのか)といいます。1年2組です。姫石先輩とは部活と美化委員で一緒になったのがきっかけで仲良くなったんです。私にとって姫石先輩は頼れるお姉ちゃんみたいな存在です」

「姫石が頼れるかどうかは置いといて、俺の名前は玉宮 香六(たまみや かむい)。2年3組で、姫石と同じクラスだ。こいつとは中学からの腐れ縁みたいな関係だ」

「どうしてそんな大事な部分を置いとくのよ!」

 俺が軽く自己紹介を済ませると、なぜか姫石が、俺の自己紹介を気に入らなかったのか抗議してきた。
 いくらなんでも、これで事故紹介だなんて言われる筋合いはない。
 いったいどのあたりが大事な部分なのだろう?

「そうだったんですね。あの……お二人の最初の様子を見れば嘘をついているようには見えないんですが、正直に言うと今のところ半信半疑です」

 そう申し訳なさそうに言ってきた。

「いや、こんな突拍子もない話を半分も信じてくれているだけで十分ありがたい。だが、疑いはないことに越したことはない。そうだな……えっと立花……さん?」

「あっ、呼び捨てでいいですよ。玉宮先輩の方が年上ですし。それに姫石先輩の声でさん付けされるのも、ちょっと変な感じなので」

「そ、そうか? じゃあ、立花が姫石にしかわからないような質問をあっちの俺の体の方にしてみてくれ。それで、もし正しく答えられたなら、今よりもこの話の信憑性は上がるはずだ」

「わかりました。姫石先輩にしか話していないようなことを質問すればいいんですね」

 そう言って立花は姫石の方に近づいていった。
 一瞬、ためらうような仕草を見せたが、すぐに普通になった。
 きっと抱き着かれたことを思い出してしまったのだろう。
 ……
 なんか、本当にすみませんでした。

 姫石が原因であるにもかかわらず、俺は謝らずにはいられなかった。


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