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行方


 ミルシャが細い目で近づいて来た人物を見るとそれは王だった。誰だが分かった事で警戒の目は解け、安堵したかの様に肩の力が抜ける。しかし、王がこちらに近づいて来る過程で王のマントが低木に引っ掛かり身動きが取れずにいる事に対し、困惑の表情を浮かべる。



 ガサガサと王は頑張って低木からマントを引き剝がそうとしているが段々と複雑に絡んでいき、この場に居る全員の冷たい目線が王に集まる中、ソフィエルが腰からぶら下げてる剣を抜こうとする。



 それに気が付いた王は。

「よい」

っとソフィエルに手の平を見せて止める。



 その合図を理解したソフィエルは静かに剣を抜くのを止め、そのまま何もせず見守る事にした。



 とりあえずソフィエルを止める事が出来た王は今の状況をどうする事も出来ないので、もう諦めて低木に抗うのを止める。この低木とマントを傷つける訳にはいかないので仕方なしにマントがグチャグチャの状態のまま話す事にする。

 「楽しそうだな、レイカ」

 棒立ちのまま王は不愉快と言った感じの暗い声では無く、どちらかと言うとちょっと楽しんでいるかの様な温かい声な気が何となくする。



 そんな感じの温盛ぬくもりのある声で呼ばれたレイカが王の顔を見るとその顔は作り笑顔の様なぎこちのない笑顔が見える。何せ王は滅多に笑顔を見せる事が無いので、普段とは違う王が見えて変という風に見えてしまうのかもしれない。しかし、レイカはそんな王のぎこちのない笑顔が大好きなので嬉しくレイカも笑顔になる。



「あ! お父さん引っ掛かってる~!」

 そう言いながら王のマントに指を指す。

「ださ~い! アハハ!」

そんな王の姿が面白おかしく、お腹を抑える動作で白い髪の毛が揺れ、レイカの笑い声が花園に広がる。



 ダサい王の姿とレイカの笑い声に耐えれなくなったフロンティーネもブフっと口から空気を吹き出して、そのまま笑い始める。そんな二人の笑い声が聞こえる中ミルシャはゆっくりとレイカの小さな手を取り、軽い力で手を繋ぎ王の元に近づいていく。





「おはようございます貴方様」

 王の目の前に来たミルシャは軽く一礼した後優しい笑顔を浮かべた。しかし、目の下には少しクマがあるかの様に見えるが化粧か何かで上手い事隠されていた。



「ああ、おはようミルシャ」



 王も優しい笑顔を見せるが、それはレイカに見せる優しい笑顔とは全然違っていた。この事に本人が気が付いているかは分からないがこの場にいるミルシャだけがその事に気付いていた。でもミルシャは特に気にしてはいなかった。



「ねぇソフィエル~、一緒に遊ぼ!!」

 いつの間にかミルシャの手からレイカが離れており、何処に行ったのかを見ると、ソフィエルの袖を掴みグイグイ引っ張っていた。



「レイカ様、申し訳ないのですが仕事中なので....」

っと申し訳ない顔をレイカに向けるがもう片手を誰かに引っ張られる。



「なにソフィ~そんな簡単に断ったら、もうおやつ分けてあげないよぉ~!?」

 耳をピクピク動かし、尻尾を左右に揺らしながらソフィエルの腕を元気よく横に振る。



「えぇ~....」

 そんな事を言われたソフィエルはちょっと悲しみの混じったビックリ顔を見せた。



 どうしようか困っているソフィエルを助けるかの様に、駄々をこねている二人の首元らへんの襟を力強く何者かが引っ張る。

「二人共! あんまりソフィエルさんを困らせない!」

怒鳴っているかと思うぐらいの強い言い方でリアムの声が聞こえてくる。



「いやだぁ~!」

 身体をグネグネさせながら地味な抵抗を続けているレイカは小柄なのに意外と力強く中々離れない。



「グスン....」

っとフロンティーネは口をへの字の状態にさせ、ウルウルした目でリアムの事を甘えた顔で見つめてくる。



「ぐわぁ!」

 二人を頑張って離そうとしていたリアムだったが、そんなフロンティーネの余りのあざとさに心打たれ、リアムの身体は吹き飛び宙に浮く。そして仰向けの状態で地面に倒れ、とても満足そうな顔をした後安らかに目を瞑った。





 そんなやり取りを遠目な感じで見ていた王はミルシャに喋りかける。

「....大変そう、だな」



「ええホント、元気な子達です」

 王の後ろでミルシャはメガネをクイッと上げ、何か一つの作業が終わったのか仕事をやり切った感が出ていた。

「貴方様、解けましたよ」



「おお、ありがとう」

 顔をマントの方へ向け絡まっていた低木から無事解けているのを確認した後、体を左右に動かし整える。

そして、賑やかにしているレイカ達の方を見ながらミルシャに優しく言う。

「さて、私はそろそろ行こうか..ソフィエルには『王座で待っている』っと伝えといてくれ」

 そう言いミルシャを見つめる。



「分かりました。お気お付けて」



 この時、優しさのある微笑みを浮かべるミルシャだったが、何か悩んでいるのか微かに暗い顔をひっそりと浮かべている様にも見えなくもないが、分かりにくい為その事に王が気付く事は無かった。だから、そんなミルシャに答える様に王も慣れない笑みを軽く浮かべた後、城の方へと振り返り、ゆっくり空を見ながらソフィエルを置いて王座を目指した。







 一人で王座の前の扉に着き扉を開けようとした時、後ろから珍しい声が聞こえてきた。



「あ! いた~いた」



 聞いた事のある声だがそれは普段とは違う感じで本来なら、酔っぱらっているのかもう少し気けだるそうに喋っている感じでするし、そもそもこの様な場所には普段一人ではまず来ない。そんな声だけで分かるぐらい今後ろにいる人物が明白になる。何故、その様な声になっているのか気になる王は後ろを振り返り冗談を交えながら詳しいことを聞く事にする。



「お~メリネか、どうしたこんな場所で? 城にある全ての酒を飲み尽くしたのか?」



「えっと~そういう訳じゃないんだけどさ..」

 片手を腰に当て、髪の毛を軽くグシャグシャっと手で混ぜながらメリネは冗談に対して案外真面目に答えた後、元気のない声で質問する。

「昨日の夜からさぁ、エリオ帰って来ないんだよね....。何か聞いてない? ..ですか?」



「いや、聞いてないな」

 顎に手を当て、真剣な顔で王はメリネを観察するかの様に見る。

「帰って来ないとは、どういう事だ?」



「多分、夜の警備に行ったんだと思うんだけど....」

 そう言い、メリネは下を向き始める。

「いつもなら朝早く帰って来て、私達の朝ご飯を用意してるんだ。忙しい時でも必ずあるし..でも、おかしな事に今日は何もないし、帰って来た形跡が見えないんだよ....」



「..そうか、エリオは真面目だ。仕事をサボる事も無いだろう」

 天井を見上げる王の声は至って平然としていた。

「分かった。....ガロ」

軽く頷いた後、大きな声でもなく小さな声でも無い静かな声が廊下に響く。



 声が響いてから数十秒も経たないぐらいで遠くの方からダダダという大きな足音が聞こえてくる。

そうすると王が見つめてる方向から埃を立てながら、もうスピードでこちらに近づいて来る赤髪の男が見えてくる。その音に気が付いたメリネも後ろを振り返っていた。

 まだちょっと遠いいので王が一つ瞬きをするといつの間にか男は二人のいる場所まで付いていた。そして、遅れて強風が吹き王の目の前に居るメリネが何かを避ける動作をした後、王の顔面に濡れた何かがベタっとくっついた。



「このガロ、呼ばれた気がするので只今参上しました! 何か御用でしょうか!?」

 廊下に声が大きく響き、ビシッと背筋と足を伸ばした状態で綺麗な敬礼をしながらガロは王の隣に立つ。



「....」

 顔面には生臭い何かがくっついているのに不快感を抱きながら、王は声が無駄にデカいガロに喋りかける。

「よく来たガロ。色々言いたいことはあるが、まずはこの私の顔にくっついてるのは何か?」

自身の顔面に指を指した。



「はい! 便所雑巾でございます! わたくしガロは日々お城を綺麗に保とうと隅々の汚れを許さず、精一杯に落としております! 何か問題でもあるでしょうか!?」

 脳に直接ガンガン来るような活気に溢れた喧しい声が嫌でも聞こえる。



 日々ガロと話すのを極力避けている王は今のでもう頭痛がしてくる気がしたが、それよりも話を聞いた事により今すぐにでも雑巾を何とかしなければと考えて、行動する。

「....メリネ取ってくれ」

 少し距離を取ってるであろうメリネに助けを求める。



「え!? ぃやだよ。デス」

 鼻をつまみながら引いた顔でメリネは王を見る。



「..フゥ....ガロ」

 何かを諦めた王は嫌々ガロを呼ぶ。



「はい!」

 何故かいい返事をし、王の顔から雑巾を取ると鼻からフン! っと強めの空気が出て行く音が聞こえる。その顔は物凄く満足している変な顔をだった。



 その何とも言えない顔に対して冷たい目線を送るが、自身の顔面が臭い事にショックを受け、目がピクピク痙攣し始める。

「ガロ、貴様は問題だらけだ....」

吐き捨てるかの様に王は言いだした。



「本当ですか!? ならば、ご指摘をいただければ直ちに直しますが?」



 熱意にあふれた目で王を見つめてくるので、王は眉のちょい上らへんを数本の指を当てて顔を横に振る。

その光景を見ていたメリネの口角は微かに上がっていた。それが見えた王はメリネの方を向き、慣れない微笑みをしながら優しい声で言う。



「どうだ? 少しは気が緩んだか?」



「ええ、ほんの少しね..」

 元々色白なので、メリネの顔色が良くなっているかは分からないが、さっきよりかは明るくなっていると思われる。



「??」

 何がどういう事なのか分からないガロは敬礼をしたまま素早く二人を交互に見る。



 そんな隣で動きがうるさいガロに頭を悩ませる王は質問する。

「ガロ、昨日エリオを見たか?」



「いえ! エリオ氏は非番の為見かける事は無かったで御座います!!」



「非番なのに仕事するって、ホント真面目だね、うちの弟は....」



 ボソッと自慢げに言うメリネに、王は質問を問いかける。



「仕事? エリオは何処に行くっと言っていた?」



「それが..何も聞いてないんだよね..」

 首を横にふる。



「フム、そうか」

 少し考える動作をした後、王は何かを決断したのかガロを見る。

「よし、ならば仕事だ、ガロ。エリオを探せ、あと全兵士に通達『現状の仕事を放棄し、エリオを探す事を最優先せよ』っと」



 その言葉を聞いた瞬間、更にガロの体がのけ反る勢いで背筋がビシッとなる。

「分かりました!!」

そう言い残し、またもうスピードで来た道を戻っていく。



 ガロが居なくなった後とりあえず用事が済んだのか一息つき、王に一言を言ってこの場を離れようとする。

「一応ソフィエルにも聞いてみるよ..」



「ああ、そうすると良い。ソフィエルは花園に居るぞ」



「....ありがとう、王様」

 どこか寂しそうな笑顔で感謝を告げ、去っていく。



「うむ」

 最後に見せたメリネの笑顔は表向きは落ち着いている様に見えるが、明らかに不安そうにしている面影が見え透いている。それ程弟の事を心配しているのだろうと分かる。それか行方が分からない事に対して思い当たる節があるのかもしれない。そもそも王からしたら何故行方が分からなくなったのかは知らないが、最近行方不明者が増えているという風に報告されている事が脳裏に浮かぶ。そして、この場からメリネが居なくなり、扉の前で王は考える。



(ソフィエルは知っているのか? 奴は部下の管理は徹底的にしっかりしているはずだ..。やはり信用ならんら)

 扉を開け、王の間に入っていく。

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