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後始末

(……腹ペコだ……)
 何故こんなに飢えている? 何時もなら胃袋が詰まって腹一杯の重みで目が覚めて……口に残る血の味に……やめられもしないのに、やっちまったな、なんて後悔する振りをして……。
 散らばった肉片やら骨をせっせと土ん中に埋めてる頃合だ。
 その後は二、三日仕事もせずに家の中に引きこもって、安いワインでものんでほとぼりが冷めたら何食わぬ顔で家を出るんだ……。
 なのに……なんでだ?
 腹は減ってるし、口の中に溢れて来る血は腹の中から上ってきてる、俺のだよ、俺の血なんだよな?
 死ぬのなんて初めてだから、よくわかんねーけど、たぶん死ぬ。
 右腕は動きもしないし感覚もない、腐ってんのか? ひでぇ匂いだ……。
 おまけに脚も折れてるし、何より体の中が妬ける様に熱いっ……!
 まるで毒でも飲んだみたいだ、飲んだ事ねーからわかんねーけど、飲んだらこんな感じなんだろっ?
 だったら、死んでくれよ。
 正気に戻る前に死んじまってれば良かったんだ、苦しくてたまらねぇ……。
 俺は狭い家の中で、苦しみもがく力もなく突っ伏している、誰が俺をこんな目に……。

「ほら、ここですわね。間違いありませんわ」
 この声……あいつ……生きてやがるのかっ? 俺の腹の中にいないって事はそういう事なのか?
「そうだね、続いてた血の跡がこの家で終わってる……はやく済ませよう、でも本当に準備は必要ないの? 仲間がいるかもしれない」
「いーえ、いませんわ。あなたの方が狼には詳しい筈でしょう? 狼は群れで行動するもの、狩りだってそうですわ」
「……一人で来たから仲間はいない訳か……でも僕が詳しいのは人狼じゃない普通の狼だ」
「習性は人間と……もちろん普通の人間ですわ。それと普通の狼を足して半分こ、それが人狼だとおばあさまは仰ってましたわ」
 家の前で何を話してやがる……? 俺の家の前で何をしてやがる?
「さぁ始末をつけましょう……そこまでやって狩りはおしまいですわ」
「それもおばあさんが? そうだね、どんな時も後始末は重要だ」
 後始末だぁ? 何のだよ……?

 ギィィ。

 扉が開いて足音が近づいてくる……。

 ギシギシギシ……。

「まぁ、酷い匂いですわ……あら……あらあらあら……」
俺は動かない体を無理矢理にでも動かそうと力を籠めたが、ピクリとも反応しなかった。それどころか、力むごとに意識が擦れて飛んでいく気がした。
「お嬢様……まだ生きてる……人の姿に戻ってる……純血種じゃないみたいだ……」
 ルシアンといったか……? リゼットの尻にひかれる小間使いが俺に向かって銃を構えていやがる。
「まぁそれはなんとなくわかっていましたわ。グリフと比べるまでもなく、アイツは獣が人に変化したもの……この方は人が獣に変化したから……こちらが本性」
「量が少なかったから死ねずに苦しんでいるんだね……ごめん、お尻からだと少ししか採れなくて……」
「そうですわルシアン。お尻からじゃダメですわ……。血管からでないと量は取れな……ん……お尻……お尻……あ~~~!」

 バシィ!

 何かを思い出した様にリゼットがルシアンの尻を蹴飛ばしてやがる……。こいつら何がしたいんだ?何でここに来たんだっ?
「痛いよリゼット!」
「それはこっちのセリフですわっ! あんな太いのお尻に刺してっ! 死ぬかと思いましたわっ!」
「本当に死ぬよりはマシだろっ?」
 何なんだ……。何なんだこの二人……。

「……なんなんだぁぁ…っっっ!」
 俺は最後の力を振り絞って言った。その声が室内の壁に反響して消えていく様に、俺の意識も消えていくようだった。
「ルシアン、あれをくださいな」
「うん、でももう助からないと思う……必要あるの?」
「人狼の病は感染の恐れがありましてよ……油断など不要。だから先程も言いました後始末が必要だと」
 後始末、だから後始末ってなんの事だ……?
「さぁ……終いにしましょう……ピエールこれを見て。これは一族の火と呼ばれるもの……ワタクシの血を混ぜた特別な火薬ですの」
 ピエール……? 誰だ……それは俺の本当の名じゃない……。
 見ろ? 何を見ろって?……瓶か?
 リゼットは小瓶の蓋を開けると、その中身を俺の身体に振りかけていった。
 降り注ぐ赤黒い粉が、俺の身体に触れた瞬間に発火し燃え広がる。

「ぐおおお……おぉぉぉ……おおおっっ!」
 俺は俺の身体を焼き尽くす炎に包まれながら、悲鳴を上げた。俺は俺を見下すリゼットの顔を見上げる。
 リゼットは焼かれる俺を哀れみの目で見ながら言った。
「ごきげんようピエール。次に生まれ変わったら、狼男になんかならないでくださいませ……」
 そして、二人は足早に立ち去っていく。
 俺の身体を焼く炎は床に燃え広がり、壁を伝って天井に延びていく。

「……お嬢様……これだと家ごと燃えちゃうけど……平気かな」
「この家の周りには他の家もありませんし、きっと大丈夫ですわ。でもこの街に長いは無用でしょう」
「そうだね……行こう。僕らにはやる事がある」
 立ち上る炎と煙越しに二人は消えていった。
 もう熱さも感じず……恐怖も感じず……消えいく意識の中で俺は言った。
「……ま……て、俺の俺の……名は…………」
 しかし、最後まで本当の名を口にする事はできず俺の意識は途切れた。
 俺の身体は、焼けて、焦げて、そして灰になっていった。

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