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【二十一】

 その日の昼休み、返却された答案用紙を見ながら、俺は現在の所の合計点を数えていた。満点とは行かないが、今回は十位以内に入ることができるかもしれない。入ってくれ。俺は菩薩に祈った。西園寺が走ってきたのは、その時のことだった。普段は廊下を走るなと
言っているくせに珍しいこともあるものだ。

「誉、三葉を知らないか?」
「え?」

 俺は三つのことで驚いた。一つ目は、ルイズの扮装をといてから初めて、西園寺に『誉』と呼ばれたことだ。それだけ余裕が無く、せっぱ詰まっているのだろうと分かる。次に驚いたのは、三葉君のことを『三葉』と呼んでいることだった。俺の記憶が正しければ、西園寺は三葉君のことを『砂川院』、和泉のことを『生徒会長』と呼んでいた。実は三葉君と西園寺は名前を呼び合うほど仲が良いのだろうか? 名字で呼ぶのは、西園寺なりの気遣いだったのだろうか、三葉君に対してもだし、俺に対しても。嫌、俺に対しては身バレ対策のためだろうな。そして三つ目だ。

「三葉君がどうかしたの?」
「――知らないなら良い」

 西園寺はそういうと、きびすを返して走り出した。一体何事だというのか。普段ならば我関せずの俺だが、西園寺の焦燥感がにじんでいる様子に、思わず席から立った。そして追いかけた。

「待ってよ、西園寺。何かあったの?」

 西園寺は俺を一瞥しながら、無言で風紀委員室へと入った。中には誰もいなかった。見回りに出かけているのだろう。西園寺は、勢いよく執務机に両手をついてから、俺に二枚の紙を差し出した。

「これを見てくれ」

 封筒に入っていたらしく、三つ折りの線がついていた。机を一瞥すれば、そこには封筒もある。さて、一体何事だろうか。素直に紙を見て――……思わず俺は息をのんだ。そこにはこう書いてあった。

『砂川院三葉は預かった。爆発を見たくなければ、返してほしければ十六時までに十五億円用意しろ。この事は教職員や警察には伝えるな』

 二枚目には、ドイツ語の短文のコピーがついていた。そちらには、

――Mit 16 werde ich an der blichen Stelle warten

 と、書いてあった。俺はその意味を知っていた。以前に高崎君が、西園寺に書いてもらっていた文と同じ文句で、数字だけ変えたものだったからだ。三葉君はドイツ語が読める。だとすると、この手紙で、三葉君はどこかに呼び出されたのだろうか。時刻だけが変わっているが。

 16時といえば、本日最後の授業が終わる直前だ。要するに昼休みがあけてから一時間前後だ。この学園は、一つの授業が他の学校よりも長いのである。休み時間も長いのだが。その時丁度、本日最後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

 しかしこれは一大事だ。授業になど出ている場合ではない。俺は人生で初めての自主休講を決意した。

――16時に、いつもの場所で待っている。

 そう書いてあるのだ。だが、いつもの場所とはどこだ? 最近三葉君は学校に来るようになったが、基本的に教室でしか見かけないぞ。

「三葉君の携帯は?」
「でなかった」

 番号を知っているのも意外だったが、それはどうでも良い。

「教室にもトイレにもいないの?」
「いない。心当たりのある場所には、どこにもいなかった」

 心当たりがある場所があるのか。流石は風紀委員長だ。だなんて場違いな感想を抱いたが、そんな場合ではなかった。

「高崎君には聞いた?」
「一番に聞いた。今日は休みだ。家の都合で長崎にいるらしい。連絡しても繋がらない」

 勿論、時間が変わっている以上、必ずしも高崎君の犯行だとは言えない。

「和泉は?」
「昨日からニューヨークに行っているそうだ」

 俺の考えることなど、とっくに西園寺は実行しているようだった。
 何か西園寺が思いつかないことはないだろうか。そこで俺は三つの案を無理矢理ひねり出した。

「葉月君は何か知らないかな?」
「二番目に聞いた。知らないそうだ。今探してくれている」
「侑君に、場所の心当たりとか無いかな? いろいろなところで写真を撮っているみたいだし」
「三葉のこともよく盗撮しているから三番目に聞いた。いくつかの場所を挙げてもらったが、そのどこにもいなかった」

 と、盗撮……? 侑君はそんなこともしていたのか。なんと言うことだ。将来パパラッチにでもなるつもりなのだろうか?

「そうだ、存沼は? 高崎君と仲が良かったと思う」
「そうなのか? まだ聞いていない」

 言うが早いから、西園寺が走り出した。俺も必死で後を追う。存沼のクラスを目指して走っていたのだが、存沼とは、教室に行く前に遭遇した。有栖川くんと第五音楽室前で、にこやかな顔で話をしていたからだ。仲が良くてうらやましい限りであるが、応援している場合ではない!

「マキくん、高崎君ってさ」
「高崎? 誰だそれは」

 しかし、存沼からまさかの返答が返ってきた。お前、初等部の頃、告白を相談されるほど仲が良かっただろうが! 馬鹿野郎!

 西園寺が眉間にしわを寄せて、疲れたように俯いた。西園寺、ごめん。俺もこの返答は想像もしていなかったよ……。

 それから俺と西園寺は、学園中を走り回った。初等部時代から中等部時代に至るまで、三葉君を見かけた覚えがある場所を全て見て回った。しかしながら、どこにも姿を見いだすことはできなかった。

 走りながら、俺はただの悪戯なんじゃないのかと思った。だって十五億円だぞ。いつ西園寺が手紙を受け取ったのは知らないが、とても一日で用意できる額ではない。たとえ資産があったとしても、だ。紙幣を集める余裕がないと思う。だが、爆発とは何だ。これはもう、風紀委員長として探すなどという範囲は絶対に超えている。警察の管轄だ。

「西園寺、あのさ――」
「何も言わないでくれ。三葉のことが心配なんだ。万が一のことを考えると、他に知られたくない」
「だけど……」

 ……本当に、爆弾でも爆発してしまったら、稑生の他の生徒だって被害に遭う。三葉君のことは俺だって心配だ。あたりまえだ! だが……俺にはよく分からない。俺たち二人で果たして、三葉君を捜し出すことができるのか? 時間は、刻一刻と過ぎていく。秒針の音が響くたびに、俺の鼓動は早くなっていった。容赦なく刻限が迫ってくる。そしてあっけなく、16時の十分前になった。行く当てもなかったから、結局俺たちは風紀委員室へと戻った。

 すると、それまで険しい顔をしていた西園寺が不意に無表情になった。そして深々と目を伏せ、長く息を吐いた。その瞬きの時間が、俺には悠久の時に思えるほどだった。しかし目を開いた西園寺は、それまでとは異なり、何かをふっきるかのように、すっと目を細めた。そうして――……風紀委員専用の放送ボタンに手を伸ばした。これは、風紀委員会が、全校生徒に通達を出せるようにと設置されている代物だ。え? 何をするの?

『たった今、俺は風紀委員長を辞める』

 ――え? 俺には西園寺が何をしたいのかよく分からなかった。脅迫文には、風紀委員長を辞任しろなどとは書いていなかったのだから。話している西園寺と、響いてくる放送が、俺には残響して聞こえた。

『すぐに出てこい。場所は分かるだろう。五分以内に来い』

 五分て……この広い学園で? それに西園寺は、相手がこの学園の生徒だと確信しているのか? 理由は? なんで? まぁよくは分からないが、これで三葉君が無事に見つかるのであれば、良いだろうか。そしてなるほど、自ら風紀を乱すような放送を流したから辞任したのだろうな。

『そうでなければ――……この学園の全校生徒・教職員の家族が持つ企業、勤める企業の株を全て買収する。その金で身代金を払おう』

 ――!? しかし続いた言葉に、俺は目を見開くしかなかった。え?

 俺がポカンとした瞬間、西園寺が風紀委員室の放送器具のリモコンを手に取った。そして手動作動しなければならない音楽室などは別とした、全教室(や、職員室など)のモニターを作動させるスイッチを押した。風紀委員会が各地に設置している監視カメラの映像がそばで流れているから、無事(?)に各教室でモニターがついたことが分かる。

 西園寺は、風紀委員室にあったパソコンにUSBを差し込み、片手でENTERキーを叩いた。そして……そこには、めまぐるしく変わる株価が表示された。何事だ? 呆気にとられてまじまじと見た。全校生徒……なんと言うことだ、俺の家も入っている。高屋敷家の所有する会社の株も表示されていた。え、ここで買収!? 俺の家は買収されて、お取りつぶしなのか!? 時期的には、ゲームのいくつかのルートだとあり得なくはないが、それを理解していても、いやしたせいなのか、心臓が凍り付いた。

 その時、がちゃりと音がして、ノックもなく扉が開いた。

 反射的に視線を向ける。犯人が名乗り出てきたのだろうか? そうであってくれと願いながら相手を見て俺は目を瞠った。そこに立っていたのは……存沼だったのだ。

 存沼は右の口角を持ち上げて、西園寺を見据えた。

「そうか、お前はアベーユ&アヘーンバッハ社の社長の三男だったんだな」

 西園寺が隠し通していた素性を、存沼が口にして笑った。おそらく、株式の流れなどから推測したのだろう。

 そう、西園寺は、アベーユ&アヘーンバッハ社という、世界屈指の大企業の子息なのである。それはもう、存沼家や砂川院家レベルではない。アラブの大富豪ですらひれ伏すかもしれない。老舗中の老舗で、名門中の名門で、高級中の高級。様々な分野に事業展開をしているが、全てが一級品なのが、アベーユ&アヘーンバッハ社だ。関連会社は、子孫が増えるたびに増えていくと言われている。誰も跡を継いでいるわけではなく、一つの会社の次の社長は社員から選ばれることが多いのだが、かわりに会社が増えていくのだ。血族の一人一人が有能すぎるのだと評判である。

「だったらなんだ。さっさと三葉を解放しろ」
「そんなに恋人が大事か?」

 存沼が楽しそうに笑いながら言った。俺は耳を疑った。そ、そうだったのか!? 一体いつから、また、どうして!? 少なくとも学内ではそんなそぶりはなかったぞ。言われてみれば、確かに三葉君がドイツ語でノートをとっていたりするのは変だった。そしてアラビア語すら話せる西園寺なのだから、ドイツ語のノートの件で怪しまれないように、三葉君が言語をイタリア語に変えたのも分かる。

 だが、えええええ?

 西園寺はと言えば沈黙している。そして存沼は心底楽しそうだった。何やってんだよこいつ。俺は存沼の正気を疑った。それはいつものことでもあるが。

「俺にいつも言ってるよな、学内で風紀を乱すなって」
「……だったらなんだ? あのな、俺だって乱したかったんだ!!」

 しかし西園寺がそんなことを言った。乱したかっただと……?

「折角同じ学園に来たのに、お前とお前の恋人のせいで、俺の仕事は全然減らなかった……!」

 ま、まぁそれはそうだろう。ほぼ西園寺は、存沼をマークするために、同じ場で行動していたからな。教室から滅多に出ない三葉君と会える時間は減っただろうな。だがこれで、三葉君が学校に来るようになった理由も分かった。思えば来るようになったのは、西園寺と同じクラスになってからだ。だが、宝石の件は一体どうなっているんだ? 俺は西園寺の宝石の色が変化したのを見ていないぞ。

「なんで三葉と一緒にいる時間よりもお前と一緒にいる時間が長いんだ――!!」

 全くその通りだなと響いた西園寺の声に頷いた。
 そして俺は気がついた。まだ風紀委員室のアナウンス機能が、作動している!
 それは、西園寺と三葉君の恋仲が、全校中に知れ渡った瞬間だった。

「さっさと三葉を返せ」
「人にものを頼むときは、頼み方って言うものがあるんじゃないのか」

 存沼はそういって笑うと、風紀委員室のモニターのリモコンを手に取った。何をする気だろうかと唖然として見ていると、存沼がチャンネルを変えた。画面の向こうには――……手紙を持っている三葉君が映っていた。十六時までは後三分だ。場所は、第五音楽室だった。そうか。あの場所は、全てが手動で、防音だから放送も映像も届いていないんだ……! 存沼のことだから、爆破事件なんて起こさないとは思うが、うわぁあああ!!

 俺が焦っているうちに西園寺が走り出した。俺も慌てて外に出る。存沼の事なんて知らない。心底どうでも良い。問題は三葉君だ。そんなことを考えながら俺もまた走り出そうとしたら、真正面にいた侑君と目があった。手にはビデオカメラがある。どういう事だ?

「さぁ、行こう誉様!」
「え、あ、うん。ところで侑君は一体何をしているの?」
「存沼様に頼まれて、監視カメラが無い場所では、俺がずっと撮っていたんだ」
「どういう事?」

 走りながら、俺は思わず眉をひそめて侑君に聞いた。

「西園寺様をどっきりさせる計画だったんです」

 いやあの、俺の心臓もどっきりしているからね。なんだよその計画。
 そして侑君よ、君も何故その案に乗った……! そんなこんなで音楽室へとたどり着いた俺は、西園寺が三葉君を抱きしめた瞬間を見た。侑君はばっちりと撮影をしている。

「三葉!」

 響いてきた声に、良かったなと思いつつ、一気に全身から力が抜けていった。ぎゅっと三葉君に腕を回し、深く深く西園寺は目を伏せている。一方の三葉君はと言えば、普段通りの無表情で小首をかしげていた。

「どうしたの、西園寺」
「……いや」

 いやじゃないだろう西園寺。ものすごく心配していただろうが!
 俺が見据えていると、不意に肩に手を置かれた。緩慢に振り返ると、そこにはやっぱり楽しそうな顔をしている存沼が立っていた。そして何故なのか、片手には、第五音楽室の放送機器を作動させるリモコンを持っていた。存沼は俺を一瞥した後、迷いなくスイッチを入れた。実に満足そうな顔をしている。何故俺を見た? まぁよく分からないが、プツンと音がして、映像が流れ始めたモニターを見る。

 相変わらず西園寺は目を閉じて、三葉君の頭にあごをのせているが、三葉君はモニターの方を見た。



――そこには、白い一軒家の裏庭で、野良猫を撫でている三葉君の姿があった。

 なんだこれは? どこだこれは? 俺が首をかしげていると、侑君が言った。

「これは、三葉様のすごさを分かってもらうために使用すると言って、砂川院家から許可をもらって入手した、三葉様が一人暮らし――厳密には同棲している家の監視カメラの映像を編集したものなんだ」

 な、なんだと? しかも、同棲!? 俺は大混乱するしかなかったが、画面の先をじっと見守った。丁度そこでは、帰ってきた西園寺が声をかける姿が映っていた。しかし本当、よく砂川院家も許可したな……!

 日付は、定期テストの三日前になっていた。

 家の中に入った二人は、リビングダイニングにいる。三葉君がキッチンにたった。西園寺は、制服の首元をゆるめながらソファに座る。

「歴史のノート、そこの机においておいたよ」
「ああ、悪いな」

 そして西園寺はノートを読み始めた。三葉君は料理を始めた。何故料理ができるのだ。シェフに頼んでいるのではないのか? そう考えて俺ははっとした。砂川院家は、『自主性の尊重と世界の学習のために、個人が全部やることになっている』んだった。だとすれば、一人暮らしをするとなれば、三葉君が一人で全てやっている可能性は十分ある。お手伝いさんなど、きっといなかったのだ!

 それならば、株を止める人間など誰もいないではないか。いや、西園寺が止めていたのか? だから学校に来ていたのか? 西園寺と一緒にいたいからじゃなくて?

 俺の思考をよそに、ノートを数分で読み終わった(のか?)、西園寺が、なにやら白紙にペンを走らせ始めた。勉強でも始めたのだろうか。それが書き終わったのは、丁度三葉君の料理が終わった頃のことだった。

「今日は、鴨のコンフィだよ」

 三葉君よ……何故フレンチをそんなにあっさりと作れるのだ。君はシェフでも目指しているのか? その他にも、食卓にはそれこそ高級フレンチ店も真っ青な素晴らしい料理が並んでいく。実においしそうだった。しかし西園寺に感動した様子はない。先ほどまで熱心に向かっていた紙を手に、ただ着席しただけだ。

「これをみてくれ」

 そして三葉君に、その紙を手渡した。この角度からだと、紙に描かれているものがよく分かる。なにやら丸い代物で、俺には意味の分からないドイツ語の走り書きが書いてあった。

 すると受け取ってしばし眺めた後、三葉君が立ち上がった。それから、そばにあったピアノに歩み寄る。そこにプロ級の(初等部時代よりも格段に上達しているのが俺にも分かる)ピアノの音が響いた。

 三葉君は無表情で、ピアノを静かに弾いた。楽譜など何もない。流れるような端正な指先に、俺は釘付けになった。即興か? 即興なのか?

「――こういう感じの方が良いと思う」

 は?
 何がどうしてこういう感じ? 俺は目を見開いた。まさか、まさかだ。ピアノの音で、改善案を提示したとでも言うのか? その想像は当たっているのかいないのか、西園寺は持っていたらしいペンで、紙に何かを書き加えた。するとそれを見てまた三葉君がピアノを弾き始めた。それにこたえるように西園寺は、新たにドイツ語を書き加えたり、円形に落書き(に、俺には見えた)をしたりしている。

 それが何度か繰り返された後だった。

「うーん」

 しっくり来ないというように、三葉君が小首をかしげた。西園寺が頷いている。

「ちょっと待て、やっぱりここは、こうの方が良いんじゃないか?」

 西園寺がヴィオラを弾き始めた。三葉君のピアノも情熱的だったが、こちらも負けてはいない。二人とも表情は落ち着いているというのに、演奏は違う。それから少しして、二人が満足そうに頷いた。しかし料理は冷めきったようだった……。

 その後、夜となった(まぁ一日に一度は来るしな)。二人はそろって同じ部屋に入った。俺は、恋人同士らしいのに、こんな光景をうつして良いのだろうかとハラハラしながら見守った。だがそれは杞憂に終わった。

 二人はそろってパソコンに向かっていた。広がっているのは、数字がめまぐるしく変わる風景だった。株、兎に角株。二人そろって、株をしている。え、西園寺まで株が趣味なのか? 確かに先ほど、全校生徒と教職員の株を買収すると宣言していたが……本気だったんだろうな……。そのまま数時間が過ぎた。三葉君はそれでも画面に釘付けだったが、一区切りがついたのか、西園寺は立ち上がった。

 そして別の部屋へと一人で向かった。私室に行くのかと思っていたら、西園寺は一つの部屋の扉を開けた。そこを見て俺が思った感想は――……何この研究室。様々な工具が並び、試験管などもある。

 なんだここは。西園寺はそこに立つと、何かを作り始めた。そして朝になるまで出ては来なかった。画面が分割されていたので、三葉君の側も見守っていたのだが、朝まで株をしていた。早送りで朝になるまで二人がそれぞれその場所にいたのは、間違いなく見た。

 朝になると、三葉君がコーヒーを淹れ始めた。そこへ、研究室から西園寺が出てきた。コーヒーを受け取りながら、謎の球体を三葉君へと無言で手渡す。三葉君がそれを様々な角度から眺めている間、西園寺はシャワーを浴びにいっていた。それから朝食をとり、西園寺は登校した。三葉君は、自主休講した様子だった……。確かに今でもたまに三葉君は来ない。そして画面にはコマ送りのように、在沼を追いかけている西園寺が映った。そしてまた二人の家へと映像は戻る。

 三葉君が、「考えておいたんだけど」といって、ダヴィンチも真っ青な絵を西園寺に渡した。その日の夜も二人で株をした後、途中から西園寺は研究室にこもり、三葉君は途中でベッドへと向かった。そして朝になると西園寺を三葉君は見送った。この日は面倒
くさそうな顔で、三葉君も登校した。そうか。風紀委員である分、その仕事で、西園寺の方が登校は早く下校は遅いのだろう。なおその日の放課後は、先に帰宅した三葉君が勉強を始めた。テスト前日である。三葉君まさか……一夜漬けだと……?

 西園寺も帰ってきたので一緒に勉強するのかと思いきや、西園寺は夕食すらとらずに研究室へとこもった。そして午前二時頃研究室から出てきた。三葉君は丁度勉強が終わった様子で、ソファに座りコーヒーを飲んでいる。

「どうだ?」

 完成したとおぼしき球体を、西園寺が三葉君に差し出した。

「いいんじゃない」

 受け取った三葉君がそれを眺めてから頷いた。しっかりと三葉君が提案したデザインになっている。そして、その球体のスイッチが起動された。床の上を球体は転がっていく。なんだあれは。最先端のフォルムなのは分かるが……――!! 掃除機だ。新型掃除機だった。そのまま二人は掃除機に熱中し始めた。そうか、西園寺が中等部時代に企画し、高等部になって設立した会社の新商品に違いない。

 名も無き盟友は、なんと三葉君だったのか!

 結局二人は、テスト当日は徹夜で登校した。なるほど、掃除機を作っていたから西園寺は眠そうだったのか。しかし西園寺……歴史のノートを読んだだけって……。それで何故あの成績を維持できるのだ……。


 その後、日付が本日のものへと変わった。おそらく学園中の監視カメラの映像から引っ張ってきているのだろう。編集手腕は尊敬するが、右往左往する西園寺を撮影している上に、俺まで映っちゃっているではないか。俺を巻き込むな! その光景が終わると同時に、この音楽室の風景が映り始めた。一瞥すれば、相変わらず侑君がビデオカメラを構えている。そしてモニターには、一瞥した俺が映し出されているのである。なんなんだよ本当。

 その時西園寺が溜息をついた。

「三葉……変な呼び出しに応じるな」
「そっちこそ何してるの?」
「お前の心配をしているに決まっているだろう」
「心配? 僕はこれが西園寺からの手紙じゃないって分かっていたけど。数字の書き方が違うから。ただ、誰が差出人なのか興味があったから来てみたんだ」

 すると呆気にとられたように西園寺が息をのんだ。存沼もまた、その言葉には目を見開いている。

「それと、久しぶりに学校でピアノでも弾こうかなと思って」

 俺は三葉君はやっぱりすごいと思いながら、菩薩を召還した。

「妙な悪戯はここで終わりにしようね。謝ってもらえるかな、マキくん」

 本当に心臓に悪かった。

 このようにして、砂川院三葉誘拐事件転じて、西園寺颯也ドッキリ事件は幕を閉じたのだった。全ては、西園寺の出自に疑念を抱いた(あんまりにも西園寺は注意するときに堂々としていたからな)、存沼の(そして恋人との仲に小言を言われ続けたことへの復讐と言う名の)、悪戯だったのだ。全く冷や冷やさせてくれたものだ。本当は脅迫だけでも警察沙汰なんだからな! ああ、本気で心臓が止まるかと思った。兎に角無事で何よりだ!



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