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【十八】

 秋になると、高屋敷家主催で、ハロウィンパーティが開催された。

 中等部に入って、さらには二年になり落ち着いたからなのか、夏休みの後半から、俺は夜のパーティにも参加ができるようになった。

 だが決して参加したいわけではない。なぜなら、こういった、どちらかと言えば楽しむためのパーティに限らず、会社関連のパーティにも、かり出されるようになったからだ。いつも絵ばっかり描いている父だと思っていたが、そんな事は無かったのだ。いない日は海外にでも行っているのだろうと思っていたのだが、違ったのだ。

 気づいてみれば、様々なところのパーティに顔を出していたり、逆に主催していたのだ。確かにこの事実を認識してしまうと、『高屋敷家の人間は忙しい』というのはあながち間違いではない。もしこのまま順調に設定ヒロインが訪れなかったら……将来は俺がこれをやるのか? 無理だぞ。父はいつも穏やかに微笑んでいるが、あくまでも俺は菩薩を憑依させているだけなんだからな。笑っているのはフリだからな、俺の場合は!

 さて本日は、和泉が来ている。三葉くんと存沼は、それぞれ何か用事があるらしかった。開催されているの平日だしな。俺だって明日も学校がある。来てくれただけでも和泉に感謝だ。そんなことを考えながら、二人でノンアルコールのシャンパンを手に取る。

「和泉、帽子屋の仮装よく似合っているよ」

 実際そうだった。和泉は、シルクハットがよく似合っている。その上、びっしと、燕尾服ではないが質の良い黒い服を着ていて、首元にも黒いひものリボンがある。

「誉……お前、何に仮装してるんだよ?」
「狼男だよ」
「ただの犬にしか見えない」

 失礼である。これでも、ヘアバンドが見えないように気を遣って仮装したのだ。

 会場中は他にも様々な仮装をした人々がいる。母は、雪女に仮装している。似合いすぎて怖いというか……普段和装を見慣れているせいか、しっくりとくるのだ。父は名探偵ホームズに仮装して、パイプを持っている。渋いが似合っていて格好いい。弟はお留守番だ。無論、お手伝いさん達がいる。

 そうこうしていたら、俺に歩み寄ってくる人がいた。

「久しぶり。覚えていますか?」

 声をかけられて視線を向けると、そこにはレイズ先生の弟、要するに西園寺の一つ上の兄であるエドさんが立っていた。この兄弟は、三人とも母親が違うと聞いている。本日はサングラスをかけてはいなくて、吸血鬼に扮していた。

「勿論です、エドさん。本日はご出席ありがとうございます」
「お招き嬉しいです。兄や弟も来たがっていたのだけど、都合が付かなくて」

 嘘だな。少なくとも西園寺は絶対に来られるはずがない。何せ、ドイツ名の本名を押し隠して学園で生活しているのだから。

「エドさん、こちらは学園の友人で――」

 そこで俺は、エドさんに和泉を紹介しようとした。その時だった。

「I've never seen anyone as beautiful as you!!」

 あなたみたいに美しい人は初めてだ(?)――エドさんが英語で叫んで、その瞬間には、和泉の腰に手を回し抱き寄せていた。ポカンとする俺。和泉が両手で押し返そうとしていたが、エドさんは構わずにもう一方の手で和泉の肩をささえ、深くのぞき込んだ。和泉の背がのけぞると、エドさんはさらに顔を近づけている。和泉のシルクハットが床に落ちた。和泉の笑顔が凍り付いている。そして聞いたことのある言葉が響いた。

「――Take your hands off me please.」

 こちらは分かる、手を離せ、だ。和泉が震える声で言ったのだ。勿論手は離れない。

 あれ、和泉が昔の楓さんと同じ状態になっている……Oh...!

 外国の人はスキンシップが激しいんだな。見て見ぬふりをしよう。
 うん。さすがは外国人。

 それにしても帽子なしの和泉は、ただのギムナジウムの生徒風にしか見えず、頑張って言えば、若い英国紳士だ。今にもその黒いひものリボンをほどかれて、吸血鬼(エド)に噛みつかれそうだ。絵になるな。

 今度父に、吸血鬼モティーフを提案してみるか。

 その後パーティの間中エドさんは、ひたすら和泉に張り付いていたので、俺は挨拶回りに出かけた(別に逃げたわけではない、一応仕事だ)。後日和泉に恨みがましい目で見られたが、微笑んでごまかした。


 学内では、再び大騒ぎが起きた。ついに、そうついに、存沼が有栖川君の唇を奪ったのである。場所は朝の校庭。確かに学舎内ではないし、時間は俺が思ったとおり朝だった。たまたま登校時間がかぶった俺は、する直前から直後まで、しっかりと見た。見てしまった。

 あんまり見ていて気持ちが良いものではない。幸い(?)、その日校門前にいた風紀委員は西園寺ではなかった。しかしばっちり写真まで撮られ、この大事件は全校中を駆けめぐった。存沼のように有名人だと大変である。その恋人として、有栖川君も、今では全校生徒の誰もが知っていることだろう。俺の場合は、”高屋敷”の名前を知られてはいても、それ以外の顔などは知られていないからな。

 少なくとも東北弁シンデレラを見た人々でなければな! しかし和泉よりも存沼の方が純情だな。唇が触れあうだけのファーストキスに、中学生にしては大変な時間を要したと思う。よく我慢した(?)。一応きちんと西園寺の言葉も守っている(学外と言えば学外だ)。

 欲を言うのであれば、校庭ではなく、校門の外でやるべきだっただろうが……まぁ、そこは目をつぶってやろうではないか。

 だがその日の放課後。
 俺が教室を出ようとすると、葉月君が待ちかまえていた。

「誉様! お聞きになりましたか!?」
「何を?」
「雅樹様が、有栖川君と、キ、キスを!」
「ああ、そうだね」

 どうせ君だって高崎君とキスくらいしているんだろう、とは言わない。大体聞いたも何もばっちりと俺は見たぞ。これ以上、この件の詳細を存沼から聞きたいとすら思わない。だから俺から話せる存沼の事は何もないぞ。

「そうだね……って、誉様! 良いんですか!? このままでは、雅樹様は本気で有栖川君を……!」

 このままでは、ってなんだろう。それにだいぶ前から、存沼は本気だぞ。

「僕は誉様が失恋するお姿なんて見たくありません!」
「え?」
「全校中が誉様を応援しています! 雅樹様にふさわしいのは誉様だけです!」

 ちょっと待て。何の話だ。話が見えなくなってきたぞ。誰がなんだって?

「失恋って……」
「誉様のお気持ちは皆が存じております! 負けないでください!」
「僕の気持ちって……」
「全校中が失恋しかかっている誉様の方を応援していますから!」
「いや、本当、ちょっと待って」

 思わず俺は言った。なんて事だ。何か壮大な勘違いが発生していないか。俺が失恋しかかっているって――……それって。もしかして俺は、有栖川君の好敵手認定されていると言うことか? 断じて在沼のことなど好きではないが(恋愛的な意味で)、もしやこれって……当て馬? 当て馬!? まさかここで、”当て馬王子”!? 

 嘘だろう? いや、考えようによっては、この程度ですむなら良いが……いいや、よくないな。存沼に高屋敷家を潰されては困る。そもそも全校生徒が知っているというのがよく分からないが、俺は大勢にそう勘違いされているのだろう。これも、そう何もかも、東北弁シンデレラのせいに違いない。あそこでシンデレラと王子役なんてやったから……! 迫真に迫る演技を存沼監修のもと行ってしまったからに違いない!

「僕は、存沼と有栖川君のことを応援しているよ」
「敵に塩を送るだなんて……! 何でそんなにお優しいんですか!」

 違うから、そうじゃないから!

「葉月君、ちょっと落ち着いて……」
「だって誉様、その――」

 葉月君が何か言いかけた時だった。


「廊下で何を騒いでいるんだ」


 やってきたのは、見回り中の西園寺だった。俺が視線を向けるのと同時に、葉月君が西園寺を見て息をのんだ。そして慌てたように頭を下げた。

「すみません、西園寺様」
「分かればいい」
「失礼します!」

 葉月君は、俺と西園寺の双方にそういうと、走り出した。廊下を走るなと、西園寺が声をかけながら見送っていた。俺はと言えば、ちゃんと葉月君に、違うという意志が伝わっているのか非常に気になった。後で連絡して、再度違うと言うべきなのか。

「――高屋敷」

 そんな思考が、西園寺に声をかけられて途切れた。何事だろうか。
 俺は何も注意をされるようなことはしていないぞ。そう思ってまじまじと見ると、深々と溜息をつかれた。

「お前まで学内の風紀を乱すな」
「え?」
「お前の気持ちは分かってるけどな」

 そういって西園寺は歩き去っていった。――え? 呆然としすぎて、俺は声すらかけられなかった。気持ちが分かっているだと? それはどういう意味だ。どっちの意味だ。俺が存沼を好きだと思っているのか? それとも違うって分かってくれていると言うことか? 

 そうだよな、違うって分かってくれているんだよな?

 ここ最近では、葉月君と話すよりも、その上なんらかのフィルターを両目に装着しているらしい葉月君よりもだ、さらに接触頻度が少ない西園寺にまで『高屋敷誉は存沼雅樹のことが好きである』だなんて思われていないだろうな? まさか存沼本人までそんなことを思っていないだろうな? あり得ないからな? 違う、違うからな!

 俺はなんとしてもこの妙な噂を払拭しようと決意した。


 まずは和泉に相談しようかと思ったが、和泉はたいそう顔色が悪かった。気づいてからはここのところずっと深刻そうな顔をしている。

 その上――片っ端から告白の手紙を読みふけっているのだ。老若男女問わずだ。え、まさか、同性可になったんじゃ……? 同性愛もOKになったのか? 和泉よ、やめてくれ。本当、頼むから。願う気持ちで俺は尋ねた。

「和泉、何か気になる人からの告白でもあったの?」

 すると顔を上げた和泉がすっと目を細めて、俺を恨めしそうに見た。

「いやもう、あの変態から逃れられるんなら、別に男でも良い」

 Oh...。
 俺はエドさんの事とハロウィンパーティの日の事を思い出したが、あえて忘れた。

 さて、誰に相談したものか……。
 悩んだまま一週間がたった。時が経つのが早い。

 その日、放課後にサロンに行こうかと思って歩いていると、角を曲がったところで三葉くんと激突した。前方倒立回転飛び(見るのは初めてだ)をしながら、飛び出してきたのである。瞬間、俺は床にしりもちをついたし、三葉君の鞄からはノート類が散らばった。

「だ、大丈夫?」
「うん。ごめんね」

 三葉君がしゅんとした顔をした。きっと周囲には無表情に見えるはずだ。だが三葉君のこんな姿を見ていた人々は、さぞ驚いたに違いない。そう思って見回すと、思いの外人気はなかった。むしろ無人だ。無人だから、三葉君は回転したのだろうか? しかし通る人はいるものである。

「何をしているんだ」

 こうして今月二度目となる、西園寺の直接注意を受けることになった。絶対に俺は悪くないと思うのだが。なんというか、会うときは会うものである。俺は苦笑しながら、三葉君がノートを拾うのを手伝い――……わずかに目を見開いた。三葉君のノートは、全てドイツ語で書かれていたのである。日本語ではない。しかし、ノートの表紙を見てみれば『日本史』と書いてあった。三葉君よ、何故ドイツ語でノートをとっているのだ。

「兎に角怪我が無くて良かった……――ん、ここ、単語の綴りが間違っているぞ」

 西園寺もまた、珍しいものを見たような顔で、ノートを拾いながら呟いた。そういえば、西園寺の本宅もドイツだったな。三葉君は、その場でメモを取り出した。そうして、そこに簡易ドイツ語教室が開かれることになってしまった。俺まで強制参加だった。何故だ。


 西園寺が風紀委員長になったのは、その年の(体感的)二学期が終わる直前だった。和泉が生徒会長になったのと、同時期だ。生徒会選挙と、委員長の入れ替わりは同時期にあるのだ。二年の冬から、三年の冬までが任期となる。

 どちらが選出されたのにも納得がいった。

 なにせ西園寺ほど熱心に見回りをし、注意をし、そしてローズ・クォーツとも渡り合える風紀委員はいない。本人の注意する大きな声が、むしろ騒音だとは言わないでおこう。

 また和泉の方も分かる。全校中から、信望があるのだ。至る所で、「あ、和泉様」だのと言われているのを、俺ですら目にする。聞かなくても分かる。その上、気さくなのだ、本当に。悪く言ってしまえば、誰にでも優しい。

 なんだか俺の二人に対する評価が辛辣になってしまっているが、これは愛情の裏返しだ。うん。本当、それだけ。俺は本音で、二人のことを良い友達だと思っている。西園寺の方は知らないが、和泉はたぶん俺と同じ事を思っていてくれるはずだ。

 しかしこの二人、それぞれが就任してから、険悪さが浮き彫りになった。廊下ですれ違っているのを初めて見たとき、俺は目が点になった。お互いが無言で睨み合っているのだ。別に和泉は風紀違反をしていないので、西園寺が睨む理由が分からない。そしてもっと分からないのは、和泉が西園寺を睨む理由だ。まぁ元々そういう設定だったわけだが。

 ただ考えているうちに、俺は気づいた。和泉と西園寺の仲が険悪な理由は、エドさんが和泉に迫っているせいだと思う。和泉は兄弟だと知っているのかもしれない。どうしたものか。和泉の友達として何か手を打った方が良いのだろうか? ま、面倒くさいしいいか。俺に友達がいを期待してはいけない。


 ちなみに、その後すぐに定期試験があった。上位四人は、一年生の頃からずっと不動で、三葉君と西園寺(満点)、後は時々存沼と和泉の順位が入れ替わるだけだ。俺は、嫌な噂を忘れるように、見えないところで勉強に打ち込んだ。結果、初の九位という成績を収め
た。俺はよく頑張った。まぁ、本当のところは、英語の進度がかなり上がったため、幼い頃からたたき込まれている俺に有利だっただけ、である。


 そんなこんなで、冬休みになった。




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