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【五】




 新学期が訪れた。

 この学校は二学期制だから、まだ前期だ。衣替えもまだである。
 稑生学園の制服は、評判が良い。初等部は紺色のブレザーに短パン。
 金色の刺繍で縁取られていて首元には紐で出来たリボンがついている。中等部は灰色のブレザー、高等部は黒いブレザーにチェックのズボンだ。特に高等部の制服が人気で、制服が着たいからという理由で外部入学を目指す生徒もいるほど(という設定)だ。

 今は学校まで向かう車の中で、茶色いランドセルを俺は膝の上に抱えている。
 それにしても、最近の学校というのは、俺が通っていた時とは違う。
 俺の時は、毎年クラス替えがあったし、ランドセルは男子なら黒と決まっていた。小学生には制服なんか無くて、皆運動着を着ていたし。一クラスも四十人前後いた。これは良家の子息子女が通うからだけではないと思う。おそらく少子化のあおりを受けているのだ。

「誉様、お久しぶりです!」

 教室にはいるとすぐに、葉月君に声をかけられた。

 ――誉『様』。
 そうなのだ。周囲の同級生は俺のことを『誉様』と呼ぶのである。
 なんだか距離感を感じるが、俺は笑顔で返しておいた。

「誉様、お土産を買ってきたんだ」

 逆隣の席からは、侑くんが言う。

「僕も買ってきました!」

 二人からお土産を手渡されたので、俺もオーストリアで買ってきたバイオリンチョコを渡した。すると二人が顔を見合わせた。

「有難うございます――あれ、エジプトに行ったんじゃないのですか?

 葉月君の言葉に頷いて、家族旅行に行った方のお土産だと伝えた。

「存沼様と仲が良いなんてすごいな」

 侑君の言葉に思わず苦笑してしまった。

 すでに存沼は、近寄りがたい王者の風格を現しているらしい。後々存沼は誰もが従う王者――キングとして学園に君臨する俺様キャラになるのだ。対等に話せる存在など、”五星”のメンバーくらいのものである。ちなみに五星の最後の一人は、二つ年上の先輩だから、今のところ接点はない。

「そういえば、三葉様と存沼様が夏祭りにお出かけになったそうですよ」
「俺は誉様を応援してるから。負けないで下さいね!」

 へぇ、と思った。それだけである。
 負けるとは、一体なんだろう。どちらに負けるというのか。というか別に負けてもかまわない。ただちょっと意外だなとは思った。あの二人、仲が良いのだろうか? 

 そして何故、この二人は、彼らが夏祭りに行ったと知っているのだろうか……。

 バラ学では、唯一存沼に引けをとらない存在の家柄の出として、ここぞと言うところで三葉が騒動を収める場面などがあった。後の高等部の五星は皆仲が悪いのだ。ヒロインを取り合う場面では、それが悪化する。

 それから先生が入ってくるまでの間、俺たちは夏休みの間の出来事を話した。

 これから後期開始までの間は、何かと忙しくなる。
 運動会に学習発表会、遠足と行事が目白押しだ。それ以外にも、ヴァイオリンとピアノの発表会が俺には待っている。フェンシングの試合もある。

 それにしても、授業時の万能感がすごい。足し算引き算、漢字なんでもこいだ。

「誉、行くぞ」

 そして、初日も存沼がやってきた。三葉くんは、始業式にすら来なかった。
 きっと株をやっているのだろう……。

 それから存沼と共にサロンに行く。俺のお気に入りの場所は奥の側の窓際のソファである。存沼は当然だというように最奥の豪奢な椅子に座ってふんぞり返っている。そこに比較的近い場所だが、俺は一応先輩達には気を使っているので、存沼の隣には座らない。だってその席本来であれば、六年生が座る場所だと思うのだ。よく座れるよな。

 周囲の威圧感なんて全く気にしていないように在沼は堂々としていた。今では、その周囲のまなざしも、存沼なら良いという風に変わっている。このあたりは、俺様だ。世を憂うような退屈そうな瞳を見ていると、外見は子供なのに全然子供っぽくない。三葉君とは違った意味でだが。

「誉君は、家族旅行はどこへ行ったんだい?」
「そうだ、誉君にお土産を買ってきたんだよ」
「少し日に焼けた? 似合ってるよ」
「エジプトに雅樹様と出かけたって聞いているけど」

 一方の俺はといえば、先輩達に囲まれていた。ここでは俺は、『様』とは呼ばれない。しかし存沼は『様』と呼ばれている。近寄りがたい王者の風格を醸し出しているからなのかもしれない。俺は、親しみやすいのだろうか……?

 まぁバラ学の設定でも、高屋敷誉は、当初と誉ルートでは、人当たりが良く物腰が優しく、学園の王子様と呼ばれていた。だから通称が『当て馬王子』なのだ。いつも(作り)笑いを絶やさない――あれ、これって俺、現在の俺と一緒じゃないか……。無表情キャラになろうかな……。

「あの、これ……雅樹様に渡してもらえませんか?」

 その時小さな声で、先輩に声をかけられた。
 自分で渡せばいいのにな。
 頬を真っ赤にした先輩が、目をうるうるさせて俺に頼んできた。可愛いので許そう。

「わかりました」

 受け取ってから、俺は先輩達の人混みから抜けて、存沼の前に立った。

「これ先輩からのお土産だって」

 すると存沼が俺を見た。礼を言うでもなく受け取りながら、存沼が頬杖をついた。

「……オーストリアの土産は?」
「無いよ」
「……」

 すっかり忘れていた――わけではない。これは、存沼とは友達になる気はないという俺なりのアピールだ。いっしょにピラミッドの中へ入った仲とはいえ。

 だが目に見えて存沼がムッとした顔をした。

「――やる」

 するとポイッと存沼が俺に箱を投げた。物を投げてはいけませんと考えながら、受け取る。うわ、買ってきてくれたのか。可愛い奴だな。なんだか健気に思った。同時に、悪いことをした気になる。

「マキ君とは、エジプトに行ったって言う最高の思い出があるから、僕はそれで十分だと思ったんだ。だけどお土産有難う」

 満面の笑みを心がけて俺がそう言うと、存沼が顔を背けた。僅かに耳が赤くなっているから、照れているのだと分かる。もう一押しだ。

「すごく楽しかったよ。また一緒に旅行しようね」

 実際には二人で行ったわけではなくて、遠くから護衛の人々が俺たちの後をついてきていたのだが、それは置いておこう。

「ああ」

 存沼がうっすらと笑った。どうやら機嫌が直ったらしい。
 結構面倒くさいが、可愛い奴である。


 習い事があるので、存沼より先に玄関へと向かった。
 存沼は、もう少し後で、本日は書道教室があるとのことだった。
 すると和泉が、玄関にいた。

「あ、和泉」
「誉、待ってたんだ」
「どうかしたの?」

 和泉は俺の声に、巨大な袋の中から懐中時計が入った透明な箱を取り出した。
 すごく高価そうな代物だった。見ただけで、アンティークだなと分かる。

「フランスで見つけたんだ。お土産」
「え、良いの?」
「ああ。誉に似合うと思って」

 はにかむように和泉が言う。チャラ男の片鱗が見えた気がした。
 彼は将来、かなりモテる生徒会長になるのだ。彼のルートだけは、ヒロインがやきもきする場面がある。嫉妬だ嫉妬。様々な女子生徒および男子生徒と仲が良いのだ。

「有難う。僕もお土産を買ってきたんだ。香水なんだけど、良かったら使って」

 俺もまた鞄から小箱を取り出して、和泉に渡す。(シナリオの設定では)和泉は香水を集めるのが趣味なのだ。すると、いつかアポカリプス・マンデーと叫んでいた時の三葉君そっくりに、和泉の頬が紅潮して、目がキラキラと輝いた。今にも和泉も叫び出しそうである。砂川院兄弟は、興味がある対象には、熱中するタイプなのかもしれない。


 その後最初にあったのは、ピアノの発表会だった。

「あ」

 そこで俺は、”五星”の最後の一人、先輩である、満園豊(みつぞのゆたか) を見つけた。

「どうかしたのですか?」
「なんでもありませんお母様」

 思わず声を出してしまったので、慌てて首を振る。
 母は、俺には確かに甘いが……非常にプライドが高く、教育の鬼だ。
 高屋敷家の者として恥ずかしくない行いをしろと常々言ってくる。
 小学生相手にだ。
 すらりと身長が高くやせ形の美人だ。常々着物を着ている。

 俺はこの日のために、この一週間は毎日、通常の習いごとの後に、ピアノの練習をさせられた。正直疲れた。小学生に、トルコ行進曲を弾けと言ってきた。そんなに難しくないとのことで、実際に弾けるようになったが、俺の常識では高難易度だったのだ。

 それにしても満園はピアノを弾くのか……ギャップだ。なにせ満園は、不良キャラだ。それも一匹狼である。高等部ではピアスをあけたことで、我らが風紀委員長とやり合う場面がある。ちなみに”我らが風紀委員長”というのは”当て馬王子”と同じで、通称だ。

 俺は待合室で、それとなく満園のことを見やる。
 満園豊は、満園グループの一人息子だ。満園会という病院グループの経営者の息子である。本人はグループをすぐに継ぐのではなく、医学部を志していた。彼のルートだと、ヒロインも共に勉強するイベントがある。不良なのに彼は頭が良いのだ。まぁ、見せかけ不良だが。満園は焦げ茶色の髪をしていて、瞳も若干茶色い。

 先に満園の番が来た。
 俺はそれを見送ってから、トルコ行進曲のイメージトレーニングをしたのだった。


「さすが高屋敷家の人間です」

 発表が終わると、母にほめられた。


 その次に、俺が関わることになった行事は、運動会である。
 高屋敷誉は、運動神経が抜群の設定だった。実際俺も、体育は得意だ。その結果、まるで当然のように、リレーの選手に選ばれた。前世では一度もそんな事は無かった。しかもアンカーで、侑君によると、一組はやはり当然のごとく存沼がアンカー、四組は和泉がアンカーとの事だった。二組は、昼崎蓮という子だ。バラ学には存在しないキャラである。

 他に俺は借り物競走に出る。

 いよいよ当日が訪れると、初等部じゅうが熱気に包まれた。中等部と高等部からは応援団が訪れていて、校庭の一角には、中等部と高等部のローズ・クォーツのメンバーが全員勢揃いしている。ローズ・クォーツに子供がいる父兄もそこにいる。俺の母親は、それが自慢であるらしく、扇で仰ぎ日傘を差しながら、こちらを見守っていた。

 父親もいる。秘書の甲野さんに撮影をさせていた。全く恥ずかしい。

 まずは借り物競走だった。
 なんとか一着でカードを拾うと――……『なかがいいおともだち』と書いてあった。
 え、誰?

これ、友達がいない子にとっては軽くいじめだろう。

 第一俺は誰を選ぶべき何だ。存沼は論外だが、ここで和泉を選べば、おそらく存沼は激怒する。かといって、葉月君と侑君のどちらかを選べば、どちらかがムッとする気がした。

 俺は会場中を見回す。
 そして、土手にいるルイズ(偽名)の姿を発見した。

 一回しか話したことはないが、我らが風紀委員長はシナリオ設定上比較的面倒見が良かった記憶がある。しかも、運動神経は抜群だという設定だ。彼は文武両道の優等生設定だったのだ。だが、何故ここにいるのだ彼は。まぁ、良い。

「ルイズ!! ちょっと来て!!」

 俺は走りより、強引に手を取った。驚いたように、彫りの深い顔の中で、目が見開かれている。しかしなんとしても一位をとるためにはかまっていられなかったので、俺は走り出した。すると本気になったのか、俺よりも先にルイズが走り出した。早ッ!!

 結果無事に俺は、一位でゴールした。

「えー、お題は『なかがいいおともだち』でした!」

 ゴールすると先生がそうアナウンスしたのだった。

「有難うルイズ」
「いや、良い」

 ”友達”という言葉も、ルイズは空気を読んだのか、否定しなかった。そう、我らが風紀委員長は、空気が読めるという設定なのだ。現在の感覚で言うと、和泉も空気が読めそうだが。

 それから色々な競技があり、最後にリレーがやってきた。

「俺が一番仲が良いと思ってた」

 第一走者が走り出した時、ポツリと存沼が言った。
 ――ふてくされている。可愛い。
 思わず惚けてしまった。何も言わずにしばし眺めてから、ふと和泉を見ると、珍しく眉間にしわを寄せていた。

「俺だって誉と仲良いぞ」
「……なんだって?」

 二人の間に、険悪な空気が流れた。シナリオの設定でも、この二人は仲が悪い。どうしよう。できれば穏便に済ますために、二人には仲良くなってもらいたい。

「二人とも大切だから、僕選べなかったんだ」

 そう言ってにっこりと笑うと、二人がそろって俺を見た。

「今度みんなで遊ばない? 良かったら昼崎君も」
「全力で遠慮します」

 それまで空気だった昼崎くんに話を振ると、ぶんぶんと首を振られた。なんだろう、怖がられている気がする……。

「――たまには良いな。和泉の事も連れて行ってやる」
「何で存沼と一緒に行かなきゃならないんだよ」
「なんだと?」
「まぁまぁ二人とも。もうすぐ順番が来るよ」

 意外だったのは、存沼がOKを出して、和泉が嫌そうにしたことだった。

「……まぁ、誉が行くって言うんなら……行っても良いけど」

 俺は把握した。
 実は和泉はツンデレ属性ではないのか!?
 その後一着でついたのは昼崎くんの班だった。ほぼ同時に二着の俺の班が来た。

 俺はその後昼崎くんを抜いたが、三位で来た和泉にあっさり抜かれた。
 しかし存沼がすごい。最下位で来たにもかかわらず、鬼のような走りで一位に躍り出てそのままフィニッシュしたのだ。周囲の歓声がすごい。さすがは、運動神経抜群の”五星”の中でも、抜き出ている(設定)だ。

 ――いや、設定じゃないのかもしれない。

 もはや俺は、ここがゲーム内の世界だとは到底思えない。負けず嫌いの存沼の実力の結果なんじゃないのかな。

 その後発表された総合得点では、和泉の四組が一位だった。
 しかしMVPは存沼だった。
 俺のクラスは最下位だった。三葉君は運動会も欠席だ。今日も株だろうか……。


 次に俺を待っていたのはヴァイオリンの発表会だった。今度は、習い事の後、ヴァイオリンの地獄の特訓があった。課題曲は、ビバルディのソナタイ長調だった。

 そこで、偶然にも和泉と遭遇した。

「あれ、和泉?」
「誉――お前もここのヴァイオリン教室なのか?」
「うん。そうだよ」

 奇しくも同じ教室だったらしい。まぁ、有名な所だから、不思議ではない。
 それから聞いた和泉の腕前は、もう素晴らしいとしか言えなかった。
 俺もまぁまぁだったと思う。


 その次に待ちかまえているのは、学年でそろっていく遠足だった。
 クラスごとに班分けをする。

 俺は当然、侑くんと葉月くんと一緒の班になった。しかし32人いるこのクラスでは、四人一組が基本なので、一人足りない。だがその日は非常に珍しいことに、三葉君が登校してきた。どうやら、運動会の不参加が理由で、担任の先生が砂川院家に電話をかけたらしい。だから遠足の班を決める本日やってきたようだ。

「三葉君も一緒の班にならない?」
「いいの?」
「勿論」

 こうして俺の班のメンバーは無事に決まったのだった。



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