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【二】



 本日は、高屋敷家の初等部入学前祝いパーティだ。

 俺の稑生学園初等部への入学は決定した。してしまった。だが、今後何かが起こってひっくり返らない限り、共学化しないらしい。

 俺のすごく利己的な保身がきっかけで、多くの生徒の学生時代の思い出が別学になっちゃったわけであるが、復讐されないことを祈る。悪い変化が起きませんように!

 それにしても、だ。

 一々パーティするんだ……。
 勿論、ゲーム設定には、ただの大金持ちとしか書いていない。
 一応家柄とか、会社の方向性とかは設定してあったけどな。

 例えば。
 高屋敷家は、由緒正しい華族の血を受け継ぎ、大手製菓会社を営んでいる。
 だった。が、現在。
 正確には、持っている、だ。営んだりして、自ら働いたりはしない。
 かわりに、多くの人々を働かせてあげているのだ。そういう感じである。

 日本の常々不動の三位の総資産を持っている。

 家柄はそれよりは劣るが、それでも十本指には入るだろう。
 決して成金ではない。
 ちなみに一位と二位を争い、家柄でもどちらが上なのかわからないとされているのが、存沼家と砂川院家である。

 別に実際に争っているわけではないはずだ。そうなれば、日本は滅亡する。

 俺は、フラグは折れたと思っているが、万が一に備え、おとなしく生きるために、ゲームに出てきたキャラだと思しき人間の幼少――つまり同じ歳の出席者をチェックすることにした。折角だから、リストになかった人物は、呼べる範囲で呼んでもらったのだ。

「お招きありがとうございます、高屋敷さん」
「やぁ、三葉くん。来てくれて有難う。息子の誉だ」
「よろしくお願いします、誉です」
「砂川院三葉です。――和泉、ご挨拶を」
「砂川院和泉です。本日はお招きありがとうございます、高屋敷さん、誉くん」

 一応、本日のパーティの主役は俺なので、父の隣に立っていた俺の隣に、砂川院兄弟が挨拶に来た。同じ華族の出だから早くに来たんだと思う。

 砂川院家はちょっと変わっていて、親と子が揃って挨拶に回ることはあまりない。らしい。実際に、本日なんて、別段我が家を侮っているわけではなく、ごく自然に、招かれた二人の兄弟しか出席していない。人脈など構築し終えているというかのごとく、親の姿はない。かわりに、なのか、二人の叔父の楓さんという方が来ている。高校生だ。俺の知らないキャラである。

 砂川院兄弟は、年子だ。兄三葉も、弟和泉も、春から一緒になる。
 俺の同級生だ。
 叔父さんを含めて見る限り、攻略キャラだからというよりも、砂川院家はポカンとするほどの、美形の産地なのではないのかと思う。

 まずは、砂川院三葉。
 後のバラ学の五星だ。
 青味がかった髪と目。白磁の頬。猫みたいだ、綺麗だ……うわ、可愛い。

 作り物みたいで、思わず頬に触って見たくなる。だけどそれを許さないというように、青闇色の瞳は氷のようで、近寄りがたい。目が合うだけでひやりとする。綺麗すぎるからなのか、大人っぽすぎるからなのか。

「……高屋敷くん」
「はい」
「誰に和泉のことを聞いたの?」
「……」

 俺の笑顔が凍りついた。
 声まで綺麗なんだなぁだとか思っている場合じゃなかった。

「和泉の事は、入学まで誰にも秘密にするはずだったのに」

 背筋が凍る。本当に凍った。俺は失敗したことを悟った。
 一瞥すれば、砂川院和泉が涼しい表情ながらも、どこか睨むように俺を見ていた。

 ――そうなのだ。

 俺はシナリオで、この二人が兄弟である事、それも血の繋がった実の兄弟であることを知っているが、設定では、周囲はそれを知らなかったのだ。

 この二人の家督争いや、ヒロインに血縁関係を打ち明ける場面は、比較的人気だった。三葉と和泉は、素直クールとチャラ男転じて互いを思ういい兄弟である。

 その今の所チャラ男の片鱗もない和泉はといえば――銀とも金ともつかない髪の色をしている。目の色も同じだ。顔のつくりは日本人だが。この色彩もゲームだからではなく、和泉の出自に由来する。

 そして周囲の誤解を生む色だ。何せ砂川院家の亡くなった奥様は歴とした日本人で、黒以外の要素が入る余地がなかったからだ。当然、砂川院家の血筋的にもだ。その上、砂川院家自体も、和泉の存在を秘匿していたらしい……よね、この反応……! なぜそれを俺が知ってるって話だよな。

「秘密です」

 俺がなんとかひねり出してそう答え笑うと、麗しい兄弟が顔を見合わせた。

「砂川院くんにご迷惑はおかけしません」
「「……」」
「あ、っと……」
「……僕のことは三葉でいいよ」
「俺も和泉でいい」
「じゃあ僕のことも誉と呼んでもらえると……」

 作り笑いが引きつりそうになった。
 ちなみにバラ学内では、高屋敷誉は、三葉の事を『砂川院くん』、和泉の事を『生徒会長』と呼んでいたからだ。徐々にそう呼ぶようにチェンジしていかないとな……。

 それから次の挨拶客が来たので、俺は彼らと別れた。
 しかし凄い綺麗な兄弟だった。
 おててを繋いでて、可愛かった!

 存沼雅樹が家族に連れられてやってきたのは、そのしばらく後のことだった。

「!」

 会うなり俺は目を見開いていた。全てを従えるような気迫が、だだもれだったからである。一言でいえば高貴!

 まるで肉食動物みたいだというのに、だが、ガツガツした気配はない。

「お前が誉か」
「う、うん」
「俺は、」
「存沼くんだよね?」
「……ああ」

 笑顔の俺に、存沼が虚をつかれたような顔をした。

「雅樹でいいぞ」
「別にいいよ」

 あんまり仲が良くなっても後が怖いし、ゲームでのように蹴落とし合うような関係も嫌だし、ここは付かず離れずでいこう。設定上は、雅樹の尻拭いキャラが、誉でもある。お断りだ。

「存沼くんは、婚約者決まったの?」

 そして彼の婚約者に、入学前に内定するはずなのが、女子側の報復されキャラ――ライバルヒロインの、有栖川鈴音である。

「は? 俺は誰のことも婚約者にするつもりはないぞ?」

 存沼のその言葉に、周囲が静まり返った。

「好きな人ができたら全力で自分でもらいに行く」

 あれ、と思って存沼父を見ると、そうか、という顔で笑っていた。
 しかし幼い存沼は、そこまで将来的に最低だと批判されることになる俺様臭はしない。むしろ可愛い。これが、お子様効果なのか!

 俺にはショタ属性はないはずなのだが! そう思った途端、犬にしか見えなくなってきた。ハスキー犬か。うん。

「ハスキー犬……!」
「は?」
「マキー!」

 前世で飼っていた犬の名前を思い出した。

「俺は、まさき、だ」
「え、あ」
「……マキでもいい。特別に許してやる」
「存沼くん」
「だーかーらー! マキでいい! わかったぞお前、雅樹って漢字が読めなかったんだろう!?」

 違ったが、まぁ、そういうことになった。

 まさかこのやりとりで、ひっそりと裏で婚約ばなしが解消されていたことを、俺は知らない。

 その日最後に俺が話したのは、ルイズ・シュガールという父親の代理できた少女だった――いや、少年だ。俺は知っている、女装で偽名だと。

 後に家名無しのアンノーンとして、中等部から外部入学してくる、我らが風紀委員長ーーそれが、ルイズだからだ。ここにいる以上、勿論本当は家名無しではないが、砂川院兄弟とのやりとりを思い出し、俺は黙っていることにしたのだった。



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