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【第十八話】魔王、夏休みを迎える。




 その後も学園生活は緩やかに――……なのだろうか。昼食は相変わらずリザリアと食べて、たまにそこにルゼラも加わったり、休み時間などには時折シリル殿下やアゼラーダと話をしたり、そんな風にして俺の日々は流れていった。

 三学期制の王立魔術学院の、一学期目の終業式があった本日は曇天で、馬車で帰宅して少しすると雨が降り出した。リビングの窓の外を眺めながら、俺は紅茶のカップに手を添えていた。

「今日からはお休みかぁ」

 夏休みはそれなりに長い。俺の予定はと言えば、明後日からシリル殿下の城に遊びに行く事だろうか。他には目立った予定は無い。のんびり過ごすのもよいなぁと考えながら、俺は紅茶のカップを傾ける。

「……」

 遊びに行くのが楽しみでないと言えば、多分嘘となる。何せ俺は、昨日には滞在するための準備を終えていた。寧ろ楽しみすぎて、気が急いているようにも思う。魔王時代からでは考えられない変化だ……それが、良い事なのか悪い事なのかは不明だけれども。

 雨の音を聞きながら、俺は何度かマリアーナにお茶のおかわりを注いでもらった。

 こうして夏休みが始まって三日後、俺はシリル殿下の城に遊びに行く事になった。待ち合わせは学院の校門前で、そこからシリル殿下の転移魔術で移動する事になっていた。荷物をまとめた鞄を手に、俺は馬車に乗った。四天王である三名は、俺を見送りながら「楽しそう」と口にしていたから、やはり周囲にもそう映るのだろう……。

 俺が待ち合わせの時間通りに到着すると、既に全員の姿があった。朝の挨拶をかわしてから、シリル殿下が持参していた杖を握った。飴色で先端が渦を巻いているような、樫製の杖だ。王族は生まれた時にいくつかの杖や剣を作るらしいのだが、その文化は今も変わっていない様子だ。ある種の魔導武器でもあるが、王族の場合は装飾も豊富で観賞用や宝物とする意図もあるから、シンプルなのが逆に珍しい。

 その杖をシリル殿下が振る。口頭では呪文を唱えていた。
 すると俺たちの足元の地面に魔法陣が浮かび上がり、その線をなぞるように二度光が走ってから、周囲にその光が広がる。眩しさに目を閉じると、少ししてから瞼の向こうで光が収束したのが分かった。俺は静かに目を開けると、風景が変わっていた。

 俺達は崖を切り抜くようにして作られた城の前にいた。青が基調となっている石造りの壁の城で、いくつもの塔が見える。俺は振り返り、そこに見える人工湖に城が映っているのを確認した。湖には眼鏡みたいな橋がかかっていて、遠くに門が見える。改めて城へと視線を戻すと、ずらりと使用人達が並んでいて、圧巻だった。

「ここが、俺が生まれた時にもらった城で、サンテリルラード城というんだ」

 シリル殿下の声が明るい。頷いているアゼラーダは来た事がある様子だ。
 リザリアは柔和な微笑で頷いていて、ルゼラは目を丸くしている。

「わ、私本当に入ってよいのでしょうか? 私……こんなお城なんて、初めてで、その……」
「ルゼラも大切な客人だってもう伝えてある。気にしないでくれよな?」

 不安そうなルゼラの肩を、ポンとシリル殿下が叩いた。こうして俺達は城の中へと進む事になった。エントランスホールに入ると、ギンガムチェックの床が見えた。正面には白亜の階段がある。大きなシャンデリアを俺は見上げた。するとこの城の執事が歩み寄ってきて、俺達に深く腰を折った。

「おかえりなさいませ、シリル殿下。そしてそのご学友の皆様は、ようこそお越し下さいました。ご滞在頂く部屋にお茶をご用意しております。どうぞそちらへ」

 そのように促されて、俺達は右奥の部屋へと案内された。室内には花瓶に生けられた青い花が無数にある。甘き匂いが漂ってくる。魔法植物だと俺はすぐに分かった。魔法植物は魔力を花びらなどに帯びている。他には油絵がいくつか壁にかけられていて、銀色の燭台も様々な場所にあった。

 入ってすぐのその部屋から通じる場所が三つある。内二つは扉が無いから確認できたが、寝台があるので、男子の寝る場所と女子が寝る場所だろう。最後の一つはトイレや浴室に通じる扉のようだった。

「荷物を置いてきますわ」

 慣れた調子でリザリアが、ベッドが三つ運び込まれている方の部屋へと向かった。アゼラーダとルゼラもついていく。

「俺達も行こうぜ」

 シリル殿下の言葉に頷き、俺は女子達の隣の部屋へと向かった。扉が無いその部屋に入り、大きな寝台が二つと、テーブルと長椅子があった。とても広い部屋で、毛足の長い絨毯も、調度品も洗練されている。ここにも青い花が飾られていた。

「なぁ、グレイル」
「なに?」

 荷物を長椅子の上に置いて、俺は顔を向けた。シリル殿下は早速寝台に座っている。自分の家に帰ってきたようなかたちなのか、シリル殿下は特に持ち物を持ってきた様子がない。

「扉が無くて、すぐ隣に女子の部屋があるってさ、ドキドキするよな」
「へ?」
「林間学校は行事だったけど、今は俺達、遊びに来てるわけだしさ……」

 シリル殿下の声が弾んでいる。俺は荷物の横に座りつつ、腕を組んだ。

「グレイルは、もうリザリアとは、もう、そ、その……だ、だから……」
「なに? 言いたい事があるならはっきり言ってもらえる?」
「キ、キスとか……したのか?」

 その言葉に、俺は頭を金槌で叩かれたかのような衝撃を受けた。

「してないよ。なんでだよ。する予定もないよ」

 ドキドキするとは下心かと認識し、俺は半眼になった。しかし円満解消を願っているというのもあるが、考えてみると俺はこれまでに、リザリアをそういう目で見た記憶がない。リザリアだって俺を恋愛的には好きではなさそうだし、したいとは思っていないと思う。だよな? 思ってないよな? 確かに聖ヴェルガルド教は大らかな宗教だから、別に結婚前にキスをしたって怒られる事は無い。だからといって、するという気にもならない。俺としては、そう言うのは好きな相手にするべきだと思っている。

「結婚まで清い交際を続けるのか? え、グレイルって真面目なんだな」
「俺は普通だよ」

 そもそも結婚するつもりはないのだとは、言わなかった。万が一シリル殿下がうっかりリザリアに言ったりしたら大変だと思ったからだ。

「シリル殿下は、誰かとキスしたいの?」
「べ、別に特定の誰かに対してそう思ってるわけじゃないんだ。ただの憧れっていうか……」
「シリル殿下ってそういえば許婚はいないの?」
「一応、いくつかの国の王族の姫君と、結婚しないかという話はあるけどな、選定中というのもあるし、確定はしてない」
「へぇ」
「でも恋愛結婚に憧れてるんだよな、俺」
「大変だね、王族も」

 そんなやりとりをしていると、女子達が共通リビングへと戻ったのが気配で分かった。だから俺とシリル殿下もそちらに合流する事にした。

 そこで俺は、ひっそりとステータスを確認してみる事にした。シリル殿下の言葉が脳裏をよぎっていて、恋愛的な好意を抱かれていたらと気になったのである。

 まず、肝心のリザリアを見た。すると好感度は――……俺は、目を見開いた。54%になっている。これは、大親友ラインを超えているかたちだ。俺は男女の間にも友情は存在すると思うタイプなので、円満解消に近づいたと思い、内心で気分がよくなってしまった。

 続いてその左右にいたルゼラとアゼラーダのステータスを見てみる。
 ルゼラは、67%になっている。75%を超えると恋愛的な好意となる事が多いが、そこには達していない。驚いたのはアゼラーダで、こちらも50%になっていた。もうすぐ大親友ラインだ。林間学校以外ではそこまで絡んでいないから意外だった。ついでにシリル殿下のステータスも見ると、52%になっていて、ぴったり大親友ラインだった。いつから俺達は親友になったんだ? と、少し思ったが、嫌われるよりはずっといいか。

 その後俺達は雑談をして過ごし、昼食時には料理が部屋へと運ばれてきた。それは夜も同じで、出て来た品はいずれも美味だった。豪華でもあり、さすが王族の城だなという印象だった。明日からも楽しみだ。



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