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【第十七話】魔王、王都遊園地へ行く。



 テストが終わった翌週の休日。俺達は林間学校の景品である遊園地への入場券を手に、遊園地の門の前で待ち合わせをした。五人で顔を合わせるのは久しぶりだ。朝の挨拶を交わしてから、本日開催されるサーカスの時間が十三時からだと確認した。現在は午前十一時だから、なにかアトラクションに一つのって昼食を食べたら、丁度良い時間となる。

「あれに乗りたい!」

 最初に言葉を発したのは、シリル殿下だった。指差している先を見れば――魔導メリーゴーランドがあった。

「俺、荷物番をしてるよ」

 全然興味がわかなかった俺がそう言うと、四人が俺を見た。

「確かに四人乗りの馬車がまわっていますが、気を遣わなくてよいのですよ?」

 リザリアの言葉に、俺は首を振る。興味もわかないが、俺はぐるぐる回転するものは、実は嫌いだ。封印された時に、時空の歪みの中で、竜巻のような状態になった記憶が鮮明にあるからだ。

「俺、酔いそうだから」

 率直にそう言うと、四人が頷いた。こうしてみんなが魔導メリーゴーランドへと向かう中、俺はそばのベンチに座って、四人が置いていった鞄を見る。それから正面へと視線を向ければ、大きなメリーゴーランドが、ゆったりと回転しているのが見えた。馬や馬車が上下しながら回っている。この遊具は、なんでもニ十分ほどまわるらしい。結構長いなと俺は思った。一応、この王都遊園地の名物の一つであるらしい。他に有名なのは、鏡の迷宮と、やはりサーカスであるらしい。俺は入園時に受け取った遊園地のパンフレットを広げて、ぼんやりと位置確認などをしていた。幸い本日は晴天で、雨が降る気配もない。

 遊園地には人が多くて、行きかう人々を眺めているだけでも、興味深い。ここにいるのは、多くが平民だ。魔導具技術が用いられていない自然そのままの遊具も多数、敷地内には存在しているらしい。

 人間の娯楽は、本当に進化したと思う。俺は、四人乗りのメリーゴーランドの馬車が目の前をゆっくりと通過した時、四人に手を振られたので、手を振り返しておいた。何度かそれを繰り返し、そうしていると、ニ十分はあっという間に経過して、四人が戻ってきた。

「何を食べましょうか?」

 リザリアの言葉に、園内にあるカフェの食事券も貰っていた俺達は、そちらの方向へと向かいながら、あれやこれやと各々の食べたいものを口にする。本日俺は、ホットドッグを注文する事にした。大きなソーセージがはさまっていて、ピリリとした刺激があるマスタードが美味しい。

「こんなの食べたの初めて……美味しいですね」

 ルゼラが満面の笑みを浮かべて、野菜をメインにしたトルティーヤを食べている。リザリアも同じ品を頼んだようで、二人は頷きあっている。アゼラーダはハンバーガーを頼み、シリル殿下は串焼き肉を食べている。テラス席に座り、全員で歓談しながら食欲を満たした。こうしてサーカスの開園時間が迫ってきたので、俺達は移動した。チケットには席順も記載されていたのだが、俺達は最もよく見える中ほどの席だった。俺の隣はリザリアとアゼラーダだった。

 最初に始まったのは空中ブランコで、風属性魔術を使うわけでもないのに、宙を舞う人々を見て、俺は思わず目を丸くした。わざわざ危険に身を置く必要性を俺は感じなかったが、純粋に凄いと思う。ほかにも火の輪くぐりにも驚いた。猛獣使いがライオンを連れて出てきた時には、思わず息を呑んでしまった。手品も行われ、人間の胴体が真っ二つになったように見えた時には、ゾクッとしたりもした。いやもう、本当に人間の娯楽は進化したと思う。昔では、こういう芸は考えられなかった。それだけ世界に余裕が生まれたという事なのかもしれない。閉幕した時、俺たちは全員で立ち上がり、惜しみない拍手をおくった。これは見てよかった。楽しかったなと俺は思いながら、みんなと共にサーカスのテントを出た。二時間ほど見ていたため、時刻は十五時だ。閉園まで、あと一時間半ほどある。乗るとしたら、次が最後のアトラクションだろう。そう考えていたら、リザリアが大観覧車を見た。

「最後に観覧車に乗りませんこと?」
「お、いいな!」

 シリル殿下が頷く横で、アゼラーダも大観覧車を興味深そうに見ている。

「わ、私、高所恐怖症なので、今度は私が荷物番をしていますね」

 ルゼラがそう述べたので、リザリアは焦ったような顔をした。

「他のものに乗りますか?」
「リザリア様、大丈夫です! 私、しっかり荷物を見ていますから!」

 そう言われたリザリアは、些か心配そうな瞳をしてから頷いた。そして、首元につけていたリボンの飾りを外した。公爵家の模様がデザインされていて、中央に魔石が嵌っている品だ。

「誰かに何かを言われたら、これを見せるのですよ?」
「こ、これは……お借りして良いのですか?」
「勿論ですわ。ルゼラは私の大切なお友達ですもの」

 確かに貧民だと露見すれば、何を言われるか分からないだろう。そう感じて、俺もリザリアの配慮は正しいと思った。模様で縁どられた魔石は貴族の持ち物だと皆が知っているから、これを持っていれば、撃退できるだろう。

 そんなこんなで、俺達は大観覧車に乗り込む事になった。アゼラーダは護衛の都合でシリル殿下と乗るようで、必然的に俺はリザリアとゴンドラに乗る事になった。

 ゆっくりとゴンドラが地上を離れてあがり始める。窓からは、王都の街並みがよく見えた。こうして高いところから見ると、景観が統一されているようで、綺麗な色彩の街だと感じる。貴族街も見えたが、こちらはちょっと雰囲気が違う。この位置からだと貧民街は見えない。そんな事を考えていた時、俺は視線に気づいた。チラリと見れば、リザリアが俺をまじまじと見ていた。

「グレイル」
「なに?」
「少しは私の事を好きになりましたか?」

 不意にそんな質問をされて、俺は驚いた。円満解消を目指しているから、恋愛感情を抱く予定は皆無だ。ただ……まぁ、人としてのリザリアは、結構いい人なんじゃないかなとは感じる。決して嫌いというわけではない。最初は苦手意識が強かったが、今では一緒にいるのが苦ではないし、気まずさも消えている。

 しかし質問の意図が見えない。もし本当にリザリアが俺に恋をしているならば、この質問も分かるが、なにせ彼女は別に俺を好きではないのである。最近多少、友情を感じてくれてはいるようだが。

 分からない事は、訊くに限る。と、言う事で、俺は首を傾げた。

「どうして?」

 するとリザリアが瞳を揺らしてから、優しい顔をした。

「以前よりも、貴方が笑ってくれる気がするからですわ」

 その言葉に、俺には自覚が無かったので、虚を突かれた。そうなのだろうか? 俺、笑っていたのか? 全然分からない。だから咄嗟に首を振った。

「そう? 気のせいじゃない?」

 俺の返答を聞くと、リザリアが微苦笑した。
 俺はそれを見てから、窓の外に視線を戻す。丁度中央を過ぎて、下り始めた所だった。俺達は、非常に高い場所にいる。魔王としては、宙に浮かんで戦う事も珍しくはなかったから、特に恐怖は感じない。

 その後の俺達は、どちらも言葉を発せず、ずっと外を見ていた。
 そうして地上へと戻り、ゴンドラから降りた。

 待っていたルゼラとも合流し、俺達は王都遊園地の出入り口の魔導ゲートへと向かう。結局、他の名物の鏡の迷宮には行けなかったから、もし機会があったら行ってみたいなと、俺は考えたのだった。


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