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第三話 【王国】


 プレシア王国は、神聖国と連合国と国境を接している。

 神聖国との国境付近には、”不帰(かえらず)の洞窟”と呼ばれる魔王の住処が存在している。

 ”不帰(かえらず)”と言われているが、低階層では問題なく帰還ができる。強く理不尽な魔物は出現しない。しっかりとした統計があるわけではないが、階層を5階降りる度に帰還率が10%ほど下がると言われている。そして、このダンジョンが中級以上のハンターに不人気なのは、実入りが少ないことだ。

 最初は、王国や神聖国や連合国が魔王討伐を目指して、軍を送っていたが、中階層を過ぎた辺りから”不帰(かえらず)”の状態になってしまった。

 初級ハンターが低階層で採取や素材を得て、小銭を稼いだら他の魔王が管理するダンジョンに移動する。

 そして、近年では連合国のハンターたちは、魔王ルブランの”ギミックハウス”の攻略を行うようになって、不帰(かえらず)の洞窟にはアタックをしなくなっている。

 王国に属しているハンターは、二つに割れている。
 ハンターは、ギルドに属するのが、好ましいと思われている。ギルドに属さなければ、採取した素材の現金化を自分で行わなければならない。ギルドに所属すれば、現金化だけではなく情報の共有やサポートが受けられる。
 王国だけではなく、神聖国と皇国と帝国を除く、すべての国で、新しいギルドが出来て、ハンターがどちらに属するのかで割れている。

 割れていると言っても、多くは連合国に本部を置く歴史が古いギルドに登録を行っている。
 魔王ルブランの魔王城近くにある。城塞()に本部を立ち上げた新生ギルドは”獣人”や”亜人”と呼ばれる迫害の対象になっていた者たちを受け入れている。そのために、連合国のギルドから移籍したり、黙って移動して新規に登録をしたり、新生ギルドの登録が増えている。

 そして、王国でも、国境近くに作られた新生ギルドには連日、獣人族が訪れて登録を行っている。王国では、連合国や旧帝国や神聖国や皇国と違って、獣人族を差別の対象として捕えていないが、それでも人族とは待遇が明らかに違っている。そのために、連合国のギルドに登録していた獣人族は、新生ギルドに鞍替えしている。

 あくまで表向きの話として、王国は獣人族を差別していない。差別する必要がない位に、実情が酷いからだ。

 王国にある、ギルドの奥まった部屋で不機嫌にワインが入ったグラスを傾けている男が、目の前で縮こまっている男を”今すぐに殺したい”という感情を隠そうとしないで詰問を繰り返している。

「それで?」

 ワインを飲んでいる男は、グラスをテーブルに叩きつけるようにしてから、同じ質問を繰り返す。

「はっはい。獣たちは、新生ギルドに登録をして、奴隷が解除される事案が続いております。はい」

 ギルドの奥まった部屋の住民だった男は、ワインを飲みながら報告を受けている男の前で直立不動の状態で用意していた答えを告げる。

「それなら、新しい獣を捕まえてくればいいだけだ!なぜ、そうしない!」

 このギルドや王国の上層部では、獣人族は言葉が解る獣だと思っているような者たちが多い。
 そのために、”獣”扱いで狩りをして集めるのが当然だと思っている。

「えっあっ・・。それが・・・」

「なんだ!はっきり言え!殺されたいのか!」

 不機嫌な男は、近くにあったワインのボトルを、目の前で縮こまっている男に投げつける。

「・・・」

 男が言い澱んだのは、報告をしても、しなくても、同じ状況になってしまう。と、考えてしまったからだ。実際に、前任者は男に真実を告げた日に、命のともし火が消えている。

「なんだ!死にたいのか?」

「いえ。新しい獣を捕まえに行った者たちが、返り討ちにあって・・・。何度か、そんな状況が続いて、獣狩りを行う者たちが・・・。はい」

 不機嫌な男は、ワインが入ったカップを投げつける。

「ふざけるな!獣狩りの連中には・・・」

「はい。ギルドが保管していたスキルや武具を貸し与えて」

「それなら、なぜだ!あれらは、不帰(かえらず)だけではなく、近隣の魔王たちから得た最高級な武具だぞ!」

「・・・」

 男は、自分の死にも不安を覚えるが、目の前に居る男の言いぐさにも不満を募らせる。
 ギルドが保管しているスキルや武具は、自分たちが集めた物で、ギルドがハンターたちから買い取った物だ。買い取り方に問題がある場合もあるが、ギルドが所有権を持っている物で、偉そうにワインを飲んでグダグダ文句を言っている男の持ち物ではない。

 踏ん反り返っていた男も、男の話かたの変化を感じ取った。上位者として振舞っているが、根本が小心者だ。力では、暴力では、敵わないのは理解している。理解できているから、大きな声で脅すような事を言っている。
 そして、自分の武力ではなく、権力を自分の為だけに使うのに戸惑うような男ではない。

「ふぅ・・・。それで、戻ってきた連中は、”なん”と言っている」

 ワイン臭い息を吐き出して、男は質問を変える。最精鋭ではないが、それなに腕の立つ者たちが所属している。

「それが・・・」

「はっきりしろ!」

「はっはい!獣狩りに出たのは、3パーティー18名と奴隷商ですが、誰も戻ってきていません」

「なに?武具は?」

「・・・」

「奴隷商にも護衛が付いていたよな?」

「はい。30名の護衛が・・・。誰一人として帰ってきません」

「・・・。わかった。もう、いい・・・。さがれ」

 ギルドの主の部屋に居座る男は、本来の主を差し置いて、自分が主のあるかのように振舞っている。

「はっはい。失礼いたします」

 男は、頭を下げて、そのまま後ろに下がりながら、部屋から出る。
 卑屈に、踏ん反り返っている男から、これ以上の不興をこれ買わないように、素早く部屋から逃げるように出る。

「くそ!獣のギルドができてから、何もかもがうまく行かない!魔王ルブランか?奴が裏で・・・」

 獣のギルド。
 彼等、王国の上層部が、忌み嫌っているのは、新生ギルドだ。王国の上層部は、魔王ルブランが”獣”を匿っている。そして、自分たちの財産である獣奴隷を奪っていると、考えている。

 獣人族も、帝国の奴隷部隊の崩壊から始まった、奴隷解放の流れを敏感に感じ取っている。帝国でも、一部では差別は残っているのだが、魔王ルブランへの恐怖から、権力に近かった者から獣人族の奴隷を解放し始めた。違法奴隷は、すでに解放されている。一部の貴族や豪商では、違法奴隷を隠して秘密裡に処理する事が相次いだ。しかし、どこから情報が漏れたのか、処分を行った貴族や豪商は、潰されていった。何度か、同じような事例が発生してから、帝国内では不正な奴隷を扱うのはタブーとなった。

 連合国や神聖国での待遇を考えれば、帝国は獣人族に取っては過ごしやすい場所になりつつある。偏見や差別は残っているが、歩くだけで捕えられて奴隷に落されるようなことが無くなっている。

 王国の上層部が欲している戦奴としての獣奴隷が減り続けている現象に歯止めを掛けるために、男はギルドにやってきた。命じていた、狩りや調達の状況を確認したかったのだ。思っていた以上に、状態が芳しくない報告を受けて、さらに自分の上位者への報告の内容を考えている。

「そもそも、獣がなぜ帝国に移動する。魔王領に移動しているのか?」

 報告書にあるのは、今まで狩場としていた場所に、獣人族の姿が無くなっている。集落を見つけられない状況が続いている。
 大きめの集落を見つけたと報告が上がって、獣狩りや奴隷商たちを派遣しても、返り討ちにあって、奴隷が入手できない。それだけではなく、獣狩りのメンバーや奴隷商が雇い入れた護衛も数を減らしている。

 奴隷不足は、まだ深刻な状況ではないが、新たな入荷がないと、いずれ表面化する。
 王国は、奴隷を使いつぶして、魔王の住処から素材を得て、諸外国に売りつけて外貨を得ている。そのためにも、戦う事ができる奴隷は必要なのだ。それだけではなく、農作業やインフラ整備にも多くの奴隷を組み込む事で成り立っている。

「くそぉ!このままでは・・・」

 男は、残っていたワインをグラスに注いで一気に喉に流し込む。
 立ち上がって、ベルを鳴らす。護衛を呼び寄せて、自らの屋敷に帰ると伝えて、寝てしまった。

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