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7 Caseトマス⑦

 夕闇の中、黒塗りの馬車が田舎道を走っていく。
 1台、そしてまた1台。
 一番初めの馬車が通り過ぎてから、すでに十数台の馬車が目の前を通り過ぎて行った。
 木の上から通り過ぎた馬車を見送りながら、オーエンは小さな溜息を吐いた。

「この国はもう終わったな」

 懐中時計を確認し、オーエンは音も無く姿を消した。
 その頃、仮面をつけた客たちが続々とステージ前に集まって、酒を片手に談笑していた。
 毎夜のように繰り広げられるこのパーティー。
  
 お互いに仮面をかぶっていて身元は知られていないとはいえ、さすがに自国の第三王子を見まがうものなどいない。
 その第三王子がステージ上で妊婦を嬲り殺した事件。
 それを見た者たちは、口では悍ましいと言いながらも、その光景に覚えた恍惚感を今も引き摺っていた。

「今夜の趣向はどのようなものなのでしょうね?」

「ええ、例の事件からこっち、ありきたりなものだったでしょう? でも今日の招待状はご覧になって?」

「もちろん見ましてよ? 今日は大切な夜会がありましたが急遽病気ということで欠席してまで参りましたわ。夫もとても楽しみにしていて……。昨夜から異常なほど興奮しておりましたわ」

「まあ! うちもですわ。この人ったら、そんなにきつく縛ったら痣になって夫にバレると申しますのに、我慢が出来なかったようで……。素敵な時間を過ごしましたけど。ほほほ」

「あらあら! ほほほほほほほほ」

 白鳥の仮面の女と、フクロウの仮面の女が扇で口元を隠しながら話している。
 このパーティーの参加者は全員動物の仮面を身に着けている。
 鳥類の仮面は被虐系、獣類の仮面は加虐系だ。
 お互いに自分の趣味が一目でわかるので、ボルテージが上がると獣類の仮面の者に嬲られる鳥類の仮面達という光景が、あちこちで発生する。

 我慢できない幾人かが、すでに痴態を繰り広げており、その周りを囲み、まるで酒の肴を見るように酒を飲んでいる者達もいた。
 会場内にはいつもとは違う甘い香りが広がり、その甘さはどんどん強くなっている。
 かちゃりと扉の音がして、低位貴族とその従者が入ってきた。
 低位貴族はC国第三王子、そして従者の姿をしているのはサシュだ。

 サシュがステージの緞帳の影に視線を動かすと、室内の照明がゆっくりと落とされた。
 どこからともなく拍手が起こり、一斉にその視線がステージに注がれる。
 真っ黒なタキシードに豹の仮面を被った男が登場し、恭しくお辞儀をした。

「レディース アンド ジェントルマン 今宵のショーは特別な方達にだけご用意した特別なものです。どうぞお楽しみください。さあ! この世の終わりをご体感いただきながら、ともに至高の境地へと向かいましょう! イッツショータイム」

 緞帳がゆるゆると動き、ステージだけが明るさを増していく。
 参加者はその光景に心を躍らせ、我先にとステージ前へと進みだした。
 興奮を抑えきれず、たまたま隣にいた女のドレスの裾を捲り上げる男達と、お約束のように小さな悲鳴を上げつつも、抗うこともせず自ら足を広げる女達。
 ステージ前の空気は息苦しいほどに淫靡なものに変わった。

 いきなりドラムロールが流れ、大きなシンバルの音と同時にステージ上に置かれたものを隠していた布が取り払われた。
 そこには全裸で口から涎を流しながら、虚ろな目をした女いた。
 その女の四肢は大きく開かれて木枠に固定されている。
 
「おぉぉぉぉぉ!」

 会場はいっきに盛り上がった。
 豹の仮面の男が口を開く。

「さあ、始めましょう。この女は歯も無く爪もありません。御身に傷がつかないように処置しておりますので、いかようにも責めていただけますよ! スタートは100万から!」

 秒単位で値がつり上がっていく。
 その様子を後ろから見ていた第三王子が従者に言った。

「俺が買う」

「ダメです。あんなのは前座です。今日はもっと大切なことがあるでしょう? ほら、あそこ。来てますよ」

 従者が第三王子の耳に口を近づけた。
 従者が示す指先を見た第三王子の体がぴくっと揺れた。

「横に立っているのが俺の従弟ですよ。話をつけてきますのでお待ちください。口止め料も渡しますね」

 従者に父王から貰った革袋をそのまま渡した第三王子は、その女から目を離さずに言った。

「見えないところなら良いんだな?」

「ええ、三年前のように殺してはダメですよ?腹と顔以外ですよ?」

「分かっている! 早く話をつけてこい!」

 第三王子は近くのテーブルに置いてあったワインの瓶を握りしめ、一気に呷った。
 それを見たシスがステージの袖で呟いた。

「うわぁ~一気にいっちゃったぁ~」

 くすくすと笑うシスの後ろでゼロが言った。

「業者は?」

「待機完了」

「代金は?」

「全額受け取った」

「始めよう」

 二人はチラッとステージを見て、姿を消した。
 ステージ上では5千万で権利を落札した像の仮面の男に、思うさま殴られ犯され続けるアニタの呻き声が響いていた。
 
 シアがベルガの前に跪いてから今日で25日。

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