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ゆたかな村(8)

「あっちの大きな家も見ましょう」
「まだ見るのかよ」
 シハルが指さしているのはトレッティが村長の家と目したところだ。やはり木造だが、他の家屋よりも立派な印象がある。
 鍵はかかってないな。
 トレッティが扉に手をかけたそのとき「変な音がします」と、シハルがつぶやいた。
「音?」
 これ以上驚かされたら鼓動が止まるかもしれない。トレッティは扉から手をはなして耳をすます。この村全体でしているおそらく機械であろう低いうなりのようなものが、この家からはさらに大きく聞こえる。
「機械の音じゃないか?」
 トレッティの言葉にシハルは小さく首をかたむける。
「機械の音かもしれませんが、ちょっと外の音とは違いますね」
 音に敏感なわりには大胆に扉をいっぱいまで開けてしまう。トレッティはなんとなく後ろにさがった。
「おい。何がある?」
 そんなトレッティを見てヴァルダがくつくつと嫌な笑い声をあげた。
「何でしょうね。なんだと思いますか?」
 シハルの後ろから扉の中をのぞきこむと、部屋いっぱいに機械が設置されている。「機械」としかわからない。ひどく雑然とした光景だ。いろいろな色をした細い紐のようなものが床をはいまわっており、歩き回ったら引っかけて転びそうだ。家は蔵同様に二階や屋根裏まである規模に見えたが天井はすべてぶち抜かれて機械がみっちりと占領している。あちこちから光が点滅して暗い壁をにぎやかに照らしていた。そしてシハルのいう通り外の機械音とは違った高い音がたびたび機械からもれている。
 二人でしばし言葉を失ってそれを眺めていた。
「勝手に歩き回らないでと言ったじゃないですか」
 突然の声にトレッティは思わず後ろにさがる。悔しいがヴァルダの言う通りこの村の気味悪さのせいですっかり臆病になってしまったようだ。
 機械の後ろからあらわれたのはリョウだ。
「ちょっとあんた、あの子は見つかったの?」
 相手がリョウだとわかると少し安心する。
「見つかりません。どこにいるんでしょう」
 心底困ったように首を振っているリョウはさっきの印象と変わらず気弱な青年に見えた。一体何から聞いていいのかわからないくらいに聞きたいことがある。
「リョウさん、食事をありがとうございました。村長さんにお礼をお伝えください」
 ヴァルダが悪さをしないようにするためだろう、シハルはすでにその体を抱き上げていた。
「ええ、そのように伝えますね」
 リョウは機械の右端の窪んだところにあるたくさんのボタンをまるで楽器の演奏でもするかのようななめらかな動きで押しはじめた。よく見るとボタンには文字が書かれている。カチカチという小気味よい音がしばらく続き、リョウが手をとめると、機械にはめこまれた窓のようなところがふわりと青く光った。リョウがなぜかクスリと笑う。
「村長がずいぶんよく召しあがられましたねと言って笑っています」
 トレッティの頭の中が即座に疑問符でいっぱいになった。
「その中に村長さんがおられるんですか」
 シハルは好奇心を抑えきれないというように機械の窓に近づく。
「足元に気をつけてください」
 トレッティも気になってそろりと機械に近づいた。
 窓のところには異国語のような文字がいくつも浮かんでは消えてを繰り返している。文字が浮かぶときにさまざまな色に光ってはまたたいた。
「村長だけじゃないですよ。百数十名の村人たちがここにいます。もちろん子供たちも」
「百人以上? せまくないの?」
 トレッティが機械を見上げると、何がおかしいのかリョウはくすくすと笑った。
「データですのでせまくはありません」
「でーた?」
「情報のことです」
 何を言っているのかさっぱりわからない。
「この村にいるのはリョウだけなのか?」
「いえ、村の人たちがこの機械の中にいます。カタシロにデータを入れて外出する村人もいますけれどね。おそらく水田で姿を消したのは子供型のカタシロでしょう。でも服の色がみんなとは違うんですよね……。今、ちょうどその子のデータを探していたところです。かくれんぼのつもりなのかデータも見つかりません」
 また意味不明なことを言っている。
「カタシロ?」
「さっき勝手に蔵をのぞいていましたよね」
 リョウはとがめるようにトレッティを軽く睨む。カタシロというのはあの蔵にあった気味の悪い人形のことか。あの人形にデータというのを入れて……?
 よくわからないので気にしないことにする。
「僕は外部から依頼されて来た管理人で厳密には村人ではありません。村人のみなさんはいい方ばかりですが、次々と問題を起こされては困るんですよ。そもそもですね……」
「中の人はどうやってごはんを食べるんですか」
 とめどなくトレッティに文句を言い続けそうだったリョウをさえぎり、シハルはどうでもいいことを聞く。
 リョウは窓の下あたりにいくつもある引き出しのようなところを一つ開けて見せてくれた。シハルには妙にやさしくないだろうか。
「ここに食事を入れてあらゆる数値を測定、データ化して村人たちに配ります。数値を打ち込んで食事のデータを作るのが簡単なんですが、みなさん本物から入力されたデータしか召しあがらないんですよ。コピーも嫌なんだそうです。これには参りました」
 リョウは困ったような顔をしているが、その言葉はトレッティの頭をすごい勢いで素通りしてゆく。
 理解できた部分だけの話だと、つまり食事の時間のたびにあの引き出しに食べ物を入れる必要があるということか。すごく面倒くさそうである。
 そういえば素早くしかも際限なく食事が出てきたのは毎日の食事に使うなんらかの機械で早くたくさんの食事を作ることができるからなんだろう。
「データを取った後の食料はここのさらに地下で燃料や肥料にされて自動で循環します」
 よくわからないが無駄はないってことだな。
 トレッティは理解することを完全にあきらめた。そもそもなぜ村人は機械の中に入ったのだろう。
「死霊のようですね」
 シハルが笑顔のままわりと失礼なことをいう。リョウもわずかに眉をひそめた。
「呪術を扱うのでよくわかります。生きている人も死んでいる人も存在する層が違うだけで私にはほとんど同じように見えるんです。リョウさんにとっても村人と普通に生きている人は生きている場所が違うだけで同じなのではないですか」
「死霊とか、目に見えないものはあまり信じていないのでよくわからないですが、そういうものでしょうか」
 リョウは腑に落ちないという表情で首をかしげているが、トレッティは「ああ」と声が出そうになった。
 トレッティにとっては機械の中の村人も死霊も見えない。シハルのいうように同じだといわれればそうかもしれないと思ってしまう。しかしリョウにとって機械の中の村人は確かな存在で目に見えない死霊などは存在しないのと同義なのだろう。
 当たり前のことだが、人は見えるものしか見えないし、見ようともしないものなのだ。
 こんなことがあってこんなことに気づいたと、トレッティの帰りを待っている子供たちに早く話してあげたい。
「神様はどうですか」
 シハルが口を開くとリョウはまた眉をひそめて「神様ですか」と、意味も無く復唱し、何をするつもりなのか、また機械のボタンをカチカチと押し始めた。すぐに窓がふわふわと光り出す。
「村の方々も目に見えない死霊とか神様とかの存在には懐疑的のようですね」
 リョウは機械の窓に目をやって申し訳なさそうにシハルに伝えた。表情からリョウも村人たちと同意見なのだとわかる。「呪い」で大騒ぎしていたのとは大違いの反応だ。
 村で子供たちと農作業をしているトレッティには「呪い」が水田や畑で発生する植物の病のことを言っているのは察せられた。ああいったものは近くの畑がやられると次々と増えてゆく。まさに「呪い」だ。この閉鎖された村に持ち込まれたら厄介なことになるのは容易に想像できた。とにかく症状として見える「病気」と見えない「死霊」では扱いが違うということだろう。
「ではこの道の先にある古い建物はなんでしょうか。私には神様のための建物に見えますが」
 さっきからシハルが気にしていた社のことだろうか。リョウも何のことだかわらかないというような表情をしていたが、やがて「ああ、あのぼろぼろの」と、膝を打った。
「僕がここに来た時からありました。ここの建物はほぼ村が地上にあったころの物をそのまま移築しているので、もともとの村には神様を祀る習慣があったのかもしれませんね」
 さして興味がなさそうだ。
「私はまじない師です。あの建物の中の物、使わないのであればいただいてもいいでしょうか」
 リョウはまばたきをしてシハルを見た。
 シハルが盗むといっていたのはあの社の中の道具類のことだったのか。しかしリョウに言ってしまった時点で盗んだことにならないだろう。峠の神様に怒られずにすむにこしたことはない。そう考えてしまってからすっかりヴァルダの言ったことに影響されていることに気づきこっそりとため息をついた。
「あのぼろぼろの建物の中のものですか? たぶん中の物もぼろぼろですよ」
「ええ。まじない師には使えるものがありそうなんです」
「ちょっと待ってください」
 リョウがまたボタンをカチカチと押し始める。画面が光りまたリョウがボタンを押す。そんな動作がしばらく続いた。
「村長は、何もないと思うけどもし欲しいものがあるなら持って行ってもいいとおっしゃっています」
 ようやくシハルに向きなおるとリョウはそう言った。言いながらも釈然としないような表情をしている。
「それでは明日、中を見せてもらいますね」
 シハルは妙にうれしそうににこにこしている。
 今日はやっぱりここに泊まることになるのか。夜もふけてきているので仕方がないが、早く立ち去りたいトレッティはまたうんざりと肩をおとす。そんなトレッティの心境を察してでもいるようにシハルの腕の中からヴァルダがニタニタとこちらを見ていた。

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