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占術士のカード(1)

「誰の許可を得てこんなところで商売しているんだ」
 どうせ観光客が遊び半分でやっていることだろうと数日は黙って見ていたがここまでくると放ってはおけない。
 ロズウェルは人だかりの真ん中にいる人物に詰め寄った。
「許可がいるのですか。お金が欲しいのですが」
 ド直球の要望にロズウェルはたじろいだ。
 ここファルティスカの町は温かな泉が湧くことで有名でいたるところから旅人が観光に訪れる。その観光客のおかげでロズウェルの商売もなり立っているのだが、外から多様な文化を持った人間が入ってくるため迷惑をこうむることも多い。
「ロズウェルさん、ここはうちの軒先だし、あんたとはまたやり方が違うんだからいいじゃないか」
 近くの店で土産物などを売っているバードンという親父がとりなすように店先から出て来る。息子夫婦に店を任せて悠々自適の隠居生活を送っているためか、お節介なことばかりやってくれる。
「ほら、売れ残りだけど食べな」
 バードンは目じりを下げてその人物にりんごを与えている。りんごが土産物屋の棚にあるのを見たことはないが。
「ありがとうございます」
 ほほ笑んだ顔は、なるほど、バードンがたらしこまれるのもわからなくはない。愛嬌のある笑顔である。長い銀色の髪はよく手入れがされ、琥珀色の目も神秘的だ。商売のコツをわきまえているのだろう、衣装も立派で清潔、それなりに風格を備えている。前髪の間からのぞく赤い不思議な紋様も謎めいていて占い師として過不足がない演出だ。
 だが男か女かわからない。同業者にはまれにいるが半陰陽かもしれない。そうであればますますあなどれない商売敵だ。半陰陽には生まれつき本物の力があると世間では信じられている。
 ロズウェルも年齢性別がよくわからない謎めいた雰囲気を演出するため、化粧や衣装には気をつかっているが、四十路も大きく超えると、もはやすべてを知り尽くした古老のような醸成された雰囲気にシフトした方がいいのではないかと考えているところだった。
「そうはいっても、こいつがここで『失せもの探し』をはじめてから俺の占いの客がめっきり減って商売あがったりだ。金なら他の方法で稼いでくれ。さあ、どいたどいた」
 盛大に啖呵を切ったつもりだったが、そちらを見るとちびちびとりんごをかじりながら、赤子のようにニコニコしている。
「聞いてるのか」
 ロズウェルがさらに詰め寄ると、群衆の中のひとりに肩をつかまれる。
「あんたが言うのもわかるけどさ、当たるんだから仕方ないだろ」
「そうよ。あたしのペンダントが見つかるまで待っとくれ」
 逆に多くの客たちに責められることになりロズウェルは後退りした。こちらも客商売だ。変な目立ち方はしたくない。
 無理やり追い出すことをあきらめ、ロズウェルは可能な限り穏便な声を作って切り出した。
「そんなに当たるってなら、俺の探し物を見つけてくれるか? もちろん見つかろうが見つからなかろうが、お代は払おう」
 ロズウェルの申し出に群衆はさらにざわつく。あちこちで「占い師が占い師に失せもの探しを依頼するらしい」という密やかなささやきがあがっている。どうせ数日でこの町を立ち去る観光客ばかりだが、ロズウェルの口中には苦いものが広がった。
 こうなったら決して見つからないものを提示して恥をかいてもらうしかない。それに同業者の手口というのにも興味がある。
「お金をくれるんですか」
 ロズウェルを見上げる顔はまるで子供のようだ。こいつが「金」と言っても俗っぽいいやらしさがない。「金」を飴玉か人形と勘違いしているのではないかと思えるほどだ。妙な人物に絡んでしまった。
「ちゃんと払うと言っている」
 人を押しのけて簡易に設置された席に着くと、木箱を重ねただけの台に上には何もなかった。どうやって占うつもりなのか。ロズウェルは眉根を寄せる。
「何をお探しですか」
 ロズウェルはたっぷりと間を取ってから口を開く。
「二十年前に行方不明になった俺の婚約者だ」
「婚約者……」
 ぽかんとした顔をしている。無理もない。占えるものなら占ってみろ。バードンの親父がしかめっ面で何かを言いたそうにしているのが視界に入るが気づかないふりをする。
「わからないのか。二十年前、結婚の約束を――」
「わかります」
 ロズウェルの言葉を遮ってその人物は一度軽く目を閉じる。細い指を額に当てて何かに集中している様子だ。
 突然、顔つきが変わった。黙って半眼のまま宙を見すえたその圧力にロズウェル気圧されそうになる。
 気迫は立派なものだが、それっぽい道具は使わないのか。占い師は演出が九割だ。少なくともロズウェルのやり方ではそうだ。そこには話術や衣装、小道具などが含まれる。力を持った人にきちんと話を聞いてもらえたと客に感じさせることが大事だ。
 この場合、婚約者はどんな人間だったのか。どんな思い出があるのかなど、客が話したそうなことを引き出してやり、まずは「話したい欲求」を満足させてやる。そこで十分に懐柔できれば、ある程度適当なことを言っても受け入れてくれるし、問題が解決に至らなくとも金を払う気にさせることができる。これがロズウェルのやり方だ。
 まさかこいつは「本物」なのだろうか。
 ロズウェルはじわじわと嫌な汗が流れるのを感じた。
 しかし長い。客のことを忘れているのじゃないか。
 ふと見ると、いつの間にか集中を切らしたような表情で首をかしげている。
「ポケットの中に……」
「は?」
 突拍子もないことを言って煙に巻くつもりなのか。
「そっちのポケットの中ですか……?」
 ロズウェルの大仰な衣装の右側を指してそう言いながら、自身も首をかしげている。
 なぜ二十年前に行方不明になった婚約者がポケットに入っているのか。ロズウェルは小さくため息をついて衣装のポケットに手をつっこむ。
「これは俺の商売道具だ」

 
挿絵


 台の上にざっとカードを並べると、群衆から「おお」というどよめきがあがった。
 カードには様々な絵柄が描かれており、その並びに意味をこじつけて客に都合のいい解釈をさせ納得させる。だいたいこれで客は満足して帰っていくのだ。
「これは――すごいですね。すごいです」
 何がそんなに気に入ったのか、おもちゃを前にした子供のような顔でカードを見ている。
 たしかにこの仕事をする上で道具は重要だ。カードを作ったときはかなり金をかけた。絵は精緻で美しく仕上げてもらっている。美術品としても価値を認めてもらえるのではないだろうか。
 それにしたって度を越していないか。
「いいカードです」
 ロズウェルもそう言われると悪い気がしない。そこそこ話術の心得があると見えるが、ここはのってやってもいいだろう。
「みてやろうか」
 ロズウェルの申し出に大きく頷いている。
 失せもの探しには失敗しているが、それをうやむやにしたあげくにロズウェルの気分を変えることには成功しているところをみると、それなりの腕前がある占い師と言えなくはない。
 周りはまたざわめき出す。どこかで「占い対決」と言っているのが聞こえたが、これを対決と呼ぶのかと気が抜ける。
「何をみる?」
「何がみえますか?」
 なるほど。こっちに恥をかかせる算段か。ロズウェルの占いは会話なしには成り立たない。だがやりようはある。
 手早くカードを切ると、周りの群衆から感嘆の声が上がる。そのままサッと台の上に広げ、集めてはまた切る。この辺りの手際もショー的な要素として日々気をつかっている所作だ。特殊な力を持っていないロズウェルにとって見た目と雰囲気は重要事項のひとつである。
 漠然とした状況なのでカードで占いをやる連中の中で「大樹」と呼ばれている並べ方をする。枚数が多い方がこじつけが効く。相手側に木の幹がくるような形で扇状に複数枚のカードを伏せて置いた。周りはしんと静まり返っている。
「一枚気になるカードを選んで」
 その人物はさして考える様子もなくど真ん中のカードを指差す。
 ロズウェルは手早く指されたカードをあけた。
「『神』」
 カードは背後に強い光を背負った白髪の老人が描かれている。ロズウェルは素早く「客」の顔を見る。真顔だ。先ほどまでの笑顔はない。わずかに読みとれる嫌悪。別人のような表情である。
「ここを中心にあけていく」
 ロズウェルはゲームのルールを説明するようにそう告げ、次のカードに手を伸ばす。
「『殺し屋』」
 ナイフをかまえた黒衣の男。まだ真顔だ。だが先ほどよりはやや表情が動く。しかし――何を考えているのかわからない。
 落ち着かない。嫌な占いをはじめてしまったのかもしれない。急くようにロズウェルは次のカードをあける。
「『殺し屋』」
 殺し屋は二枚目だ。神を囲む二人の殺し屋。

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