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(五)戦いの前

「定刻だ。集まってくれ」
 太い男の声。配属された部隊の面々を前に、ソウは心の中で眉をひそめた。ソウをふくめて、人数は五人とすくないうえ、片手剣、軽量自動弓、短剣……そして、基本的にこういった形では配属されないはずの、医療班のトビ。
(この部隊……討伐向きじゃないな)
 片手剣の男はおそらくランクAの実力者だろう。柄にルビーのような魔鉱石が装飾された、特徴的な片手剣は、ランクB以上しか持てない魔導武具だ。トビをのぞいて、あとの二人はランクC、だろうか。どちらも知らない顔だ。
「俺は〈護剣〉イガルダ。この部隊の隊長に任命されている。それぞれ自己紹介をしてくれ」
「医療班所属〈飛脚〉のトビ。みんなには個人的にあいさつさせてもらったけど、改めてよろしく!」
 それぞれの自己紹介を経て、ソウの番がまわってきた。
「俺はソウ。通り名は〈迅雷〉。普段は地元で地道に狩りをしてるよ」
「うむ。では今回の俺たちの役割について説明をする」
 隊長は、察している者もいると思うが、と前置きしてから言った。
「俺たちの任務は、ダイオウルフの討伐ではない。目的はダイオウルフの住処(すみか)――古代遺跡イグラーシャの探索にある」
 その言葉に眉根を寄せたのは、若い二人だ。その感情はソウにも理解できた。
 古代イグラーシャ遺跡は、すでに冒険者の手によって探索されつくした遺跡だ。いまさら目をみはるような宝物(ほうもつ)が残っているはずもなければ、魔狩が回収しなければならない危険な魔導遺物があるわけもない。
 そのことを口にしたのは、トビだった。
「いまさら探索したって、本部的にもそんなにおいしくないでしょうよ。なんでまた」
「たぶん、ダイオウルフの出どころだと思うよ」
「そいつはどういう……」
 ききかえされたソウは、一度、隊長へ視線をなげた。ちから強い視線がひとつうなずいて説明してやれとうながす。
 ソウはひといき置いて話しはじめた。
「今回の魔獣ダイオウルフは、超大型の上位亜種。イグラーシャ周辺は沙国の騎士団が警備しているから、外から入ってきたならまずわかるはずだ。それが、とつぜん遺跡に現れて住処にしている、なんて……おかしいと思わない?」
「言われてみりゃ、そうだな」
「偶然でもそんなことがあるなら放っておけないし、作為的ならもっと問題」
「迅雷の言うとおりだ」隊長がうなずく。「ゆえに、我々は本隊が魔獣ダイオウルフの討伐にあたっているあいだに任務の遂行を命ぜられた」
「騎士団と、周辺の国に依頼された冒険者が動くまえに、ってことね。面倒な話だねぇ」
 かたちのいいうしろ頭で手を組んで、トビはためいきをついた。
「我々はこれより十分後に移動を開始する。各自、最終確認をすませておくように」


 一度解散してから、ソウは隊長を訪ねた。
「どうした〈迅雷〉。なにか不安か?」
 隊長のちから強い目じりが、安心しろと告げるようにわずかに緩められた。
「ひとつ伺いたいことが……なぜ、私がこの部隊に選ばれたんでしょう」
「役不足か?」
「とんでもございません」
 声を上げて、ソウは慌てたように首を振った。
「むしろその逆……私はとりたてて大きな功績をあげていません。たしかに、この魔導武具でいくらか魔種の足止めはできるとは思いますが……冒険者のように遺跡探索の経験もない。ですから、理由がわからないんです」
「そう謙遜するな」
 隊長は豪快に笑い声をあげた。
「聞いたぞ。先週の大雨の日、仕事中に乱入してきた上位種の魔獣をたった一撃で討伐したそうじゃないか。それも、単独で」
「噂に誇張はつきものですよ」ソウはこまったように笑った。
「ははは! たしかに俺もこの目で見たわけじゃない。しかし本部がそう判断を下したとすれば、相応の理由があるとみている。なに、ランクBという時点で、実力は証明されている」
 たしかに、ランクB以上になれるのは魔狩の中でもほんのひとにぎりだ。協会の定める規約に対して、模範的かつ、あるていどの実力・実績を評価される必要がある。そして、とりわけ重要なのは〈魔導武具〉が使用できるということだ。
「それにな、聞くところによると、お前は推薦されたらしい」
「推薦? 私を、いったいだれが?」
 ソウは本部にも上層部にも直接的なかかわりをもっていない。基本的に単独で仕事をこなしているため、仲間から推薦されるということはない。
「そこまでは知らんな。さて、もうそろそろ時間だ。準備にもどれ」


 緊張の糸、というものがあるなら、それはきっとこの空間で張り詰めているのだろう。乾燥した風からさえぎられる天幕のなかには、どこか高揚したように熱気が立ちこめている。
 疑問を抱えたまま、ベースキャンプへもどったソウは、靴ひもを結びなおすトビに声をかけた。
「ねぇ、トビ。俺のことなにか本部に言った?」
「ん? なんだ。可愛い子に色男って紹介しといたぜ?」
「そうじゃない……いや、ちがうならいいんだ。忘れて」
 踵を返して去ろうとしたとき、後ろからがっしりと肩を抱かれた。天幕の緊張感にそぐわない明るい声とともに、トビは心底嬉しそうに笑った。
「ソウ、お前ついに彼女つくる気になったかぁ」
「いやちがうけど。あと声大きい」
「よしわかった。この仕事終わったら女の子とパーティーしようぜ。そんであわよくば結婚してこい」
「話きいてた?」
 半眼になったソウを目の前に、トビはひとり腕を組むと、神妙な面持ちでうなずき始めた。
「お前、早くに両親亡くして、弟さんのためにこうしてずっと危険な仕事してきたんだもんな。そりゃ、女どころじゃないよな」
「なんで急に理解してくれるのさ」
 ソウは半眼のまま言葉を返した。
「弟のことが大事なのはわかるよ。俺にだって弟妹がいるからな」
「トビ、弟妹いたんだね」
 トビからは仕事の話と恋愛関係の話しか聞いたことがない。魔狩によっては仕事終わりに一杯ひっかけて帰る者も少なくないが、ソウは弟の夕飯を作るために、ほとんど直帰している。トビとは仕事で関わるていどで、そういった交流はあまりしていない。
「けどよ、お前の人生なんだ。もっと自分のために使ったっていいと思うんだ。だから、彼女つくれ。じゃないと親友として心配で心配で……いつになったらお前の口から女の話が聞けるのかと」
「心配してくれてありがとう。けど、やっぱり最後そこなんだ?」
 ソウは苦笑した。

「まぁ、考えておくよ」 

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