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プロローグ

ジリリと目覚ましの音が鳴る。
 寒くて布団から出たくないと思いつつ、リモコンに手を伸ばして部屋の電気を入れた。二度寝しないように肩を猫の様に伸ばし、全身に血を巡らせる。
「朝ごはんできるよ~」
 一階から母の声だ。眠気を吹き飛ばすように大きな声で返事をした。
「服着てく!!」

 着替えを早々に終わらせ、足早に階段を駆け下りる。
「おはようさん!はよ食べ~」
「さ~ん!」
「あんたいい加減チャンとおはよう言いな!もうすぐ大学生なんよ!」
「へいへ~い」
「ヘイは一回」
「へ~ いただきや~っス」

 母といつもの茶番をして朝食を食べる。いつも通りの朝だ。
 トーストとサラダと目玉焼きを平らげ、学校へ向かう。
「行ってきます!!」
  いつものようにそう言うと、
「「行ってらっしゃい」」
   いつものように父と母の声が帰ってきた。

──────────────────────────────────────
      チュンチュンと鳥の鳴き声が響く。

   頭に霧がかかったかのように鳴き声がぼやけ、頭の奥底に消えていく。
  どこからか吹いた風が頬を撫で、瞼に日が差す。

……目を開けると。知らない天井が目の前にあった。
 慌てて体を起こして部屋全体を見渡す。どうやら私はハ○ー○ッターで見たタイプの天幕付きのベッドで寝ていた様だ。──知らない天井ではなく知らない天板と言うべきだったか。

 左の方から風が入ってきた。見るとそこには私のベッドに突っ伏して寝ている謎の女性がいた。…部屋を見渡す。屋敷そのものだ。明らかに中世ヨーロッパの貴族が居そうな部屋。しかし、ただただ大きかった。
部屋に限った話ではない。

 家具も、扉も、もちろん私の左横で寝ている女性もすべてが大きく見える。
身長が2メートル以上の人がいると聞いたことがあるが、2メートルどころか3メートルに迫るほどの大きさだろうか。まさしく巨人とその家だ……

──えぇっと…ひとまず記憶を辿って状況を……登校しようとした時点から覚えがないから、登校中に何かの事故にあって助けていただいたのかな?………いやいや、普通なら病院の筈……であれば誘拐?
いやこんな豪邸に住む人が誘拐するはずはない……だとすると病院が機能しないほど大変な状況になっている……?この女の人が巨大なのとも関係してるかも。ひとまず、寝ているところ忍びないが起こして事情を聞かなくちゃ。

 そうして手を伸ばした。その自分の手は明らかに私の細い手ではなかった。見るからに児童の手だ。

 ……布団をめくって体を見る。そこにあったのは女児の体だった。
 自分の体が幼児退行していたのだ……
 女性が大きく見えたのは相対的に大きく見えていただけだった。

──まさかの逆転の発想!…いやそんな奇天烈で某探偵漫画の様な話しが現実あってたまるか!!!!

 もう一度自分の体を見るが、やはり女児の体だ。

──…………なっとるやろがい……………………………

 情報過多に思考停止していると傍らで寝ていた女性が目を覚ました。
 私に気づくと手を口に抑え、泣きそうな顔で言葉を発した。
「█████████…██████████████████」

 ………………なんて?

「██████████!!」
 聞いたことのない言語が飛び出した。どこの言葉だろうかと考えたその時、また頭に霧がかかった様な感覚が襲った。
 女性の声がぼやけ、霧 散し、頭の  奥に消える感 覚が、方向感 覚が狂い   、部屋が回る。
 体が後  へ 倒れた。
  耳 鳴りが激しく   なる。 吐き 気   が    す る 。 


「大丈夫!?大丈夫!?」
 その声でフッと吐き気や眩暈が一気に消え失せた。

「あ、れ……?」
 五感が戻ってくる。

「大丈夫?無理しないで……」
 涙を流しながら私を抱きしめた。

 頭にかかった霧が晴れていく。記憶がこんこんと湧き出る。
 私の事、この状況をその記憶が教えてくれた。それも、当たり前の様に、自分の物の様に、はじめからそうであったかのように。

 二度寝してしまって夢を見ている訳でもなく、何かの事故で体が縮んでしまっている訳でも、錯乱している訳でもない。もっと根本的に違っていたのだ。
 今の私は『細川 流奈ホソカワ ルナ』という登校中の女子高生ですらなかった。

「だいじょうぶだよ。おかあさん。」

────『アン·クラフト』

この人、サティナ·クラフトの、このクロフト家の長女なのだ。

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