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38 皇太子殿下の帰還

 作業室と呼んでいる広間に戻ると、子供たちはそれぞれのスペースに戻って作業を再開していました。
 ジョアンと私は博士たちのもとに行き、見てきた状況を話しました。
 アンナお姉さまは私の側を離れる許可を得て、情報収集のために王宮に向かいます。

「ローゼリア、エヴァン君は大丈夫だよ。そもそも武官じゃないんだから、何か小競り合いがあったとしても後方にいたはずだよ」

 博士が慰めるように言ってくれましたが、その言葉に余計に不安を感じてしまいました。
 ジョアンが私の手をギュッと握ってきました。
 こんな時ララがいてくれたらと考えていたら、サミュエル殿下と皇太子殿下が部屋に来ました。

〈ローゼリア、不安にさせてしまった。今から兄上が直接説明するそうだ〉

 私は何も言えず、よろよろと立ち上がりカーテシーをしました。

「いや、座ってくれ。不安にさせてしまった。先の国王陛下に説明しなくてはいけなかったから、遅くなってしまった。知っているとは思うが、私は皇太子のカーティスだ」

 不敬だとは思いますが、立っていられない私はサミュエル殿下とジョアンに挟まれてソファーに座りました。

「落ち着いて聞いてほしい。エヴァンは当分戻れない。ノース国からワイドル国に入ったところで拘束されたんだが完全な濡れ衣だ。今は弟のルーカスがノース国と折衝している。もちろん命の保証はされているし、拷問も絶対に無いからそこは安心してほしい。これを反故にしたらルーカスが王配をしているワイドル国と、我がイーリス国が宣戦布告すると通達してきた」

 私は目の前が真っ暗になりました。
 状況を知りたいのに皇太子殿下の声が遠ざかっていきます。
 
〈ローゼリア!しっかりしろ!〉

 サミュエル殿下の声でしょうか?それにしてはたくさんの声が聞こえます。
 ゆっくり目を開けると、子供たちの顔が私を覗き込んでいました。

〈ローゼリア!可哀想に…気を失うほどショックだったんだな。兄上が目を覚ましたら何時でもよいから呼ぶように言っているが、呼んでもいいか?〉

 私は頷きました。
 サミュエル殿下が控えていた侍従に声を出して言いました。

「兄上を」

 脳内で何度も聞いていましたが、音として耳から殿下の声を聴いたのは初めてです。
 それだけ殿下も必死になってくれているということでしょう。
 数分後にはカーティス皇太子殿下が私の部屋に来られました。

「ローゼリア嬢。本当にすまなかった。急ぎ過ぎてしまったな。もう大丈夫かい?」

「は…い」

「無理はしないように。先ほどまでドイル伯爵夫妻が来ていたのだが、君がその状態だと伝えたらとても心配していたよ。とりあえず今夜は帰らせた」

「あ…りがとう…ございます」

 私は起き上がろうとすると、ジョアンが素早く助けてくれました。
 その真剣な眼差しはエヴァン様のそれとよく似ています。

「こちらに座ろうか。他のみんなには状況を説明したが、君には詳細を知らせていないからね。私が直接話した方が良いと思ったんだ」

 私は子供たちに支えられながらソファーに座りました。
 すかさずメイドがお茶を出してくれます。

「君には辛い話になると思う」

 皇太子殿下は悲痛な顔で口を開こうとして少し戸惑っています。
 私の側から離れようとしない子供たちに、これから口にする話を聞かせてよいのかどうか迷っておられるようでした。

「皇太子殿下、この子供たちは私の家族であり、親友です。できれば一緒に聞かせていただきたく存じます」

 私は逸る気持ちを抑えて、なるべくゆっくりと喋りました。

「わかった」

 皇太子殿下がじっと私の目を見つめます。

「まず先に言っておきたいのだが、これから話すことは私が見聞きしたことで、他の誰かからの又聞きとかではない。にもかかわらずエヴァンを引き渡すことになってしまったことをまずは詫びさせてもらいたい」

「承知しました」

「私たちが知らせを受けたのは、ノース国の更に北側の国であるイース国だった。当初の予定ではイース国王に謁見した後、鉱山開発の技術提携の話をするつもりだったので、一か月程度は滞在するつもりだったんだ。知らせを受け取った私たちはすぐに帰還行動に移ったが、なぜかイース国が出国許可を出さなかった」

「なぜでしょうか」

「なんでも海側の道も危険だということで、あと数日で山道が通行可能になるからそれまで待機する様にということだった。そう言われては成す術もない私たちはイース国の都を見て回ったりしながら出国許可を待ったんだ」

「なるほど、それは仕方がありませんね」

「イースの都はなかなか華やかな街だった。特に真珠が名産らしくてね、エヴァンは君に大粒の真珠のペンダントを購入したんだ」

 その言葉に私は泣きそうになってしまいました。

「嬉しそうに君へのプレゼントを抱えるエヴァンを私や騎士仲間が揶揄ったんだけど、エヴァンにはぜんぜん堪えなくてね。だって大好きな婚約者だからって言ってたよ」

 エスメラルダが真っ赤な顔の私をじっと見ていました。

「そんな数日を過ごした後、やっと出国許可がおりて私たちは国境に向かった。私とエヴァンと近衛騎士二名が馬車に乗り、後は騎馬と荷馬車だ。山道は通行可能になったとはいえ狭い道でね、縦に長い隊列になっていた。私たちの馬車は列の中間より少し前辺りだったんだけど、私たちの後ろがなかなか来ないんだ。先に進むわけにもいかず、国境を越えた辺りで待機していたら、ノースの兵が私たちを取り囲んだ」

 私は息を吞みました。

「エヴァンが前に出て、通行証とイーリス国王の許可証を見せて説明していたんだ。私も一緒に馬車を降りてエヴァンの後ろに立っていた。すると奴らはエヴァンが見せた通行証と国王許可証を取り上げて、私の横にいた近衛騎士に渡したんだ。エヴァンも私も啞然としてその行動を見ていた。その時奴らは急にエヴァンを取り囲んで拘束した」

 私はギュッと手を握りしめました。

「当然抗議したよ。騎士たちは剣を抜いて臨戦態勢をとった。すると奴らの後ろからノース国の第二王子が出てきてこう言ったんだ。エヴァンは皇太子の新妻と不貞を働いた疑いがあるから連行すると」

「そんなバカな!」

 私は叫んでしまいました。

「もちろん冤罪だ。そんなバレバレの罪まで着せてエヴァンを連れて行く理由が分からない。私が抗議のために一歩前に出たとき、エヴァンが言ったんだよ。ここは大人しく連行されるので抵抗はしないで欲しいと」

「なぜ?」

「エヴァンはジョアンの言った地震の発生を恐れていたんだ。もし私が地震に巻き込まれるようなことがあってはいけないと考えたのだね。だから自分は大人しく連行されると。そこで私はエヴァンを引き渡す代わりに、私たちもノース国の王宮に着いて行くことを提案した。第二王子はあっさり了承したよ」

 「エヴァン様…」

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