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32 能力値

 私がそう言うと博士がゴクッと喉を鳴らして言いました。

「ああ、頼む」

 私の声を聴いた子供たちは、立ち上がって先ほどと同じように手を繋いで輪になります。

〈殿下?聞こえますか?〉

〈ああ、聞こえるよ。どこから説明しようか?う~ん、まずは君の疑問からだね〉

〈お願いします〉

〈ローゼリア、君には僕と同じテレパスの能力がある。僕の能力が十だとすると、君は五だ。そしてエスメラルダが二で、ジョアンとアレクとドレックがそれぞれ一というところだな〉

〈はあ、五ですか〉

〈そうだ五だ。私はこの能力だけだが、脳のほとんどをこの能力のために費やしている。彼らのテレパス能力は一と低いが、他の能力に脳のほとんどを使っているから仕方が無いんだよ〉

〈なるほど?〉

〈君は私の半分程度の能力を有していて、脳の半分程度をそのために使っている。通常我々のような者たちは、何か突出した能力を持ち、そのために脳のほとんどを費やすから、社会的活動に思考を割くことができない。でも君にはそれがない。だから普通人として暮らすことができているんだ〉

〈分かったような?分からないような?〉

〈まあいい。この会話はあとでエスメラルダに再生してもらえ。そして今彼らは手をつないでいるだろう?〉

〈はい〉

〈先ほど僕が言った彼らのテレパス能力値を足すといくつになるかな?〉

〈えっと…エスメラルダが二で…三人だから…五です!〉

〈遅いが正解だ。君も五だろう?要するに能力値が五あれば遠隔会話ができるんだ〉

〈なるほど。では私があの輪に入れば十になりますから、殿下と同程度の能力値になるということですか?〉

〈理論上はそうだね。来月からこちらに移ってくるのだろう?彼らは了承したから、それからいろいろ研究してみよう〉

〈わかりました。殿下?もう一つ聞いてもいいですか?〉

〈いいよ。なあに?〉

〈なぜみんな喋らないのですか?喋っても片言だし。でも本当はぜんぜん子供らしくないほどの語彙力を持っていますよね?〉

〈ああ語彙力という事なら、普通の大人以上にはあるだろうね。なんせ僕たちはそれぞれ持っている能力に必要な部分が通常より発達しているのだ。君は人の脳について勉強している?〉
 
〈していません〉

〈ではこちらに来るまでにしっかり頭に叩き込んでおきたまえ。メカニズムはその時にでも教えるよ。で、なぜ喋らないかっていう質問だったね〉

〈はい〉

〈簡単だよ。面倒だから〉

〈はぁ?〉

〈まあそう言うことだ。あとは彼らに任せるよ。この力を長く使うと眠くなるんだ。もう僕は寝るから。じゃあね〉

 それきり殿下の声は聞こえなくなりました。
 子供たちは手を放して再びソファーに座りました。
 サリバン博士は眉間に皺を寄せてじっとしています。

「エスメラルダ、お願いできる?」

 エスメラルダはとても可愛らしい顔でにっこり微笑んでから口を開きました。

〈ローゼリア、落ち着け。僕だ、サミュエルだ〉

「えっ?えぇぇぇ~!」

〈そこで口に出しても私には聞こえないぞ。頭の中で話せ〉

〈殿下?どこにいるのですか?〉

〈自室だが?〉

〈かなり混乱しています!っていうか頭が追いつきません!〉

〈そこにサリバン博士もいるのか?〉

〈はい〉

〈それは好都合だ。一旦ソファーにでも座って落ち着け〉

〈はい、わかりました〉

 彼らが持つテレパス能力値の話や、なぜ手をつないでいるのかなども全て、エスメラルダの口からサミュエル殿下の言葉として語られます。
 それは見事な、一言一句違わない再生でした。
 彼らがなぜ喋らないかの謎が解けた最後のところまで話し終わったエスメラルダが立ち上がりました。

 ほかの三人もそれぞれ自分の落ち着く場所に戻って行きます。
 じっと最後まで聞いていた博士がゆっくりと声を出しました。

「奇跡だ」

 博士はゆらゆらと立ち上がり、自分の執務室に消えました。
 博士、お気持ちは十分にわかります!
 私だって倒れそうなくらい混乱してます!

 それからの二週間はまさしく矢のように過ぎて行きました。
 何度か殿下から脳内連絡があり、管理側で必要なものは無いか聞かれました。
 もちろんその都度博士に相談して回答しています。

 子供たちには個別に聞いているそうで、こちらからは身ひとつで来いと言われました。
 そんなとんでもない事が日常的に起こっているのに、見た目は穏やかな時が流れているのです。

 この子たちを子供と分類してよいのでしょうか?
 私は寝る間も惜しんで脳についての文献を読み漁りながら、ふとそんなことを考えてしまいました。

 そもそも子供ってどういう定義でしたっけ?
 体の発達状態だけでは無いですよね?
 
 私が信じていた一般常識って思い込みだったような気がしてくる今日この頃です。

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