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封印した感情

 好意を寄せられて普通なら喜ぶところだが、アリッサは素直にそう思えなかった。

「そんな顔をしなくていい。今すぐ答えがほしいわけでも、色好い返事が欲しいわけでもない」

 顔を強張らせた彼女に、彼はそう言った。

「い、いつから?」
「いつから・・気になったのは三年前、君を夜会で初めて見たときからだ」
「三・・年、前?」
「もちろん、その時は少し気になる程度だった。今のような気持ちになったのは、君を雇ってからだ」
「なぜ?」
「なぜ・・さあ、なぜだろう。最初はただ、周りからの冷たい言葉や視線に耐えている姿が気になった。それから、再会した君はまるで別人になっていて、言いたいことを言い、自信に溢れて自分の力で生きていこうとする気概に満ち、眩しいほどだった」

 別人は別人だろう。何しろブリジッタの中に有紗がいるのだから。
 しかし、彼がブリジッタのことを気に掛けていたとは驚いた。
 
「私は、ブリジッタが嫌いです」

 自分のことなのに、まるで他人みたいな言い方をしてしまった。

「そうか?」
「はい。ブリジッタの境遇も、ブリジッタの性格も、何もかも」

 いつも俯いてばかりで言いたいことも言えず、ただ周りに流されて泣くしかなかった。
 
「そうかな。私はそんな君も美しいと思った」
「え!」
「聞こえなかったか? 美しいと」
「き、聞こえました。でも、美しいは言い過ぎです」
「儚いからこそ、美しく思える時がある。あの時の君は、少し均衡を失えば脆く崩れ去りそうな危うさを秘めていた。だから気になったのだろう」

 確かにあの時のブリジッタは限界だった。ジルフリードとの婚約は彼女を苦しめるだけで、彼女の味方は誰もいなかった。エルネストはそんな彼女の状態を見て何かを感じたのだろう。

「ブリジッタに戻るつもりはないのか?」
「あの子は死んだことになっています。今更生き返っても、誰も喜びません」
「そのような悲しいことを言うな。少なくとも、私は悲しかった」
「エルネスト様」

 嘘でも嬉しかった。ブリジッタの死を悼んでくれる人がいたのだ。
 
「ありがとうございます。でも、もういいのです。アリッサでもブリジッタでも、どちらでも関係ありません」
「今の生き方に満足しているということか?」
「はい」

 迷いなく答える。

「今の自分は好きです」
「そうか」
「でも、まだエルネスト様のお気持ちには応えられません」
「無理はしなくていいと言っただろう。私の気持ちは変わらない。それだけ分かってくれればいい」
「でも・・一生応えられないかも知れません」
「その時は、ずっとこのままでもいい」
「それでは、後継ぎは?」
「ドロシーがいる。あの子もカスティリーニ家の血を引いている」
「それでいいのですか?」

 彼の気持ちに応えられないと言ったのは自分だが、応えないならそれでもいいと言われると、困ってしまう。

「困らせるつもりはない。私が勝手に自分で課していることだから、気にしないでくれ」
「でも・・・」
「そうは言っても、前のようにはいかないだろう」
「それはそうです」

 結婚を望んでいると言われて、その相手と以前のように接せられるわけがない。

「少しは私のことを気に掛け意識してくれるといいとは思うが、気を遣われるのは本意ではない」
「私は・・」
「私のことは嫌いか?」
「いえ、嫌いではありません」

 それは間違いない。最初は強引なところが苦手だったが、貴族の令息などある程度の我が儘は当たり前だ。自分の気の済むように物事を運ぼうとすることともある。

「なら、今はそれでいい。嫌われていないなら、後は好かれるだけだからな」
「・・・・」

 自分が完全に好かれると思っているのか、その自信はどこからくるのだろう。

(ま、侯爵家の次男であの顔で、剣術の腕も立つと言うし、ハイスペックだものね。天狗になるなと言う方が無理だわ)

 クスリと思わず笑いが漏れた。

「今はそうやって、私の側で笑ってくれるだけでいい」

 エルネストはアリッサの笑顔を見てほっとした顔を見せる。

 ブリジッタとの時には殆ど笑うことがなかった。アリッサとして生きるようになってから、よく笑うようになった。
 いつかは封じ込めていた誰かを思う気持ちを、取り戻すことが出来るのだろうか。

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