18 花火の下で
昼食をたっぷりいただいた私たちは、夕食を断り港に急ぎました。
なんでも屋台もたくさん出るとのことで、買い食いも楽しみです。
タナーカ様の手配で、私たちは特等席で花火を見物しました。
軽食も運ばれて、エヴァン様はワサビをクリームチーズにのせて、白ワインを楽しんでいます。
ララと私はぶどうジュースです。
魚の串焼きやステーキを挟んだサンドイッチを頬張りながら、夜空に咲く色とりどりの花火に歓声をあげます。
ふとエヴァン様が遠くを眺めていたので、その視線を追いました。
埠頭の中ほどに、騎士たちに囲まれたカップルが見えました。
そんな私に気づいたエヴァン様が言いました。
「盛りのついた雄犬と頭の悪い雌猫だと思いなさい」
「エヴァン様…」
ここハイド州の港は、マリア王女の故郷であるワイドル国との交易が盛んな場所です。
ここから船で旅立つのでしょうか。
最後の思い出に花火を二人で見ているという感じですね。
愛する人と寄り添っているのに、笑っていないアラン。
あの二人はこれからどうなるのでしょうか。
頭の中をいろいろな思いがぐるぐる回っている私の肩を、エヴァン様が抱き寄せました。
「ロゼ?私を見て?お願いだから私だけを見てよ。君に対する私の気持ちは本物だ」
「エヴァン様?」
「私が不安そうな顔をしていたらおかしい?だって不安だよ。当たり前だろう?ロゼのことがこんなに好きなのに、君は違うみたいだから」
「そんなこと!私もエヴァン様が大好きです!」
花火が上がる間際の静寂を破って響いた私の声に、ララが驚いた顔でこちらを見ました。
恥ずかしいです!
恥ずかしさで死ねます!
ついこの前、婚約者に浮気をされて別れたばかりの私が、他の男性に大好きだなんて言っていいはずがありません!
この空気をどうすればいいのでしょう。
おろおろする私をエヴァン様が抱きしめました。
「ララは花火を見ていなさい」
「は~い」
エヴァン様がフリーズしている私の顎を引き寄せて、優しく口づけしました。
ファーストキス!
気を失いそうな私を再びしっかりと抱き寄せ、耳元で囁くように言います。
「今は私のことだけを考えてくれ」
あちらを向いていると言ったはずのララと目が合いました。
笑顔で見つめられても笑い返せませんよ?
私がオタオタしているとエヴァン様が振り向いてララを笑顔で睨みました。
ララが素知らぬ顔で港の方に視線を移します。
「あら?あれってアランじゃない?って…ごめん!ロゼ」
アランに気づいたララは、何気なく口にしたのでしょう。
慌てて私に謝ってきました。
エヴァン様が、私を抱き寄せたまま言いました。
「別に関係ないさ。過去のことだ。もう全部終わったことだ。過去は消せないけど、未来は変えられる。そうだろう?ロゼ」
「はい。アランのことはゆっくり消化していきますから、見守ってください」
「ララ、今度は耳を塞いでいなさい」
「は~い」
今度はちゃんと耳を塞いで花火を見ているララ。
エヴァン様が私の手を握りながら目を覗き込んで言いました。
「ローゼリア、私はあなたを心から愛しています」
私は気持ちは弱いのに心臓は強いようです。
エヴァン様の言葉をしっかりと心に刻みました。
「私もエヴァン様をお慕いしています」
ララが拍手をしました。
耳を塞いでいたのでは無かったの?
ララと一緒の部屋で過ごし、エヴァン様の子供のころからのお話をたっぷり聞かされた私は少々寝不足ですが、なぜか気持ちはすっきりしています。
昨日の夜、花火の明りに浮き上がったアランとマリア王女の姿を思い出しますが、心が塞ぐことはありませんでした。
昨夜同じベッドに横になったララの言葉を思い出します。
「お母様に教えていただいたのだけれど、恋の傷は恋でしか癒せないんですって。だからロゼはお兄様に恋をすべきよ。ロゼなら家族一同で大歓迎だわ」
何やらいろいろプレッシャーをかけられたような気もしますが、眠気には勝てずそのまま夢の中に入ったことは言うまでもありません。
その夜、私はアランの夢を見ました。
今までも何度かアランの夢を見ましたが、いつも一方的に私がアランを責め立てるばかりの夢で、目覚めてから自分が泣いていることに気づくというものでした。
昨日の夢は、アランが私に話しているのに声は聞こえないというものでした。
私はそんなアランをじっと黙ってみているだけです。
そこに悪感情は無く、ただお互いの顔を見ているという夢でした。
真面目な顔をしてアランは何をいっていたのでしょう?まあもうどうでも良いですが。
いつかは笑顔のアランを平常心で見ることができるような気がして、少しだけ気持ちが軽くなりました。
昨日見たマリア王女と一緒のアランには笑顔がありませんでしたが、私にできることはアランが心穏やかな毎日を送ることを祈るだけです。
あくる日の朝食は、昨日サシーミでいただいたツーナという魚をボイルして晒した玉ねぎと一緒に卵黄とバルサミコ酢で和えたものを、オープンサンドにしたものでした。
昨日の赤色はどこにもなく、茶色というより薄い黄色のそれは、信じられないほどおいしくて、作り方を教えてもらいました。
たくさんのお土産と一緒にマナーハウスに帰りました。
迎えてくれたルーナ夫人の横には、アランと同年代の男性がにこやかに立っています。
エヴァン様が挨拶を受けていました。
「お初にお目にかかります。私はルーナ・ハイド子爵夫人の甥でミンツ子爵家の次男ダニエルと申します」
「ミンツ子爵令息だね。私はエヴァン・ドイルだ。会うとは思わなかったから少し驚いているのだけれど」
「仰っている意味は十分理解しております。説明をさせていただくと、確かにローゼリア令嬢との婚約話もありましたが、あれは叔母が少々先走ったもので、私も困惑していたのですよ。先ほど聞きましたがドイル伯爵令息様が新たな婚約者とか。心よりお祝い申し上げます」
「ああ、それなら良かった。それで?今日は?」
「はい、叔父から皆さんをワンド地質調査研究所にお連れするように申し付かりまして。私はその研究所の研究員なのです」
「なるほど。そういうことなら安心して案内をお願いしよう。すぐに出発かな?ロゼとララは大丈夫?疲れているなら日を改めて貰うが?」
「「大丈夫です」」
「ははは元気だねぇ。そう言うことなら着替えたらすぐに出発しようか。ミンツ子爵令息には少し待ってもらうことになるけど」
「問題ありません。どうぞゆっくりしてください。研究所はここから馬車で二十分程度ですから」
私たちはそれぞれの部屋で着替えてからエントランスに向かいました。