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 天正三年(1575年)、6月。

 設楽原(したらがはら)では、織田鉄砲隊が武田軍の到着を待ち構えていた。
 史実(・・)では武田氏が誇る騎馬隊を、織田氏精鋭の鉄砲隊が打ち破った事で有名な長篠設楽原の戦い。

 しかし、ややあって到着した武田軍を見るなり、鉄砲隊の面々に動揺が走る。

 通常の武田騎馬隊に混じって、異形の巨人が2体。
 身の丈実に50尺(約15メートル)の、全身が刀身を思わせる鋼で出来た過武機(カブキ)と呼ばれる巨大機兵(ロボ)

 ちなみにこの世界(・・・・)では、この過武機の戦いの様子を見せ物の大衆演技として発展させた物が、後の歌舞伎文化に繋がったとされている。

「ふはははっ、我々の秘密兵器である過武機の
健太郎(けんたろす)』と『箕太郎(みのたろす)』に、織田鉄砲隊も驚いておるわ!」
 嬉しそうな高笑いをあげる武田勢の大将、勝頼。

 ここまで劣勢だった戦いに鬱憤が溜まっていたこともあり、織田側の反応に溜飲を下げたようだ。
 ちなみに健太郎は上半身が人で下半身が四つ足の馬の姿、箕太郎は人の姿に頭部が牛頭の過武機であった。


「おっ臆するな!撃て、撃てぇ!!」
 
 鉄砲長の裏返った声の号令で一斉射撃が行われるも、織田鉄砲隊が誇る火縄銃の弾は2体の過武機の外装に弾き返され、どころかその巨体に物を言わせて健太郎の四脚と箕太郎の持つ斧とで、兵士ごと蹴散らされた。
 化け物相手には勝ち目がないと、鉄砲隊の面々は遁走を始める始末。

「ふはははっ、圧倒的ではないか我が秘密兵器は」
「とっ殿……恐れながらご報告申し上げます!」
 勝頼の元に伝令が、慌てた様子で駆け込んで来る。

「報告?
 何じゃ、折角勝ちを目前に良い気分になっておったというのに」
「はっ。
 それが……織田側に過武機『女郎蜘蛛(あらくね)』が出現とのこと!」
「あっ、『あらくね』だとぉ!?」

 女郎蜘蛛(あらくね)

 それはかつて歴戦の戦いで数々の武勲を挙げ、天下にその名を轟かせた生ける伝説で、女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ白銀の過武機。

 そして勝頼が驚いたのはそれだけではない。
 そもそも過武機は男子禁制で、女性しか乗る事が出来ない。そのため武田側の過武機も勝頼の妹達が乗り手となり操縦しているのだが。

「確か女郎蜘蛛の乗り手である『《《お市》》』は伊賀国に引き取られ、長らく戦の表舞台からは姿を消していた筈」

 故に本来ならこの場にいるはずのない敵。
 もう何年も戦場で姿を見せたことのない巨人の出現とあって、勝頼は狼狽した。

「いや、しかし案ずるな。
 こちらは大型過武機が2体、対してあちらは中型の旧型が1体」

 勝頼の言う通り、武田側の健太郎、箕太郎に対して織田の女郎蜘蛛は30尺(約10メートル)と一回り小さい。

「吐いた糸で相手を拘束するという技が少々厄介だが……それさえ用心すれば、『あらくね』など何するものぞ!」

 そう勝頼が言い放ち部下たちの意気も上がった、まさにその刹那。

 周囲に地響きが起き、大きく地面が揺れた。

「な、地震(なゐ)か!?」
「いえっ、恐らく原因はアレかと」

 驚く勝頼に部下が指差す先には、女性の様な姿の巨人。
 その表面は眩いほどの金色であった。

「新たな過武機……だと!?織田の手の物か!」
「少なくとも我々の物でないのは確かです」
「むう……ぷっ、ふははは!」
 しかし過武機の姿を見て、いきなり腹を抱えて笑い出す勝頼。

「と、殿?」
「これが笑わずにいられようか。
 失敗しおったな間抜けが!あれを見てみよ」

 勝頼の指摘通り過武機をよく見れば、その体の半分以上が地面に埋まっていた。

「ああ成程、あれでは動く事が出来ませぬな」
「しかも見えている身の丈は、我らの過武機の半分もない。仮に動けたとしても恐るるに足らずという事だ」
「おお、確かに」

 確かに突然現れたその過武機の高さの、見えてる範囲は25尺(約7.5メートル)程であった。

「おい健太郎に箕太郎、動けぬうちに先にその間抜け過武機を始末してしまえ」

 と勝頼が指示を出し、2体の過武機が近づいた、まさにその刹那。

 その過武機の下半身は蛇であった。

 地面を隆起させ地割れを起こし、その全身を露わにすると、100尺(約30メートル)を超える鱗のついた尻尾が顕になる。

 過武機『蛇女(らみあ)』の、これが初陣であった。

「なななななっ!」
 これには勝頼も驚きのあまり腰を抜かす。

 そして武田の2体の過武機がその場から逃げ出そうとするが一足遅く、蛇女の尻尾がそれらを纏めて横薙ぎにする。

 2体の過武機はその勢いで宙を舞い、地面に激突し、そのまま動かなくなった。

「て、ててて撤退じゃああ!!」

 勝頼の一声で、武田騎馬隊はその場から蜘蛛の子を散らす様に逃げ出したのだった。


「ふう……初陣でしたが、何とかなった様ですね」

 蛇女の操縦席で安堵の溜息をつく女性。
 彼女の名は帰蝶、斎藤道三・通称マムシの娘であり、織田信長の正室でもある女性だ。

 ふと外を見ると仲間の過武機である女郎蜘蛛が近づいていて、蛇女に向けて右手を握ったまま親指だけを上に向けた。
 確かそれは、お市が広めた『さむずあっぷ』という仕草であったか。

 帰蝶は笑顔を浮かべると、女郎蜘蛛に『さむずあっぷ』を返すのだった。

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