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8 いろいろありました

 目を開けると、見慣れない天井が見えました。
 
「ロゼ!気が付いたのね!良かった」

「ララ?ここは?あれ?私って…」

「あなたはアランに大啖呵切って、お兄様の鉄拳制裁を見届けた途端に気を失ったのよ。お兄様が医務室に運んだの」

「エヴァン様が?」

「そうよ」

「重たいってバレたわ」

「気にするのそこ?」

「ありがとうね、ララ。ずっと付き合ってくれて」

「ううん、ロゼ凄くかっこよかったよ。超すっきりした」

「うん。私もすっきりした。あれだけ言えばアランも踏ん切りがつくでしょう」

「ロゼ…あなたアランのために?」

「違うよ。自分のため…うっ」

 なぜか急に胸が苦しくなって息が上手くできません。
 ララは慌てて医務室の先生を呼びに行きました。
 肺に空気がうまく入ってこないのか、苦しくて涙が溢れます。

 先生はすぐに来てくださって、私の口と鼻を紙袋で覆いました。

「大丈夫だから、落ち着いてもっとゆっくり呼吸をしなさい」

 先生は私の背中を叩きながら呼吸のタイミングを教えてくれます。
 何度かゆっくりと吸って吐いてを繰り返すと、苦しさが和らいできました。
 そんな私の様子を確認した先生は、紙袋を外して言いました。

「過呼吸だね。病気じゃないから大丈夫だ。意識してゆっくりと呼吸をするんだよ」

 徐々に楽にはなったものの、声はまだ出せません。
 ララがものすごく心配そうに立っていますが、安心させる言葉も掛けることができませんでした。

「ロゼ!」

 医務室の扉が乱暴に開き、エヴァン様が駆け寄ってきました。
 私に手を伸ばそうとするエヴァン様を、先生が制止しながら状況を説明してくれました。
 ただの過呼吸だとわかったエヴァン様は、今にも泣き出しそうなララの肩を抱いて落ち着かせています。

 やっと息はできるようになったのですが、急激な吐き気が襲ってきました。
 むかむかとした気持ち悪さがこみ上げて、私はベッドをおりようとしましたが、眩暈がして動けませんでした。

 でもここで醜態をさらすわけにはいかないと思い、唇を固く閉じてなんとかトイレに行こうとしましたが、立つことができません。

「良いからここで吐け」

 先生の声が聞こえましたが、乙女の矜持がそれを拒否します。

「我慢するな!これに吐け」

 自分のマントを私の前に広げたエヴァン様が私の背中を摩ってくれます。
 戻したものが口の中一杯になっていた私は、為すすべもなく吐いてしまいました。
 
「ロゼ!」

 今度はララの声が聞こえましたが、視界が真っ暗で何も見えません。
 もう恥ずかしくて何も聞こえません。
 何度も体を揺さぶられ目を開けると、また景色が変わっていました。

「気がついたのね?ロゼちゃん。かわいそうに」

 リリアナ夫人の声です。

「ここは?」

「あらあら、まだ動いてはダメよ?あなたは三日も気を失っていたの。ここは我が家の客間よ。心配しなくていいからね?今すぐ白湯を用意させるわ」

 (三日?何のこと?)

「やあ、眠り姫のお目覚めだ。ずっと眠っているから、キスをすれば起きるか試そうと思って来たのに少し遅かったか」

 エヴァン様が明るく言いました。

「エヴァン様?」

「そうだよ、もう大丈夫だから安心して休みなさい。医務室で過呼吸を起こしたのは覚えてる?」

「はい、その後ものすごい吐き気がして…」

 私はエヴァン様の前で盛大に吐いてしまったことを思い出して、顔に血が上りました。

「うん。あの時君は血を吐いた。そのまま気を失って病院に運んで検査を受けたんだよ。来てほしくない見舞い客が来るから、うちに連れて帰ってきたんだ」

「血?血を吐いたのですか?」

「そう、ララがそれを見て気絶しちゃって大変だったよ」

「ララ…」

「あの子は大丈夫。今は学園に行っているよ。学園には私から話しておいたから心配ない。ララも君が完治するまではこの家から通学する許可を取ったから。もうすぐ帰ってくる」

「なんだか良く覚えてなくて」

「そりゃそうだろう。君は三日間眠ったままだったんだ。検査の結果は心労による急性胃炎だそうだ。体が悲鳴をあげちゃったんだね。でももう大丈夫。少しずつ食事もしていこうね。痩せちゃったら大変だ」

「あっ!エヴァン様に運んでいただいたってララから聞きました」

「うん、バラ園で倒れた君を医務室に運んだのは私だね」

「あの…重かったでしょう」

「う~ん、重くはなかったけど?ああ、ジョアンよりは少し重かったかな」
 
 エヴァン様は冗談を言って私の心を軽くしようとしてくれます。
 その優しさが嬉しくて、私は泣いてしまいました。
 一度泣き始めると、自分でも驚くほど涙が出てきて止まらなくなってしまいました。

「泣きなさい。あんなに頑張ったんだ。辛かったね」

 そう言ってエヴァン様はずっと私を抱きしめてくれました。
 私は声を上げて子供のように泣き続けました。

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