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突然の訪問者

 アリッサが戻ると邸の中は少しざわついていた。

 外に散歩に出ようとしてマージョリーが転んで額に傷を作ったのだった。

 幸い怪我はそれで済んだが、そんなことがあってアリッサは赤毛の少女のことのことはすぐに忘れた。

「アリッサさんに、お客様が来ているので、呼んでくるようにと旦那様がおっしゃっています」
「お客様? 私にですか?」

 二週間後、アリッサに会いたいという人が訪ねてきた。ロドニーが先に対応して、アリッサを呼びに執事がやってきた。
 ブオーモの街に知り合いはいない。看護学校時代の仲間だろうか。

「カスティリーニ侯爵の代理の方だということです」
「カスティリーニ侯爵?」
「まあ、カスティリーニ侯爵ですって?」

 マージョリーも驚く。ちょうど彼女の身体を拭き終えたところだった。
 このブオーモの街を治める領主だとは知っているが、なぜアリッサを訪ねてくるのだろう。

「何かの間違いでは?」

 アリッサと侯爵に面識はない。人違いと思うのが普通だ。

「正確にはベルトラン家で働いているブロンズ色の髪の、最近バルビー雑貨店で買い物をした女性ということです」
「なんですかそれ?」

 確かに彼女の髪はブロンズ色だ。でも探しているもうひとつの条件がバルビー雑貨店で買い物をした女性? 

「どうされますか?」
「とりあえず会ってみないとわかりません、よろしいですか、マージョリー様」
「ええ」

 マージョリーに断りを入れ、客が待っているという応接室に向かった。
 
「失礼します、アリッサです」
「ああ、アリッサ。すまない呼び出して」
「いえ、私にお客様だとか」

 頭を下げて中へ入ると、ロドニーがこっちへ来るようにとアリッサを側に呼んだ。

「この子がアリッサ・リンドーです」
「アリッサ・リンドーです」
「こちらはカスティリーニ侯爵の代理で来られたガルバンさんだ」
「ガルバンです」

 ガルバンは立ち上がってアリッサに挨拶した。

「とりあえず座って」

 ロドニーに言われて、ガルバンの向かいにアリッサは腰を下ろした。
 ロドニーと同じ年齢だろうか、彼はアリッサのことをその茶色の瞳でじっと見つめる。

「あの・・ガルバン様。私にご用というのは?」

 見つめれて居心地が悪く、アリッサは話を促した。

「失礼しました。二週間前、バルビー雑貨店に行かれたと伺いましたが、間違いありませんか」
「はい。友人への贈り物を買うために、訪れました」

 ケヴィンから帰りの馬車でカスティリーニ侯爵の話を聞いた。単なる噂話だったが、そのことがどこかで漏れて文句でも言いに来たのだろうか。

「その時、赤毛の少女と話をされたと思います。覚えていらっしゃいますか」
「はい」
「赤毛の少女? もしかしてそれはドロシー嬢のことかな」

 ロドニーが赤毛と聞いて、少女の名前を口にする。

「ドロシー? いえ、名前までは存じません。そのドロシー嬢というのは?」
「当家のお嬢様です。現侯爵のエルネスト様の姪御様で、先代侯爵ジュリアン様のたった一人残されたお嬢様です」
「え、あの女の子が?」

 あの時見た赤毛の少女の姿が思い出される。

「ドロシー嬢に会ったと、言っていたか?」

 ロドニーが顎に手を当て、記憶を呼び覚まそうと考え込む。
「いいえ。あの日、帰ったら奥様がお怪我をされていたので、すっかりお話するのを忘れていました。それに・・」

 ちらりとガルバンの方を見て、これ以上言っていいのか様子を窺う。
 何しろその赤毛の少女は万引きしようとしたのだ。

「すべてわかっております。お嬢様が店から金銭を払わず物を持ち出そうとされたのですよね」
「彼女がお話したのですか?」  
「はい」

 彼は頷いたが、あれから二週間も経っているし、そのこととアリッサを訪れたことと何か関係があるのだろうか。

「実は、あれからお嬢様は何かに怯えて食事も喉を通らなくなりました。夜中に何度もうなされて、ご両親が亡くなられた頃もそうだったのですが、少しずつ良くなってきたと思った矢先でしたので、不審に思った旦那様が本人を問い詰めたのです」
「問い・・」
「それで、バルビー雑貨店でのことを話され、あの時の女性が通報して、憲兵が自分を逮捕しにやってくると怯えていたようなのです」

 ドロシー嬢はアリッサが憲兵に通報すると思い、そのことに怯え心を痛めていたのだった。

「犯罪だと、私が言ったからですね」

 確かにそうなのだが、結果未遂に終わったことだし、アリッサは彼女がどこの誰かも知らなかった。
 
「ちゃんと罪の意識はあったのね。あ、ごめんなさい」

 カスティリーニ侯爵の令嬢なら貴族令嬢だ。アリッサも今は平民なのだから、今の言い方は失礼だったかも知れない。

「いいえ、旦那様もいくら貴族と言えど、罪は罪。何もかもが許されるわけではないという考えをお持ちです」
「確か、カスティリーニ侯爵は元騎士団にお勤めだったとか」
「はい。今は侯爵家を継ぐためにお辞めになりましたが、規律には厳しい方です。そしてお嬢様からそのことをお聞きになり、ぜひその女性にお礼を申したいとおっしゃり、探すようにと私が申しつかりました」

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