226章 欲望
超高級セットはマグロ、大トロ、中トロ、いくら、うに、フォアグラ、キャビア、あわび、エビ、サーモン、鯛が3貫ずつ乗せられている。いずれもとってもきれいで、観賞用に取っておきたいレベルだ。
超高級寿司の皿に使われているのは、ヒノキと思われる。器にもこだわるのは、超一流店と呼
ぶにふさわしい。ネタにはこだわりを見せても、器はシンプルな店が多い。
「産地直送のネタのみを使用しています。ゆっくりとご堪能ください」
ミサキはイクラを食べる。口の中で粒が弾けて、とっても幸せな気分を味わえる。
フユコは大トロを口にした直後、アホ毛センサーはまっすぐに立った。彼女のアホ毛がまっすぐなときは、心から感動していることを意味する。
「すごい、おいしい」
シラセは中トロを口にする。
「中トロの繊維はとっても上質で、食べている人を幸せにする」
マイはいつものモードで、キャビアを勢いよく食べる。
「キャビアのしょっぱさは全然なくて、とっても食べやすい。スーパーで販売されている、キャビアとはまったく違うよ」
ユタカは大トロを食べる。
「おいしい・・・・・・」
短い言葉の中に、心の中の感動がはっきりとあらわれていた。
シノブはどういうわけか、なかなか箸をつけようとしなかった。
「シノブちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないです」
「お寿司を食べよう。とってもおいしいよ」
「そうですね、お寿司をいただきます」
シノブはサーモンに手をつけると、目つきはおおいに変わった。
「とってもおいしいです・・・・・・」
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなにしんどくても、おいしいものを食べることで元気になれる。本当においしい料理は、人を幸せにできる。
6人は寿司を次々と食べ進める。器にのっているネタは、次々と減っていくこととなった。
マグロをつかもうとしていると、女性店員から声をかけられた。ミサキの皿には、寿司は半分ほど残されていた。
「ミサキさん、サインをしていただけないでしょうか?」
「私のサインですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「どのような目的で使用するんですか?」
オークション出品は、絶対にやめてほしいところ。善意のサインで、誰かが傷つくところは見たくない。
無断オークション出品を発見したら、警察に被害届を提出。犯罪に対しては、非常に厳しい姿勢で臨んでいる。
「ミサキさんのサインを、店内に飾ろうと思っています」
「わかりました。サインさせていただきます」
寿司を食べているところでは、サインをするのは難しい。席を移動してから、サイン色紙にサインをする。
「サインを書けました」
ミサキは書き終えたばかりのサインを、女性店員に渡した。
「ミサキさん、ありがとうございます。これを掲載すれば、お客様を増やすことができそうです」
「私のサインで、お客様は増えるんですか?」
「ソフトクリーム店を見れば、効果は明らかです。ミサキさんが食べたこともあって、ソフトクリーム店はあふれんばかりの人でにぎわっています。PR力はすさまじいです」
「私はごくごく普通の一般人です。有名人ではないので、PRする力は皆無です」
女性店員は、口元に手を当てた。
「噂には聞いていましたけど、とっても謙虚な女性ですね。超一流にしては、とっても珍しいですね」
ミサキは強めの口調で否定する。
「私は凡人です。超一流ではありません」
超一流と呼べるのは、限られた人間のみ。ミサキのような人間は、凡人中の凡人である。
「サインをしていただいたので、お寿司の無料券を差し上げます」
寿司の無料券には、大トロ、マグロ、いくら、うに、5貫まで無料と書かれていた。
「すぐに使ってもいいですか?」
「いいですよ。すぐに使用されますか?」
「はい。大トロ、マグロ、いくら、うにをお願いします」
「かしこまりました。大トロ、マグロ、いくら、ウニをお持ちいたします」
女性店員は深く頭を下げる。ミサキは見届けたのち、自分の席に戻る。
席に座ったあとに、異変に気付いた。サインのあとに食べようと思っていた寿司は、完全になくなっていた。
「私の寿司はどこかな?」
マイ、ユタカ、シラセ、フユコは深々と頭を下げる。
「ミサキちゃん、ごめんなさい。寿司を食べたいという気持ちを抑えられなかった」
最高級のネタを前にして、理性は完全崩壊。超高級寿司の威力を、まざまざと見せつけられることとなった。
シノブは少し遅れて、頭を下げた。
「私も寿司を食べました。本当にごめんなさい」
冷静沈着な女性の理性を破壊する。超高級寿司は、人間の人生を狂わせる能力を有している。
「寿司を食べてしまった分については、従業員の給料から天引きします。それで許してもらえないでしょうか?」
マイ、ユタカ、シラセ、フユコは給料を天引きされると聞き、大いに慌てふためいていた。
「シノブちゃん、タダ働きは嫌だよ」
「タダはきつい・・・・・・」
「生活できないよ」
フユコはアホ毛を曲げる。本心から慌てているのが、こちらにも伝わってきた。
ミサキは動揺している、四人に短く告げた。
「寿司は弁償しなくてもいいよ」
「ミサキさん、それでいいんですか?」
シノブの質問に、こくりと頷いた。
「今回だけは大目に見る。次回からは絶対にやらないでね」
マイ、ユタカ、シラセ、フユコは安堵の息をついていた。寿司代を弁償したら、半月くらいはタダ働きをするところだった。
振袖姿の女性店員が、大トロ、マグロ、いくら、ウニを持ってきた。
「ミサキさん、無料券の商品をお持ちしました」
「ありがとうございます」
無料券にしては、ネタはしっかりとしていた。値段換算すると、1000~2000ペソはするのではなかろうか。
女性店員は深々と頭を下げる。
「ゆっくりとご堪能ください」
大トロを食べる。あまりのおいしさに、体内は幸せに包まれることとなった。
マグロを口に入れる。最高級の一品に、心はおおいに踊ることとなった。
ミサキは寿司を食べたあと、うどん30杯を口にする。前回よりもレベルは高く、限定品であることを感じさせた。