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21、淑女は優雅に爆弾を投げる


          ‡

「お姉様、ドレスの色はやはりこちらにしません?」
「え、え。じゃあ、そうしようかしら?」
「アリツィア様、バ二ーニ商会様から贈り物が大量に届きました。新居に全部持っていかれます?」
「いくらなんでも多過ぎないかしら」
「でも足りないよりは多い方がよくなくて?」

 ミロスワフのプロポーズを受け入れてから、アリツィアもアリツィアの周りも大忙しだった。その後、カミルが何の動きもないのが気になるが、まずは目の前の責務をこなさなくてはならない。
 アリツィアは思わずため息をつく。

「結婚って、大変なのね」
「まだまだこれからですよ。決めなきゃいけないこと、山ほどあります」
「そうよ、お姉様。覚えることもたくさん」
「二人とも、結婚したことないのに、どうしてそんなに詳しいの?」
「お姉様が無知なだけですわ」
「無知」
「そうですよ、アリツィア様。大抵のご令嬢は結婚するときはああしよう、こうしよう、と夢を描いているものです」
「そのための情報交換もしておきますのよ」
「結婚する前から?」
「準備しておいて悪いことはありませんでしょう」

 息の合う妹と侍女に付いていけないアリツィアだったが、実際、この二人がテキパキと物事を決断してくれることが、かなりの助けだ。
 
「あなたたちがいてくれて、本当によかった。一人じゃ決められなくて途方に暮れてたわ」
「わたくしたちでできることなら、何でもしますわ。ね? ドロータ」
「もちろんです! アリツィア様はアリツィア様にしかできないことをなさってください」
「じゃあ、あっちでちょっと帳簿でもーー」
「それは後にしてください」

 アリツィアが少しだけ、と頼もうとしたそのとき、ウーカフが控え目に入ってきた。

「失礼します、アリツィアお嬢様。こちら、すぐに目を通していただいた方がいいかと思いまして」
「手紙? どこかの支店で不具合でもあったのかしら」
「そうではございません」

 ウーカフは否定したが、アリツィアは焦りながらそれを手に取り、

「げ」
  
 令嬢らしからぬ声を出した。

「どうなさったの?」

 イヴォナが覗き込んで、あらあ、と笑ってドロータに説明した。

「サンミエスク公爵夫人からお茶会の招待状が届いたわ」
「まあ! 早速、お近づきのしるしでしょうか」
「これぞお姉様にしかできないことね。あ、二人きりみたい」
「二人きり?!」
「違った、ミロスワフ様もいらっしゃるみたいね」
「驚かさないで……」
「何人でもお姉様なら大丈夫ですわ」
 
 イヴォナは自信満々で答えたが、アリツィアは不安だった。すがるようにイヴォナに聞く。

「ねえ、こういうときどういったお話をしたらいいの?」

 もはや、どちらが姉がわからない。イヴォナは少し考えてから答えた。

「そうですわね、公爵夫人はさっぱりしたお人柄だと聞いてますし、そんなに気にしなくていいんじゃないでしょうか」
「……大丈夫なのね?」
「ええ、ねっとりした性格の方とだと、まるで火が付いた爆弾をお互い投げ合うような会話になるときがあるけれど」
「爆弾!」
「まさか公爵夫人がわざわざ呼び寄せてそんなことするはずありませんわ」
「そ、そうよね」

 アリツィアとしてはそう願うほかなかった。

          ‡

 そしてお茶会当日。
 例によって、イヴォナとドロータに飾り立てられたアリツィアは、舞踏会に出席するときよりさらにガチガチに緊張して、サンミエスク家を訪れた。
 庭園にテーブルと椅子が用意されていた。挨拶を済ませて、お互い席に着く。上等なティーカップを手に、サンミエスク公爵夫人は優雅に微笑んだ。

「本当にごめんなさいね、この間はうちが主催した舞踏会でアリツィアさんに迷惑をかけてしまって」

 スワヴォミルとミロスワフを通して、家と家の話し合いは付いているが、サンミエスク公爵夫人とゆっくり話すのはこれが初めてだ。ミロスワフはよく母親のことをせっかちだと評しているが、いかにも有能そうな、年齢を経てなおキリッとした美人だった。それゆえ、厳しそうな印象を他人に与えるときがある。
 公爵夫人の背筋の良さに怖気付きながら、アリツィアはがんばって会話を続ける。

「いえ、あの、こち、こちらこそ、ミロスワフ様や皆様に、迷惑、いえ、ご迷惑をおかけして……」

 アリツィアももちろん最大限に背筋は伸ばしているが、心はすでに折れそうだった。まだ何もしていないのに。見かねたミロスワフが口を挟んだ。 

「そんな緊張しないでいいよ。アリツィア」
「は、はひ」

 だめだこりゃ、と遠くで控えていたドロータは内心思った。
 しかし、上品な仕草でティーカップをソーサーに置いた公爵夫人は、アリツィアから目を離さない。
 怒られる?! と思った瞬間、その唇がゆっくりと弧を描いて、笑顔を作った。

「わたくしのことはイザと呼んでちょうだい」
「イ、イザ様」
「仲良くしてくださいね」
「こちらこそです!」

 ふふ、と微笑むイザの切れ長の目は、ミロスワフより濃い青なのだが、こうして並ぶと面差しがやはり似ていて、親子なんだなあ、とアリツィアは思った。
 イザの口調が柔らかくなった。

「わたくし、アリツィアちゃんには感謝してるの。聞いたら、うちの息子を庇って、カミル・シュレイフタと渦に飛び込んでくれたとか。怖かったでしょ?」
「いえ……そんな風におっしゃっていただけるなんて」
「ふふ。アリツィアちゃんってほんとにかわいいわね。わたくしね、ミラノ出身なの。アリツィアちゃん、ミラノは訪れたことある?」
「まあ、ミラノですか? 行ったことはないのですが、母がフィレンツエ出身でした」
「知ってるわ。ブランカ様のご実家のバ二ーニ商会は有名ですものね」

 よかった、これならなんとかなりそう、アリツィアがほんの少し、肩の力を抜いたのと、でもね、とイザが悲しそうに目を伏せたのは同時だった。

「ひとつ心配なことがあるの」
「母上?」

 なにかを察したミロスワフが制する前に、イザは喋りきった。

「アリツィアちゃん、お父様の右腕として、今もクリヴァフ商会でバリバリ仕事をされているんでしょ? うちの息子と結婚したら、お仕事、どうされるおつもりかしら?」

 ーーこれはもしかして。

 アリツィアが考えるよりも早く、イザは問いかける。

「違うのよ? お仕事やめろなんて言わないわよ? だって、もったいないじゃない。せっかく才能あるのに。むしろ公爵家なんて堅苦しいところに嫁ぐより、商人と結婚した方がアリツィアちゃんもよかったんじゃない?」

 ーー直球の爆弾投げられた?!

 アリツィアがなんて答えようか固まっているのを、イザは心なしか嬉しそうに見つめている。

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