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5、枯れない薔薇



 ジェリンスキ公爵令嬢のラウラは、”雨に濡れた白百合”と呼ばれるほど、濃厚な香りのような存在感を醸し出す美女だ。が、昔からアリツィアを敵視しており、とにかく難癖をつけにくる。アリツィアが社交嫌いになった原因の一人だった。
 ラウラは無遠慮に上から下までアリツィアを眺め、髪飾りに目をやった。

「アリツィア様、珍しい髪飾りをつけていらっしゃるのね。生花ではないご様子ですけれど?」

 しめた、この話ならできる。
 髪飾りに手をやって、アリツィアは安心したように話し出した。

「ええ、乾燥花という名前ですの。北の方の大陸で流行してまして、生花と違って二ヶ月は色が保つのが特徴ですの。ただ、繊細で壊れやすいので器用な侍女でなければ、髪飾りにはできなくて」

 ドロータの一生懸命な姿を思い浮かべたアリツィアは、本当の微笑みを浮かべた。
 いつも私のことを考えてくれるドロータの気持ちに報いるためにも、今日は頑張らなくては。床ばかり見つめている場合じゃなかったわ。これは商談の相手。これは商談の相手。

「この壊れやすさを改良できたら、いずれクリヴァフ商会でも扱いたいと父が申してましたわ。贈り物にも喜ばれること、間違いありませんわ。ラウラ様に贈りたいと思う方がこの中にいらっしゃれば是非どうぞ」

 優雅な笑みで周りを見渡した。商売の話になると、アリツィアも饒舌になれる。
 アリツィアの説明を聞いた周りの者たちは、感心した様子で頷いていた。やっぱりクリヴァフ商会だ、珍しいものを扱っている、わたくしも欲しいですわ。
 そんな称賛の声を裂くようにラウラが声を通した。

「さ・す・が、クリヴァフ伯爵家ですのね。わたくしなんて生花を枯れないように魔力で固定するくらいしか出来ませんから恥ずかしいですわ……ご存知ないかもしれませんから補足しますと、魔力で生花の周りの空気を揺れないように包めば、そのままにしておくより長持ちしますの」

 扇を広げて口元を隠して、ラウラは微笑んだ。

「ですから、仮にそれがわたくしに贈られてきても遠慮しますわ。生花で十分ですから。ねえ? 皆様」

 呼びかけられて答えるものはいなかったが、先ほどまでと違い、皆、気まずそうにアリツィアたちから視線を反らした。
 裏の意味を読むのが苦手なアリツィアでも、ラウラの言いたいことはわかった。
 ”魔力のない人たちは大変ですわねー、そんな髪飾り、魔力があれば簡単に作れるのにぃ”だ。

 ……顔に出すもんか。

 確かに、アリツィアとイヴォナは貴族としては魔力が少ない。が、それはブランカとスワヴォミルが恋に落ちた結果だからだ。あの人たちの子供に生まれたことを、私は誇りに思っている。
 さっきから心臓がバクバクと暴れるように動いている。手も震えそうだ。指先に力を込めてる。それでも。
 アリツィアはさらに背筋を伸ばし、ラウラを視線で搦めとった。気圧されるようにほんの少し、ラウラが体を後ろに倒す。そこを逃がさずアリツィアが言う。
 
「確かにそうですわね……ただ、それでは楽しめるのはごく一部の者に限られてしまいますわ。この乾燥花は、雪深い北の地方の方達が、長い冬の間、部屋の中を飾るために編み出されたものですの」

 目を閉じて思い浮かべる。雪に閉ざされた生活。そこに飾られる乾いた花。

「これは、生活を楽しもうとする人たちの気持ちと時間が形になったものなのです。だとすると、大切にしたくなりませんこと?」

 しかしラウラは、思い切り顔をしかめた。

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