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2、クールビューティは作れる

「ドロータ、お姉様の色の白さを引き立てるには、深みのある真紅のドレスがいいと思わない?」
「最高ですイヴォナ様。では、髪飾りは赤い薔薇でどうでしょう? アリツィア様のブルネットにも映えるかと」
「それ採用」

 結婚相手を探すのはアリツィアなのに、張り切ったのは2歳年下の妹のイヴォナだ。密かに待機させていたお針子たちにアリツィアを採寸させ、その後、アリツィア付きの侍女ドロータを呼び出し作戦会議を始めた。アリツィアの部屋で。
 アリツィアは一応抗議した。

「ねえ、私のドレスなんだから私が決めるんじゃないの?」
「だって、お姉様にお任せしたら、絶対に地味なドレスになりますもの」
「そうです、アリツィア様。こういうときはやはり派手にいきましょう」
「任せてくださって大丈夫ですわ、お姉様」
「……じゃあ、あっちでリストの整理しているから、なにかあったら呼んで」

 アリツィアは諦めて、楽しそうな二人の隣で、どの舞踏会に参加するか悩むことにした。スワヴォミルから受け取ったリストを広げ、羽ペンを手に候補を書き出してみる。
が。

「やはり大きな舞踏会に出ることになるわよね……でも大きな舞踏会は大勢の人が出席してる……キラキラした人たちがキラキラした会話を楽しむ舞踏会……ぐむ」

 アリツィアが頭を抱えている様子を見て、イヴォナがドロータに囁いた。

「ねえ、ドロータ。つくづくもったいないわよね。我が姉ながらなかなかの美女だと思うんだけど」
「おっしゃる通りですイヴォナ様。あの憂いのある横顔からは、趣味が帳簿付けだとはわからないでしょう」
「今もずっとハマっているの?」
「はい、各支店から届けられる帳簿はアリツィア様が目を通していらっしゃるのですが、えげつない量のそれを、いかにも楽しそうに手を付けていかれるのです」
「変態よねえ」
「あなたたち! 聞こえているわよ!」

 アリツィアがたしなめると、きゃはは、と淑女らしからぬ楽しそうな笑い声が上がる。なんだかんだ言っても、イヴォナとドロータがアリツィアの幸せを願っていることはわかっている。だが慣れないことをする前は、やはり気持ちが重くなるもので。

「めんどくさい……」

 つい本音が漏れる。

「あらあら”吹雪の薔薇”とあろう人が」
「やめてよ、その呼び方」

 外見からの勝手なイメージで、アリツィアは社交界で、”吹雪の薔薇”と呼ばれていた。ブルネットの髪、白い肌、深い緑の瞳が冷たい吹雪を、その美しさが薔薇を連想させるとのことだ。

「聞くたびに、なんだそりゃって思うのよ。その点、イヴォナの”陽だまりのスイートピー”はいいわよね、わかりやすくて」
「ええ気に入ってます」

 柔らかな金の髪と青い瞳、常に笑顔でいることから、イヴォナは”陽だまりのスイートピー”と呼ばれていた。母ブランカに似ているアリツィアと、父親似のイヴォナ。姉妹はそれぞれ魅力が違った。

「それよりお姉様、人前に出ると緊張する性分は変わらないんでしょ? どうなさるおつもり?」
「こうなったら仕方ない……嫌だけど、ガチガチに震えながらでも行くしかないでしょうね」
「あら? 意外と平気そう」
「そんなわけないでしょう……わーーーーん!! 怖いっ!!」

 アリツィアは胸の前で手を組んだ。

「華やかな場所に出ると、こう、言葉がうまく出なくなるのよね……怖いわ……怖すぎる……いっそ森の木か何かになりたい。視線を素通りされる方がよほどましだもの」
「お姉様をそんな風にさせた連中を今でも張り飛ばして差し上げたくなりますわ」
「いいのよ、イヴォナ。私が世間知らずだっただけですもの」

 アリツィアも最初から社交界が苦手ではなかった。年頃の娘らしく、わくわくしてその世界に飛び込んだのだ。
 けれどそこで目の当たりにしたのは、貴族でありながら魔力のないアリツィアを影でこっそり揶揄する人たちの存在だった。

『商人の娘と結婚した変わり者のクリヴァフ伯爵の娘』
『魔力もない出来損ない』

 アリツィアが聞いているとは思わなかったのだろう、その貴族たちは嫌な笑顔を浮かべて、ひとしきりスワヴォミルやアリツィアをこき下ろしていた。まだ子供のアリツィアに充分な衝撃だった。
 それ以来アリツィアは、極力、舞踏会や夜会に参加しなくなった。目の前の人が何を喋っていても内心は違うかもしれないと怖くなったのだ。
 ちなみに、アリツィアから話を聞いたスワヴォミルは、イヴォナのデビューの際には細心の注意を払った。そのおかげでイヴォナにはそれほど社交界に苦手意識はない。妹だけでも華やかな世界を楽しんでくれていることに、アリツィアは安堵したものだ。

「でも、お姉様があまり社交界に出ないおかげで、神秘的な魅力が高まっているのも事実ですものね」

 社交界嫌いが好意的に解釈され、今ではアリツィアはクールビューティーの権化のように思われている。
 どうしても欠席できないものにだけ顔を出し、言葉少なげに、背筋だけは伸ばして微笑みを浮かべてさっと帰るせいだ。アリツィア自身は何度言われても信じられないが。
 イヴォナはアリツィアの手元を覗き込み、明るく言った。

「それで、お姉様に参加してもらえる幸運な舞踏会はどこですの?」
「これよ」

 アリツィアが差し出した紙を受け取ったイヴォナは、瞳を輝かせた。

「なーるほど。最初は、サンミエスク公爵の舞踏会に出る、と。後継のミロスワフ様が大陸の大学を首席で卒業して王都に戻って来たお祝いですのね……規模といい、内容といい、実質これがシーズン中で一番の目玉でしょう。ドロータ、張り切るわよ」
「いつ開催ですか?」
「もうすぐだわ。ドレスが間に合いそうでよかった」

 イヴォナは、アリツィアに向かって力強く頷いた。

「お姉様、安心してください。わたくしとドロータでできる限りの下準備はしますので。あとは当日のお姉様の頑張り次第です」

 イヴォナの満面の笑みを見つめたアリツィアは、先ほどから言いかけたことをまた飲み込んだ。

 ——言わなくちゃ。

 アリツィアはゆっくりを息を吐いた。
 
 ——私のためにここまでしてくれる二人に、本当の気持ちを打ち明けなくちゃ。

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