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ディスカッション④「穣治」

「そうそう、おれも聞きたい。おれらにだけ話させるのは、フェアとは言えねえよな」
「わかった。じゃあ、おれも話すよ」

  穣治はどっかと椅子に腰掛けた。

「あの男のいつに戻って、か。具体的ないつってわけじゃないが、そのときに誰かがいたらなあ、とは思う」
「いまいち、よくわかんないよ」加奈が説明を求める。
「太一が言ってたろ、あの男が一部で同情されたり、人気者になってると。半分以上、冗談だろうけど、ファンみたいな口ぶりのやつらもいるよな。起こした事件は許せないが、犯人の日頃の人間性――たって、断片的な情報からの憶測にすぎんのに……とにかく、共感したり」

 沙織が十字架に軽く指を触れた。穣治は話を続ける。

「そういった共感性自体は間違っちゃいない。凶悪な犯罪者と獄中結婚したくなるやつの心理とはまたちょっと違うだろうから、そっちは置いとくが……ともあれ、こんな事件を起こしたことで、あの男の存在は広く知られるようになった。ただ、もしな、事件を起こす前のあいつに、ネットで共感してるやつらが会ったとしたら、はたして仲良くなろうとするのか」

 太一は腕組みをしたり、ガチガチヘアに手をやったりと落ち着かない様子。穣治は言葉を継いだ。

「時と場合によるだろうが、おれは仲良くなれるんじゃないかと思う。おれもあの男のことはよう知らん。恋人やら親友やらもいたのかもしれない。それに、やつを追い詰めたのは、宗教や人間関係だけでなく、政治や地域社会の問題も大きい。広く言えば、おれたちを含めた、この国全体があいつを犯行に駆り立てたとすらおれは思ってる。だから、あの事件はある意味で、おれら全員の敗北だったんじゃないか」

「でも、被害者や遺族の気持ちは……」亮介が力なく言う。

「うん、そうだ。最もつらく、悲しい思いをするのはいつだって、被害者とその周囲の人たち。犯行の正当性なんてあるわけない。事件の被害者が生前、どれだけ腹黒かろうが、本心からの優しさだって持っていたかもしれない。なんにせよ、どんな人間であったとしても、不意打ちで撃ち殺すなんて、完全なる暗殺だ。最低最悪の暴力だ。正当防衛以外の殺しは許しちゃいけない。もちろん、あのクソカルト宗教はこの機に――と言っちゃマズいだろうが、徹底的に暴いて、必要ならたたき潰せばいい。それで少しは社会がよくなるかもな。だが、それとあの男の刑罰は当然、別だ。おれもやつには適性な法に則った厳罰を求めたい。あいつの人間性にも問題があったはずだし。その上でおれが言いたいのは、なんていうのか、やつを後押ししたのは……これはおれの持論だが、〈孤独〉だってこと」

「孤独?」と加奈。

「ああ。孤独は人を殺す。自殺にも殺人にも向かわせる。いまじゃ、〈おひとりさま〉なんて言葉が流行って、もちろん、それは独りで生きざるを得ない人や群れるのが苦手な人に向けての肯定であり、エールであることはわかってる。パリピ礼賛文化へのカウンターだよな。いいパンチだ。おれもメシは独りで食いたい。でもな、やっぱり、人間にとって孤独は誰にでもとり憑く〈魔物〉なんだと思うよ」

 穣治はビニール袋から特茶のペットボトルを取り出して、がぶ飲みする。

「孤独を完全に受け入れて、一生涯、生きつづけられる剛の者だってそりゃいるだろう。ただ、そんな猛者はまれだ。やはり、孤独は危ない。気軽に〈孤独のすすめ〉なんて、するべきじゃない。おれは教師を二十年ほどやってるが、これまでに何人かの道を踏み外しちまった生徒たちを見てきた」

 穣治は目の前にいる四人の高校生たちの顔をいっとき眺める。

「家が金持ちのやつ、食費にすら困窮してるやつ、友達のいないやつに、同姓からも異姓からも好かれるやつ、いろんな生徒たちが一線を越えた。いや、おれが止められずに、越えさせてしまった」

「先生……」亮介と沙織が同時に口を開いた。

「逆に、同じ状況でも、なんとか踏ん張った生徒たちもいた。じゃあ、一線を越えた者と越えなかった者の違いは? 何が彼や彼女の背中を押した? 魔がさしたのか? なら、〈魔〉の正体はいったいなんだ? おれは、あいつらが踏み越えちまった原因の一つを、孤独だと考えてる。突発的な暴走と計画的なやらかしでは違いがあるにしても、それが発火する前に、誰か親身になって寄り添える人がいたら、根本的な問題解決は別としても、最悪の着地だけは防げたと思うんだよ。下手なことは口にできないが、華やかな生き方をしてるように見えた芸能人の自殺なんかも、ひょっとしたら……ふっと、あるときに孤独が忍び寄って――やりがいのある仕事や、大切な家族がいてもだ――そのときに運悪く、酒が入ってたり、ベランダの窓が開いてたり、よくない条件が重なって、飛んじまうことはあるんじゃないか」

 穣治は特茶を飲み干した。ふーっと息をつく。

「話が広がってしまったな。戻すけど、あの男も、どこかいいタイミングで、理解者や寄り添える人がそばにいられたら、また結果は違ったんじゃないかと、おれは思う。こんな答えでいいか?」

「穣治をはじめて先生として尊敬したくなったきたぜ」
「お褒めの言葉、身に染みるよ、太一」

 かすかな笑みを浮かべている四人を見た穣治は立ちあがり、今度こそビデオカメラを切った。

「さあ、終わりだ。でだ――」
「まだ、なんかあるの?」と亮介。
「村田、おれは先生だぞ。もう議論は終わったんだ。敬語で話せ」
「めんどくさい人だなあ」沙織が苦笑しながらキャップ越しに頭をかく。
「お前らに、黙ってたことがある」
「え、なんか隠し事、多くないすか、政治家じゃあるまいし」太一が顔をしかめた。

「おーい、来てくれ!」

 穣治が生徒たちに背を向け、黒板に向かって吠えた。

(⑤へ続く)

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