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テクノ金閣寺の置き逃げと子供誘拐事件

コンクリ壁に火の手が、いや、日の出があがった。
キンキラキン。そんなオノマトペが聞こえないきそうな輝きだ。

風光明媚なリゾートマンション。しかも駐車場に季節外れの夏が来た。
というのも、等身大の金閣寺が鎮座しているからだ。黄金色のLEDパネルがビまぶしい。まるで太陽を直視したようだ。

管理組合が契約者に注意したところ『不法投棄じゃないです。テクノ金閣寺を置き逃げされて困ってるんです」
面長の男がやつれ果てた顔で被害を訴えた。

「扇風機なんか2台も買ってどうするんですか。親子そろって博多の墓に入るんですよ」
専業主婦がたしなめた。隙あらばサラダを振る舞うので胡麻ドレッシングと呼ばれている。

「だから皿うどんを取り返すんです」
面長の男が泣いた。
「だって今日はもうナイアガラですよ。どうするんです?」
胡麻ドレッシングが窓を見る。街明かりがネオンに代わり夕立に煙っている。

「そんなこと言われても。彼らに明日はあるんでしょうか。どうします?」
面長の男は遮光グラスをかけた子供たちを見やる。
不可解な痴話喧嘩はこじれる一方だ。そこで俺の出番だ。

「お困りのようですねぇ」
人差し指と中指を契約書に絡めつつ柱の陰からさっそうと登場。
「ちょっと。部外者以外立ち入り……」
「とうっ!」
胡麻ドレの口を書類で塞ぐ。
この事件、ひさびざの大物だ。発端から内偵していた。だから、任せてもらおう。
俺はヒュウと口笛を吹いた。そして大見えを切る。
「ゴミ出し分担から浮気調査までよろず悩みごと、とくとおまかせあれ~」
「「万事屋近所之介キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」」

◇ ◇ ◇

「だいたいわかった。子供と莫大な借金を残して駆け落ちしたあげく判子を押せとはひどい仕打ちだ」

話によると面長の男は酒も遊びもしない生真面目だ。しかし指示待ち人間で出世の見込みがない。そりゃ女房に逃げられる。

俺はすぐさま間男の家に乗り込んだ。皿うどんを顔を合わせない条件で彼は応じた。
のろけ話を小一時間ほど聞かされた。
「わかったよ。そこまで好きならくれてやる。ただし子供と模型はもってけ」
夫が半ば呆れはてたように突き放す。
「それがな……」
ずいぶん身勝手な言い分を並べ立てたあげく「あの女は地雷だった」という。
「はぁ?」
面長が耳を疑った。
「ギャル曽根みたいに爆食されてみろ。破産する」
なるほど。同棲して本性が見えてきたわけだ。
しかし面長の方も今さら元の鞘に収まる意図はないらしい。

「人の女房を略奪しておいて懲りましたはないだろう。一生面倒を見てやれ」
俺は説教してやった。
間男は「皿うどんを引き取るつもりはない 」と重ねて発言した。
「それなら、二人のファンをどうするつもりなんだ?」
俺は駐車場に放置されていた姉妹の処遇を問うた。
「知るかよ。だって皿うどんの身柄はナイヤガラが押さえてる」と間男は言い放った。
「借金のカタだと? つーかナイヤガラってあの反グレか?」
俺は驚く。特殊詐欺で財を成し出所後に足を洗って金融業者になった男だ。
「皿うどんを取り返すなんて無理だ。彼女は三段逆スライド式過食症なんだ」

面長は頭を抱えた。それは精神ショックが閾値を超えると等比級数に食欲が増進する。浮気が発覚するまではどうにか面長の給料で喰わせてやっていた。

しかし皿うどんが自分で麺を茹でたいと言うので大型扇風機を導入した。
そこまでは夫婦愛だ。しかし注文した相手が悪かった。ナイアガラだ。
「ボラれたのかよ!」
俺は面長を問いただした。
「いえ、払えない額じゃないっすよ。業務用で値段相応です」
「じゃ、何が問題なんだ?」
「月賦で少しずつ返してたんですがね。支払方法が手渡しだったんですよ」
「どういう決済だよ?」
「俺が悪かったんです。皿うどんのお目当ては希少品で。検索でようやくヒットした業者がナイアガラだったんですよ。最後の一台をゲットしたんです」
納品は手渡し。支払いは現金という条件だという。
「それで皿うどんを引き取りに来させて、たらしこんだ。だが話が合わない」

俺はメモ用紙に相関図を描きながら推理した。
「皿うどんとナイアガラに面識はあったのか。 それと、おい、お前はいつどこで知り合った?」
すると間男は「登録者っす。皿うどんちゃんねるの」とスマホを見せた。
「妻が喰いっぷりを配信してたなんて初耳です」
面長の瞳にはフードファイター然とした皿うどんが映っていた。

チャットログが雪崩れていくなかでピロン♪ピロン♪と投げ銭が割り込む。

『チョリーッス』(フマキラー さんから千円入金しました)
『喰いっぷりが男前っす』(フマキラー さんから二千円入金しました)

「人の女を餌づけしてんじゃねーよ」
面長が間男に殴りかかった。「食い気は色気というけどなぁ……」
面長はフマキラーをシバキ倒した。
「それぐらいにしとけ。皿うどんのストレスが爆食のギアをあげることは分かった。問題はスイッチを入れたお前だ」
俺はフマキラーを非難した。
子供たちが母を求めてぐずり始めた。俺は胡麻ドレに寝かしつけるよう頼む。
フマキラーの良心を苛むよう胡麻ドレは女優顔負けの被害者ヅラを演じた。
「うううううう」
投げ銭男にグサグサ刺さる。
「皿うどんは犬猫じゃねえ。人間なんだ。子供もいる。おめーが人生を奪たんだ。だからおめーが奪い返せ」
俺はトドメをお見舞いした。
フマキラーは無言で立ち去った。
「で、さっきから盛大に光り輝くこの宿題をどーすんだ、これ」
俺はサングラスをかける。ただでさえ近寄り難い。
溶けそうな勢いで燃え立つ出処不明の怪物体。
「だーかーら、置き逃げされて困ってっていったでしょう」
ボールは面長に回帰した。

「だったら警察に通報しろ。不法投棄だ。爆発物かも知れん。以上だ」
「……はい」
「あの……子供たちは?」
「知るか。保護責任者遺棄は児相の管轄だ」
俺は万事屋近所の介の名前で請求書を切った。「金十万円也の所を初回お試しキャンペーン価格一万円也にまけておいてやる。支払いはおっぺけぺーのみ」
「とほほ」
俺がアプリを起動すると面長の手元が「おっぺけぺー♪」と鳴った。
その後、警察車両が到着し爆発物処理班が物々しく安全を確認した。結局、盗品の疑いがあるということでテクノ金楽寺を引き上げていった。
たかが一万円、されど一万円である。俺はおっぺけぺーの残高をニヨニヨ眺めていた。大した活躍はしてないのに時給換算して破格の儲けだ。俺は映画や小説の探偵ほど万能ではないし同業者もそうだろう。手に負えない仕事は行政に丸投げする。餅は餅屋だ。という次第でおっぺけぺーおすすめの加盟店で一杯ひっかけようと考えていた。
チラ、と嫌な予感がする。
間髪を入れず着信した。胡麻ドレだ。すわ、仕事の依頼か。俺は色めき立つ。
だが、違った。
「何だって? 面長の息女《せがれ》が誘拐された?!」
「そうなのよ! すぐ来て!!」
「それこそ警察を呼べよ。事件は解決した。あとは管轄じゃねえ」
せっかくのオフが台無しだ。
「そんなこと言わないで。また出たのよ!」
「何が?」
「金閣寺よ!」
ベランダから大きな物音と悲鳴がしたので窓を開けると目が眩んだ。その隙に玄関がこじ開けられ子供たちが攫われたという。跡に残ったのは金閣寺だ。
「防犯機能か!」
模型とはいえ新品でも数万円する代物だけに派手な音と光で盗難を予防する。
「合鍵を作れる人物に心当たりはあるか?」
胡麻ドレの夫は海外単身赴任で正月まで戻らないが夫婦関係は良好だ。
双方に結婚後の異性遍歴はない。すると管理組合の誰かか盗難の可能性だ。
保管場所にアクセスできる人間でこの件に絡む者は限られる。
胡麻ドレ以外で…いや、まてよ。
「あんた手料理を大盤振る舞いしてるだろ?」
「ええっ?」
案の定、胡麻ドレが豹変した。言いたい事は分かってる。
「いや、あんたは白だ。ただ配膳はあんた一人でやってるのか」
「あったりまえでしょう!」
「その当然がどこまでできてる? 例えば戸締りだ」
「あっ!」
胡麻ドレは固まった。ご近所だからとついついないがしろになってしまう。
「持ちきれなくて誰かと分担したことはないか?」
「誰って皿うどんさんには取りに来てもらってるし、あとは…」
そこまで聞いて俺はピンと来たね。
「じゃあ、この事件は皿うどんの自演だ」
「何ですって? そんなバカな」
「いいから。あんたのキーホルダーを見せてみろ」
「管理組合室の鍵は私がずっと持ってるんですけど」
胡麻ドレが渋々見せた。案の定、自宅と組合室の鍵がぶら下がってる。
「あんた、皿うどんの眼前で施錠しただろ。こう、後ろ向きになって」
俺は中腰になって壁に向かい合った。「嫌らしい腰つきね」、と胡麻ダレ。
「うるさい。話の腰を折るな。それより皿うどんに背を向けただろう。その時、鍵を盗撮されたんだ」
「はぁ?」
胡麻ダレが首をかしげる。
「いいか。今の製造技術をなめるなよ。写真から鋳型を起こせるんだ。皿うどんはあんたの合鍵を盗撮してスペアを作ったんだ。こんな事ができるのは3DプリンターやCADに通暁した人間だ。そういえば面長はナイヤガラから家電を買ってたと言ってたな」
俺の推理を聞いて胡麻ダレは顔面蒼白になった。
「どうした?」
「……面長さん、ナイヤガラで買い物するって言ってたけど、私に内緒でこっそり金閣寺のパーツを発注してたみたいなんです」
「なるほど、おあつらえ向きのスペアができたわけだ」
「それに面長さん、あの金閣寺で夜な夜な集会を開いてたんです」
「なんだそりゃ」
「何でもオカルト系で……呪いの動画だとか」
「それは怪しいな」
「私、実は怖くて。それで面長さんに近づかないようにしていたんです」
「なんでそれを早く言わなかった?」
「言ったら余計に嫌われると思って」
「じゃ、あんたは面長と仲直りしたいのか?」
「当たり前です」
「だったら、ちゃんと伝えないと駄目じゃないか。俺たちが駆けつけるまでに金閣寺は消えてたんだぞ」
「すみません」
「まぁ、過ぎたことは仕方がない。ところで皿うどんと直接交渉はできないのか」
「いえ、それが……。面長さん、あの件以来おかしくなって」
「どういうことだ?」
「私のせいだと思うんですが、離婚してくれと毎日のように言われまして。最近は金閣寺にのめり込んでしまい、ほとんど寝ずにああして光り輝いてます。私と顔を会わせると罵声を浴びせてくる始末です」
「うーん」
俺には手に負えない問題である。「あの、子供たちの安否が…」
胡麻ダレがおろおろしている。
「警察に任せろと言ったろ。しつこいな」
「いや、それが通報したんです……」
言いにくそうに語尾を濁す。
「警察は何と言ってるんだ?」
「皿うどんさんから誘拐の被害届が出ているって。最寄りの派出所から事情聴取に向かうので家から動かないようにって」
それを聞いて俺は叫んだ。
「おいおいおい。俺らが誘拐犯よばわりだとー?!すざけるな!」
「でも皿うどんさんは本気ですよ。子煩悩の権化だし」
俺は胡麻ダレに提案した。「逃げよう。俺たちが捕まる前に真犯人を探すんだ」

「でも、どこへ」
「どこかに匿ってくれそうな知り合いはいないか」
「いません。皆、子供がいるので」
「そうか。じゃ、面長に脱出を手引きさせろ。奴は金閣寺のパーツをナイヤガラから入手してる。調達先の工場に隠れよう。そこを捜索すれば合鍵の複製に使った3Dプリンターが出てくるかもしれない。皿うどんの嘘を暴くことが出来るぞ」「そ、そうですね」
胡麻ダレはスマホを手にして面長に電話をかけた。
「おいっ、この泥棒野郎! 誘拐事件を起こしてるんじゃねえ! おめーのやってることは犯罪だ!」
俺は面長に吠えたてた。面長が電話に出る。
「はい、面長です」
「おまえは大ウソつきだ。なーにが『子供たちを引き取る気はない』だ。フマキラーに投げ銭させて、しかも自分の女房と浮気までしやがって。ふざけるな!」
「何のことですか?」
「とぼけても無駄だ。お前の留守中に家宅捜査に入った。証拠は挙がってるんだ」
「警察には誘拐事件の通報をしただけです。私は何も知りません。帰ってください。警察を呼ばないなら子供たちを返してあげましょう」
「はー? 何を言ってやがる。誘拐は犯罪だ。こっちは警察じゃないんだ。誘拐犯のお前がどうして被害者ヅラしてやがるんだ」
「あなた、まさか」
胡麻ダレが目を丸くした。
「いいか。今すぐ面長一家を解放せよ。さもなくばナイヤガラにサイバー攻撃をかけて、金閣寺をぶっ壊す!」
「ちょっと、何するのよ?!」胡麻ダレが割って入った。「やめてよ! あんた、何者?!」
「黙れ! お前の彼氏は誘拐犯だ。俺は名探偵『万事屋近所之介』だ。いいか。面長をとっ捕まえろ」
俺がまくし立てると電話口から高笑いが聞こえた。「はーっはっは。万事屋さんとか言いましたっけ?あなたは致命的なミスをしている。警察や児相に丸投げして大した仕事もしてないのに私から1万円を巻き上げた。騙し取った。これ立派な詐欺罪ですよ? 何ならさっきの『金閣寺をぶっ壊す!』発言の音声ファイルも警察に提出しましょうか?」
「なにぃ?」
「はーっはっは。残念でしたね。私にはまだ切り札があるんですよ。例えば私の可愛い子供たちの画像データです。これをネットに流されたくなければおとなしく逮捕されなさい。では、ごきげんよう。おや、もう切れたかな?」
面長のキレ芸が俺の握力を倍加させた。スマホを潰す代わりに拳で金閣寺を打ち据える。バキンと模型の一部が壊れた。「ひええええええええ」胡麻ダレが絶叫した。「なにするのよ!」
「うるせえ、お前の旦那が犯罪者だ」
俺は床に散らばった部品を拾うと組み立てた。
「いいか。俺は金閣寺の構造を完璧に理解している。こんなものはちょろいもんよ」
「や、やめてください。お願いします」
胡麻ダレがすがってきた。
「はーっはっは。今更、遅すぎる」
俺は金閣寺の頭部分を手にした。「おい、面長。金閣寺を壊されるのと子供たちを返すのとどっちを選ぶ?」
「はぁ? 何のことだ? 俺は知らないぞ」
「しらばっくれるな。俺はお前の正体を知っている。ナイヤガラの子飼いだろう。奴にそそのかされて悪事を重ねている。だが、俺は正義の味方。悪の組織のナイヤガラなど敵ではない。そうだろ? はーっはっは」
俺は金閣寺を振り回した。
すると窓の外、隣のマンションの屋根から皿うどんが降り立った。「やぁ、万事屋。僕も混ぜてくれないか?」と片手を上げる。皿うどんの背広は所々破れ、額から血を流していた。「ナイヤガラが俺の金閣寺を壊した。だから報復してやった」と皿うどんに金閣寺を差し出した。
「な、なにをするんだ。やめろ。僕の金閣寺だぞ!」
皿うどんが狼牙棒を構えた。「や、やめるんだ! そんな事をしたらナイヤガラから君を守ってやれないじゃないか」「守ってもらわなくて結構。俺が自分で自分を守る」
俺は皿うどんに殴りかかった。
「だめぇ」
金閣寺の光が弱まった。
俺のパンチが空を切る。金閣寺が俺の手を離れた瞬間、光を失ったのだ。金閣寺は地面を転がり胡麻ダレの足元に止まる。
皿うどんが飛び上がった。
「このぉ」
狼牙棒の一撃が金閣寺を襲った。
金閣寺が破壊されると同時に光を取り戻す。「や、やめてぇ」
と胡麻ダレが泣き叫ぶ。
俺の目の前に巨大な顔が出現した。
それは怒りの形相を浮かべた般若の仮面だった。
俺は思わず「ひっ」と悲鳴をあげた。仮面が俺の顔を覆う。
意識が闇に沈んだ。「おっと、そこまでだ!」
その時だった。壊れかけた金閣寺があっという間に治り手足が生えた。そして屋根の部分にギロリと目が明いた。
「うわっ、なんだお前」
俺がドン引く。
「お前とは何だ。金閣寺様と呼べ!」
金閣寺が怒った。怒号を放つ。
俺がひるむと、今度は背後に気配を感じた。「ふー、やっと出て来れたぜ」
そこには黒髪の女が立っていた。「お前、だれだ?」
俺が問いかけると女は胸を張ってこう言った。「あたしは通りすがりの悪霊です」と、まるで舞台女優のような身振りを見せる。
さらに面長のスマホが鳴る。「な、なにごとですか?」面長が電話に出たようだ。「そ、そんなバカな」面長の声色が変わる。「お、おい、何を言ってるんだ? 僕は誘拐なんてしていない。そいつは濡れ衣だ。おい、もしもし、聞いてるのか?……おい!……おいっ!……てっ、切りやがった」面長がスマホを投げ捨てる。「おい、どうした?」と皿うどんが呼びかける。「あー、面倒な事になったな」
俺の肩が叩かれた。振り返ると見知らぬ男がいた。
俺は尋ねた。「誰だ?」
「俺はナイヤガラの幹部の一人だ」
男はスーツの内ポケットから名刺を取り出した。俺はその名刺に目を落とす。
名刺には「株式会社テクノ金閣寺・代表取締役社長兼CEO」の文字が躍っていた。「え、ナイヤガラの社長だと?」
俺は目を丸くした。
「ああ、そうだ。ナイヤガラはお前たちの金閣寺を手に入れようと、皿うどんの亭主をそそのかして誘拐を企てた。ところが皿うどんの亭主はナイヤガラの言いなりにならず、逆にナイヤガラの悪行を暴露した。おかげで皿うどんの亭主は警察に捕まり、ナイヤガラの連中は焦っている」
ナイヤガラの幹部は続ける。「俺の名前は石丸だ。俺の言う通りにすれば、お前たちに危害を加えない。悪い話じゃないだろう」
俺は石丸を見つめた。「わかった。話を聞こう」
こうして俺は石丸の配下に加わった。
* その後、俺は石丸の用意したヘリに乗って、一路、北海道へ向かった。ヘリの中では石丸と会話を交わした。
「なぜ、ナイヤガラは金閣寺を狙った?」
「奴らは3DプリンターやCADソフトでフィギュアを作ってるんだ。その技術を悪用すれば、俺たちは一生遊んで暮らせる。ナイヤガラの資金源を断つためにも金閣寺は邪魔だ」
「なるほどな」
「それに金閣寺はサイバー攻撃に弱い」
「弱点を克服する為にも金閣寺は必要なんだな」
「そういう事だ」
俺は理解した。
「しかし、あんたが金閣寺を盗んだ犯人か。ナイヤガラに加担してると思ってたよ」
「いや違う。金閣寺は盗まれたんだ」
石丸は語った。彼はIT系企業の経営者でナイヤガラとは関係ないと言う。
ナイヤガラの狙いは最初から金閣寺だけだったらしい。
3Dプリンターで製作した偽金閣寺をサイバー攻撃のダシに使ったのだ。「サイバー攻撃か。なら、警察に任せればいいじゃないか」
「ダメだ。警察を介入させると、俺の犯罪がバレてしまう」
俺は首を傾げた。「あんた、犯罪者なのか?」
「いや、ちょっと前に詐欺で逮捕されただけだ」
「同じ事じゃないか」
「まぁ、聞け。俺はナイヤガラと手を切りたいんだ。しかし俺の逮捕によって世間の信用が落ちた。金閣寺を盗む事で信用を回復しようとしたのさ」
「ふーん」
「ナイヤガラは今、札幌にいる。そこで金閣寺が奪われた事を知った。今頃、必死になって金閣寺を探しているだろう」
「それで金閣寺を隠せる場所を探して俺に出会ったわけか」
「そういう事だ」
俺は考えた。「つまり、俺をナイヤガラに売り渡すつもりか?」
「そうじゃない。俺に協力して欲しいんだ」
「協力って何をするんだ?」
「金閣寺を守る手伝いをしてくれ」
「どうやって?」
「俺が金閣寺になる」
「はぁ?」
「俺は全身義体者なんだ」
俺は理解した。「なるほどな。だから金閣寺が壊れても平気だったんだな」
「そういう事だ」
俺は質問を続ける。「ナイヤガラはどうして金閣寺を狙うんだ?」
「奴らの目的は『人工筋肉』の開発だ」
「なんだい、そりゃ?」
「人体に埋め込むと、自分の意思で体を動かせるようになるパーツだ」
「へぇ、そんな物があるのか」
「ナイヤガラは人工筋肉を使ったサイボーグを作ろうとしている」
「それがナイヤガラの目的か?」
「そうだ」
「金閣寺を手に入れたらどうするつもりだ?」
「もちろん人体に組み込んで動かす。ナイヤガラの社員全員分の人工筋肉を用意する予定だ」
「ずいぶん思い切った計画を立ててるな」
「ああ、俺の計画ではナイヤガラを乗っ取るつもりだった。ナイヤガラを隠れ蓑にして裏社会を支配してやる」
「それは怖いな」
俺が呟くと、石丸が苦笑した。「ははは、大丈夫だよ。ナイヤガラから手を切れば、お前たちに迷惑はかけない」
「でも、ナイヤガラの悪事を世に知らしめたら、あんたの会社は潰されるぞ」
「それくらいは覚悟の上だ」
「本当にいいんだな」
「もちろんだ」
俺と石丸は笑い合った。
俺が「そろそろだ」と呟いた。すると石丸が窓の外を指し示す。俺は窓に視線を向けた。
窓の外、雪山が見えた。
俺は石丸に尋ねる。「あの山がナイヤガラの拠点なのか?」
「そうだ」
「結構、高いな」
「ああ、ナイヤガラは高い所が好きだ」
俺はナイヤガラの悪趣味に呆れた。「あんたも大変だな」
「はは、慣れたよ」
俺と石丸を乗せたヘリは山頂に着陸した。
石丸が降りると、俺は石丸の後に続いた。
俺たちは金閣寺の残骸の前に立った。そこには黒い服に身を包んだ男たちが立っていた。
俺は石丸に囁きかける。「あいつらがナイヤガラの連中か?」
「そうだ」
俺は男達を見据えた。
その時だった。
「うわっ」
と、石丸が叫んだ。石丸の身体が宙に浮かび上がる。
「石丸!」
俺は叫ぶ。「だ、誰か助けてくれ!」
男の一人が金閣寺の台座に触れた。金閣寺が持ち上がった。
金閣寺が空に向かって浮かぶ。男達はそれを見上げていた。
男達が叫ぶ。「金閣寺だ」「まさか本物か?」「間違いない。金閣寺だ」
男の一人が金閣寺を追いかける。金閣寺は男を避けた。
男は地面に倒れ込んだ。「あ痛たたた」と立ち上がる。
金閣寺は向きを変えると、男に突進した。「うわー」
男が吹っ飛ぶ。金閣寺はさらに向きを変えると、別の男の顔面にぶつかった。「ぐげー」
と、男は倒れる。
金閣寺は向きを変えると、最後の一人に突っ込んだ。「ぎゃー」
と、男は悲鳴をあげる。そして、最後に残ったのは石丸だった。
石丸が空中に浮き上がる。石丸が暴れる。
「やめろ、このポンコツがっ」
石丸が怒鳴る。しかし、金閣寺は止まらない。金閣寺は石丸を蹴り飛ばした。「ぐふぅ」
石丸が悶絶した。
金閣寺は石丸を睨みつける。
俺は金閣寺に語りかけた。「おい、金閣寺。もうやめてやれ」
金閣寺が動きを止める。金閣寺は俺に振り返った。
俺は金閣寺を見つめた。「お前には自我がないのか?」
金閣寺は俺をじっと見つめる。「おい、聞いてるのか?」
金閣寺は動かない。俺は金閣寺をじっくり観察した。
金閣寺には目も口もない。耳もついていない。手足も生えていなかった。まるで巨大な仏像だ。
「お前は俺と同じ全身義体者だな」
俺は呟いた。金閣寺は何も言わない。
「お前は金閣寺になって何がしたいんだ?」
金閣寺は答えない。
「お前には心はないのか?」
金閣寺は答えない。
「お前は……」
俺は言葉に詰まった。金閣寺は答えない。
「お前は何の為に生まれたんだ?」
金閣寺は答えない。
俺は拳を握りしめた。「ふざけるな! お前の役目は終わったんだよ。さっさと消え失せろ」
金閣寺は沈黙を続けた。俺は怒りに震える。「俺の言葉が聞こえているんだろう? 何とか言えよ」
金閣寺は俺を見つめ続けた。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「…………わかった。俺がお前を壊す」
俺は金閣寺に飛びかかった。金閣寺を殴る。金閣寺を蹴る。金閣寺を何度も叩きつけた。
「消えろ、金閣寺。さっさと消え失せろ」
俺は狂ったように金閣寺を殴り続ける。金閣寺は抵抗しない。
「さっさと消えないとぶっ殺すぞ」
俺は泣きながら金閣寺を殴打した。金閣寺は動かない。
その時、俺は気づいた。金閣寺は義体だ。義体を破壊する事は出来ない。「ちくしょう」
俺は金閣寺を殴り続けた。
しばらくして、俺は立ち上がった。金閣寺は粉々に砕け散っていた。
俺は空を仰いだ。涙がこぼれ落ちる。
俺は両手で顔を覆った。
俺は金閣寺が嫌いだった。金閣寺はいつも威張り散らしていた。金閣寺のせいで俺は何度もひどい目に遭わされた。
金閣寺を憎んでいた。しかし、金閣寺を消してやることはできなかった。
それは金閣寺が俺の仲間だからだ。
金閣寺と過ごした日々を思い出す。俺と金閣寺は親友だった。俺が子供の頃、親に内緒で家出した時も金閣寺が一緒について来てくれた。
俺が両親に叱られた時、金閣寺は一緒に謝ってくれた。俺が受験に失敗した時は慰めてくれて、俺が就職に成功した時は喜んでくれた。
俺と金閣寺は何でも話せた。喧嘩もしたけど仲直りできた。俺が辛い時には金閣寺が側にいてくれた。
だから、俺は金閣寺を嫌いになれなかった。俺と金閣寺の関係は簡単に壊れたりしなかった。
俺が金閣寺を壊したのは間違いだった。俺が金閣寺を破壊しなければ、金閣寺は金閣寺のまま生きていたはずだ。
俺は金閣寺を愛していた。

 
挿絵

しおり