バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【7】子供と領地

 厳しい冬、戦争は未だ終わらずジェラルドは帰ってこなかったが、レティシアは子供を産んだ。元気な男の子だった。

 跡取りが誕生した事はもちろんだが、恐らく女の子であっても、屋敷を包んだお祝いムードは変わらなかっただろう。

 幼子の瞳の色は、ジェラルドそっくりの緑色で、髪の色は、レティシアと同じ金髪だった。少し前から乳母がやってくるようになり、レティシアは、乳母の隣で生まれてきた子を世話するようになった。


 一年目はそのようにして過ごし、二年目が訪れた。
 子育てをしながら、レティシアは様々なことを言う。彼女いわく、

「きちんと手洗いをしなければなりません」

 との事で、館はおろか領地中の衛生管理が徹底された。

 冬を経験して何か感じるところがあったのか、この年から、二毛作が徹底された。
 麦だけではなく、ソバというものを育てることになったのだ。
 これまで一部でしか作られなかった稲も大々的に生産されるようになった。

 また、小麦からはパンだけではなく、パスタというものを作ることになり、備蓄が徹底的に推奨された。

 長持ちする薫製類や漬け物の普及が始まり、次々と新しい食材が領地を席巻していく。塩や砂糖の備蓄の他、醤油や味噌といった新しい調味料も普及するようになった。

 街道が整備され、水路も整備され、街の景色も変わっていく。

 ――税制は収入に応じて変更された。

 各地には孤児院と療養院が建ち、餓死者も病死者も激減した。

 その年の冬は、近年まれに見る大寒波に襲われ、王国各地では病魔が猛威をふるった。

 しかしこの領地の者は栄養状態も良好で衛生状況も良かったためか、ほとんど感染者はいなかったし、罹患しても軽症で済んだし、時折悪化した者も、療養院で治療を受けたため死には至らなかった。

 昨年までとは異なり、全ての家に暖炉の設置が義務づけられ、薪と石炭が配られたことも大きいかも知れない。

 ……勿論全ての事業には大変なお金がかかった。
 しかしレティシアは好きにして良いと言われたので、好きにしたまでである。

 事業にかかった費用は、レティシアから見ると、ドレス十着分程度だった。

 レティシアは、これまで月に四度はドレスを新調していたので、四十八着までは購入しても使いすぎではなかった。

 嫁いでからドレスを買う回数を控えて、他のことに好きなように使っただけのつもりである。それはレティシアの持参金なので、誰も文句は言わない。

 レティシアの持参金は、後八年分が残っている。
 貴族とはお金持ちなのである。三年目には学校が建設された。

 国内で見れば平均的だったとはいえ、お世辞にも識字率が高いとは言えなかった領地に、一気に文字が普及した。図書館も多数作られた。

 ここまでくれば、領地の立派な改革だと言える。

 しかしレティシア当人は、『何となくその方が良さそうなこと』を好き勝手にやってみただけであり、あまり難しいことは考えていなかった。

 上手くいったのは、偶然であり、ただの幸運である。

 レティシアは発案したが、実際に街に降りたこともない。

 ローレンやエーネ、メルディがかわりに出かけるか、関わった商人や長達が本館を訪れるか、だ。恩恵を受けた人間は大勢いる。

 ――今ではレティシアの存在を、多くの者が無視できない。

 義肢などを販売するワールバーン商会は、この地を本拠地として本格的に商売を始めた。他にもいくつかの業者が、この地に本社を構えた。

 元々は大半が農地だったのだが、商業区画も増え始めた。豊かな土地に、人々は集まってきた。勿論国民が勝手に住む領地を変えることは出来ないが、申請して許可されれば可能だ。

 中でも最も申請が通りやすいのが、商人であり、その商人が店を構えているわけだから、人が増えたのだ。

 そんな商人達に、領地の人を雇うようにとレティシアは伝えた。

 結果として、職の無い者はほとんどいなくなり、スリなども減り、軽犯罪者がほとんどいなくなった。

 「犯罪をしてはなりません」

 と、レティシアが言ったからかどうかはわからない。


 領地の人々が驚いたことの一つは、花街の設置だった。
 道路に立って売春をしていた女性はいなくなった。
 ――法的に禁止されたのである。

 かわりに特定の場所に設置された花街でしか、女性を買うことは出来なくなった。

 また買った際は、決められたお金を払うことが義務づけられた。

 同時に女性は、自分の意志で働く決意をした人でなければならず、嫌な人は辞められるようになった。

 男娼の店も出来たが、別にそれはレティシアの指示ではない。何事に置いてもレティシアは、「その方が良さそうなこと」を示し基盤を作るだけで、その後のことは、流れに任せていた。

 逆にその結果、様々なことが良い方向に発展していった。

 悪い方に発展したこともあるのだろうが、話し合ってより良く修正するような風潮が領地全土にできあがっていたため、問題が起きても勝手に解決されていったようである。


 六年が経った現在では、領地の隅々までが豊かになり、ただの辺境ではなくなっていた。
 ――街道には花が咲き誇り、街灯も整備され、家一軒一軒も綺麗になった。


 その年、子供が五歳になった。
 見れば見るほどジェラルドそっくりの男の子は、すくすくと育っている。

 戦争が終わったのは、初夏のことである。
 王国は勝利し、ジェラルドが帰還する事になった。

しおり