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 春の陽気が気持ちよく、夕方のこの時間でもずいぶん暖かくなってきたな。

 オレの名前は『神原秋人』。高校2年生。叔父が経営しているアパートで一人暮らしをして、東京の私立高校に通っている。

 今は帰宅して部屋でゆっくりしているところだ。部活をやるわけでもなく、バイトをするわけでもない。本当に平凡に生きている。贅沢はしない。さっきも言ったが叔父の経営しているアパートだから家賃の心配もないし、生活なら親の仕送りだけで問題なく生きていける。ただそれだけでいい。

 そう思っていたのに……

 何もない平凡に生きてきたオレの平穏はこの春に簡単に崩れ去った……

「ねぇ。見て見て先輩。もうこんなに読み終わったんですよ?すごいですよね?」

「そんなこと自慢するなよ……黙って読めよ。気が散る。」

 そう自慢気にラノベを読みながらオレに語りかけるその少女は、茶色がかった髪を肩まで伸ばしていて、身長は160cmくらいで、出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでいる理想の女子ような体型をしている。しかし、そんな容姿とは裏腹に中身は残念な感じだ。

 彼女の名前は、『白石夏帆』。

 彼女は、オレが通う高校の一年後輩であり、なぜか知らないがオレに絡んでくる。そして今年の春から引っ越してきた隣の部屋の住人だ。こいつも一人暮らしらしいけど……。で、なぜかいつもオレの部屋に夜までいて、そして帰っていくようになった。しかも……毎日だ。

「じゃあ、先輩。読んで?私にはどうしても主人公の心情がわかんなくて……」

「自分で読めよ!なんでオレが読まなきゃいけないんだよ!」

「だって、私にはこの本の良さが全くわからないんだもん。それに、先輩なら私の好みとかわかるかもしれないじゃないですか?」

「は?お前は何言ってんだ?」

「何って、好きな人の意見を参考にしたいと思うのは当然のことですよね?」

「は?」

 いや、普通に考えておかしいだろう。オレたちは付き合っているわけではない。出会ってまだ1ヶ月しか経っていないというのになぜそこまで親身に考えなければいけないんだ?

 まぁ、こいつがオレのことをどう思っているかは知らないが、少なくともオレにとってはただの後輩だ。それ以下でもそれ以上でもない。どうもこの後輩は何か勘違いしているようだ。

「……おい、白石。お前何を勘違してるか知らんけどさ、オレらは別に付き合ってるとかないぞ?」

「えっ!?そ、そうなんですか!?」

 そう言った瞬間、彼女はとても驚いた表情を浮かべた。……なんだその反応は。まるでオレらが付き合っていると思っていましたみたいなリアクションじゃないか。

「一体どこでお前の思考はそうなったんだよ?」

「だって先輩が私と毎日一緒にいてくれるから、私はてっきり……」

「いや、お前が急にオレの部屋に来だしたんだろ?」

「えーっ?でも、先輩断らなかったですよ?もう付き合ってるかと思いました。」

 断らなかったのは……初めての一人暮らしで心細いかと思って仲良くしようとした単純な思考なんだがな。オレの善意だ。……まぁ、わざわざ言う必要もない。言えば面倒になりそうだし……

 なるほど。こいつの中でオレ達はすでに恋人同士になっていたわけだ。全く理解できない。なぜオレと恋人になろうとしているのか?しかもこいつは黙ってれば可愛い部類に入る。

 ……いやまぁ見た目だけで言えばかなり好みだけどさ。性格とか趣味嗜好が合わなさそうで絶対無理だし。

「……あのなぁ、オレ達はたまたま同じ学校の先輩と後輩でアパートの部屋が隣同士っていうだけだろ?なんでそこでいきなり恋愛関係に発展すんだよ?」

「じゃあ先輩は彼女いるんですか?」

「いるわけないだろ。毎日毎日お前が来てるのに」

「うぅ〜ん……じゃあ、先輩。私のこと嫌いですか?」

「はぁ?急に何言い出すんだよ。」

「いいから答えてくださいよぉ。私、今結構真剣なんですよ?」

「知らねぇけど……まぁ別に嫌ってはいないけどさ。」

「ふむふむ。じゃあ好きってことですね!『彼女もいない』、『私のこと嫌いじゃない』。じゃあ彼氏決定ですよね?」

「なんでだよ!?」

 なんなんだよ。くそっ。こいつめんどくさいな。

 はぁ……。どうしてこうなったんだろう。これが今のオレと夏帆の日常だ。そしてここから物語が始まることになる。

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