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最終話 使命

ついにスーパーインフルエンザに感染した俺は、スキルを解除して、つける意味の無くなったマスクを上着のポケットに入れ、分かれ道まで戻って今度は右の道へと進んだ。


その後いくつもの分かれ道に出会った。絶対検査レベル2を発動させて正しい道を選択し、前へ進んだ。想像以上に長く、入り組んだ洞窟だった。中に入ってすでに3時間が経過していた。いつ発症して重症化するかわからない恐怖の中、この奥に特効薬があると信じて進んだ。

曲がり角に突き当たった。ここを曲がった先が行き止まりだったらどうしようと思いながら、角を曲がった。曲がった先は行き止まり…ではなく、部屋だった。その部屋は9畳ほどの広さだった。左右に木の机があって、左の机の上には乳鉢や焼炉といった薬の調合に使う道具があった。それらの道具の周りに、薬の材料と思われる植物や肉片、虫の死骸などが置かれていた。右の机の上には汚い本やノートが数冊置いてあった。他に鉛筆や魔石のランプ、そして赤い液体の入った小ビンが3つ置かれていた。部屋の左奥には、木の実やキノコ、そして虫の死骸が山積みにされていた。木箱や水の入った大きなバケツもあった。部屋の右奥には葉っぱが敷き詰められていて、寝床のようになっていた。
その寝床の上に、異様な生物がいた。
それは体長2mはある大きなコウモリだった。岩の壁を背にして葉っぱの寝床の上に座っていた。そのコウモリは醜悪な顔と体をしていて、見ているだけで胸がムカムカして気分が悪くなった。

あいつはモンスターなのか…?
……いや、あいつは……

「ようやく来たか。人間の救世主よ」
コウモリは俺を見て言った。

「……人間の救世主? 俺が?」
俺は聞いた。

「そうだ。お前は
 特効薬を手に入れて救世主となるのだ」

「スーパーインフルエンザの
 特効薬があるのか!? この部屋に!?」

「ああ。そこの机の上にある
 赤い液体の入った小ビンだ」

大きなコウモリは右の机の上にある3つの小ビンを指さした。俺は右の机に歩み寄って小ビンを1つ手に取った。

これがスーパーインフルエンザの特効薬か…
これさえあれば首都トキョウは…
いや、世界は救われる!

俺は3つの小ビンを上着のポケットの中に入れ、大きなコウモリの方を向いた。

「お前がスーパーインフルエンザを
 作り出した元凶の人間だな?」

「私は人間ではない。モンスターだ」

「人間の言葉を話すモンスターなんて
 いないだろう」

「いくらでもいるぞ。
 無知な人間の救世主よ。
 高等なモンスターは
 人間と会話することができる。
 私もその高等なモンスターの一人だ」

「ひとり? 一匹じゃなくて?」
俺は指摘した。

「……」

10秒ほど沈黙が続いた。
そしてコウモリが口を開いた。

「何人死んだ?」

「え?」

「私のスーパーインフルエンザによって
 人間は何人死んだかと聞いている」

「…スパフルの町では15万人が死んだ」

「あの町の連中は15万人も死んだのか。
 それだけ殺せば満足だ。
 もうこの世に未練は無い」

大きなコウモリはそう言って、目を閉じた。

「お前、まさか自殺するつもりか!」
俺は大声を出した。

「人間に見つかったら自害すると決めていた」

「死ぬ前に教えてくれ!
 どうしてこんな事をしたんだ!?
 人間に何の恨みがあったんだ!?」

「そんな事はどうでもいい事だ。
 それより急いで帰ったほうがいい。
 救える命が減ってしまうぞ」

コウモリの言う通りだった。こうしている間にも世界中で次々と人が死んでいるのだ。スーパーインフルエンザによって。早くこの特効薬を持ち帰って分析、量産しなければいけない。俺はコウモリの部屋を出ていこうとした。しかし部屋の入口で立ち止まり、振り返って再びコウモリの方を向いた。

「復讐だな?」

俺はハッキリと、よく聞こえるように言った。
大きなコウモリは無表情で俺を見ていた。

「ただでさえ獣人は差別されるのに、
 その醜悪な顔と体だ。
 ひどい差別を受けたんだろう。
 それでスパフルの町の人々に復讐するために
 スーパーインフルエンザを作った。そうだな?」

俺は推測を言った。
大きなコウモリは顔にわずかな怒りを見せた。

「さっさと出ていけ。欲深い人間の救世主よ。
 私がお前に渡すのは特効薬だけだ。
 私の過去は渡さない」

大きなコウモリはそう言って、目を閉じた。俺は5秒ほど大きなコウモリを見つめた後、洞窟の出口へ向かって歩き出した。





国境を越えてジャホン国に入り、全速力で首都トキョウに戻ってきた。日が沈みかけていた。エルナース先生にかけてもらった時速90キロで走れるようになる魔法は、35時間が経過してもまだ効果が切れなかった。やはりエルナース先生はすごい人だと再認識した。俺は第9区にある首相官邸に向かった。


首相官邸に到着すると、門番の犬の獣人と話をして敷地内に入れてもらった。庭を通って玄関のドアを開け、邸宅の中に入った。

ベア総理は無事かな…?
重症化してても生きてさえいれば
特効薬で治せると思うが……

廊下を歩いていって、恐る恐るリビングを覗いた。ベア総理はリビングの中央で仰向けになって倒れていた。ベア総理のそばにはダーキシ官房長官が座っていた。

「ダーキシ官房長官…ベア総理は…?」

俺は2人の近くまで歩いていって尋ねた。

「シュージさん……
 総理は亡くなられました。2時間前です」

ベア総理の首は真っ白に変色していた。
スーパーインフルエンザに殺られた証だ。

間に合わなかった……
救えなかった……
時間の短縮はできたはずだ。
あの時も……あの時も……
慎重になりすぎた…
俺のミスだ……

「シュージさん。
 あなたのせいではありません。
 病院に行くことを拒否した総理の責任です」

ダーキシ官房長官は俺の気持ちを察してくれた。
優しい人だ。

「ベア総理の最後の言葉は何でした?」

俺は気になったので聞いてみた。

「死の直前の総理は苦しみからか
 完全に発狂してしまいまして……
 『入場曲がドラクエとはゴン攻めだな!』
 『ドローンのチキュウが
  夜空にスギムライジングだ!』
 『ピクトグラムのホテイが
  デコトラに乗って真夏の大冒険だ!』
 といったような
 わけのわからない事を言ってました」

「そうですか……残念です」

反省も謝罪も無かったか…
ある意味一貫したすごい人だったな……

「ダーキシ官房長官、
 スーパーインフルエンザの
 特効薬を手に入れました。
 これを分析してください」

俺は上着のポケットから赤い液体の入った小ビンを1つ出して言った。

「特効薬!?
 本当ですか!? それをどこで!?」

ダーキシ官房長官は驚いて聞いた。
俺は入手した経緯を説明した。

「なるほど。しかし…
 その特効薬は本当に効くのですか?」

ダーキシ官房長官は疑いの目で聞いてきた。言われてみれば確かに効くかどうかわからない。検証が必要だ。

「そうだ!
 俺の体で試しましょう!
 俺は今、感染者ですから!」

「えっ!?」

ダーキシ官房長官は驚いて俺から離れた。

あ…しまった…
マスクつけるの忘れてた…

でっかい声を出してスーパーインフルエンザが入った飛沫をダーキシ官房長官にかけまくっていた。申し訳ない。俺は上着のポケットからマスクを取り出して装着した。

「スーパー検査ができる人を呼んでください!
 この特効薬が本物かどうか確かめましょう!」

俺は大きな声で言った。今度はマスクをつけていたので飛沫は飛ばなかった。



それからスーパー検査のスキルを持つドワーフが呼ばれて、特効薬の検証が行われた。特効薬を飲む前の俺はスーパー検査で陽性と判定されたが、特効薬を飲んだ後は陰性と判定された。特効薬は本物だと認められた。


ベア総理の代理としてダーキシ官房長官が緊急事態宣言を出し、全国から首都トキョウに多くの医者や薬剤師が集められた。特効薬の分析が行われ、作り方が判明した。特効薬は大量生産されて全国に無料で配られた。特効薬は重症者も治すことができたので、死者の増加は止まった。医者の治療魔法と特効薬のおかげで、緊急事態宣言が出てからわずか3週間で首都トキョウのスーパーインフルエンザは完全に終息した。





新聞の1面に『スーパーインフルエンザ終息』という大きな文字が載った日の夜、イフさんの宿屋の中庭で祝勝会が行われた。特効薬のおかげでスーパースプレッダーでも感染者でもなくなったティアは、得意のチアリーディングを披露した。俺はティアのファンたちと一緒に全力でオタ芸をやってのけた。エルナース先生は誰よりも酒を飲んだ。カナイドの町1番の酒豪は、首都トキョウ1番の酒豪でもあったようだ。エルナース先生は泥酔してバカ笑いして、ティアのファンや俺を風の魔法で吹っ飛ばして遊んでいた。イフさんもみんなとパラパラを踊ったりして楽しんでいた。誰ひとりマスクをつけていなかったので、みんなの笑顔がよく見えた。





翌日。
俺は救世主として新聞の取材を受けた。取材の最後に、世界中の人々にメッセージをどうぞ、と言われた。少しの間考えて、俺は口を開いた。

「スーパーインフルエンザは、
 ある一人の人間が作り出したものでした。
 その人間は過去に
 ひどい差別を受けていました。
 復讐のためにスーパーインフルエンザを作り、
 まき散らしたんです。
 原因は差別なんです。
 世界の全ての人にお願いがあります。
 今回のスーパーインフルエンザとの戦争中に
 一人ひとりが手洗いをするよう
 心がけたように、
 一人ひとりが差別をしないよう
 心がけてください。これからずっと。
 そうすれば、今回のような
 悲しい戦争が起きることは無いと思います」

俺はそう言って、使命を終えた。





おわり

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