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第12話 有識者

その次の日の朝、イフさんの宿屋の地下にある隠し部屋で目覚めた俺は、体に少し疲れが残っているのを感じていた。昨日スキルを限界まで使ったからだろう。だが今日も明日も限界までスキルを使い続けなければいけない。そうしてスキルを成長させなければ、首都トキョウの感染拡大は止められない。俺はそう思っていた。
今日エルナース先生と俺は第4区の酒を提供する飲食店で検査、治療、教育を行う予定だ。



待ち合わせ場所の広場へ行ってみると、人だかりができていた。2人のエルフの男が台の上で演説していて、それを多くの人が聞いていた。
その聴衆の中にエルナース先生もいた。
俺は先生のそばまで歩いていった。

「ですからみなさん!
 スーパーインフルエンザはただの風邪です!
 恐れることはありません!
 たいしたことはない!
 この有識者ボルシンクが保証します!」
台の上の若いエルフの男は言った。

自分で自分のことを有識者って言ってるな…
怪しい男だ。

俺は絶対検査のスキルを使ってみた。

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名前  ボルシンク
年齢  80
血液型 B
持病  パワハラ病

スーパーインフルエンザ 陰性
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若く見えるけど80歳か。まあエルフだしな。
ていうかパワハラ病って…

「ボルシンク君の言う通りです。
 たいしたことないスーパーインフルエンザ
 よりも経済が大事です。
 経済を止めてはいけない。
 オリンピックも中止にしてはいけない。
 経済を回し、オリンピックも
 必ず成功させましょう」
台の上の年老いたエルフの男は言った。

声小さいな、あの老人エルフ。かすれ声だし。
よく聞き取れないんだが……
ああ、それで声のでかい有識者ボルシンクと
コンビ組んでるのか。

俺は老人エルフにも絶対検査を使ってみた。

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名前  ミオマカ
年齢  584
血液型 A
持病  声小さカスカス病

スーパーインフルエンザ 陰性
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584歳!!
今まで見てきた人間の中で最高齢だ!
ていうか声小さカスカス病って!

「みなさん!
 わたくし有識者ボルシンクだけでなく、
 こちらのミオマカ先生も
 スーパーインフルエンザは
 たいしたことないと言っているのです!
 首都トキョウで最も優秀な医者である
 ミオマカ先生が言っているのです!
 スーパーインフルエンザは
 ただの風邪だと言っているのです!
 放っておけば治ると言っているのです!」

「そんなわけないでしょう!」

エルナース先生が大声で異議を唱えた。
あたりは静まり返った。

「あなたは…エルナース先生…
 首都トキョウに来ていたんですか……」

年老いたエルフのミオマカ先生は何か言った。
声が小さくてカスカスだから聞き取れなかった。

「ミオマカ先生、
 なぜそんなデタラメを言うのですか?
 あなたはわかってるはずです。
 スーパーインフルエンザの恐ろしさを。
 首都トキョウの現状を」

エルナース先生はミオマカ先生に言った。
怒りのこもった声だった。

「……」
ミオマカ先生は押し黙っている。

「恐ろしくなどない!
 スーパーインフルエンザはただの風邪だ!」

若いエルフの有識者ボルシンクが沈黙を破った。
その顔は怒りに満ちていた。

「致死率20%以上とも言われている
 スーパーインフルエンザが
 ただの風邪なわけないでしょう」
エルナース先生は反論した。

「そんなに致死率が高いわけないだろ!
 デタラメを言うな!」
有識者ボルシンクは激怒した。

「スパフルの町では感染者の22%が死んだわ。
 あなた知らないの?」

エルナース先生は具体的なデータを出した。
スパフルの町とは隣の国、ギゴショク共和国にある町で、世界で初めてスーパーインフルエンザが確認された所だ。

「あんな国の死の町と我がジャホン国の
 清潔な首都トキョウを一緒にするな!
 首都トキョウではこれまでに
 98人しか死んでないんだ!
 新聞にそう書いてあるだろうバカ女が! 
 致死率は0.1%以下だ!」

「バカはあなたでしょ。
 死者98人なんて嘘に決まってるじゃない」
エルナース先生は嘲笑した。

「嘘だと!? じゃあ証拠を見せてみろ!
 死者98人が嘘だという証拠を出せ!」
ボルシンクは証拠を要求した。

「証拠なんて無いわ」

「証拠が無いなら
 嘘だって断言するなクソババア!」

有識者ボルシンクは暴言を吐いた。すると突然強烈な風が吹いて、ボルシンクは派手に転倒した!

「痛っ! ……きっ きき貴様!
 魔法を使ったな!
 風の魔法で俺を転倒させたな!」

「は? 私は何もやってないわ。
 私がやったっていう証拠はあるの?
 証拠も無いのに決めつけないでほしいわ。
 ただの風でしょ。自然に発生した突風よ」

「ただの風のわけないだろ! お前の風だろ!
 魔法の風じゃなかったら俺だけじゃなく
 ミオマカ先生も倒れてるはずだ! 
 この有識者ボルシンクを甘く見るなバカ女が!」

「あなただけが倒れたのはあなたが軽いからよ。
 頭がからっぽでフラフラしてるからよ。
 何が有識者よ。無職のプー太郎でしょ、どーせ」

「ぶっ殺してやる! このクソバ

エルナース先生に突撃しようとした有識者ボルシンクを、ミオマカ先生が腕をつかんで止めた。

「やめなさいボルシンク君」

「放してくださいミオマカ先生!
 俺はああいう生意気な女が我慢ならないんだ!
 パワハラをしないと気が済まないんだ!
 殺してやる! 殴り殺してやる!」

「落ち着きたまえ。
 相手は四達のエルナースだぞ。
 100%君の方が殺される。
 こんな所で死んでもいいのか?
 君には大きな夢があるんだろう?」

ミオマカ先生は必死に説得しているように見えた。声が小さくてカスカスだから何を言ってるのかわからなかったが、そのように見えた。有識者ボルシンクは次第に興奮がおさまっていった。

「エルナース先生。帰ってください。
 これ以上揉め事を起こすなら、
 政府に通報させてもらいます。
 ベア総理大臣に来てもらいますよ」

ミオマカ先生はエルナース先生に何かを言った。声が小さくてカスカスなので、何を言ってるのかわからなかった。

「……」

エルナース先生は嫌悪の表情を浮かべ、その場を去った。ミオマカ先生の言ったことが聞き取れたのだろうか。俺は後を追いかけた。


「エルナース先生」

人気がない所まで来て、先生に声をかけた。
先生は立ち止まって、振り向いた。

「頭にくるわねあの2人。
 政府から大金をもらって
 あんな演説をしてるんだわ」

「どういうつもりなんでしょう?
 やっぱりオリンピックのためですか?」

「ええ。首都トキョウの人たちを安心させて、
 オリンピック反対運動を
 起こさせないようにするのが
 あの2人の任務なのよ。きっと」

「マズくないですか? 安心してしまうと…」

「マズいわね。首都トキョウの人たちが安心…
 というか油断してしまったら、
 感染対策がゆるくなってしまう。
 そうなると感染拡大はさらに加速してしまう」

「演説をやめさせたほうがいいですね」

「それはそうだけど…
 ミオマカ先生はベア総理って言ってたわ。
 声が小さくてカスカスだったから
 ほとんど何言ってんのかわかんなかったけど、
 ベア総理って言ってた。
 たぶんベア総理に報告するぞっていう
 脅しだと思う」

「ベア総理はやっかいですね…」

「ええ。だから悔しいけど
 あの2人は放っておくしかないわ。
 私はもうベア総理のスキルで操られたくない」

エルナース先生は眉根を寄せて結論を出した。



その後は予定通りに酒を提供する飲食店で検査、治療、教育を行った。首都トキョウの感染拡大を止めるためにエルナース先生と俺ができる事はそれしかないのだ。592件の検査を行い、97人の感染者を見つけた。それで今日の仕事は終了ということになり、エルナース先生と別れて俺は郊外にある隠し階段へ向かった。


郊外で4人の自防隊の男を見かけた。
4人とも黒い大きなリュックを背負っていた。俺はなんだか気になって、物陰に隠れながらその4人の自防隊員の後をつけた。

4人の迷彩服の男たちは林の中に入って、開けた場所で止まった。俺は木の陰に隠れて彼らを見ていた。4人の男たちはそれぞれ黒い大きなリュックを地面に下ろして、リュックの中身を出した。
それは人間の死体だった。
首が真っ白に変色している。スーパーインフルエンザによって死んだ人間だ。4人の内2人の自防隊員が、火の魔法で死体を燃やして消滅させ始めた。残りの2人は風の魔法で煙や臭いが街の方へ行かないようにしている。
4人とも無表情で作業をこなしていた。
俺は怖くなって、静かにそこから逃げ出した。

隠し階段を下りて、地下通路を全力で走った。
走る前から大量の汗をかいていた。



「そう…自防隊がそんな事を……」

イフさんの宿の地下室でエルナース先生に郊外の林の中で見た事を報告すると、先生は眉をひそめて残念そうに言った。

「ああやって
 死者の数をごまかしてきたんでしょうか?」
俺は尋ねた。

「そうだと思う。
 密かに死体を処分して
 行方不明扱いにしてるのよ。
 死者数98人から増えないわけだわ」

「家族や友人は騒がないんでしょうか?」

「騒ぐ人には金を渡すか
 ベア総理のスキルで操るかして
 黙らせてるのよ。きっと。
 とんでもない連中だわ」

エルナース先生はそう言うと、
気分が悪いと言って自室へ戻っていった。
俺も気分が悪かった。こうしている間にも人目につかない場所で多くのスーパーインフルエンザによる死者が処分されている……そう思うとやりきれなかった。




その次の日以降もエルナース先生と俺のやる事は変わらなかった。酒を提供する飲食店で検査、治療、教育を繰り返し行った。人口140万人の大都市、首都トキョウには山程の飲食店があり、それは永遠に終わらない仕事のように思われた。それでも首都トキョウの感染拡大を止めるため、エルナース先生と俺は1日も休まずに仕事をこなし続けた。先生は陰性でもマスクをしてない人にはマスクをするように強く注意していた。たまに有識者ボルシンクとミオマカ先生が演説しているのを見かけたが、放置せざるを得なかった。彼らを見るエルナース先生の顔は険しかった。黒い大きなリュックを背負った自防隊員もたくさん見かけた。
見かける度に心が痛んだ。





前回の標本調査を行ってから21日が経過した。
久しぶりに標本調査をやることになった。
前回の調査では推定感染者が15万8200人にものぼった。あれから毎日毎日1日も休まずに検査、治療、教育を行ってきた。首都トキョウではマスクをしている人の割合も大幅に増えた。推定感染者は相当減ったはずだ。俺は調査の結果を少し楽しみにしていた。
調査は前回と同じ第2区にある繁華街で行った。
結果はこうだった。

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第5回 標本調査

首都トキョウ(人口140万人)

検査数 660件

陽性者 147人

陽性率 22.3%

推定感染者 30万8540人
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イフさんの宿の地下の部屋で俺は標本調査の結果が書かれたノートを見つめていた。もう何もする気が起きなかった。絶対検査を限界まで使って疲れていたのもあるが、それ以上に心に大きなダメージを負っていたせいだ。

21日間も頑張ったのは何だったのか。
やってもやらなくても同じだったのか。
もう首都トキョウの感染拡大は止められないのか。
首都トキョウはスパフルの町のように、
死の町になってしまうのか……

目から涙があふれた。
それを拭う気力も無かった。

「やっぱりどう考えてもおかしいわ」

暖炉のそばのイスに座って考えこんでいたエルナース先生は言った。

「あれだけ治療と教育をこなしたのに。
 感染者が減るどころか激増するなんて。
 死者も多数出てるはずだから
 感染者は減るはずよ」

エルナース先生はそう言うと、
イスから立ち上がって部屋の中をうろつき始めた。

「何か重大な見落としをしている気がするのよね。
 ……あ~なんだっけ?」

先生は自分の頭をバシバシ叩き始めた。
何かを必死に思い出そうとしているようだ。
でもあんまり叩くともっと頭がボケちゃいますよ?

「ごはんだよ」

イフさんが夕食を持ってきてくれた。
カツカレーのようだ。

「ねえイフ、首都トキョウの
 スーパーインフルエンザ感染者が異様に
 増えてるんだけど、原因は何だと思う?」
先生はイフさんに意見を求めた。

「スーパースプレッダーがいるんじゃないの?」
イフさんは即答した。

「あっ! そうか!
 スーパースプレッダーだ!!」
先生は大声で言った。

スーパースプレッダー?
それが重大な見落としだったのだろうか…?

しおり