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第10話 地下の隠し部屋

国会を出て、俺は歩道を歩き始めた。
少し前をエルナース先生が歩いている。


10分ほど歩いて、国会からだいぶ離れた所で俺はエルナース先生に駆け寄った。

「エルナース先生!」

「シュージ君? まだこんな所にいたの?」
先生は振り返って言った。

「先生、頭大丈夫ですか?」

「失礼ね。私の頭は何の問題も無いわ。
 それよりシュージ君、
 さっさと田舎に帰りなさい。
 偉大なベア総理にそう言われたでしょ」

やっぱり頭がおかしくなっているな…
まだベア総理のスキルが効いているのか?
……こうなったらイチかバチかだ!
殺されてしまうかもしれないが…

「エルナース先生! しっかりしてください!」

俺はそう言って、
エルナース先生の頭をおもいっきり叩いた!

バシッ!

「痛っ! …あ……
 私……そうよ…私は何を言ってたの…?
 あんな…あんな頭の悪い獣人のことを……!」

エルナース先生は頭を右手で押さえてブツブツ言い始めた。

「エルナース先生、 大丈夫ですか?」
俺は恐る恐る聞いた。

「シュージ君……ごめんなさい。
 私…おかしくなってた。ベア総理のスキルで…」

「よかった! 正気に戻ったんですね!」

心の底からホッとした。先生が正気に戻った事と、
頭を叩いたのを怒ってない事が確認できたからだ。

 
俺とエルナース先生は歩道のベンチに座って、話し合いを始めた。

「ベア総理のスキルは
 人を魅了するような能力なんでしょうか?」

「おそらくね。あの時…
 急にベア総理に対して好感が湧いてきたの。
 総理の言う通りにしなきゃって思って…
 それで…あんな事を言って……」

エルナース先生は悔しそうな表情になった。嫌いな獣人のことを尊敬してると言ってしまった屈辱を思い出してしまったからだろう。

「自分がおかしくなっているとは
 思わなかったんですか?」

「まったく思わなかったわ。恐ろしいスキルよ。
 抵抗力の強いこの私を
 あっさり従わせるなんて…」

エルナース先生は冷や汗を流していた。

「シュージ君は大丈夫だったの? ベア総理は
 シュージ君にもスキルを使ったはずよ」

「俺は大丈夫でした。何も問題ありません」

俺は腕を広げて無事をアピールした。

「……そうか。そういう理由だったのね」
先生はつぶやいた。

「理由? 何の理由ですか?」

「ベア総理が異世界転移者を嫌っている理由よ。
 シュージ君のような異世界転移者には
 ベア総理のスキルが効かないんだわ」

なるほど。そういう訳だったのか。
ベア政権は異世界転移者を差別、迫害している。
自分の思い通りにならない連中は排除するということか。

「今まで通り隠しておくべきですね。
 俺が異世界転移者だということは」

「絶対にバレないようにしなさい。
 最悪殺されるかもしれないわ」

「……先生、これからどうします?」

「ひとまずイフの宿に帰りましょう」

エルナース先生はそう言って、ベンチから立ち上がって歩き始めた。しかし、すぐに歩みを止めた。

「……イフの宿ってどこだっけ? シューズ君」

「ええっ!? 忘れたんですか!?
 俺も場所覚えてませんよ!?
 あと俺の名前はシュージです!」

ボケ老人と俺は大都会で迷子になってしまった…





優しい通行人の人々に道を教えてもらって、エルナース先生と俺はなんとかイフさんの宿屋に帰ってきた。木製のドアを開けて中に入ると、受付でイフさんと自防隊員の男が話してるのが目に入った。

「ちゃんと報告するんだぞ!」

「はいはい、わかったよ」

イフさんが無表情でそう言うと、自防隊員の男は宿の入口に向かって歩いてきた。エルナース先生と俺は受付に向かって歩いていく。すれ違った時に自防隊員の男に睨まれた。怖かった。

「イフ、自防隊と何を話してたの?」
先生は聞いた。

「この宿の客にスーパーインフルエンザの
 感染者はいないかって。
 いたら自防隊に報告するようにって言ってた」

「そう……ねえイフ、
 自防隊はよくこの宿に来るの?」

「たまに来るね」

「……マズいかもしれないわね」

エルナース先生は眉をひそめた。

「何がマズいんですか?」
俺は聞いた。

「シュージ君は田舎に帰るように
 ベア総理に命じられたのよ?
 それなのにシュージ君が
 首都トキョウの宿にずっと滞在してることが
 政府に知られたら…」

「そうか。ベア総理のスキルが
 俺に効かないことがわかってしまう。
 俺が異世界転移者だとバレてしまう」

「シュージは異世界転移者なの?」
イフさんは言った。

あ…しまった。

「イフ、今聞いたことは秘密にして。
 誰にも言わないで」
先生はお願いした。

「わかった」
イフさんは了解した。

……本当に大丈夫かな?
エルナース先生と同じでボケ老人なんだよな
イフさんって…
見た目は女子小学生だけど。
秘密にするって事を忘れないといいんだが…
というか俺が異世界転移者だって事を
忘れてくれるといいんだが…

「シュージ君は変装する必要があるわね。あとは…
 イフ、地下に隠し部屋を作れるかしら?」

「もちろん。ついてきて」

イフさんはそう言うと、104号室の前まで歩いて行った。エルナース先生と俺も後についていく。

「ここが地下への入口」

イフさんはそう言って、104号室のドアを開け、中へ入っていった。エルナース先生と俺も部屋の中に入る。104号室の中には、他の部屋のようにベッドやソファーは無かった。その代わり床に地下へと続く階段があった。イフさんはテーブルの上に置いてあったランプを手にとって、階段を下り始めた。エルナース先生と俺も後に続く。

下の方からゴゴゴゴという音が聞こえる…
何の音だろう…?

階段を下りきって、地下通路を少し進むと広い部屋に出た。壁も床も天井も固い土でできた部屋だった。

「地下にこんな部屋があったんですね」

俺はその部屋を観察しながら言った。
テーブルもイスもベッドも土でできてる変わった部屋だった。

「さっきまでは無かったよ。
 今できたばかりの部屋だよ」
イフさんは言った。

「どういう事ですか? 今できたばかりって…」
俺は不思議に思って聞いた。

「イフは土の魔法の達人なのよ。
 土を自由自在に操れるの。
 さっき階段を下りてる時に
 この部屋を作ったみたいね」

エルナース先生が説明してくれた。

マジかよ!?
あんな短い時間でこんな部屋を!?
すごいなイフさん!
前にすぐ部屋を増やせるって言ってたのは
そういう事か…

「トイレやお風呂は当面104号室のを使って。
 あとでこの部屋にも作るけど。
 じゃあ布団を持ってくるよ」

イフさんはそう言うと、固い土でできたテーブルの上にランプを置いて、上の階へ戻っていった。イフさんの姿が消えた時、エルナース先生が思い出したように口を開いた。

「そういえば私たち手洗いをしてなかったわね。
 戻りましょう」

エルナース先生と俺は104号室まで戻って、洗面所で手洗いをした。面倒だがスーパーインフルエンザ対策において手洗いは重要なので仕方ない。手を洗い終わると、エルナース先生と俺は座布団を持って再び地下の部屋へ下りていった。土のイスの上に座布団を置いて座る。そして今後の事を話し合う。

「シュージ君には
 この地下の部屋で寝泊まりしてもらうわ。
 なるべく人に関わらないようにしてね。
 特に自防隊や政府関係者には。イフに頼んで
 他に出入り口を作ってもらいましょう。
 人気のない場所から
 この地下の部屋に帰ってこれるように」

「変装はどうしましょう?」
俺は尋ねた。

「マスクだけじゃ不安だから
 メガネとカツラもつけなさい。
 服も変えたほうがいいわね」
先生は助言してくれた。

「これからどうやって
 首都トキョウの感染拡大を止めるかですが…」
俺は1番肝心な事に言及した。

「政府が協力してくれないのは痛いわね。
 そして冒険者たちの飲み会を禁止することも、
 キャバクラ店を休業させることも
 できなくなった」

エルナース先生は視線を落として言った。
有効なやり方を禁止されて悔しそうだ。

「俺たちにできることは何でしょうか?」

「個人を攻めるしかないわ。
 1人ずつ絶対検査で感染を確認して
 治療して、教育する。
 地道にそれを繰り返すしかない」
先生は視線を上げて言った。

「でも教育も禁止だって
 ラムーニ大臣に言われましたが…」

「あんなのは無視すればいいわ。
 感染者が政府に密告しないように
 カナイドの町の時よりも
 厳しく教育しないとね」

エルナース先生はそう言って、邪悪な笑みを浮かべた。背筋が寒くなった。いったい先生はどんな教育をするつもりなのだろうか。

「布団だよ」

イフさんが布団を持ってきてくれた。
そして部屋の隅にある土のベッドの上に布団を敷いてくれた。

「イフ、悪いけどシュージ君の変装用の衣装を
 買ってきてくれない? お金は私が出すから」

「いいよ。どんな衣装?」

「あのね…ヒソヒソ」

エルナース先生はイフさんに耳打ちした。
嫌な予感がした。





イフさんが買い物から帰ってきた。
買ってきた物を布団の上に並べる。
金髪のカツラ、黒縁のメガネ、そして…女物の服。

「エルナース先生、これは何ですか?」
俺は尋ねた。

「ん? シュージ君の変装用の衣装じゃないの」

「何で女物の服なんですか!?
 女装しろって言うんですか!?」

「女装のほうがバレにくいと思うわ」

「いやすぐバレるでしょ!」

「大丈夫よ。シュージ君の身長は
 私と同じくらいで大きくないし、細いから。
 顔も女顔だしね」
エルナース先生は笑って言った。

「早く着てみせて」
イフさんはせっついた。

「うう…」

俺は衣装を持って上の階へ上がり、着がえて、
再び地下の部屋へ下りてきた。

「おお! いいじゃない!
 これなら私と一緒に行動しても大丈夫ね!
 金髪の美女2人組にしか見えないわ!」

エルナース先生は女装した俺を見て絶賛した。
自分で美女と言うのはどうかと思う。

「そうですか? 自信ないなあ」

「イフはどう思う?」

エルナース先生はイフさんに意見を求めた。イフさんはしばらく俺を凝視して、口を開いた。

「エルナースよりカワイイと思う」

「……イフ、ぶっとばすわよ」

エルナース先生は恐い笑顔で言った。

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