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第8話 Go To 首都トキョウ

カナイドの町から首都トキョウまでは600キロメートルある。俺は首都トキョウまで馬車で行くと思っていた。この世界の最速の乗り物が馬車だからだ。この世界には前の世界にあった自動車は無い。汽車も無い。それに電話も無いし、テレビもラジオも無い。
だが、オラこんな世界嫌だ! とは思わない。なぜなら魔法やスキル、魔石など、前の世界に無かった魅力的なものがたくさんあるからだ。

「エルナース先生、
 馬車だと首都トキョウまで
 どれくらいかかりますか?
 15時間くらいですか?」

「馬車? さあ。知らないしどうでもいいわ。
 首都トキョウへは走って行くんだから」

先生はとんでもない事を言った。

「走って行く!? 正気ですか!?
 600キロメートルあるんですよ!? 
 走って行ったら10日はかかるでしょ!
 指定された日に間に合いませんよ!」

度肝を抜かれた俺は大声で言った。
マスクをしてないので飛沫が飛んだが、カナイドの町では問題ない。

「大丈夫よ。間に合うわ。
 出発は1月31日の早朝にしましょう。
 今日と明日は仕事は休みにするから
 シュージ君は遊んでらっしゃい。
 ニャンニャンガールズニャンにでも
 行くといいわ」

エルナース先生は余裕の表情でそう言って、応接室を出ていった。

1月31日……指定された日の前日だぞ…
1日で600キロメートル走破するって言うのか?
自分の足で。できるわけがない……
まさか先生また頭がボケたのか…?

エルナース先生は営業を再開したキャバクラで遊ぶことを勧めたが、俺はそんな気分にはなれなかった。ドバホと楽しく酒を飲んでいる場合ではない。





1月31日の午前6時。
俺とエルナース先生は風の森の病院の前の開けた場所に立っていた。

「じゃあこれからシュージ君に
 魔法をかけるから。じっとしててね」

そう言うとエルナース先生は俺を指さした。

「魔法? な、何の魔法ですか?」

俺はちょっと怖くなって体を横にそらした。

「動いちゃダメよ! じっとしてなさい!」

怒られてしまった。
数秒後、俺の体の周りを風が回り始めた。その風は回りながら徐々に俺に近づいてきて、最後は俺の体の中に入っていった。すると体がすごく軽くなった感覚があった。

「これでシュンソ君は
 時速90キロで走れるようになったわ」

「シュージです!
 時速90キロで走れる!? 本当ですか!?」

「ええ。ちょっと試してみなさい」

俺は軽く走ってみた。
ものすごいスピードだった。
バイクで飛ばしてるような感じだ。
しかもいくら走っても全然疲れなかった。

「すごい魔法ですね! これなら余裕で
 今日中に首都トキョウに行けますよ!」
俺は感激して言った。

「だから言ったでしょう。大丈夫だって」

エルナース先生は微笑んで、自分にも魔法をかけた。風が先生の周りを回って、先生の体に吸い込まれた。

「これで準備完了ですね!
 さあ出発しましょう!」

そう言って俺は首都トキョウへ向けて走り出そうとした。

「待って!」

エルナース先生は俺の腕をつかんで止めた。

「休憩しましょう」
先生は言った。

「休憩? まだ1歩も進んでないのに?」
俺は首をかしげた。

「頭が…すごく痛くって…
 魔力が尽きたみたいなの。この魔法が…
 大量に魔力を消費するの…忘れて…た…」

エルナース先生はそう言って、
へなへなと倒れてしまった。

…224歳のドジっ娘め!




2時間後、エルナース先生の頭痛が治まった。魔力が少し回復したようだ。俺たちは首都トキョウへ向けて出発した。予定より少し遅れたが、それでも暗くなる前には着けそうだ。

青空の下、緑の草原にのびる街道の上を時速90キロで駆けていく。風のように速く走れて気持ちいい。途中で何度かモンスターに遭遇したが、エルナース先生が瞬殺した。先生はモンスターから魔石を抜き取っていた。今後の軍資金にするという。普通のモンスターの魔石は3センチくらいの大きさだった。10センチ以上あったキングゴブリンの魔石と比べると小さかった。



4時間ほど走り続けると疲れてきたので、街道沿いにある喫茶店で休憩することにした。カナイドの町の店ではないので、マスクをつけて入店した。
スポーツドリンクを注文して飲む。一応店員に絶対検査を使ったが、陰性だった。テーブルのそばの棚に置いてあった今日の新聞を見る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【累計死者数】

カナイドの町  255人

首都トキョウ  98人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スーパーインフルエンザによる累計死者数だが、首都トキョウは今も98人だ。1ヶ月前も98人だった。つまり首都トキョウではこの1ヶ月間、スーパーインフルエンザによって1人も死んでないことになっている。
表向きには。

「エルナース先生、先生は前に首都トキョウは
 スーパーインフルエンザによる死者数を
 ごまかしてるって言ってましたよね?
 首都トキョウはなぜそんな事をするんですか?」

「それは…もちろんオリンピックのためよ」

エルナース先生はそう答えて、
スポーツドリンクを飲みほした。

「そうか。今年は首都トキョウで
 オリンピックが開催されるんでしたね」

俺はもう何となく理由が読めた。

「そう。スポーツの祭典オリンピック。
 世界中からこのジャホン国の
 首都トキョウにトップアスリートたちが
 集まる予定。でも首都トキョウで
 スーパーインフルエンザが蔓延してるって
 事になると、アスリートたちが
 来ないかもしれない。
 オリンピックが中止になるかもしれない。
 それで数をごまかしてる。
 首都トキョウは安全ですよってアピールしてる」

エルナース先生は説明してくれた。
そして先生は店員を呼んで、特大ハンバーグ定食を追加注文した。

98人が嘘だとすると、
本当の死者数は何人なんだろう?
首都トキョウの人口は140万人だという。
カナイドの町は3万人だ。
カナイドの町の死者数は255人。
すると首都トキョウの本当の死者数は……
恐ろしい数だ。
この推定が間違ってるといいのだが…

俺は寒気がしてトイレに行った。
トイレから戻ると、エルナース先生が店員と揉めていた。

「特大ハンバーグ定食なんて注文してないわよ!」

「ちゅ、注文されましたよ。お客様」

「私はこれから
 何百キロも走らなきゃいけないのよ!?
 そんなもん食べて
 腹パンパンにしてる場合じゃないの!
 注文するわけがないわ! ぶっとばすわよ!」

いやおもいっきり注文してましたよ!
ボケ老人先生!

特大ハンバーグ定食は他の客にあげました。
料金もちゃんと払いました。


喫茶店を出て、再び首都トキョウへ向けて走り出す。途中でモンスターや盗賊に遭遇する。モンスターは瞬殺して魔石を抜き取り、盗賊はボコボコにして逆に金を巻き上げる。もちろん全てエルナース先生がやった事だ。



空が赤くなるまで走り続けて、ようやく首都トキョウに到着した。首都トキョウは田舎のカナイドの町とは大きく違っていた。石造りの大きな建物が整然と並んでいて、道も石畳がキレイに敷かれていた。道の上を歩く人の数も、首都トキョウの方が遥かに多かった。ただ、通行人がマスクをつけている割合は少なかった。

「マスクをつけてない人がけっこういますね。
 大丈夫なのかなこの街…調べてみますか?」
俺は先生に聞いた。

「標本調査は後にしましょう。
 まずは宿をとるわよ」

エルナース先生はそう言って歩き始めた。
古い知り合いが宿屋を経営しているらしく、今夜はそこに泊まるそうだ。

宿に向かう道中で迷彩服を着たエルフを何人か見かけた。自防隊だ。彼らは黒い大きなリュックを背負っていた。風の森の病院に来た自防隊員は見当たらなかった。あいつはエルナース先生も認める実力者だから、自防隊の中でも特別な存在なのかもしれない。


10分ほど歩いて目的の宿屋に到着した。
3階建ての大きな建物で、看板には「四達の塒」と書かれている。
木製のドアを開けて宿の中に入った。
受付のカウンターには銀髪ショートカットのエルフの少女が座っていて、紅茶を飲んでいた。

「あ。エルナースだ。久しぶり」

銀髪のエルフの少女はエルナース先生を見て無表情で言った。
先生を呼び捨てにするとは。

「久しぶりね、イフ。仕事は順調なの?」

「順調だよ。あたしの宿はいつも客がいっぱい」

先生にイフと呼ばれた少女は無表情で答えた。

えっ? 
じゃあこの少女がこの宿屋の経営者なのか?
エルナース先生の古い知り合いの?

俺はエルフの少女に絶対検査を使ってみた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  イフ
年齢  236
血液型 O
持病  なし

スーパーインフルエンザ 陰性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「にっ…」

思わず少女の年齢を言いそうになったが、
なんとか止めた。

「に?」

少女は無表情で首をかしげた。

「いえ、なんでもありません。ハハハ…」
俺は苦笑して言った。

「エルナース、
 この子は誰? エルナースの息子?」
少女は俺を指さして言った。

「違うわよ。
 私の病院で働いてる看護師のシュージ君よ」
先生は紹介してくれた。

「シュージか。あたしはイフ。よろしくね」

「よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。

それにしても見た目は小学生にしか見えないのに
236歳とは……
エルフの年齢にはいつも驚かされるな。
このイフさんもエルナース先生と同じで
頭がボケてるんだろうか?
外見は若くても高齢者だから…

「イフ、泊まりたいんだけど
 部屋に空きはあるかしら?」

「あたしの宿に満室はありえないよ。
 すぐに部屋を増やせるんだから」

すぐに部屋を増やせる? 
どういう事だろう?

「そういえばそうだったわね。
 じゃあ泊まらせてちょうだい。
 あとあなた、何でマスクをつけてないの?
 スーパーインフルエンザが流行してるのは
 知ってるんでしょ?」

エルナース先生の言う通り、イフさんはマスクをしてなかった。

「必要ない。あたしは病気にならないから。
 全能抗体を持ってるから」

「そういえばそうだったわね……忘れてたわ」
先生はそう言って頭をかいた。

「いろいろ忘れすぎだよエルナース。
 ボケちゃったの?」

「ボケてないわよ! 忘れてただけよ!
 だってあなたに会うの60年ぶりなんですもの」

60年も会ってなかったのか。
ただ先生はボケてるが…
ていうか小学生と20代前半にしか見えない
女性2人がボケたとか60年ぶりに会ったとか
話してるのはおかしな光景だな…

「まあいいや。じゃあこれ部屋のカギね」

イフさんは302号室の部屋のカギをカチャリとカウンターの上に置いた。

「ところでエルナース、
 この子は誰? エルナースのストーカー?」
イフさんは俺を指さして言った。

「違うわよ! さっき紹介したでしょ!
 この子は……あれ? あなた誰だっけ?」

「…初めまして。
 俺の名前はシュージと言います。
 エルナース先生の病院で
 看護師として働いています」

見た目の若いボケ老人2人に、
俺は改めて自己紹介をした。



302号室は3階にある12畳くらいの部屋で、ソファーが2つ、テーブルが1つ、ベッドが2つあった。

ベッドは別々だけど、けっこう近いな…
ここにエルナース先生と泊まるのか…

「いやらしい事しちゃダメよ」
先生は冗談っぽく言った。

「絶対にしません! 命が惜しいですから!」
俺は真剣に言った。




首都トキョウには23の区がある。
俺とエルナース先生は第2区にある繁華街にやって来た。標本調査を行うためだ。まず歩いている人の多さに驚いた。とんでもない数だ。田舎のカナイドの町の商店街の比ではない。飲食店の数も桁違いだ。おそらくキャバクラや冒険者ギルドの数も多いことだろう。マスクをつけてる人もいるが、つけてない人もいる。
首都トキョウの人々は危機感が薄いのだろうか。

標本調査を開始した。
俺が通行人を絶対検査で調べて、
スーパーインフルエンザ陽性か陰性かをエルナース先生に報告する。エルナース先生はノートに結果を書きこむ。

調査が進めば進むほど、俺は汗を流した。
疲労の汗ではなかった。

「エルナース先生、これは…」

「…想像以上ね」




調査を終えて、俺たちは第1区にあるイフさんの宿屋に戻ってきた。3階に上がって302号室に入り、まず手を洗う。そして俺は手前のソファーに座って、ため息をついた。エルナース先生は奥のソファーに座り、テーブルの上にノートを置いた。開かれたページには標本調査の結果が書かれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第4回 標本調査

首都トキョウ(人口140万人)

検査数 550件

陽性者 62人

陽性率 11.3%

推定感染者 15万8200人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「感染者が15万人以上もいるなんて……」
俺は絶望的な数字を見つめて言った。

「予想を超えてたわね。
 ここまでスーパーインフルエンザが
 蔓延してるとは思ってなかったわ」
先生は真剣な顔で言った。

「98人というのはやはり嘘だったんですね」

俺は新聞に書いてあった首都トキョウの累計死者数を思い出して言った。

「大嘘よ。おそらくこれまでに
 2万人は死んでると思うわ」

「2万人!? そんなにですか!?」

「ええ。どうやってごまかしてるかは
 知らないけど。少なくとも新聞社は
 政府に買収されてるでしょうね」

「…この首都トキョウの
 感染を終息させることはできるでしょうか?」
俺は尋ねた。希望が欲しかった。

「不可能に近いわ。
 でもこの街の人たちが一丸となって戦えば
 可能かもしれない。政府の協力も必要ね。
 明日国会で真剣に話し合ってみましょう」

エルナース先生はそう言って、シャワーを浴びてベッドに入り、眠りについた。繁華街で治療魔法を限界まで使って疲れている様子だった。俺も絶対検査を限界近くまで使ってへとへとだったので、今日はもう寝ることにした。

明日は国会でベア総理大臣と会う予定だ。
話し合いが良い方向に向かうといいが……
 

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