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第1話 スーパーインフルエンザが流行している世界に来た

獣人がマスクをつけている。
エルフもマスクをつけている。
ドワーフもマスクをつけている。
普通の人間もマスクをつけている。
みんながマスクをつけて商店街を歩いている…

俺の名前はシュージ。
別の世界から来た普通の人間だ。別の世界から来たんだから普通ではないかもしれないが、人種としては普通だ。獣人でもエルフでもない。
なぜ俺がこの世界に来たのかだが…わからない。
前の世界の記憶がほとんど無いのだ。
前の世界の事で覚えている事は2つしかない。

1つは自分の名前がシュージであること。
そしてもう1つは、前の世界では獣人やエルフやドワーフなどは実在しなかったということだ。それらは小説や漫画の中にしかいなかったはずだ。それは断言できる。だが今、現実に獣人やエルフが目の前を歩いている。
ここは異世界だ。
前の世界とは違う。なぜ俺はこの異世界に来たのか? わからない。しかし…とにかく俺はこれから、この異世界で生きていかなければならないのだ…


異世界転移したのは5分ほど前だ。
気がつくと、この田舎町の商店街に立っていた。
なぜ田舎かというと、周りに緑が多いからだ。山や森。それに見わたす限り、高い建物が見当たらない。木造の平屋ばかりだ。間違いなくここは田舎町だ。周りに人がたくさんいるが、それはここが商店街だからだろう。露店や屋台で買い物をしている異世界人を見ると、全員マスクをつけている。客だけでなく店員もだ。

まずいな…もしかしてこの世界は今、
なんらかの病気が流行しているのか?

自分の口元に手をもっていく。
マスクはつけていない。

まずい…マスクを手に入れなくては。
異世界に来た初日に病気にかかって死ぬなんて
笑えない、恥ずかしい話だぞ。

通行人に声をかけてみることにした。普通の人間にしよう。獣人やドワーフは恐いのでやめておこう。話しかける相手は慎重に選ばなくてはいけない。怒りっぽい相手を選ぶとバトルイベントが発生して最悪の場合殴り殺されるかもしれないから。

…よし、あのおじさんにしよう。
優しそうなおじさんだ。ニコニコしてるし、
めったな事では怒らなそうだ。

「あの、すいません。マスク…」

「近寄るな!」

その通行人のおじさんは慌てて俺から離れた。
顔を真っ赤にして激怒している様子だ。

話しかけただけでブチギレちゃったよ!
サイコパスおじさんだったのか!?
人選ミスか!?バトルイベント発生か!?

「お前なんでマスクしてないんだよ!
 非常識な奴だな!」

「す、すいません。
 俺、ついさっきこの世界に来たばかりで…
 何もわからないんです」

「お前…異世界転移者か?」

「はい」

「…そうか……なら仕方ないな」

その通行人のおじさんは俺が異世界転移者だと知って怒りがおさまったようだ。

「いいか、今この世界はな、
 スーパーインフルエンザってのが
 流行ってるんだ」

「スーパーインフルエンザ?」

「そう。そのスーパーインフルエンザに
 感染してしまうと、やがて高熱が出て
 死んじまうんだよ」
おじさんは真剣な顔で説明した。

マジかよ…
なんで俺はそんな恐ろしい病気が流行ってる
世界に連れてこられたんだ?
神様、どういうつもりですか?嫌がらせですか?

「感染しないため、そして感染させないために
 みんなマスクをしてるんだよ。
 スーパーインフルエンザは
 主に飛沫感染だからな」

「飛沫感染? 飛沫とは何ですか?」
俺は尋ねた。

「飛沫ってのは…非常に小さい唾液のことだな。
 つばだよ。細かいつば。
 スーパーインフルエンザは
 その中にいるんだ。
 声を出したり大きく息を吐いたりすると、
 飛沫が口の中から外へ出る。
 その飛沫を他人が吸いこんでしまうと
 感染する。それが飛沫感染だ」

それを聞いて俺は慌てて口を閉じた。

しまった! そうとは知らず
俺は飛沫をまき散らしていたのか!

「ハッハッハ!お前はまだ大丈夫だろ。
 さっきこの世界に来たばかりなんだろ?」

そうか。そうだよな。
ついさっきこの世界に来たばかりなんだから
感染しているはずがない。
俺の飛沫はまだ安全なんだ。

「だが防御のために
 マスクはしたほうがいい。
 どこに感染者がいるかわからないからな。
 この金でマスクを買いな」

通行人のおじさんはそう言うと、小さな銀の硬貨を1枚投げて去っていった。

「ありがとうございます!」

俺は深くお辞儀した。 顔を上げた時には、おじさんは人ごみに消えていた。

なんていい人なんだ!
見ず知らずの俺にマスクを買うお金をくれるなんて!
サイコパスと思ってしまってごめんなさい!
この世界…スーパーインフルエンザが
流行ってるのは最悪だけど、
住んでる人間は最高かもな。

もらった銀貨を握りしめ、マスクを売っている店を探して商店街を歩く。すれ違う人たちは嫌悪の眼差しで俺を見る。俺がマスクをしてないからだろう。

ごめんなさい…すぐマスク買いますから!

申し訳ない気持ちで歩いていると、マスクを売っている店を見つけた。雑貨屋のようだ。店の中だけでなく店先にも商品を並べていて、マスクもそこにあった。しかしここで困った事態に直面する。店員が普通の人間じゃない。ドワーフなのだ。ドワーフは身長は低いが、筋骨隆々の体をしている。あんな太い腕で殴られたら一発で即死してしまいそうだ。

怖い……でもマスクを買わないと……

少しためらった後、勇気を出してドワーフの店員に話しかけた。飛沫が飛ばないように手で口を押さえて。   

「す、すいません。マスク欲しいんですけど…」

「ああん? 何だって?
 聞こえねーよ! 頭かち割るぞ!」

俺の声が小さすぎて聞き取れなかったようだ。

「マ、マスク欲しい」

「ああん!? ママとスク水が欲しい!?
 その2つを使って何をする気だ!?
 この変態が!!」

言ってないよ! そんなこと!
ダメだ…怖くて声が震えてしまう……

黙って商品のマスクを指さしてみた。

「ああ。マスクが欲しいのか。
 それで? いくつ欲しいんだ?」

黙ってさっきもらった銀貨を渡す。

「100エーンか。
 それなら10枚だな。ちょっと待ってろ」

そう言うとドワーフの店員はマスクを紙袋に詰め始めた。

この世界の通貨はエーンというのか。
マスク1枚10エーン。これは高いのか安いのか…
わからないな。前の世界ではどうだったっけ?
……覚えてないな……

「ほらよっ 毎度あり」

ドワーフの店員が紙袋を渡してくれた。
さっそく1つマスクを取り出して装着する。

「兄ちゃん見ない顔だな。
 最近カナイドの町に引っ越して来たのか?」

ドワーフの店員が話しかけてきた。
この田舎町はカナイドというのか。

「い、いえ……
 実は俺ついさっき異世界から来たんです」

マスクをつけているので普通の声の大きさで答えた。

「異世界転移者か。
 ああそれでマスクをしてなかったんだな。
 スーパーインフルエンザのことを
 知らなかったってわけだ」

「あの…俺みたいな
 異世界転移者って珍しいんですかね?」

「そんなに珍しくはないな。
 このカナイドの町だけでも
 年間10人は異世界転移者が来るって話だ」

そんなに来てんのかよ! 異世界転移者!

「じゃああの、異世界転移者は
 この世界で生きていけますかね?
 ひどい差別を受けたりはしないですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。

「それは大丈夫…
 と言いたいところだが、今はマズイかな」

「今は? どういう事ですか?」

「今の政府が異世界転移者を
 毛嫌いしてんだよ。特にベア総理大臣が。
 理由は知らないがな。この国の…
 ジャホン国のリーダーである
 ベア総理大臣が異世界転移者を
 嫌ってるから、国民の大半も
 異世界転移者を嫌ってるのが現状だ。
 ベア総理は国民人気が高いからな」

なんてこった……最悪のタイミングだ……
なんで俺は異世界転移者嫌いの人間が
総理大臣をしている時に
この国に連れてこられたんだ……
その上スーパーインフルエンザという
最悪の病気が流行している時に………
神様! やり直しを要求する!
異世界ガチャを引かせろ! 国ガチャを引かせろ!

心の中で神様に訴えていると、ドワーフの店員は俺に近づいて、小声でこう言った。

「黙ってりゃいいんだよ」

「えっ?」

「異世界転移者っつったって
 見た目はこの世界の住人と同じだからな。
 隠しておけばいいんだ」

…そうか……言わなければわからないのか……
そうだよな、服装も前の世界と同じだし。
……よし、決めた。
俺が異世界転移者ということは秘密にしよう。
そのほうが生きやすいならそうしたほうがいい。

「兄ちゃん仕事は見つけてんのか?」
ドワーフの店員が聞いてきた。

「え? いや、まだです」
俺は答えた。

そうだ。この世界で生きていくために
仕事を探さないといけないな…

「この店で働かないか?
 人手が足りなくて困ってんだよ」

「いいんですか!?
 是非よろしくお願いします!」
俺は即答した。

やったぞ! 仕事があっさり見つかった!
このドワーフなんていい人なんだ!
見た目は恐いけど……

改めてドワーフの店員をよく見てみる。
身長は1mくらい。筋肉質の体に、いかつい顔。立派なヒゲがマスクからはみ出している。背丈は幼児並みなのに顔は中年だ。

年齢はいくつなんだろう?

そう思った時だった。
視界に突然文字が現れた!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  ダイス
年齢  43
血液型 A
持病  腰痛

スーパーインフルエンザ 陰性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「わっ! なんだこれ!?」

驚いて大声を出してしまった。
マスクをしてるから飛沫は飛ばなかったが。

「どうした兄ちゃん!? 何があった!?」

ドワーフの店員は目を丸くしている。

「視界に突然文字が現れました。
 名前、ダイス。年齢、43……」

「ダイスってのは俺の名だ。俺は43歳だ」

じゃあこれは
このドワーフの店員の個人情報ってことか?
何でそんなものが見えているんだ?

「それはたぶんお前のスキルだな」
ドワーフの店員は言った。

「スキル? スキルって何ですか?」
俺は聞いた。

「スキルも知らねえのかよ。
 スキルってのは………
 あれだ。簡単に言えば超能力だな」

超能力……! 俺にそんな力が!?
前の世界には無かったよな確か……
小説や漫画の中にはあったが…

「この世界の人は
 皆この超能力…スキルが使えるんですか?」

「全員使えるわけじゃない。一部の人間だけだ」

じゃあ俺は選ばれた人間ってことか!
おお神様! ありがとうございます!

「他に何が見えるんだ?名前と年齢以外に?」
ドワーフの店員が聞いてきた。

「他は……血液型、A。
 持病、腰痛。スーパーインフルエンザ、陰性」

「それお前もしかして
 スーパー検査のスキルじゃねえのか!?」

ドワーフの店員のダイスさんは驚いて言った。

「スーパー検査?」

「スーパーインフルエンザに感染してるかどうか
 見分けることができるスキルだよ。
 陰性ってことは俺は感染してないって
 ことだな。よっしゃ!」

ダイスさんはガッツポーズをした。

スーパー検査…それが俺のスキルか…
このダイスさんの雑貨屋の店員として
生きていく上でこのスキルを
どう役立てるか……それが問題だな。

「お前名前は何ていうんだ?」
ダイスさんが聞いてきた。

「シュージです」

「シュージか。よし、シュージ。お前クビな」

………えええええええ!?
なんで突然解雇されたんだ!?
さっき雇われたばかりなのに!
あんた悪魔か! ダイスさん!

「病院で働かせてもらえ。
 スーパー検査のスキルがあるなら
 雇ってくれるはずだ。
 こんな雑貨屋で働くよりも稼げるぜ」

……そうなの? いい人だなあダイスさん。
親身になって俺のことを考えてくれている。
あなた聖人ですよ! よっ!


ダイスさんに病院の位置を教えてもらい、歩き出す。その病院にはこのカナイドの町で最も優秀な医者がいるそうだ。エルフの美女らしい。楽しみだな。


商店街の端まで来ると、揉め事に遭遇した。飲食店の入り口で、狼の獣人が店員に怒鳴り散らしていた。

「なんで入っちゃいけねーんだよ!」

「ですからお客様、
 当店はマスクを着用されてない方には
 入店をお断りさせていただいていて……」

どうやらマスクをしてない狼の獣人が入店拒否されてるようだ。それに納得できない狼の獣人が店員に詰め寄っている。

「マスクなんかする必要ねーだろうが!
 俺は感染してねーんだからよ!
 熱も無いし咳もねーんだよバカが!」

「で、ですが…
 お客様からものすごい熱を感じるのですが」

「これは怒りの熱だよ!
 腹ペコでイライラしてるからだ!
 感染してるからじゃない!
 だから早く食い逃げさせろやぁ!」

食い逃げする気かよ! あの獣人…
頭に血がのぼってポロッと言っちゃったか…
バカだな~

「お、お客様、
 マスクとお金を持って出直して来てください」

「マスクも金も必要ねーんだよぉぉぉ!!」

金は必要だろ…
うわっ!狼の獣人の口から飛沫が飛びまくって
店員にかかってるな。大丈夫かあれ……
もしあの狼の獣人がスーパーインフルエンザに
感染してたら、あの店員も飛沫感染して
しまうんじゃないか?
あいつ本当に感染者じゃないのかな?

その時だった。
再び視界に文字が現れた!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前  ラギ
年齢  23
血液型 O
持病  なし

スーパーインフルエンザ 陽性
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あっ! また出た!
スキルが発動したのか。この情報は…

「だからさっさと店に入れて飯食わせろや!
 俺は感染してねえっつってんだろ!」

「感染してますよ。あなたは」

俺は狼の獣人のそばに来て言った。体が勝手に動いていた。狼の獣人を止めなきゃと思っていた。

「ああ!? なんだテメーは!?
 ふざけたこと言ってんじゃねーぞ!!」

狼の獣人は俺の方を向いて怒鳴りつけた。

初めて近くで獣人を見る。頭は完全な動物だ。でも体の形は人間と同じだ。大柄な体格で人間の服を着て二足歩行している。

「俺が感染してるだと!?
 なんでテメーにわかんだよぉおお!!」

狼の獣人は目を血走らせて叫んだ。口から飛沫が飛んできて、俺の服にかかった。このやろう。俺は少し離れてから答える。

「こ、この目にハッキリ写ってますから。
 スーパーインフルエンザ陽性ってね。
 陽性ってことは
 感染してるってことでしょう。ラギさん」

「お前……なぜ俺の名を知ってる!?」

「それもこの目に写ってるからですよ。
 23歳。血液型はO」

「なっ!?」

名前、年齢、血液型を言い当てられて、狼の獣人はたじろいだ。

「俺のスキルはスーパー検査なんですよ。
 ラギさん、あなたは間違いなく
 スーパーインフルエンザに感染しています」

引導を渡してやった。
狼の獣人ラギは歯ぎしりをしてこちらを睨みつけている。

「じゃあお前が悪いよラギさんよー」

「スーパー検査を受けてないのに
 陰性だって主張してたのかバカ狼が」

「さっさと巣に帰ってマスクつけてこいや」

「本当に獣人は頭が悪いなあ」

「アホ犬!」

周りに集まっていたやじ馬からブーイングが起きた。立場が無くなった獣人ラギは、俺の腕をつかみ、俺を引きずってその場から逃げた!

痛い!ものすごい腕力だ!
それにこの走るスピードの速さ!
普通の人間の比じゃないぞ!
これが獣人の身体能力か!


商店街から数百m離れた森の中に連れこまれた。周りに人気は無い。

「てめぇ…よくも恥をかかせてくれたな。
 俺が陽性だとかデタラメぬかしやがって…!」

大木に俺を押しつけながらラギは言った。

「デ、デタラメじゃありませんよ。
 ハッキリこの目に写ってましたから。
 陽性だって」

今はもう消えているが、スーパーインフルエンザ陽性という文字が確かに出ていた。

「くっ……」

ラギは震えている。
怒りか焦りか恐怖によるものか。
ややあって、狼の口が開いた。

「じゃあ確認しに行ってやる」

「確認?」

「これから病院に行って
 スーパー検査を受けてやる。それで俺が陽性なら
 俺に恥をかかせたことは忘れてやろう。
 ただ、もし陰性だったら…」

狼の獣人はフサフサに毛の生えた人さし指を
俺の左目の前にもってきた。

「お前の目を…つぶしてやる」

しおり