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10. "戦闘開始"


「あら?まだ村人が残ってたのかしら、ごめんなさいね。この子を始末したらすぐに貴方達も殺してあげるから待ってて下さる?」
「おいこらお前!!その子に何してんだ!!!」
「何とは失礼ね。ちょっと雑草を踏んだら"返して"って言うんだもの、鬱陶しいの…子供って苦手なのよね魔力も少ないし」

 威嚇する様に唸る姿を見ても気に求めず、座り込んでいる少女は無残にも踏み散らかされた薬草を泣きそうな顔で見つめていた。
 先程の包帯とは別に新しい傷や痣などが見える所を考えると原因はそこの女の仕業。まるで此方が被害者だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 ちらり、と辺りを見渡しても彼女の姿は見当たらない。

「いいから!その子から離れろよ!!!おい大丈夫か?」
「……ぁ、…す、すみませ…薬草が…」
「薬草なんていいっつの!!そんな事よりお前の怪我の方が…っ、ぐぁッ!!!」
「お、お兄さ…ん…!!」

 少女に近づき急いで引き離そうとするも、それよりも先に勢いよく蹴り飛ばされれば不意を突かれたのか苦しそうにお腹を抑える。
 心配そうな少女の表情はコツン、と響く独特な靴音と共に真っ青に塗り替えられていく。

「人の邪魔しないでくれるかしら?順番も守れないなんて野蛮な男ね、ちゃんと後で相手してあげるんだから大人しくしていなさい」

 邪魔をされ少々不機嫌そうに頬を膨らませる姿に怒りは微塵も感じられない、けれど不服そうなその表情から見え隠れする瞳は少女を強く睨みつけている。
 ターゲットの様に少女だけを見据えていれば早く終わらせてしまおうとその手を伸ばすもそれよりも先に強く手首を掴まれる。

「……あら。貴方は黙っているものだと思ったけどそうじゃないのね」
「生憎其奴は俺達の依頼主だ、殺されると報酬が貰えないからな。…何より人のツレに手を出して置いてその物言いはないだろ」
「…ふふ、思ったより情熱的な人なのね。けど私も二度も邪魔されるのは流石に不快だわ…それに女の肌に易々触れるものじゃないわよ、坊や」

「悪いな、俺は貴様みたいな血の匂いを纏わせてる奴を女と認識していない」

 逃がさない、キツく手首を掴み掛かれば痛みを気にしていないのか…眉一つ動かさずに向かい合う瞳。女性特有の華奢な肉付きをしている筈なのに幾ら強く掴もうとも痛みを感じてるようには到底見えない。
 腹の底で一体何を考えているのか、少女とアグニの身を確認した後にこの女から目を離すわけにはいかないと本能で感じ取る。

 ならば今自分が成すべき事は。

「…アグニ、其奴を連れてファイを探せ」
「い、っ…あ?なに、ファイ?」
「此処にいない点を考えれば彼奴の事だ近くにいる筈だ、ファイを連れてどこでもいい遠くに逃げろ」
「な、に言ってんだよ!戦うならオレも…!!」

「足手纏いだ!!残ると言うならお前から殺すぞ!!!」

 ビリッ、と吠える怒鳴り声。
 反射的に肩を揺らしてしまう程の声音と共に感じるのは恐怖では無い、急かす様に紡ぐその姿はまるで身を案じているかの様な。
 言葉にすればいいものの、誤解されてしまいそうな物言いに少々不満そうな顔を全面的に押し出しつつもそれ以上は追求しない。

 此方を一切見ない様子から相手の女がただならぬ雰囲気を醸し出しているのは明白。
 緊迫な状況とは言え、もう少し言い方というものがある。この場に彼女がいればそう言っただろうに。

「わかった、わかったよ!この子安全な場所に連れてったら絶対戻って来るからな!!」
「お、お兄さん…?」
「安心しろ、その頃には既に片は付いている。さっさとファイを探して来い」

 頭を乱暴を掻きながら座り込んでいる少女を勢いよく抱き上げる。困惑気味に此方を覗いているがこれが一番手っ取り早いと判断したのだろう、下ろす気は更々無さそうだ。

 此方を振り返らずに紡ぐ様子にそれ以上何も言わなず、そのまま彼女を探しに勢いよく駆けて行く。その様子を黙って見ていた目の前の女の唇は薄く弧を描く。

「お仲間、もう一人いるのね。良い事を知ったわ」
「白々しい。どうせ知ってるんだろ」
「あら、酷いわね。まぁそうなのだけど、心配じゃないの?もしかしたら私が既にその子に手をかけたのかもしれないのよ?」
「なら俺は今冷静じゃない。…貴様がこの後彼奴に手を出そうとしないならの話だが」

 アグニと少女の姿が消え、二人に残されれば隠す気のない殺気。その雰囲気にまるで待っていたと言わんばかりにゾクゾクと背筋を震わせ、舌舐めずりをし始める。
 拮抗する空気の中、女は肩を震わせ吐息を溢していく。

「ふふ、…嗚呼もう我慢出来ないわ。貴方美味しそうなんだもの」
「………は?」
「メインディッシュは最後にしたかったけどダメね、もう無理よ」

『あらぁ?もう出番かしらん?』
「ッ、!?」

 美味しそう、そう言葉を紡ぐと同時に仄かに熱を帯びる瞳。怪訝そうに見据えるも、ぞわりと感じる嫌な感覚。
 掴んでいた女の手首から異形とも言える大きな口が現れればそのまま掴んでいた手から何かを吸い出すように大きく開かれる。寸前で手を離せばその口はまるで意思を持つかの様に話始める様は気色悪さを感じてしまう。

 いや、その口がまだ一つなら可愛い方だが一つの口が話し始めると同時に女の体の至る所から次々に口が現れていく。
 この光景は何だ、一体どういうことだ。

『おっせぇぞ、待ちくたびれたぜぇ』
『堪え性の無い奴だねぇ、あたしはもっと待てたよ』
『折角久しぶりの御馳走だというのに何を逃しているのですか?』
「あらあらごめんなさいね、あの子ったらちょっと勘が鋭いみたいで手首掴ませてたのに逃げられちゃったわ」

 一人で話している訳では無い。女の身体には大きな口が好き勝手に話している、異端な光景。口から伸びる舌は異様に長く、不気味な感じを醸し出している。
 とても正気の沙汰では無い、これは魔法なのだろうか。だとすればこんな魔法は見た事も聞いた事もない。

「驚かせちゃったかしら?これを見た人は皆化物って言うもんだからこうして一応隠しているのよ。いちいち殺すの面倒でしょ?」
『あたしはいいぜぇ!殺すの楽しいからよぉ!』
「それは貴方だからでしょう?私は出来るだけ美味しいのがいいんだから、不味いのは嫌なの」
『かーー!!相変わらずの美食家だねぇ!』
「お褒めの言葉どうもありがとう。…さて、どこから食べようかしら」

 品定めする様に青年の身体を覗き見る様に視線を向ける様は全身のうぶ毛が逆立つ。
 此方を覗く瞳と相見えれば心臓が鷲掴みされた感覚、味を確かめる様に頬を撫でられている感覚すら感じてしまう。

 彼奴らを行かせて良かった、とそっと息をつく。こんな得体の知れない者の相手をまだ幼い少女に見せる訳にはいかないだろう。
 はっきり言ってしまえばかなり気味悪い。

「何を言っているか理解したくはないが、貴様が敵なのが充分理解出来た」
「残念。どうせなら引き込んで私の物にしてしまいたかったけどそうはいかないようね」
「嗚呼…、貴様を殺すのに躊躇は要らなくて安心した」

 彼女や、彼らの前では少なからず躊躇しただろう。だがこの場にいないのならば話は早い、殺す事に戸惑いなど必要ないのだから。

『あははは!!殺すって言ってるわよ此奴!!あははは!!』
『随分と強気な人ですね』

 此方の言葉が可笑しいのか女の身体に張り付いてる口は次々に笑い声を漏らしていく。
 嘲笑うかのように、楽しげに、男の様な声も女の様な声も高らかに笑う声に神経を逆撫でされている気分になる。

 騒がしい声に苛立ちと共に随分と冷静な思考でいる事に酷く安堵する。こんな事で乱れていてはいけない。

「その煩い口今すぐ塞いでやる」
「少しは楽しませてくれるかしら、坊や?」
「楽しませるつもりは無い、俺は早く彼女の元に行きたいんだ」
「そんなつれない事言わないで遊びましょうよ、ね」

 そんな暇は無い。この女以外にも恐らく最低でも後一人まずい奴が来てしまう筈だ。
 あの雷使いがこの村に来ているのかまだ定かでは無いがあの魔法は少々厄介だ、隙を作ってしまえば一瞬で黒焦げになってしまう…あの時の男と一緒の様に。

 出来るだけ戦いを長引かせたくは無いが、この女は恐らく雷使いより強い筈だ。
 手っ取り早く済ませてくれる訳にはいかないだろう。

「"ウルフ・フィスト"!!!」

 魔力を込め手に収束していけば人の手は形を変え獣の手へと変わっていく。
 銀色に覆われた毛と鋭い爪、強く握り拳を抱きながら勢いよく女目掛けて放つ。

 女はその手を見た瞬間一瞬眉を潜めるもすぐ様不敵な笑みを浮かべ、宙を舞う様にして拳の勢いを殺していく。勿論此方もそれを鵜呑みにする訳にはいかない、反対の手も同じように獣の手へと変化させれば今度は鋭い爪で引っ掻き始める。

 微かに腕に掠めた様で女の腕には僅かな引っ掻き傷が残る。

「女の身体に傷を付けるなんて悪い坊やね」
「言っただろ、貴様を女と認識していないと」
「ふふ、そうだったわね。……でも貴方みたいな子がまさか禁忌に手を染めていたなんて驚きだわ」

 すぐ様距離を取られれば再び拳を握る。
 その姿を楽しげに笑う様子に不服そうな表情を浮かべるも女の言葉にピクリ、と反応してしまう。

「その魔法、"禁忌魔法"でしょう?」
「………」
「本来人は使えない筈だけど貴方は特別な身体みたいね。益々楽しみだわ、一体どんな味がするのか…ゾクゾクしちゃう」

「……何の事だか分からないな。この魔法は彼女を守る、その為だけの魔法だ」


 誤魔化す様に紡ぐ言葉とは裏腹にイヴァンの瞳にはほんの少しの怒りが宿っている。
それは知られてしまったからなのだろうか。

 この魔法が"禁忌"であると言う事実を。

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