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人類滅亡の預言書

高くそびえる鉄塔、電波塔、展望タワー。
あれが火を噴いて飛んでいけばいいのに。幼心に思ったことはないだろうか。
人は太古から空にあこがれてきた。

時に天は恵みであり頭上の脅威であった。
避けようのない不幸は降ってくる。
特に雷は荒ぶる神の怒りと罰であった。

だから人は神のおわす天空に憧れ畏怖し死んだ人間は高所に昇ると考えた。
実際に遺体を焼けば煙り夜は星座が故人を思い起こさせる。

やがて文明が進歩し天は届く距離になった。

そこに至る努力は万人に克服できるものではないが、まず天を征服するあがきの一歩として人や山に登り、一から人力で高度差を克服せんと建造物を建築した。
有名なバベルの塔だ。
その試みは神に打ち砕かれたが人は挑戦する生き物だ。
懲りずに高度と戦い続けた。

本州最南端の大隅県鉄炮町。
JAXAの研究施設はないが駅前に巨大構造物がそびえ立つ。
マルテンおでん大鉄塔は神に対する最新鋭の挑戦状だ。
ただし天を衝く能力はない。なぜなら飛ばす仕様になってない。

マルテンおでん大鉄塔はおでんの具で世界シェアナンバーワンのマルテン食品が創立マルテン周年を記念した一大プロジェクトだ。
公式サイトによると、標高は千おでんメートル。
重さは千億おでんトン。

その構造を支える為に新開発した硬化軽量のおでんプラスチックで出来ている。
だからよく燃えても火を噴いて飛ぶ前に燃え尽きてしまう。
「あーあのタワーを見ていると飛ばしたくなっちゃうのよね」

登下校時にしつこく呟いているのは女子高生の開発芽衣子だ。

彼女はマルテン食品重役の令嬢。十五歳にして自称ノーベル賞候補者である。

その開発芽衣子をもってしてもマルテンおでんタワーにロケットエンジンを搭載する事は出来ないだろう。その時には彼女は人類滅亡の年になってしまう。

その話が期末テスト後の三者面談で議題にあがり芽衣子は立腹した。
先生が場を和ませようと冗談交じりに言ったのだ。
母親は激怒し女の子が理系に行くなどもってのほかだと叱った。

芽衣子はセーラー服の襟を濡らしながら石段を駆け上がった。
潮風は苦くて湿っぽい。日ざしが涙を乾いた塩粒に変える。
まだWGBTなどという物騒な数字とは無縁な昭和の夏。
空が緋色から群青に変わるころ、家々から阪神巨人戦の中継が聞こえて来た。

「マルテンタワーの開発は困難なことだったんだよ。だから私は考えに考えたわ」
丸首の体操着とプリーツスカートが扇風機に吹かれている。
でん、と無造作に投げ出した脚。虫刺されだらけの腕がノートに数式を綴る。

その日の夜、芽衣子は自分の部屋のテレビの前で寝ていた。
そして何か呟いたような気がした。

「私は…私は…人類滅亡を知っている。人類滅亡の年に人類は必ず滅亡する。つまり人類は滅亡するしかない、それがいつか誰も知らない。だが、私はそれを知っている。だから人間は滅びる必要があるのよ」


翌日。
「おい芽衣子、起きて、おはよう」
隣からは寝相が悪いのか髪を掴まれて少し揺すられている。
父親だ。娘と同じぐらい寝汚い。
昨夜は仕事が忙しかったらしく帰宅が遅く、夕飯を食べながら舟をこぎだしたのでベッドに押し込んだのだがまた起き出してきたようだ。
この人、本当にちゃんと働いているんだろうか?と疑ってしまうがマルテン食品が業界シェアナンバー1である理由も分かる気はする。

「お父さん、おはよう。もうちょっと寝かせてよ。今日は学校休みなんだから」
「何を言っているんだ。もう十時だぞ。早く起きないと学校に遅れちゃうじゃないか。ほら、さっさと顔を洗って歯を磨いて着替えろ」
「やだ。おなか空いた。朝ごはんは?」
「トーストと牛乳がある」

「それだけじゃ足りない。ベーコンエッグとか食べたい。今なら目玉焼きは半熟。ソースはお好みで、ケチャップとウスターソースでどうですか?」
「わかった 目玉焼きで手を打とう」
よしよし、とほくそ笑みながら布団を出る。

父親がフライパンを振っている間に、制服を着て通学鞄を手に部屋をでた。
父親は二十八歳で某大学の講師をしている。娘より背が高く、体重は百キロ近い。
「お父さん、私の顔を見て何か言うことはないかな?」
「うん、いい面構えだ。自信に満ち溢れている。きっと成功するだろう」
「そうでしょう。でもね、その根拠はなにかな?」
「それはお前が俺の娘だからだ」
「そう、お父さんが私を愛しているからです」
「そうだ。俺はお前を誰よりも愛している」
「お母さんより?」
「ああ、お母さんは二番目だ」
「ありがとう、お父さん。私もお父さんのこと大好きだよ」
「おお、嬉しいなあ それでこそ俺の娘だ」
「さあ、そろそろご飯にしよう。冷めちゃうよ」
「そうだな」
二人は食卓についた。
「「いただきます!」」
食後は二人で食器を洗い終えると父親は慌ただしく身支度を整えた。
芽衣子は机の上に置いてあった朝刊に目を留める。

スポーツ新聞は嫌いだ。
その一番上に小さくだが、こんな見出しがあった。
≪マルテンおでん鉄塔、倒壊!≫

「はあ!? なんじゃそりゃあ!?」 と思わず素のリアクションが出た。

記事によるとおでん鉄塔の根本から大きな亀裂が入り倒れたのだという。

原因は地震による共振で支柱全体が緩んでしまったせいだという。耐震技術が進んだ現在では珍しい出来事だった。

「そんなことで倒れるものなの? 設計に問題あるでしょ」 と言いかけたが、ふと思い出したことがある。

おでんの鉄塔が倒れていた。それもの根本からだ。マルテンおでん大鉄塔はおでんを串に刺したものなのだ。シンボルであり実用的な機能は一切ない。
だから、鉄塔そのものが倒されてしまうと意味が無い。
嫌がらせ行為ではないか。
芽衣子の頭の中で様々な憶測が駆け巡った。おでん鉄塔が倒れてしまった理由を探るためマルテン本社に連絡を入れると、マルテン広報の男性が電話口にでた。
この男性社員の話を総合するとマルテンおでん大鉄塔は、一年毎に新しいおでん鉄塔を建てる計画でその最後の一塔目だったということ。

建設費は一基当たり二十億円かかったらしい。つまり二十億円の大赤字である。さらに撤去に十億円以上かかるという試算が出ており、その費用を看板広告収入で賄う為に新たなおでん鉄塔を建てたという。

しかしそれにしてもなぜマルテンは鉄塔の更新に執着するのだろう。

芽衣子はマルテンの公式サイトを開くとマルテンの事業理念をチェックした。
そこに書かれていたマルテンの理念。それは、【世界のみんなが笑える未来のために】だった。
これなら、おでん鉄塔にも納得がいく でも おでん鉄塔はもう作れない。

そして芽衣子が今通っている高校三年間のうち、あと二回しかない。受験勉強に集中すべきだということは重々承知していたが芽衣子には一つだけ気になっている事があった。

あれから五か月が経とうとしていた。鉄塔はどうなってしまったのか。あの巨大な鉄の建造物の運命がどうしても気になるのだ。マルテンおでん大鉄塔倒壊。ネットニュースでは、マルテン食品の発表を引用して原因をおでん鉄塔の老朽化だとしているが、あのマルテン鉄塔はそんなにやわくはないはず。もしや、本当に何かが衝突して………… いかん。悪い方に考えるな。これは好奇心。知的探求心だ。そうだきっと、そうに違いないうん。芽衣子は自分をごまかす。だが、それが真実を覆い隠すための行為であることを見抜かれた。
夏休みの前日、マルテンから連絡が入った。明日の放課後に現地に来てほしいという。もちろん学校には風邪で欠席すると言っているから問題ない。すぐに身支度を整えるとマルテンおでん大鉄塔に向かった。

そこは駅に近い繁華街の裏路地にひっそりとあった。駅前からは少し離れていてもマルテンおでん大鉄塔の圧倒的な存在感がわかる。鉄塔はマルテンおでんタワーと呼ばれていた。
鉄塔の前に立つ。高さが百八十メートルの鉄柱が三本縦列に並んでいてその間にも太い鉄パイプが組まれていた。その向こうにコンクリートで塗り固められた鉄骨が見える。これが地上五十メートルの展望台まで伸びているのだが、鉄塔の基部を見ると大きな亀裂が入っていた。

嫌な予感は当たったのだ。マルテン大鉄塔の足元は赤黒い土がむき出しになっていて所々に瓦礫が落ちている。アスファルトの地面が割れて雑草の絨毯が広がっているところを見るに鉄塔が倒れた原因は地滑りのようだった。

現場責任者の男は、この大鉄塔を建設した時のマルテンの工事担当者の息子だという 男は父と同じく技術者らしいが、マルテンの企業体質のせいで、出世コースから外されて地方で技術屋をやっていたそうだ。その男が、事故の責任を追及されるのを恐れて逃げ出したというので、芽衣子の父親に連絡が来た。父はマルテン食品の株を半分以上所有しており会社の代表として謝罪と説明を行う必要があった。しかし芽衣子の父は科学者であり経営者としては素人であり、今回のアクシデントにより株主総会特別決議の単独否決を行われる可能性があった。鉄塔の後始末と経営再建に大量の金が要る。増資が不可欠だ。
つまり議決権のない株の大量発行により父の持ち株比率低下を阻止できない。
男に案内され鉄塔の基部へと辿りついた二人は、塔の中に入る扉の鍵を開ける 塔内は真っ暗で何も見えないので携帯端末を取り出す。
そこで彼女の記憶は途絶えている。次に意識を取り戻した時、彼女は暗闇の中にいた。
「う、あ、ここは?」
芽衣子はゆっくりと体を起こす。
体が痛い。
一体何が起きたんだろう。
私は鉄塔の内部に入ったはずだ。
その時、ふと自分の手を見た。
なんだかおかしい。指が五本ある。
こんなに長くない。
芽衣子は自分の体をペタペタと触った。
胸がある。
肩幅が小さい。
腕が細い。
髪が長い。
背が低い。
声が高い。
全身の骨格が違う。
そして股間に何かがついている。
恐ろしくなって目を瞑ると、先ほど見た光景を思い出してしまった。
塔内に入ってすぐ目の前に巨大な鉄の塔があった。
内部は暗くてよく見えなかったが、鉄塔の内壁はガラス張りで、中から外の景色がよく見えた。
その鉄塔の天辺にある展望台にいたのだ。
鉄塔の頂上は風が強く吹き付けていて、スカートを押さえながら鉄塔内部の螺旋階段を下って行った。
エレベーターを使わないのは、マルテン鉄塔の展望台までの経路がこの鉄塔の肝だからだ。
螺旋状の通路の天井には、らせん状にパイプが組まれており、それに沿って鉄塔の上部に行くにつれて徐々に細くなり最後は一筋になっていた。その一筋のパイプの上に人が乗れるように足場が組まれている。そのパイプの上を歩いて行くと、やがて視界が開けてきた。
鉄塔の最上部は展望デッキになっており、そこからは東京の街を一望できた。
芽衣子が展望台に到着した時にはすでに日は暮れていたが、都心の夜景が美しく輝いていた。
そして、展望台の先端に人影があった。
芽衣子は息を飲む。
そこに居たのは少女だった。
年齢は中学生くらいだろうか。
長い黒髪を後ろで束ねたポニーテール。
顔は小さく、手足はすらりとしていて、まるでモデルのような体型をしている。
しかしその体は裸であった。
肌着も下着もつけていない完全な全裸である。
少女の表情はとても落ち着いている。
こちらを向いて微笑みかける。
芽衣子は、その美しさに一瞬目を奪われたが、すぐに我に返った。
「あなた誰?なんでそんな恰好で」
すると少女の口から言葉が紡ぎ出される。
それは日本語ではなかった。
聞いたことのない言語だ。
しかし芽衣子にはすぐに理解ができた。
なぜなら、その言語は自分が知っているものだったからだ。
「え、私の言葉…… わかるんですか?」
少女は、嬉しそうに笑う。
その笑顔に思わず見惚れてしまう。
だが、すぐに気を取り直して問いかけた。
「ねぇ、あなたはだれなの?」
「わたしの名前は、メイコです。
この世界の人間ではありません。
別の世界から来ました。
そしてあなたの願いを叶えるためにやってきました」
「私の願い?」
「はい。
この世界に危機が迫っています。
それを救えるのは、異世界から来た勇者様だけです。
どうか世界を救っていただけませんか?」
突然の申し出に芽衣子は混乱する。
そして頭の中で、これまでの人生で経験した出来事が走馬灯のように蘇ってきた。
自分は普通の女子高生で、成績は中の上、運動神経はまぁまぁで、友達も多い方ではない。
家族構成は父と母と兄と自分。特にこれといって変わったところはないと思う。
強いて言えば最近になって趣味で小説を書いている。
ジャンルはラブコメ。それも幼馴染との恋愛ものばかり書いている。
ある日のこと。
芽衣子は学校帰りに道端で泣いている子供を見つけた。
どうやら迷子らしい。
仕方なく家に連れて帰って親を探すことにした。
幸いなことに子供の両親はすぐ近くで見つかった。
子供が無事に両親の元へと帰った後、芽衣子はお礼として一本の小説を貰った。
タイトルは『恋は迷宮。愛は砂漠。』というラブコメディだった。
主人公は、ヒロインを救うために様々な試練を乗り越えていく物語だ。
芽衣子は、その話を読んで衝撃を受けた。
これは私が書きたいと思っていたものだ。
そう思った。
それから芽衣子は、ネットでラブコメについて調べるようになった。今まで読んできたラノベでは主人公の性格に問題がありすぎて共感できなかったのだ。
そこでラブコメのセオリーを調べ始めたのだが、これが非常に面白かった。自分の好みのキャラの設定を考えながら読みふけった。
やがて自分で小説を書いてみたいと思った。
その時に、この物語の主人公のようになりたいと思って書いた作品がある。
タイトルは、『僕の彼女は魔法使い!?』。いわゆる学園ものである。
主人公は、転校生であり、クラスで浮いている存在だったがひょんなことから隣の席の少女と親しくなっていく。最初は主人公に冷たい態度をとる彼女であったが実は人見知りであることがわかると、少しずつ打ち解けていき最終的には主人公が勇気を振り絞って告白をするというもの。
ただ一つ問題があるとすれば、この作品の主人公には名前がないことだ。読者からは、無口くんとかぼっち君などとあだ名で呼ばれることになる。芽衣子はこの主人公になりたかったのだ。
だからその日以来、ラブコメを読みあさり設定ノートに書き留めるようにしていった。もちろん誰にも見られないよう秘密にしながら。
だがそれが悪かったのかもしれない。机の奥底に押し込めていたつもりなのにどこかから漏れてしまったようでクラスの皆んなは噂をしていたようだが、結局最後まで誰も見つけることはなかった。
だがそれでよかったのだと思う。
もしも誰かが気づいていたらきっとこうなっていたはずだから。
芽衣子はあの時と同じように頭の中にイメージを思い描く。
(あぁー私はこの時のために、こういうシチュエーションになるために、この日が来ることをずっと夢見ていたんだよぉ〜)
「ねぇ! お願い! 私もあなたと一緒に行きたい!」
「いいですよ」
あっさりとOKされた。
(あれっ?なんか意外といい返事……?)
しかし、よく考えれば、今の自分の姿を見てみても、別に特別な格好をしているわけではない。
普通の部屋着だし髪もまとめていない。こんなんで大丈夫なのかと思いつつも、芽衣子はメイコの後に続いて展望台の端まで移動し鉄塔の外に出ることにした。
*
* * *
外に出た芽衣子の目に最初に飛び込んできたのは、巨大なドラゴンの姿だった。
(ド、ドラ○もん? まさか?いや違うよね、あんなに大きな生き物がいるわけない……じゃああれは何?)
しかし、芽衣子にとって驚きはそれではなかった。
眼下に広がる街並みが燃えている。あちこちから煙が立ち上り火の手が上がる街が見えてきた。
その光景を見て愕然とする。ついさっきまで自分がいた場所は、まさに東京の中心。つまり、ここは日本で一番安全な場所であるはずだった。少なくとも自分が生きている間には核ミサイルが落ちてきて、国が滅亡するとは思えなかった。
「え……嘘……」
「驚かれるかもしれませんが現実です。この街はいま魔物たちの襲撃を受けてます」
「ど、どういうことよ?」
メイコは、悲しそうな顔を浮かべると言った。
「今の世界のバランスが壊れようとしているんです。
魔王が復活して魔族の力が増大しました。それによって、これまでなんとか均衡を保っていた人間たちとのパワーバランスが崩れ始めているのです。このままだと近い将来世界中が火の海になってしまうことでしょう」
「ちょ、ちょっと待って!意味がわからないんだけど……。
何?このファンタジー的な話は?」
芽衣子が混乱する一方でメイコは、淡々と説明を続けていった。
曰く、もともと人間はごく限られた数の種族だけだったそうだ。
魔法や魔術に長けたエルフ族。
精霊と交信ができる者が多く生まれてくる妖精や天使などに代表される天界に住む住人。
そして魔力が高く長寿であるものの、見た目はほぼ人と変わらない姿形をしたヒューマン族だ。
ただ長い年月を経るにつれてその数は徐々に増えていってしまい現在では人口の大半を占めているという。
特に、近年急激に増えたのは冒険者たちだった。
彼らは、世界各地にある遺跡を探索したりダンジョンに潜り、財宝を持ち帰ったりして生計を立てる者達だ。
だがその活動によって世界に混沌をもたらすことになったという。
ダンジョンにはさまざまなアイテムや希少鉱石が眠っており、それを狙って大勢の人々が命を落としている。さらに多くのモンスターが発生してしまう原因にもなって、世界の環境が破壊され続けているのだという。
だがそんな彼らでも、ダンジョンの中に入ることができるのは、入り口付近でのことだけだと教えられる。中には、凶悪なモンスターが巣くっていてとても人が足を踏み入れるような場所では無いらしい。
「じゃあさっき私がいたところのビルにいた人達って?」芽衣子は、先程自分たちが入った場所を思い出しながら聞いた。
すると彼女は顔を伏せながら答えた。
「はい。残念ながら、あの場所にいた方々は既に亡くなっています。今はゾンビとして動いていると思います」
その瞬間に芽衣子は、全身の血が引くのを感じた。同時に吐き気を覚える。
確かにビルの窓に明かりは点っていたはずだが、それでも芽衣子は怖くて中に入ろうとしなかった。それが、あんなにあっさりと見捨ててきたとは……
「まあ、普通ならすぐに殺されてしまいますね。ただ今回は私のお陰で生き残れたかもしれませんが」
(いや、全然感謝なんてできないわ……)そう思いながらも話を続けることにした。どうやらまだ質問タイムが終わったわけではないようだったので、 芽衣子は一番知りたかったことを尋ねることにした。
「ねぇ、私がその勇者召喚に巻き込まれちゃったっていうことなのかな?」
「それはわかりません。そもそも勇者召喚自体、伝承に残っているものだけなんですよ。だから今回のケースは初めてなのかもしれないですね」
(うぅーなんだろうこのモヤッとする感覚は。それに勇者?やっぱりこれって……ラノベの設定と同じじゃない?)
だがそこで、メイコの言葉に引っ掛かる。
彼女の言い方から察するに勇者と魔王はセットのように扱われていることを感じる。
「あのぉ……もしかして魔王を倒した後って世界平和が訪れるみたいなことになってるのかな?なんか私達の世界でもゲームとかに良くある設定だけど、結局みんな仲良くなるんだよね。あ、私はあんまり好きじゃなかったけどさぁー、なんだっけあのシリーズ。」
すると、 それまで冷静だったメイコの表情が変わった。眉間にシワを寄せ、少し怒った様子になる。
だがそれは、怒っているというよりは困ってしまってる感じだったのだが……。そして、しばらく考え込んでから話し出したのだ。
その顔はどこか泣きそうな子供のような表情に見えた。
「……えっと……実は私も詳しくはわからないんです。すみません……でも一つ言えことがあるとすれば……」
一呼吸置く。
その後ゆっくりと言葉を絞り出すようにしながら彼女は言った。「おそらく魔王を倒してもその状態は続いてしまうのではないかと思うんです……」
「そ、それってどういう意味?」
メイコの顔が更に歪む。だがここでようやく自分が何か大変なことに巻き込まれつつあるのを芽衣子の中で実感し始めたのだった。
メイコは申し訳なさそうな顔を浮かべたまま話を続けた。
彼女曰く。今、世界には大きく分けて二つの国があるということだ。
1つは人間たちが暮らすこの世界とは別の次元の世界に住むと言われる魔族が住む領域との結界を守り続けている王国。通称、『魔界』と呼ばれる場所だという。
2つ目は、『聖都エメラルダ』、『神聖アルセニア皇国』と呼ばれる宗教国家だ。彼らは現在、大陸のほぼ全ての領土を支配していて圧倒的な兵力と財力によって周辺の国々を併合していっているのだという。
(ふぇー、なんじゃそりゃ?戦争映画かなんかの話?)
と、一瞬そんな感想を抱きそうになるものの。目の前に立っている少女が嘘を言っているようにも見えない。何より彼女が冗談を口にするような雰囲気でもなかった。
(ん〜とりあえず話を進めないとね)芽衣子は一度頭を切り替えることにした。今は余計なことを考えたところで状況が変わるわけでもないからだ。
「じゃあさっき私が居た世界って一体どんな世界だったのかな?」
「…………」
メイコは何も言わずに黙り込んでしまった。
「ど、どうかしたの?」
「……いえ……ちょっとびっくりしてまして。そういえば説明してませんでしたよね。私としたことが失念しておりました。すみません。まず最初に、こちらではスキルやステータスという概念が存在しています」
「ス、ストップ!」
突然メイコの説明を止めさせた。
正直いきなりファンタジー全開のことを言われて理解が追いつかないため、一つ一つ質問をしていこうと考えたのである。
「えーと、例えばそのスキルってどんなのがあるのか聞いても良いのかな?」
「はい、構いませんよ」
メイコは笑顔で答える。だが、先程までとは違い少し緊張しているようだ。そのせいなのか頬がほんのりと赤くなっている。
(可愛い)
などと芽衣子が考えているとは知るよしもないメイコ。彼女はゆっくりと息を整えると言った。
「そうですね、たとえばですが私の持っている『炎魔法』があります。これは自分の魔力で火の玉を作り出すことが出来る能力なんですが、これを発動するのに詠唱は必要ないし。イメージ次第で色々なものを生み出すことができるみたいです」
と言って手のひらの上に小さな光の球を出すメイコ。その光が徐々に広がっていき。やがて彼女の手に収まる程度の大きさになると、そのまま消えてしまった。
「他にはどんなことができるのかな?」
「うーん、私の使えるものだけで言えば。水を出したりだとか。風を巻き起こしたり。火種を生み出したり。氷を作ったりすることが出来ます」
(なるほど。そういえば前にテレビでそういう実験やってたっけ?)などと思いながら芽衣子はメイコに尋ねる。
「それでさっきの続きなんだけど、その魔王討伐の旅っていうのには私は参加することになるのかな?」
するとメイコは「いいえ……」と首を横に振った。
どうも勇者は魔王を倒すための人材ではなく、魔王に対抗する戦力の核を担うらしい。そのため各国は様々な方法で勇者召喚を行い。優秀な者を集めているのだとか。
(つまり魔王を倒した後、人類と魔族の勢力争いが始まるということ……?)
とメイコに尋ねてみると「恐らく」としか返ってこなかった。だが、なんにせよ自分にとって良くない方向に事が運んでいることだけは確かのようだった。しかしまだ芽衣子は完全に納得したわけではない。
そもそもなぜ、自分がその魔王討伐の任を背負わされているのだろうか? 疑問をぶつけると今度は「ご存知の通り異世界人は強力な力を持つと言われています。なのでもし我々が負けた時に備えてのことかもしれません……」
なるほど。と芽衣子は思った。確かに理に適っているような気がする。要するに最後の砦として、保険をかけろという訳だ。
そこで、あることに気づく。
(待って……それってもし負けちゃったりした場合、もしかしたら私もその戦争に巻き込まれる可能性があるかもしれないってこと!?え、ちょ、何ソレ怖い!!)
などと芽衣子が思っていると。それを察したかのようにメイコが口を開いた。
「あの……実はもう一つ、異世界人には特徴があるんです……。それが何かわかりますか?」
「うーん。わからないなあ……」
「その特徴というのが、異世界人がこの世界に来てすぐ、言語の壁が無いという事なんですよ」
メイコ曰く異世界の言語を瞬時に習得することができるのだというのだ。しかも言葉だけではなく。相手から発せられるあらゆる声を聞き取ることができる。それは耳が良いとか悪いとかの問題ではないのだという。
(なんか便利だな〜私もこの能力欲しかったな〜なんて思うけど。これのせいで私が呼ばれたのだとしたら……。やっぱりこの世界の人間としては複雑な気分になるね。)
芽衣子はそんなことを考えていた。(まあいいや!)すぐに気持ちを切り替えるのも彼女の長所であった。
(それじゃまず現状確認。)
ここは『アルセニア皇国』の首都にある宮殿。その一室だった。
「今いるところはこの部屋。そして隣の部屋にいるメイドさんは私の世話係。あとここが私の寝室かな?」
芽衣子の寝ているベッドの側には椅子が置かれている。恐らく彼女が起きてしばらく経った後に使用するために用意されているのだろう。
窓から差し込む日はまだ高い位置にあり。外の風景を見てみると大きな通りがあり、馬車や荷車が走っていた。人々の往来も盛んで、活気があるように見える ふと視線を感じて横を見ると窓のカーテンが少しだけ開いていた。
(あっ!いけない。こんな格好でウロチョロしていたら怪しまれないわけないよね。でも仕方がないとはいえ少し窮屈だ。よしっ!少しぐらいお外に出ても大丈夫でしょ)
幸いにも服はメイコに用意されていた。動きやすそうなシンプルなデザインのシャツにミニスカートである。芽衣子はメイコに用意して貰った衣服を身につけると部屋の外へ出ようとする。だがドアを開けるとそこには見覚えのある顔があった。いや正確に言うと見知った顔をした別の人物が立っていた。芽衣子はその姿を見るなり驚きの表情を見せる。彼女は急いで自分の着てきた洋服を探すがどこを見ても見当たらない。どうしようかと考えているうちにメイコとその男に気づかれてしまった。
「あら。おはようございます芽衣子様」
メイコはそう言って丁寧に頭を下げる。「えっと……その。おはよう」
芽衣子はとりあえず挨拶をする。すると男が一歩前に出て話しかけてくる。背が高く、かなり整った容姿をしていたのだが残念なことにその目はどこか遠くを見つめていて感情を読み取れない。だが彼は一言「…………」と喋りかけるとまた一歩下がってメイコの方へ向き直る メイコはそれを見て彼の代わりに答え始める「はい。本日からお仕えさせていただくことになりましたリシュといいますどうぞよろしくお願いします。リシテア殿下は今朝方より少々体調を崩してしまいまして、それで私が急遽代わりを務めさせて頂いておりますのでどうかご容赦ください」
そうかそういうことかと理解した芽衣子はとりあえずリシテアの具合が悪いなら無理をさせるわけにはいかないと
「そっか……それは心配だけど、今日はあまり動けないし、その、えっと……ゆっくり休んであげてください」と答える。すると男はゆっくりと頭を縦に振った。それを確認することができたメイコは「それでは失礼致しました。またご様子伺いの程、よろしくお願いいたします。」と言って退出し、扉を閉めた。
芽衣子は改めて男を観察する。先ほども見たように背丈は高く。髪は短く切り揃えられ、清潔感もある。服装こそ違うが、おそらく兵士のような仕事に従事していそうな感じだなと思うと次には
(うーん、しかし本当にイケメンなのに勿体無い。目が完全に死んでるし)
などと芽衣子が思っていると再びリシテアと呼ばれた男が話し出した
「えぇ……はい、わかっております……。引き続き芽衣子の観察を行いましょう……」
リシテアは何やら小さな声で誰かと話しているようだったが、それを終えると話しかけた来た時と同様にただジッと芽衣子のことを見ていた。
(うーん……さっきからずっと見られてるなぁ……。もしかして着替えるタイミングを完全に逃してしまったかもしれない……。この人、無口っぽいからちょっと気不味いなあ。何か話題を振るべきだろうか?そうだ!まずはこの世界のことをもう少し聞いてみよう)
「ねえあなた。ここは『アルセニア皇国』の首都なんだよね?」
芽衣子は思いきって声をかけてみた リシテアは特に何も言わず首だけコクりと傾けた
(うん。まあ当然と言えば当然ながら会話が成立しない。でもなんとなくだけど反応はあるな。もしかすると質問をすればある程度こちらの意思をくみ取って行動してくれるのかな?)
などと思っている間にもリシテアは無言でじっと見つめてくる
(うぅ〜なんか怖い!それにこの格好やっぱり少し恥ずかしいし……。)
芽衣子は内心とても居た堪れない気持ちになったのであった 結局それから特に何をするということもなく部屋の中で過ごしていた。昼食を終えた頃に今度はリシテアがやってきた。だが彼女は一人ではなく後ろに控えていた執事服を着込んだ男性も一緒だった
「お嬢様。リシテア殿下のお体の具合が良くなったので、本日、宮殿の中庭にて皆さまとのお披露目を兼ねた舞踏会が行われることとなりましたのでそのお迎えです」
「そうか。じゃあ早く行かないとだね!」
芽衣子は慌てて立ち上がって準備しようとするとメイコが手を取って止めた
「慌てなくとも結構ですよお嬢様。ドレスは既に用意されておりますのでお手を煩わせるようなことはありませんのでご安心下さい。それとお嬢様にお会いするのを待ち望んでいる方はたくさんいらっしゃいますのでくれぐれもその格好で出歩かれるような事はなさらないでください。万が一そのようなことをされれば私は……どうなるかわかっていただかなくて大丈夫でしょうか」
といつもより早口に言った 芽衣子は彼女の表情が若干怖かったのか「う、うん。わかったよ。メイコ」と答えることしかできなかった
「ふむ、その方が例の人物か」
リシテアの後ろにいた男がそう呟いて近づいてくる背は170センチほどで細身ながらしっかりと鍛えられた肉体を持っている。だがそれ以上に特徴的に見えたのはその髪型だった、男の髪は長く後ろで束ねられているのだがその結び目がまるで鳥の翼を逆さにした様な形でまとめられている。また左目は前髪を横に流し隠されている
「初めまして。俺はバルフレアだよろしく」
そう言うとその男は手を差し出し握手を求める。芽衣子はその手を取ろうとしたがリシテアは何故か焦り出す 芽衣子はその様子を見て疑問を抱く バルは差し出された手を握ることはなく言葉を発した
「単刀直入に聞く。あんたが『あの』リシテア・ルアスなのか」
芽衣子はリシテアの反応からこの人物が自分の素性を知っているらしいと気づく だがそれでも芽衣子は動揺せず答える
「えぇ、そうですよ。それがどうかしたんですか?」と逆に問いかけると、彼は更に踏み込んで来た
「やはりそうだったんだな。それなら俺に隠し立てする必要もない。率直に伝えよう。お前の父上、つまりこの世界の元皇帝はなある組織の手によって異世界へ拉致されて殺された。だからこの世界線では鉄塔は倒されないはずだ。しかしお前の父上の失踪以降、この国には様々な変化が起こった。まず第一に隣国との関係が悪化し戦争状態になったこと。そして第二の変化が帝国騎士団の団長でありこの国の皇太子でもあった我が父の死亡。その後すぐに皇帝は崩御し今は空位となっている状態だ」
そこまで話すと芽衣子の目をじっと見ている。それは品定めをしているかのような視線だった
「なるほど……。確かにそういうことであれば、あなた方にとって私が邪魔だということもよく理解できます」
と返すと彼の眉間に一瞬だがシワが寄った
(ん?今、何か変なことでも言ってしまったかな?)
そんな芽衣子の様子を察してバルは自分の発言が誤解を招いているのではないかと不安になった なのでもう一度確認するために話を続ける
「あぁ〜、まぁ、そうだな……。とりあえず自己紹介も終わったことだから改めて話を聞かせてもらおうか。さっきはいきなりこんな場所に連れてこられて戸惑うのは分かるが……」
と言いかけた時にリシテアが再び割って入った
「あ、ああー!バル。わ、わたしも少しお話があります」と 彼女は突然大きな声を出したことに驚いたのか目を見開いている 一方、リシテアの声が聞こえなかったわけではないバルだったが先程からのリシテアの行動を見ていて気になっていたことがあったので敢えて何も言わずに黙っていた。
(この女が俺の言葉を遮ったということは恐らくコイツの素性について何か言いたいんだろう)と判断したためあえて口を挟むような真似はしなかった。リシテアが何を言おうとしているのだろうか。芽衣子は少し緊張しながら彼女の動向を見る 彼女は一度大きく深呼吸すると再び話し出した
「えっと……実は私も貴方と同じで未来の世界線から来た人に会いました!」と言ってリシテアは大きく手を広げ嬉しさを表現するように言った。その姿を見てバルは再び眉をひそめる。一方の芽衣子は彼女の口から飛び出した言葉を聞いて驚くが顔に出さないようにする リシテアの話をまとめるとこうだった 1つ目はバルと同様に異世界人が二人いたこと 2つ目は彼らはバルとは違い人間であったこと 3つ目に彼らのいた時間線では自分たちが既に死んでいたという事実であった 4つ目は彼らを殺した相手こそが転移してきた謎の集団であること 5つ目の理由として彼らが消えた後、何故かロボットだけが残されたという
「なるほどな……確かに俺たち以外の人間がこの世界にいたという痕跡が残っている。しかもその二人は死んだのにもかかわらず何故か奴らは未だに行動を続けている」
と冷静に分析するバルに芽衣子は疑問をぶつける
「なぜ、私たちが死んでしまったのかわかりますか?」
芽衣子の質問に対し、リシテアが代わりに返答する
「それはね、きっと私たちの未来が変わってしまい本来の歴史とは違う方向へ進もうとしたことが原因なんだと思うの」と言って、バルの反応を見た。だが予想に反し彼は「いや違うな」と言った
「俺にもその可能性はあると思った。しかしそれだけでここまで大規模な出来事を引き起こすとは思えない」と 今度はバルに芽衣子が問う
「他にどんな可能性がありますか?」
バルはその問いには答えない。なぜなら彼が一番恐れている可能性が芽衣子に否定できないからだ。それはバル自身がこの国の歴史を変えた存在だということだ。つまりリシテアは未来人である自分と芽衣子を消しただけでは終わらず更なる歴史改竄を行い帝国を滅ぼすことになるのではないのかと懸念しているのだ。だからこそバルは芽衣子の問いに対して即答できずにいる。それを見兼ねてリシテアが再びフォローに入る
「あの〜、私はただこの世界線では既に起きてしまったことはどうしようもないんだと思います」
と自分の意見を伝えると芽衣子は考え込むようにして「うーん」とうなった だが、そこでバルが話を変える
「まぁ、ここでいくら議論しても始まらないしな……。それより俺としてはさっきのロボットとかいうのの方が気になるんだが。なぁお前、本当にアレは何なんだ?どこで拾ってきた?」
「えっ!?」リシテアが突然こちらを向く。どうも自分が話をしていたつもりはなかったようだ。
「え、あ〜、それじゃ私の話も聞いてください。実は……」と言いながらバルの方へ近づくと彼に抱きつく そして、リシテアは耳元で小さく呟く「今のうちに二人でこの国から抜け出さない」と
(やっぱりこの女の狙いはそこだよな……)と思いつつ芽衣子の様子を横目で見る。特に驚いた様子はないところを見ると彼女もそのことについては事前に聞かされていたのかもしれない
「……わかった。それで俺はこの後、どうすればいい?」と尋ねる 芽衣子は「ちょっと、バル、何言ってるんですか」と言うがリシテアはすかさず「えぇー?だって私も聞きたいこといっぱいあるのよねぇ〜」と答える
(やはりコイツもそうか……。だとすると俺たちはここから無事に脱出して他の人間にこの事実を伝えないといけないということになるか)
リシテアの言葉を聞いた芽衣子が慌てて言う
「ちょ、待って!リシテアちゃん。それなら私がバルと話をしますから……」
と必死に訴えるが「でもあなた達二人の話を聞き終わる頃には私も疲れちゃっていると思うわ」と答えた 確かにリシテアの体力を考えてこれ以上の無理はさせられないし時間も無い それに彼女一人で脱出することも不可能だ。
「リシテア、とりあえず今は逃げるぞ!」と叫ぶと同時に芽衣子の襟首をつかみ走り出した。後ろからはリシテアが付いてきていることを確認して一先ず胸を撫で下ろす
「ちょっと、リシテアちゃんも一緒に連れていっちゃったけどよかったの?」と聞く芽衣子にバルは淡々と答えていく
「問題ない。むしろ俺よりお前のほうが危険だから連れて行くわけにはいかないだろう。第一あいつはこの国に何かしらの情報を持ち帰らなければならないはずだろ。だったら多少の危険を犯しても情報を持ち帰ってもらった方がいい」
芽衣子は納得しつつもバルに掴まれた自分の襟を見て思う「しかしまさか女の子相手にこんな乱暴なことする人じゃないと思っていたのに意外と手が早いということがわかった」
その言葉に対してバルが呆れた表情をする「それは誤解だな……俺が言っているのは女子供にも容赦なく手を出すような輩ではないということだ。これはあくまでも緊急時でやむを得ずの行動だ。勘違いしないように」
と言ってさらに走る速度を上げる
「えっと……バルさん。そっちは反対方向ですよ?」と言われ芽衣子は「しまった」と思って急いで軌道修正した 鉄塔倒壊現場付近にてバルと芽衣子は合流を果たしたがそこにはすでに敵の姿はなかった。だがバル達はそれよりも先に重要なものを発見する そこには芽衣子達が乗ってきた車があり後部座席が大破していた。その有様にバルが「チッ、どうやら俺の予想が当たったらしい」と言った。どうやら車は敵に破壊されておりその衝撃でリシテアと芽衣子は投げ出されたようだ。幸い芽衣子は比較的無傷で気絶しており、リシテアの方は少しケガをしているようだった
「バル……ここはもう危険みたいですね。さっさと移動しないと……」と言ってきた芽衣子にバルは「あぁ、そうだな。リシテアが起きる前にさっさとここを離れないとヤバいな」と言いながら辺りを警戒していると 突如銃声が響いた 芽衣子の足下に銃弾が命中して穴が空いたのだ。彼女は思わず飛び退くように距離をとる
「お二人とも無事でしたか?」と男の声が聞こえた。振り返るとそこには男が立っている 年齢は三十代くらいだろうか。長身痩躯の男は手にリボルバー式の拳銃を握っている だが男の格好を見たバルは違和感を覚える 何故なら彼の姿は日本の軍服にそっくりな服装なのだ
「えーと、失礼。俺が言うべきセリフでもないと思うんだが、君たち日本人なのか?」
すると目の前の彼は「いかにも」と答えてきた。続けて「しかし貴方達の恰好は何ですか。我々とはまるで違う」と言う。バルも「あぁ。俺たちは別の世界線から来た人間だ。おそらく君たちとは全く無関係な別世界の」と返したすると相手はかなり驚いたようで口を開く
「別の世界線とな!?そのような世迷い言を信じるほど私も馬鹿ではないのでね」
バルは彼の発言に対し特に何も言わずにただ見つめ返すだけだ 一方リシテアは「ちょっと待って、バル」と言って彼を止めてバルの耳元で小声で呟く「(あの人が持っている武器をよく見て下さい)」と伝えると バルは改めて男の持つ武器を観察する どうやらリボルバー型の自動式拳銃のようである。バルはその外見を見てどこかの特殊部隊の装備ではないかと思い当たる
(しかしあんな銃見たこと無いぞ)
そんなことを思いつつも一応は警戒して身構える リシテアもまたいつの間にか意識を取り戻したらしくバルの横に立って同じように警戒していた だが突然、リシテアが「えーと……確か貴方はアロン=フルールでよろしかったかしら?私と同じ組織に属している方よね」と彼に質問した リシテアの発言に対して彼は一瞬戸惑いを見せた
「君は私の名を知っているのか?」
リシテアはバルにアイコンタクトを送ってきてバルは彼女の意図を理解し「(おい、リシテア)
リシテアは小さく首を振るとまたもバルにだけ聞こえる声で「大丈夫。彼は信用できるわ」と言ってリシテアを止めた リシテアは再び首を傾げる
(なんでそう思ったのだろう?)
バルも同じことを考えていた だがリシテアの直感というものもバカにはできないので、とりあえずバルは彼女に任せることにした バルと芽衣子は近くの建物に身を潜めていると、二人の男が歩いてくるのが見える そのうちの一人はさきほどバルと会話をしていた長身の男だった。彼はこちらを見つけると「やはりそこに隠れていましたか」と声を掛けてきたリシテアが前に出る それを止めることなく黙ってみていると彼女は男たちに語り掛ける そしてリシテアが彼らの所属について聞き出した後 芽衣子は彼らに協力することを決め行動を共にすることにした こうして三人は行動をともにすることになった バルはふと思い出したことを口にする バル「さっきリシテアは『彼は信頼できる』とか言っていたがどうしてわかるんだ?」
リシテア「うーん……説明が難しいけど何となくわかるんですよ」
バル「なんだそりゃ……でもまぁお前さんの勘が当たっていたことは何度もあるから今回は信じるよ」芽衣子「それで彼らは一体どこの組織に所属している人なんですかね?」
二人は揃って長身の男性を見やる。
身長百八十センチを超えるほどの長身の男性はリシテアに向かって話し掛けた
「どうやら君の言っていることは本当のようだな……ならば我々の仲間が世話になったようだ。私は君たちに感謝しなければいけないな」
リシテアはそれに対して「えぇ。どういたしまして」と返事をした 一方で芽衣子も「あの、ところでその……私たちと一緒に来ませんか?」と申し出てみた。しかし男性は渋い顔をすると「残念ながら我々はこれからこの近くにあるという研究所に向かう。すまないが一緒に来ることはできない。それともう一つ頼みがあるのだが」と言って続ける
「私には名前がないのだ。だからどうか貴方たちの国の名前で呼んでくれないだろうか」
すると今度はバルが口を開く
「俺は別にいいが、お前たちはなんて呼びたい?」
芽衣子とアロンは顔を見合わせる するとリシテアは「では私たちは"隊長"」と呼ぶことにする 芽衣子はアロンを見て少し考えた後に決めた
「"大尉さん"でもいいかな?」
それを聞いて男は笑みを浮かべる 男の名はアロン=フルール。
かつて別の世界線で戦争に参加した経験のある軍人だった アロンは「よろしく頼む」と短く挨拶するとバルたちに同行することを了承した 鉄塔から少し離れた丘の上に立つ研究所の敷地内へと入る 入り口には警備の兵士が居て門の前に居る兵士たちへ敬礼をする
「アロン=フルールだ。これよりここの警備に入る」と彼が言うと兵士は驚きの声を上げて門を開けた 研究所の入り口を抜けて中に入ると受付がありそこには二人の男女が並んで立っていた。一人は眼鏡を掛けていてもう一人は金髪の若い女性だった アロンが話しかけると「話は伺っております。お疲れ様です」と言われて二人はアロンに頭を下げて労りの言葉をかけた 一方芽衣子が質問をしようと女性に近づくと、女性は彼女の存在に気付いて目を大きく見開くと「あっ!貴方は!」と言って芽衣子に抱き着く。芽衣子の方はいきなりの行動で驚いた そして女性が「まさかこんな所で会うとは思ってなかったですよー!!」と叫ぶと 芽衣子は「あ、あのー、貴方はどちらさまで?」と言うが、それを遮るようにもう一人の男性が割って入り二人を引き剥がした 引き離されて初めて気づいたがその男性の顔立ちがどことなくアロンに似ていることに気が付いた だがアロンの方は気にしている様子もなくそのまま研究所の中に入って行く。残された芽衣子たちは呆然とその場に立ち尽くした
(なんか妙に熱い人たちですね……アローンさんといい、お連れの女性と言い、それにアロン大尉のご家族にしてはちょっと若すぎるような気がしますし)と内心思っていた
(もしかしたらこの世界線では彼らは親子じゃない?ならアローン大尉の妹か娘?うーん……わからん)
そんなことを考えつつ、芽衣子もまた建物の中に入って行った 建物の中には沢山の部屋があった。部屋一つ一つには研究に使う機器が置かれていたり資料などが収納されていたりと物置小屋のようだった。だがよく見れば床や壁はきれいな状態で掃除もしっかりとされていることが窺える そして研究員が行き来していた。
アロンの話ではここでは異世界転移に関する研究が行われているらしい
(そう言えばバルの上司の人は"異世界からの訪問者が来る可能性については考えてみたが、まさか本当に現れるなど想定外だ"と言っていたけど、一体なんのことだろう?)
と芽衣子は疑問に思ったが今はそれどころではない そしてバルとリシテアは三人とは別の方向に進んで行った。どうもこの研究所にはアロンたちの知らない抜け道などがあるらしく、それを利用して侵入するつもりだという リシテアも一緒に行動したがったが「あんたはここに残りな。お前がいるだけで目立つんだからさ」と言われてしまい仕方なく留守番をすることになった 研究所の中を一通り回ったが特にめぼしいものは見つからなかったため一度アロンと合流することにした。バルとリシテアの姿はなく芽衣子とアロンは二人で歩く
「あのバルという男の人と女の人の方たちはどこに行かれたんですか?」と聞くがアロンからは「彼らとは別に動く」と言われる どうも彼は他の場所で異世界転移についての調査を続けるらしい
「えっと……それで私も手伝った方がいいですかね?」と聞いてみると「いや。君は彼らのことをお願いするよ。彼らが危なくなったら守ってほしい。これは君にしかできないことなんだ」とアロンから頼まれる。するとそこへ金髪の少女が現れた 芽衣子は「あら。貴女は……確かリシティアさんのところにいた……」と言うと彼女は笑顔で「こんにちわ!」と返してくれた。
どうやらアロンはこの少女を知っているようで彼女に近づいて声をかける
「リリィ、久しぶりじゃないか」
「うん!アロン兄もお元気そうで何よりです」
すると少女は「ねぇ、アロン兄の知り合いですか?」と質問するとアロンは「ああ。昔ここで知り合った友人の娘だよ。それとこの世界線の俺の妹でもあるかな。ほら挨拶をしなさい」と挨拶を促す
「はい!私はアリシアと申します」
それからリシィと呼ばれたその少女と共にアロンと一緒に鉄塔倒壊の原因を調査することになったのだがそこで思いのほか大惨事になっていることが分かった。鉄塔の一部が傾きそこから異世界へとつながる空間が出来ていることが確認された さらにそこに居たのは巨大な蜘蛛であった "こいつぁ……かなりまずいな"と思いつつ芽衣子は剣を構える するとアロンが何かを思い出したかの様に突然その場から離れ始めた。それを見て芽衣子も慌ててついていく。するとそこには倒れてきた鉄塔の一部によって押しつぶされそうになる二人を見つけた
「アロンさん!!」
芽衣子が助けを呼ぶとアロンは素早く反応し、落ちてくる鉄柱を切り裂いて破壊していく。だがすべてを防ぐことはできずにそのまま押しつぶされてしまうのかと思われたその時、突如上空に現れた影が落ちて来る物体を破壊して二人を守った 現れたのはかつて芽衣子をさらおうとした男だったが今は芽衣子の味方として戦うロボットだった。アロンは驚きつつも彼に駆け寄ると
「まさかお前に助けられるとは思わなかったぞ。だがどうしてここへ来た?まさかまた異世界の奴らにさらわれそうになったんじゃないだろうな?」と言うとロボットはその言葉を否定するかのように首を振るとアロンは驚いた様子を見せる。アロンはさらに問い詰めようとするが芽衣子に制止された だがすぐに別の方向で大きな衝撃音が響き渡る。芽衣子達は音のした方向へ走る。そこは研究所の一角でありそこの扉が開かれると巨大なクモ型モンスターが飛び出してきてアロン達の前に現れる。その姿を見た途端アローンの目の色が変わった。アロンはすぐに武器を取り出す。その様子を見ながら芽衣子は心の中で思う
(この世界の人じゃないのに……すごい度胸ですね)
そして三人と一匹が激突しようとした時、芽衣子は横から何者かが割って入るのを感じる。見るとそれはロボットだった。ロボットがクモ型怪物を押し返すのを見るとアローンはすぐに態勢を立て直す。
「アロン!!大丈夫かい!?」
「ああ。なんとか無事だ」
バルが駆けつけたのだ。バルの姿を見て芽衣子は驚く。まさか彼がここまでやってくるとは思ってはいなかったから
(一体どこに隠れていたんだろうか……それにしても本当に助かった)と思ったのもつかの間、巨大グモが口から毒霧のようなものを吐き出すとバルが「うっ!?」と苦しそうな声を上げる。そしてアロンがすぐさまバルの元に駆けつけて解毒剤を打つがあまり効果がない その間にバルは何とか立ち上がる。バルはアロンに「俺はここであいつを止める。君はメイコちゃんを連れて早くここから出るんだ」と言い放つとアロンも「何を言ってるんだ!お前一人置いていくわけにはいかないだろ」と怒鳴りつける。
バルは首を振った。
「いいや。君の力では足手まといになるだけだ。ここは俺に任せてほしい」
「ふざけたことをぬかすなよバル……!」とアロンが言うがそれよりも先にバルが動き出し、巨大クモの前に立ちはだかると「すまないね。君たちに危害を加えるつもりはないが……今はまだ戦わないでくれ」と言った直後、巨大グモはバルに向かって糸を吐くとバルはそれを難なく避けると「どうも君たちのような生物とは相性が悪いらしい……悪いけど退いてもらうしかないみたいだよ」と言う。どうやらアロン達の事を逃がそうとしているらしく彼は「じゃあ頼むよ」と言うとその隙を見逃さなかったクモがバルに向けて再び突進を仕掛けてくるが、今度はバルの方が早かった 次の瞬間には既に巨大グモの胴体は真っ二つになっていた。切断面から大量の血を吹き出しつつ崩れ落ちていく。その様子を見ていたアロンは「相変わらず化け物染みた力を持っているな……」というとバルはアハハと苦笑いを浮かべる アロンと芽衣子がその場から離れようとした矢先の事だった 先ほど倒した筈のクモが再び現れる しかもその数が増えた。その事にバルは驚愕する
「どういう事だい?こいつらは死んだはずだ。なのになぜまだ生きている?」と聞くが答えは返ってくることはなかった ただただクモ達は増殖を続けるばかりだ バルの背後ではアロンが悔しげに表情をしかめている芽衣子は不安でいっぱいの様子だ そんな中、突如としてバルの背後に誰かが現れた。振り向いたバルの目に写ったものはあの男の姿。異世界からの訪問者の男の姿があった。男はニヤリと笑みを漏らした直後にバルの首元を鷲掴みにして持ち上げるとバルの顔色がみるみると青ざめる。バルはその手を払おうとするもののビクともしない 一方アロンの方は「待てぇ!!」と大声で叫ぶとバルはこちらをチラっと見たあとに口を開いた「芽衣子!!逃げろ!!そいつが今回の敵の正体だ!!」
その言葉にアロンはハッとする。同時に男がバルを放り投げると芽衣子の方に飛んできた だが、アロンがそれを許さない。瞬時に男の動きを止めようとしたが一瞬の差で男の体は芽衣子をすり抜けてしまう。芽衣子は驚きつつすぐに後ろを振り返るが既に男は消えていた
(なんなんだこの能力は……?)
芽衣子とアロンはその能力に驚く その頃アロンの言葉を聞いて呆然としていた芽衣子だったが、ふとあることに気が付いた。それは先ほどのクモ型怪物を倒した際に何か違和感を感じていたのだ。
(あれ?おかしい……確か私達が倒す前まではこの世界に魔法は存在していなかったはず……なのに……どうしてこの世界の住人のはずのアロンのお父さんの武器にそんなものが宿っていたのだろう……まさか、私の父が言っていたロボットさんの能力の一つなのかもしれない)
と疑問に思いつつも芽衣子はアロンとバルの二人の元へ駆けつけるのだった その途中の出来事であった 巨大クモが一体アロンの方に近づいてくるのを見たバルは「アロン!!」と叫び、芽衣子は慌てて走り出すが巨大クモの方が早い
(駄目か!?間に合わない!?)と思ったが次の瞬間にバルが「させるもんか!」と叫び、巨大グモに剣を振りかざして切断すると、さらにバルはそのまま剣を巨大化させて巨大グモを木っ端微塵にしたのだった バルが駆けつけてきた事で安堵の息を漏らす芽衣子にバルが声をかける「大丈夫かいメイコちゃん」
「は、はい」
芽衣子は返事をした その時、芽衣子はふと思う「あれ?でもバルさんのお父さんって今入院中ですよね」と それを言われた途端にアロンの様子が急変。彼は突然笑い出した 芽衣子が戸惑っていると今度はバルが笑う「ああ、実は彼の病気は完治しているんだよ。さっきのロボット君のおかげて」と言う。そして巨大グモを切り裂いた時、その体内にあった機械の破片を取り出すとアロンに見せつける。よく見るとその破片は小型の端末のようなものが埋め込まれていた。芽衣子の目が輝く「あっ……それ父に頼まれて回収したものと同じ……」
「やはり君たちの父親も同じものを持っていたんだね。ならこれは彼が開発した装置で間違いないよ。もっともこんな物を作るとは彼は本当に人間をやめてしまっているみたいだけど……それにしても恐ろしいものだねぇ。まさかこの世界に我々の想像を超えるテクノロジーが存在するとは……いやいや全く驚いたよ」と感心した様子で話すバルに対してアロンが反論する「違うな。俺の父だけじゃない」と言ってアロンが指をさす方角を見る。芽衣子もその方向に視線をやる 二人の目には見慣れた姿が映った。
その姿を見て芽衣子は思わず涙がこぼれ落ちた。
「母……さん……」
その女性は微笑んでいた その瞳には慈愛に満ちた輝きを宿していた 芽衣子は一目散で駆け寄る
「お母さん!!」と言いながら母の体を揺するが何も反応はなかった。だが脈がある事だけは確認できた その事実を確認して芽衣子はホッとしたのかその場で崩れるように座り込む
「良かった。まだ生きている」そう言ってからふと気づく「……ん?」
目の前にいる女性を見て芽衣子は首を傾げる どこか記憶の中にある姿の面影を漂わせているからだ 少し考えて思い出した芽衣子はハッとすると立ち上がってバル達の方を見ると彼らは苦笑するばかりだった。どうも二人は知っていたようだ。
その女性が芽衣子の母親ではない事を…… ならば誰なのか? その問いに対する答えはすぐそこにいた
「うわぁあ!!何ですか!?これ!?化け物の山ですよ!?ちょっとバル!あなたいったいなにしたんですか!!?」と言って一人の青年がやってきた
「やれやれまたキミか」
バルは呆れたようにため息をつく やって来た青年は芽衣子もよく知っている人物であった 彼の名前はサトウシンジという 転移してきた勇者でありこの世界でロボットの生みの親である。この世界でも異界の門と呼ばれる異世界の扉を開くことができる存在 そんな人物の口から衝撃の言葉が出てきた
「僕の名前はサトウです」
この言葉を聞いて芽衣子の中で全てがつながった気がした。
何故巨大クモがこの世界に現れたのか?巨大グモの中にあった謎の装置は異世界人の残したものであったことを その疑問を芽衣子はサトーと名乗る人物に向かって問いかける
「あの……あなたのお父さんは転移してきて何をしようとしたのでしょうか?」
その言葉に彼は一瞬動揺するも冷静になって考える。この世界の科学では解明できない技術が存在することをすでに理解していたので「僕の予想で良ければ教えてもいいですよ」と答えた。
この世界にやってきた勇者の佐藤さんはかつて召喚された先でロボットを作った。それはロボットアニメに出てくるロボットそのものを作らねば帰れないと聞かされ、それを実行した まず彼が考えたことは元の世界の知識を活用して作ることである。そのためには金属が必要であるが幸いなことに鉄が大量にあったことからそれを材料にして作り上げたのが最初の巨大人型ロボットであったのだ その後、彼の行動範囲は徐々に拡大していった。当初は自宅と学校だけだったのだが、ある日を境に彼は旅を始めたのだった 旅を続けるうちに様々な経験を積んだ結果、彼はあることに気が付いた 自分の住んでいる町の外に広がる広大な森、そして草原、砂漠地帯に湖、山岳地帯などだ。それらを見て回った後に佐藤は気づいたのだった。ここにある素材を使って自分だけのオリジナルの武器や道具を作る事が出来ると
それこそが現在のロボット開発に繋がっていることに気付いた佐藤は嬉々としてロボットの製作に取り組み続けたのである だが問題があった。いくら優れた技術を持っていたとしても一人で作れる範囲にも限界がある それにそもそもの話、彼は一人ではなく複数の人間と協力しなければまともに動くロボットの開発は不可能である事を悟った だから佐藤は旅に出ることにしたのである。協力者を捜すために
だが、問題はまだ残っている事に彼はすぐに気付かされた 協力してもらうべき仲間を見つけても、彼らを説得させなければならないことであった そこで必要になるものが何かと言うとお金なのだ。もちろん金は大事ではあるがそれよりももっと重要なものがある。それは信用と実績だ 信用は一朝一夕で身につくものではなく時間をかけてゆっくりと積み上げていくもの 実績があるならまだ話はわかるが、実績もない奴に大切な物を任せられるわけがない ましてや自分は高校生という立場であり未成年でもあった 成人ならともかく子供がいきなり大金を扱えるはずがない
それに未成年の場合は就職先も限られてしまう事も問題になっていた。例えば学生がバイトで得た収入だけで生活できるかといえばかなり厳しいものであることは明白 そんな状況下ではロボット作りは現実的でないと判断したのだった ではどうすればいいのかと考えた結果がこの世界に存在する資源を利用するという考えに至った。ロボットの動力炉となる核融合に必要な燃料に関しては心配する事はなかったが問題はその燃料を供給するための発電システムの確保をどうやって行うのかを考えることになった だがその問題を彼はあっさり解決する。
異世界の人間が持っていたと思われる知識を活用することによって解決したのである。それも魔法という技術を用いて簡単に こうして出来上がったのが魔動機関車と呼ばれるものであり現在進行形で稼働中である事は彼以外の誰もが知らない事実であった サトーは語る「僕が初めて作った乗り物です」
そんな話を聞かされていると後ろから誰かが来たのかと思い振り返るとそこには大きなリュックサックを背負ったメイコがいた
「お久しぶりですね。サトーさん」とメイコは挨拶するとシンジも同じように「ああ……本当に君なの?あの時の子は……」と言って彼女の姿をマジマジと見るのだった。だがその様子はどこか不思議そうにしていた そんな二人を見てからバルはため息交じりに「……さて、これで説明は済んだかね?佐藤少年」と言った瞬間、周囲の気温が下がったかのように錯覚するほどの雰囲気がその場を支配した それは間違いなく殺気によるものであった。
その出所が誰なのかというのはもはや説明するまでもなかった バル・ベルデは佐藤を見据える 彼の顔を見た芽衣子は何も言わず一歩後ろに下がるとバルの隣に立つ「……なんのつもりかな?」と佐藤は尋ねる 芽衣子が何をしようとしているのかわかっているようでバルは止めようとしたが時すでに遅しであった。芽衣子の手にはすでに剣が握られていたのだ 芽衣子の持つその武器の名は草薙ノ太刀
「サトウ様を侮辱するつもりですか?このお方は我ら人類の味方ですよ。今この世界が滅亡の危機にさらされているという事を知らないあなたではありませんよね?」
シンジはその言葉を鼻で笑う
「ははっ!笑わせる。あの時は僕らに対して敵意しか持っていないくせに何言ってるんだよ」
「今は違うと言っているでしょう!」
「じゃあ今の僕はお前らの仲間じゃないって言ったら?」と冷たく言い放つと今度は佐藤に視線を向けてくる 佐藤はこの状況をなんとか打開しようと考えていたがその時にふと思う
(そうだ……あの方法を使えば良いかもしれない)
佐藤は少し考えた後、芽衣子の方に向きなおり口を開いた
「いやぁすいません。ちょっとした冗談ですよね」
突然態度を変えて謝罪された事に二人は驚いた。そしてすぐに我に返るのと同時に呆れた表情を互いに見合わせて同時に思った(こいつやっぱりダメだ)と。それからすぐに気持ちを改めたまず佐藤が頭を下げてからこう言葉を発した
「本当にすみませんでした。つい興奮してしまい、頭に血が上ってしまったようです」と謝罪した それに対してメイコとバルも困惑しつつも同じ様に謝罪を口にするが、そのタイミングは全く一緒で思わず笑いそうになるシンジとレイナ ひとしきり謝罪した後にようやく本題に入る事が出来た とりあえず自己紹介から始まりシンジ達の状況を説明していった その間、バルは何とも言えない顔をしていた。
それもそのはずでバルは佐藤の正体を知っているからだ 彼はかつて異世界人の組織に所属していたことがあり佐藤の事はよく知っている だからこそ思うのだ どうしてこいつが生きているのかと 確かにあの作戦によって死亡したはずの男だと言う事を認識しているのだから
「つまり俺に協力して欲しい事があるんですけどお願い出来ますか?」というシンジの言葉に対し真っ先に反応したのはメイコだった。
その目には明らかに不信感がありありと浮かんでいた シンジとしてはそんな目で見られる覚えなどなかったが仕方がないとも言えた なにしろメイコにとっては目の前にいる佐藤はかつて自分たちを襲った相手なのだから警戒するのも当然と言える。むしろそんな相手がいきなり自分の主人ですとか言われても信じられないだろう。しかしそんな二人の様子を察することなく「……まぁいきなり信用してくれなんて都合の良い事は言わないよ」と言ったが そんな彼の言葉をバルが遮る「……協力する事はやぶさかではないのだが……私個人の意見でいえば君の言うことはどうにも信じがたいのだよ佐藤君。君はこの世界に転生してからかなりの時間が経っているはずだがそれでも私の記憶にある限りこの世界での生活についてはあまり多くは語っていない気がするんだ」といったところで彼はチラリと横を見る その視線の先にはなぜかニヤけ顔を浮かべているセイの姿があった シンジはそれを見て内心でため息をつくのだった その様子からしておそらく彼女も佐藤とは面識があるように思えるがシンジには一切そのような記憶は無かった。というよりもこの場に彼女の素性を知るの者は誰一人として存在しない 唯一わかるのは彼女が以前所属していた組織である。それこそが彼の正体を明かす事が出来るであろう組織の事であり今回の騒動の原因とも言える存在であるという事だけ だがその件について触れる事は避けていたバル・ベルデがどこまでその情報を握っているのかが不明なためだ。下手に話を持ち出すようなマネは避けるべきと判断したためであった バルの発言を受けてシンジは困った様子を見せる
「あーその件に関してはお手上げと言いますかね……なんと言ったらいいのやら」と口にしながらレイナの方へと視線を向ける。それを待っていたかのようにレイナは静かに語り出した それはこの世界線において佐藤がどのような扱いを受けているかという事から説明し始め、佐藤の現状を簡単にだが語った そして彼がその身の上である以上こちら側に敵対するつもりはなくむしろ助けて貰いたいと思っていることを伝え、最後に自分が彼に力を貸したのはあくまでも人類を守るためだという事を強調すべく「今はあなた達と共に戦う事が出来ませんが彼の力が我々にとって必要となった時には全力を尽くします。それがたとえどんなに険しい道であったとしても必ずやり遂げましょう」と締めくくる その発言を聞き終えると今度はバルではなくシンジに視線を向けてくる その眼にはどこか申し訳なさそうな色が含まれているように見えた そんな芽衣子の表情を見て少し胸が痛くなる シンジは考える。今ここで全てを明かしても良いものかどうか 少なくとも現時点で言えることがあるとするならば 今の芽衣子がシンジに感じているのは敵としての感情では無いということだ そもそもの話。転移直後の芽衣子とは既に決別している状態なのだから そう考えていくうちにある事に思い至る
(……あれ? じゃあ俺のやった事は一体何の意味が)という考えに至った瞬間、今度はシンジの方が固まってしまった。
「…………?」
「…………!」
その光景を見たバル達はお互いに目を見合わせると((なんだこれ))と心の中で思ったのだった そんな彼らの様子を余所にレイナと芽衣子の間でアイコンタクトが行われる その表情は明らかに『あなたも気が付いたのね』『気付いたというより思い出したという方が正しいでしょうね』という言葉を語り合っているようでもあった。
「ねぇメイコ」
とそんな時にふとレイナが何食わぬ顔で声をかけた バルはその様子をただ黙って見守る 先程レイナから事情を聴いたばかりなのであえて止めなかったのだ メイコも急に声をかけられたので一瞬驚く その様子を見ながらも彼女は冷静な態度で「どうしましたか、レイナ様」と答える そんな彼女にレイナはまるで世間話をするように話しかけた それはこの場でシンジが転移者であることをバラしても大丈夫なのかと言うものだった。その言葉を聞いて芽衣子はハッとなる。なぜそんな簡単なことに気付かなかったのだろうかと思った。同時にどうしてシンジが自分に近づいてきたのかを理解したのだ。それと同時に怒りを覚えた だがそんな彼女に対してシンジは言う。別に無理をする必要はない。自分の事は気にするなと伝えるために そんな二人を見ながらバルは思う。やはりあの二人の関係は非常に興味深いと
「どうしたメイコ」とレイナが問いかけると芽衣子の顔に明らかな動揺が浮かぶ それを感じ取ったシンジは「あー」といった後で頭を掻いてどう説明したものかと考えているような素振りを見せつつ言った
「いやまぁ確かにちょっと複雑な経緯ではあるんだけど、別に大層な理由があるとかそういう事はないんだよね」
とそこでチラリと見ながら言う。その瞳の先にいたレイナと視線がぶつかると「それに……」といってシンジは再びバル達の方に向き直る。そこには真剣でどこか申し訳無さそうな顔をしている三人の姿があった
「……実は……こっちに来てすぐにその事で揉めたというか……うん、ちょっとトラブルがあって言い出せなかったんだよ。本当にごめん」と彼は頭を下げて謝罪の言葉を口にすると顔を上げて再び芽衣子に視線を向ける。彼女の事を心配するような瞳をしていた その姿を見て芽衣子は思わず涙ぐむ
「ま、マジかよ」「あのシンが!?」などと他の四人は驚いていたがバルはただ一人何かを考えるように目を細めて黙り込んでいたがやがて静かに口を開いたそれはどういう意味でしょうか、佐藤君? という問いかけに答えようとするが上手く説明できる気がしない だから代わりに「……この話についてはまた今度改めて時間を取って話す機会を設けさせて頂きたいと思います」と答えた それは一体何時のことになることやら。そう思いつつも彼は静かに了承する「えぇ是非ともお願いします。その時までにこの世界で我々が成すべき事について考えてみます。それでよろしいですね?」
「……! はい、よろしくお願いします」と言って深々と頭を下げる そしてそのまま立ち上がり「私はこれで失礼します。今日はこの辺りにしておこうと思うのですが良いですか?」
「はい、もちろんです。我々ももうそろそろ日が暮れてきましたし一度宿に戻りましょう。続きは明日という事にでもして下さい」
その言葉にシンジはありがとうございます、と言ってから最後にもう一度だけ彼らに振り返ると丁寧に挨拶をした後にバルと共にその場を去って行くのだった。……………… 一方その頃とある部屋の中では五人が額を寄せ合って話し合っていた 内容は当然の事のように彼らの今後の方針である その様子は緊迫感に満ちたものであったが、誰一人としてその空気に飲まれてはいないようだ
「で、これから一体どうするよ」というカオルの声に答えるようにしてまず最初にレイナがその言葉を口に出した それは彼らがここにいる本当の目的を果たす為に何をすれば良いかという問いだった それに対して皆の意見は様々であった そんな彼らを代表したのはシンジだ その口から出てきた彼の考えはまず現状を確認したいというものであった。それはつまりここの世界線には自分達以外の勇者が存在するのかどうかという点だった。それを彼らは確認したいと考えていた レイナ達がこちら側に来た時には彼等は既にこの世界に転移した後だったのでレイナ達はその可能性は低いと判断した だがしかし、その事実を確認する手段がない訳ではない それを行った人物は過去に存在していた。かつてレイナ達と同様に日本からこの異世界に召喚された青年は現地人の協力を得る為に接触しようと試みたのだ その結果分かった事が幾つかあったのは確かである。その最たるものは彼等以外には存在しないという事であろう。その事実を知った時、レイナはその青年が何故そんなことを確かめようと考えたのか疑問を抱いたその後レイナは青年から聞いた言葉の意味を理解した。それはこの世界の人類にとって異世界からの来訪者は特別であるということだ。それは例えば聖女や英雄など特別な才能を持つ者を指すものではない。ただ単純に『外』から来た存在という意味での言葉なのだ それに気付いた時レイナの心中に去来したものは何だろうか それは不安にも似たものだった。それはこの世界を良く知る者が誰もいないという孤独への恐れ。もしかするとこのまま自分は永遠に元の地球に戻ることが出来ないのではないかといった疑念すら抱いたかもしれない。
しかしながら同時に彼女は同時に気付いていた。もし自分が帰れなかったとしてもこの世界は彼女を必要としてくれるのではないだろうかと。その想いこそが彼女を立ち上がらせた。だからこそレイナは今ここに立っている レイナに続く形で次に意見を出したのはカオルである 彼はまずはこの世界がどのような状況なのか把握する事を優先するべきだという意見を述べた。その理由はレイナと同じく自身の安全を確保するためだという。
続いて意見を言おうとしたがその直前に口を閉ざすと彼はバルの方を見た。そして一瞬だけ目が合うと小さく会釈した バルもそれに応じて小さくうなずくと視線を外す。そこでレイナが質問する「どうしましたか? 何か気に障る事がありました?」
「いいや別に何もねぇぜ」そう言って誤魔化すようにカオルが笑った後で、さてじゃあ俺が話を続けさせてもらうぞと言って続けた「とりあえず当面の方針としては俺たちの存在を知っている奴を探し出して保護してもらいながら情報収集ってところだろうけど、その為には何かしらの手掛かりが必要だ。そうだろ? なら手っ取り早いのはこっちに来て間もない頃にあったという例の騒動に関して詳しく調べることだと思うんだけどどう思う?」
カオルの提案に他の三人は異議無しと賛同の意を示した その様子を見届けてからバルが言う「……それは少し難しいでしょうね」「……何でですか?」
思わず声に出してしまったシンジに視線を向けると彼は説明を始めた「そもそも今回の件は我々の行動範囲外の出来事でありましてその当事者に会う事は困難だと推測できます。なので仮に誰かを探す場合、我々は情報網を持っている者に頼んで情報を仕入れる必要があるでしょう」
そこでいったん言葉を区切る。そして言った「この世界でそういった事に詳しい人間がいるとすれば、それは恐らく……」
「「魔王軍!」」その結論に行きついた時シンジ達の脳裏に浮かんだ人物の名前は同じだった そう、魔王軍は人類圏においてはその名が轟く程の勢力を誇っている 彼らならばその権力を用いてあらゆる組織や国家に影響力を持ち合わせることが出来るだろうしその伝もあるはずだと思ったからだ それにその答えに対して特に異論は無かった 問題はその情報源として接触できるかどうかだが バルの懸念はすぐに現実のものとなった「いらっしゃいます」シンジはバルの言葉に内心で苦笑いをした「しかし我々と協力関係にあるとは言い切れないのです」シンジはその言葉を聞いてすぐにその考えを否定した シンジの頭に思い浮かぶ限りにおいてそのような人物はたったの一人しかいなかったから。いや、正確に言えばもう二人いるが 一人は既にシンジの手によって倒され、もう一人の行方は不明だ。だがもしも彼らが生きていればきっとバルの口ぶりからは考えられないような対応を取るのではないかとシンジは考えた。それはバルも同様だった 何故ならシンジ達が彼等の協力を得ようと思ったのも彼等が人類の敵として自分達の前に現れたという出来事があったからだった。つまり人類側から協力を得るにはシンジ達の存在が必要不可欠なのだ。それを考慮すればこのバルの言葉は不自然であった。バルは続けて言った
「先程、勇者殿方のお話をお聞きしている際にその名前が出てきましたが、ご存じの通り彼らは現在消息を絶っており、生死の所在すら分かりません」バルの話によると、彼等はある日突然姿を消したらしい。まるでこの世界線に転移してくる前のように、だがその時と違ったのはその失踪した時期と場所である。
「では一体何処へ消えてしまったのですか?」レイナはその事について尋ねる。すると、意外な言葉が出てきた バルが答えるよりも早く代わりに答えたのはレイナ達の背後に控えていた女性だった「それは我々です」
全員が振り向いた先に居たその女性はシンジ達に微笑むと自己紹介を始める「はじめまして私はこことは違う世界から来た女神の一人『エリュシオン』といいます」
彼女がそう名乗ると、バルは眉をひそめた「エリュシオン? そんな名前の神など聞いた事がありませんが?」
それを聞くと女神を名乗る女性は「えぇ当然ですよ。私達は元々別の世界の女神なのですから。分かりやすく説明するとバル様の世界でいう北欧神話のようなものですね」
バルはそれを聞き納得したがシンジ達にとっては全く分からない内容だった「……バル先生どういうことですか?」小声で尋ねるレイナに対してバルは小さく首を振った
「申し訳ないですがその話は今は後回しにしましょう」バルはやや早口に言うとエリュシオンに向き直る。彼女はそれに対して軽く礼をした後にこう続けた「ところで本題なのですがよろしいでしょうか?……お話の内容はおそらく皆さんの知りたいことに直結しています」彼女のその言葉に全員が注目する中、シンジだけがバルに向かって尋ねた
「その話、俺らも聞いて大丈夫なんですか?」
「もちろん」
バルの返事を聞いた後、全員の意識は再びエリュシオンに向けられた。そこでエリュシオンが語り始めたのは彼女を含めた他の三人の女神の過去の話 あるところにとても平和な村があったそうだ。
しかしその村はある日魔物に襲われてしまう。村人達は為す術もなく殺されていき、その中にはまだ十歳にも満たぬ小さな少女も混じっていたという。そしてついに少女の目前まで迫ってきた時に一柱の神が少女を救った。その神こそかの偉大な大神である
「…………それで終わりですか?」
話が終わると、レイナは開口一番そう言い放った。あまりに呆気なさ過ぎてシンジ達は完全に肩透かしを食らっていた その様子に気付いたのか女神は少しだけ困り顔を浮かべながらもその先の話をし始めた「……続きましてこの世界線が転移するきっかけとなった事件を語らせていただきます」シンジ達三人は唾を飲み込みながら静かに聞く体制を取った。
だがそこでふと思うことがあった。それは今まさにシンジ達が体験した出来事に酷似していたのだ
「その日、私は部下を引き連れてある場所の調査をしていました」シンジ達は息を飲んだ。もしそれが本当だとしたら自分達の世界線にその事件にそっくりそのままの状況が起きた事になる
「しかし何時まで経っても目的地に到着しなかったんです」そして彼女はその真相を話し始める 結論を言うとその原因は転移の際に発生した空間異常によって時間そのものが歪んでいたからだ 本来であれば数時間の時を掛けて移動できる距離であったが、歪みによりその時間は短縮されてしまい、結果その日にその場所に到着できずに後日改めてその地を調査することとなった しかし、その調査は無駄に終わることになる
「何故ならば、到着した頃にはもうその施設は存在しなかったからです」その言葉の意味が分かったのはそのすぐ後の事だった。
施設が存在しない。つまりそこに存在したはずの存在は何処かに消え去ったという事になる。その言葉が指し示す意味はすなわちこの世界線にその建物が存在していた事実自体が消えたということであり、同時にそこに存在していたはずの者達の存在が消え失せたということだ それは即ち、自分達以外の異世界人達は元いた世界に帰ってこれたという事になる
「我々は慌ててこの世界の時を調べましたが、その時はすでに彼等がいた世界線とのずれが生じていたのです。我々の力ではすぐに彼等の存在を知ることが出来ませんでした。だから、勇者殿方達を見つけることが出来なかった。でも、こうして見つけることのできたのもきっと神の導きなのでしょう」レイナはその言葉を聞き終えると俯いた「……では、その世界線の何処へ消えてしまったのかはわからないのですね?」震える声色でレイナが質問をする「残念ですが」エリュシオンはその問い掛けに対して申し訳なさそうにして頭を下げた。
レイナはそのまま黙ってしまった。それは仕方のない事だ。今まで共に戦ってきた仲間と会えないのではそのショックは計り知れないだろう だがここで一つの疑問が生じる。それはエリュシオンの言が正しいとすればバルは一体誰なのかという話になる。確かにエリュシオンの話は真実なのだろう。だからこそ彼女がエリュシオンであるという事も納得がいく。しかしそのエリュシオンはいったい誰が用意したものなのだ エリュシオンはシンジの疑問に気付いたのか説明を始めた「私がここに来た理由は二つあります。一つはこの世界線を存続させるため。これは先ほど言った通りすでにこの世界に彼等が存在する形跡はない為。もう一つは我々が貴方方にお願いをしたかったことに起因します」
エリュシオンがレイナに向かってそう言い切ると同時にバルはレイナの方を向いて頭を下げる その行動はシンジ達の目から見て非常に異様に映った だが、その理由は彼女の次の言葉で分かることになった
「この世界を救って下さい」エリュシオンの願いを聞いた瞬間、全員が息を飲む。それは紛れもない事実を突きつけられた証拠であった エリュシオンは続ける 彼女の願い、その目的はシンジが考えているものとほぼほぼ同じものだった エリュシオンがバルを使って何をしようとしていたか?それはバルの役目である転移者の確保にあった。バルの正体こそ異世界人を取り逃さないための追跡用のシステムだった。
その為、エリュシオンの本来の使命としては転移者が見つかるまでその世界線の面倒を見るつもりだった だが、バルの転移先がその目的とする場所にはなくバル自身もまたその存在を失ってしまう事となった為その計画は完全に頓挫した。そして、彼女の中にあった焦りがバルに対する態度として現れてしまった。それが原因でシンジ達にも誤解させてしまう結果となった
「本当にごめんなさい」エリュシオンは深々と頭を下げた。
シンジはその姿を見るなり「いえ、こちらこそ疑うような真似をしてすみません」と謝罪する。他の二人もそれに続いた。
その姿を見てホッとしたのかエリュシオンの顔は綻ぶ「……」
その様子を横で見ているだけのバルは何時もなら何かを言うのだが今日は何も言わずに三人を見つめるだけだった その様子を見かねてシンジが話しかける「それで、どうしてバルにそんな事をしたんです?」するとバルは答える
「……あれは私にとって大切な思い出だから」
その表情からは悲壮感しか感じ取れなかった 芽衣子が調べてきた資料によると鉄塔が倒れている理由、それはその鉄塔に使われていた特殊な金属、魔鉱石に含まれる成分に問題があったようだ。
シンジもその名前ぐらいは知っていた。何せ、かつて自身が使っていた素材だ。そしてそれを扱っていた会社の名前はよく知っている。その会社の名前は『DEM』、シンジにとっては苦い記憶がある場所でもあった DEM社は主に魔法具や武器の開発を行っている企業であるが同時に兵器開発も行っている。それは異世界からの帰還者対策でもある。
シンジの世界線でもその企業名は有名だった シンジもその企業が作るものはそれなりに買っていたのを覚えている その会社が行っていた実験の一つに人工的に勇者を作るというものがあるらしい。だが、その実験がどういった経緯で生まれたものなのかは知らない
「確か……魔鉱核による人体生成実験……だっけ」シンジがその話を知ったのは今から五年程前の事だ。
その実験自体は失敗に終わり失敗作であるホムンクルスが街を徘徊するようになったという情報もあったはず だがその後、シンジ達はある組織によってその施設を破壊され計画は失敗に終わったという話があった。その時の実験体があの鉄塔の下敷きになった異世界人達なのだろう
「じゃあ、もしかしたら彼等の仲間もこの世界に来てるんじゃない?」芽衣子の問いに対してシンジは考える「あり得ると思う。けど、もしそうだとしても何処で仲間を見つければ良いのか」その問題は解決しない。その人物と連絡が取れないのだから探しようがない そもそもの話としてシンジはその人物の名前を知らなかった「でもさぁ、そのホムンクルス?だか言うのがこの世界で暴れたりしたら困るじゃん?アタシはそっちの方が心配かもぉ」「ま、確かにな」バルの問いに対して答えたのは意外にもトウマだった。バルが敵ではない事が分かった事で警戒心を解いたのかもしれない だがシンジはその事について何も意見は言えなかった バルの言葉が全て本当ならばシンジ達の目的は転移者の保護になるからだ そうなるとこの世界では目立つ事になる。しかも今回はロボットまで同行している もしもの時はロボに乗って空に逃げられる事は可能ではあるが、シンジはそれでも極力目立たない様に行動しようと考えていた。この世界線の人類がどれだけ戦えるのかは不明だがそれでも可能な限り戦いを避ける必要がある。その点でいえば今回の作戦はシンジにとってもあまり乗り気なものではない。むしろ反対と言っていい
「……とりあえず、まずは情報を集めてそれから考えましょう」レイナの一言で会議は終了となった エリュシオンに案内されて、バルが操縦するロボットと共にシンジ達がやって来たのは巨大なビルの前だった。エリュシオンによればこの建物はエリュシオンが元々居た会社の建物らしい。そして現在はエリュシオンの住居となっているとの事だった バルが建物の中に入るとその中は大きな空洞となっていた。天井も高く吹き抜けになっている構造になっており広さは相当あると思われた。通路の壁は全てモニターとなっており、画面がいくつもあることから、ここで世界中の監視カメラの映像が見られるのだろうとシンジは推測した
「……」その光景を見て、思わず足を止めてしまった。だが、そんな様子のシンジにお構いなくバルとエリュシオンの後に続いていく。
バルが扉を開く そこには地下に向かうための螺旋階段がありエリュシオンはシンジ達に「行きますよ」と言った後、先に降りていった シンジ達はそれに従ってついていくとやがて大きな部屋に出た。その中心には一つのカプセルが置かれていた。エリュシオンはそれの前で立ち止まるとカプセルを指差す
「これは私の故郷にあった物で、ホムンクルス製造機と呼ばれるものです。この中にはホムンクルスと呼ばれる疑似生命体の素体が保管されています」その言葉を聞きシンジはバルの方を見るが特に変わった様子が見られない。
本当に彼女は異世界人なのだろうか?そんな疑問すら浮かんできそうだったがバルが続けて話し始める
「私はこの世界の事をある程度調べてきました。なのである程度の知識は持っています。このカプセルの中に保存されているホムンクルスというのは、簡単に言ってしまえば人工生命装置のようなものです。そこに保存された生命体の細胞からクローンを生成し、それに記憶を転写する事で新たな命を作り出すというものですね」
そこまで聞いてシンジはこの場違いにも似た感覚を抱いた
(なんか……ゲームとかの設定みたいだな)バルの話す内容はまさにゲームのようでどこか現実離れしているような気がしていた 芽衣子がカプセルに近づく。
するとその横にいたメイコが「これ……パパの会社と同じマークだね」と言い出した。
シンジはカプセルの蓋にあるロゴを見ようとしたが距離があって分からなかった。だが確かに何か見た事があるようなマークだとシンジ自身も思っていた「えっと、つまりここに居るこの人達は人間ではないってこと?」シンジが確認の為に質問する
「……いえ、ホムンクルスの身体に異世界人の魂を入れたのが私達という事になります」エリュシオンが答える
「ちょっと待て」その答えを聞いてシンジが慌てる「俺達が今戦っている相手は……異世界人が作り出したロボットだろ!?なのにどうしてお前等は人間の体を持っているんだ!」シンジの問いに対してバルは答える
「……それは、私が元いた世界で異世界人に肉体を奪われ、魂だけの状態でこちらの世界にやってきたから、としか言えないんです」バルの話をまとめるとこうだ。まずバルは別の世界に飛ばされたがそこで異世界人達と遭遇し戦闘になる しかしバルの持つ魔法の才能がそれを覆した 結果バルは敵を倒し仲間を助けたのだがその際に自分の力を使い果たしてしまう その隙を突いて、バルの仲間の一人であった男がバルを騙し捕らえる。男はバルが持っていた魔法の道具を奪う為だった バルは男に対して抵抗したが結局負けてしまい男の思うがままにされる そしてその時の記憶を失くしてしまっていた。バルはその世界線における自分について知る事が出来なかったのだ それから長い月日が流れある時バルは自分の居場所を見つける事ができた。そこはホムンクルスの製造をしている場所で、そこでは様々な人種が働いていた。バルはそこで初めてバル自身について知る事が出来たのだった バルがこの世界で生活を初めて十数年。ある日突然、ロボットが現れた。バルはそれを撃退しようとした。だがそれはロボットではなく人間が変身したものだった。バルはそれが何なのか知っていた。
ロボットではなく自分が使っていたアイテムだった事にバルは驚愕する。そしてバルは初めて見るはずのそれを見て『スルト』と名付けたのだった。それからバルは何度も戦った。戦う度に相手の性能が上がるのを感じながらも、諦めずに戦い続ける やがてロボット達はバルが使用していたものと同様のアイテムを使うようになっていった そしてバルが敗北する。
その時は何とかなったがバルは再び捕らえられそうになる。
バルは逃げるように他の世界に逃げ込んだ。
その後しばらくして、エリュシオンとしての自分を創る その時に使用したのが先ほどのホムンクルス製造機なのだ。
ちなみに、バル自身は異世界人としての力を使ってこの世界に現れるつもりは無かった。その為バルは、ある人物を騙す形で協力してもらう事になる とある場所。
そこの壁には文字のような絵が書いてあった。
それは魔法陣であり、その中央には一人の少女が寝ていた。彼女の名前はユリカ・白雪シンジは彼女を助けようと思ったのか近づくとバルがその前に立ち塞がり話しかけてきた。
「この人はダメです。この人の身体では負荷に耐えられません。ですからあなたは彼女を救えない」
「……じゃあどうすればいいんだよ!あの機械をどうにかするだけでこんなに苦労させられるなんて思いもしなかったぞ!!」芽衣子は大きく声を上げる「もう、嫌だ!!疲れたよ!」その声を聞いてバルがシンジの方を向いた
「そうですね。ですがあなたなら大丈夫ですよ」「だから何を根拠にそんな事言っているんだ!」芽衣子が怒鳴ると
「あなた、本当は優しい人でしょう?でなければここまでしないはずですよ?それとも、ただの人が良いだけの人間ですか?もしそうだとしたらあなたは勇者として失格なのですがね」
「うるさい!」「お黙りなさい」バルの言葉で言い争いを始めた二人を止めたのは他ならぬメイコであった。
「パパは……優しくて、強い。誰よりも」それだけを言うとその場の空気が変わった「えっ……」芽衣子が呆気に取られる「パパに酷いこと言ったね。覚悟できてんだろうな?」「ひいぃ」怯えているのを確認してからシンジが芽衣子に声をかける「とりあえずさ、ここから逃げようか」鉄塔が倒れるのを止める為の準備をバル達に任せシンジは芽衣子を落ち着かせるため一度ここから離れる。シンジが連れて来た先は公園。そのベンチでしばらくシンジが座って待っていると芽衣子の方からもたれかかってくる「落ち着いた?」シンジが問いかけると、小さくコクりと芽衣子がうなずき顔を上げた。その目はまだ少しだけ赤いが落ち着いてきたらしい「ごめん、パパ、ちょっと取り乱した」謝られるような事では無いと思うがシンジはそれ以上何も言わなかった「ねぇ、聞いてもいいかな」ふと疑問に思った事を質問する事にした
「何?」シンジが聞きたいのは自分の親の事だ「俺は君のお母さんから生み出されたんだよね?俺と君は血のつながりが無いはずだけど、どうしてそんな風に思うの?」素朴な疑問だった「私達の遺伝子は同じだよ。それはわかる。それにね私はママの子だって思ってるからそれで良いんだと思ってるの」「そういうものなんだね。ちなみにさ、俺とバルさんのどこが好きなの?」シンジの質問に対して一瞬キョトンとしたが顔を赤めらせながら答え始めた
「えっと……優しい所とか笑顔も好きだけど、でもやっぱり私が本当に辛い時傍に来てくれて慰めてくれた時の安心感が一番好きだな。あと、私のわがままいっぱい聞いた上で叶えてくれる優しさがすごい好きです」「そうなんだね。ありがとう参考になったよ。これからどうするの?家に帰るの?というかさっき君を連れて行った男だれ?」気になっていたことを全部聞く事にすると芽衣子が苦笑いする「なんかね。私を攫ったあいつらに騙されたらしくて、ずっと私を探し回ってるんだって、しかもこの世界のどこかに隠れ住んでる事もバレてるっぽい」「なるほど。それなのにこんなところまで来たわけね」話しているうちに芽衣子が立ち上がる。どうやら考えがまとまったようだ。その様子を見計らいシンジも立ち上がり
「行く当てはあるの?」その言葉に芽衣子が無言になる「……無いなら一緒に来ない?今の生活楽しいとは言えないよ」そう言い終えるのとほぼ同時に「シンジ!」芽衣子の父親の声が聞こえる。どうしたものかと考えているとユリカが現れた。その後ろにはシンジの知らない男女がいた「あれが芽衣子の父親さん?」「……うん」不安がる芽衣子にシンジが微笑みかけ、芽衣子の父親と向かい合う。
「はじめまして芽衣子の父さん。俺は如月真士と言います。よろしくお願いします」丁寧に頭を下げると「おぉ。娘から話は聞いていた通りの良い人のようだな」シンジの言葉を聞き芽衣子が驚いた表情で父親の方を見る「芽衣子も大変だと思うが、うちのバカ息子もよろしく頼むよ」「はい。もちろんです。必ず守って見せます」「ところでシンジ君はこちらにどれくらい滞在するんだい?」その言葉を聞いた芽衣子の父親は目を丸くする。
シンジの答えは「決めていません」であった「えっ……じゃあどうするつもりだい」そう言い終えた瞬間だった。突然地面が大きく揺れ始めた。そして次の瞬間 ドォーン! 激しい音を立てて鉄塔が崩れていく シンジは崩れ去るのを確認した後、ユリカと芽衣子の元へ走った バル達をその場に残し三人は避難所である学校へ向かった シンジはスマホを取り出し、電波を確認している「圏外ですね」
バル達がいなくなった途端シンジは敬語に戻った
「……そういえば、なんであんな奴らと一緒だったの?」芽衣子がふと思った事を口に出す シンジはあの後すぐにあの集団についていた事の説明をしていた
「まず第一に、あの人たちは俺の事を狙っているからです」その言葉を聞いて芽衣子が眉間にシワを寄せて怪しむ「狙う理由がわからない。そんなに恨まれる覚えがあるの?」当然の疑問だろう「恨みとかではないのです。俺が向こうの世界の住人だからという理由でしょう」それを聞いた芽衣子が何かを言いかけたがそれを察したシンジは人差し指で芽衣子自身の唇を押さえ、静かにするようにとジェスチャーをする。幸い周りが混乱しているため、シンジたちの会話に注意を払っていなかった「第二にあの人たちの中にバルさんのお父さんがいました」その一言で芽衣子は全てを理解した。その様子から察することが出来たのか、シンジが口を開く「おそらく彼らは未来人で転移装置を使って異世界へ転移しようとしていると思います」そこで芽衣子はシンジが自分よりずっと冷静なのを感じた。普通こういう場合はパニックを起こすはずだと芽衣子は思ったが、その疑問はすぐに解けた
『私もママの子供だよ』という言葉を思い浮かべていたのだ。しかし今の彼は一切の感情を感じられない。
まるで機械のようなそんな雰囲気さえ漂わせていた「……つまり私は、パパに会うためにここに来てあなたを巻き込んだわけね」「……違うよ芽衣子ちゃんの気持ちを利用して、俺は芽衣子ちゃんを利用しようとしているんだよ。本当にごめん」芽衣子は首を振った。
「それでも構わない。きっとママのところに帰らないと行けなかったんだろうけど……私のせいで迷惑をかけた」
シンジは何も言わずに歩き出した。
しばらく沈黙が続いたが、芽衣子が唐突に声をかける「ねえ、如月くん」「ん?どうしたの?」「さっきの地震で家が倒壊しちゃったみたい。これから住むところ探さないと……」シンジは無言でスマホを操作した「近くにホテルあるみたいだね。そこ行く?」シンジの提案に二人は賛同する。
しばらくしてホテルに到着した二人だったが、フロントには誰もいない「すいませーん」芽衣子が声を上げるも返事がない「どうやら無人みたいね」
その時だった「おやおやぁ~誰かと思えば芽衣子じゃないか」後ろを振り向くと金髪の女性がいた「……エリカさん?」
その女性の正体は元カノの雨宮 凛香であった
「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ、お久」相変わらず語尾を伸ばす喋り方のエリカを見て芽衣子は嫌悪感を覚えるが、今はそれどころじゃないと自分に言い聞かせ、無視をしてエリカの横を通り過ぎようとする。しかしその行く手を阻むかのように立ちふさがる「ちょっと待ちなさいって、なんであたしのこと無視すんねん」
「……今はそんなことしてる場合じゃ」そう言って再び進もうとするも、やはり通せんぼをされる。仕方なく振り向いて話しかけることにした。
芽衣子の様子に気付いたのかエリカも真面目な雰囲気に変わる「……なにかあったんですか」「芽衣子のお母さんが亡くなった」それを聞いて目を見開く「嘘……どうして!?」
「転移した先で魔物に殺されたそうだ」
「じゃあ、お葬式はどうすればいいの?」芽衣子は少し涙ぐんでいるようだった。
「それは大丈夫だと思うぞ。お父さんが異世界人らしいから」
「そっか」芽衣子にとってメイコの母の死は予想以上にショックだったようだ。芽衣子の父親は異世界人であり母の死を知ってしまったため、異世界へ戻ることを決意した 一方その頃シンジたちは部屋を取り、部屋に着くなりシンジはソファーに深く腰掛けた。
「どうしましょうかねえ」シンジの言葉に対して芽衣子は何も言わずただ黙っているだけだった するとそこへエリカが現れた。その顔はどこか嬉しそうである「やっほぅ、君たちが相田 夫妻かな?芽衣子の恋人の?」
芽衣子は無表情になり、小さく首を振るう「この人は雨宮 雫、私のクラスメイトで友達だった人。でも私たちの関係を知っている」それを聞いたシンジは立ち上がり、頭を下げた「先ほど芽衣子さんと話をさせていただきましたが、失礼があったようで申し訳ありませんでした」
「まあいいよ、別に。そういう関係なんだろ?それよりも君のお父さんが行方不明になって困ってるんじゃないか?」その質問に対し、一瞬シンジは迷ったが正直に話すことにした「実は俺、父を探してまして。どこにいるかもわからないし。そもそも俺は父がどういう存在なのかよくわかっていないんですよね。なんか勝手に世界線を越えておでん大鉄塔を建てまくる機械みたいで。俺としては父の事を調べて見つけて止めたいなと思っているんです」「へぇ~、そうか」と興味なさげな反応をする。だが、内心では面白くなりそうだなと思った。
シンジはエリカの話に興味を覚え聞く「ところでなぜ俺たちのことを探していたんですか?それとあなたの目的を教えてください」「それは私にもまだ分かっていない。けど私が君たちに協力すればいずれわかるかもしれない」シンジはその言葉を信じることはできなかった。どう考えてもこの人は胡散臭いと感じた。それにさっきの発言はおそらく本音だ。しかし、その発言の真意が分からない。なので少し探りを入れることにしてみた。「あの、もし良かったらなんだけどあなたの正体について詳しく教えてくれませんかね?」「あぁ、そんなことかいいいとも、私はある使命を持って生まれた者なのだよ。そしてそれを成就させるために旅をしているのだ」「なるほど・それでどんな任務ですか?」「世界を救うことだ」
その言葉に嘘はないように感じた。この人の目的は世界を救いたいという正義感からくるものだろう。でも正直俺達を巻き込まないでほしいというのが本音だな。「えっと具体的にどうやって世界を救うんですか?」
まあ、話くらいなら付き合ってもいいだろうと聞いてみることにした。ただの暇つぶしとして。「私の使命は神に会うことだ。そして会えた時こそ私は真の意味で世界を救うことができる。そう信じているからだ」
俺は驚いた。こんなバカみたいな話を誰が信じられるというのか、しかも世界を救うためだけにわざわざ神様を探すとか……アホなのかこいつ、と思った。
「ふーん……」とりあえず返事をしておいた。
すると男はいきなり土下座を始めた。その光景はとてもシュールだった。しかしそれと同時になぜかとても懐かしい気分にもなっていた。まるで前世にあった出来事のように……。なんでだろう? と首をひねっていた。その時に男の言葉が聞こえてくる。「お願いだ!お前に私の力を使ってもらいたい!」
男の懇願を聞いた瞬間俺の脳裏にあることが浮かんできた。
これはあれだな、ラノベでありがちな展開だな。どうせこいつの願い事なんて世界のために魔王を倒してきてくれ〜って奴なんだな。そんなもん断わるに決まってるだろ と思っていた。しかしその次の言葉を聞いて俺は固まった 男が言うには世界を救うことはすなわち全宇宙を救いそして全ての生命を救済することにつながるらしいのだ。
「えぇぇぇ!?」その言葉を聞いて思わず大声をあげてしまった。
まさか自分の力で世界まで救えるとは思ってもみなかった。
でもこの話を断るとおそらく地球が崩壊するかもしれないし、そうなると俺にだって害はくるだろう。それは絶対に嫌だし困ったものだ。それにさっきの男の必死な姿を見て、断りづらいのも事実だ。まぁとりあえず保留しておくことにしよう。そう思い俺は適当に答えて男との約束を果たすためにダンジョンへと足を踏み入れたのであった。
目を開けるとそこは見渡す限りの荒野が広がっていた。
空は雲一つない青空が広がり大地を見れば所々に草木や岩がありとても自然に溢れているように感じる
『まずはこの世界の情報収集からだ』と思いながらステータスを確認しようと手を開いた 名前 神宮寺 真
(じんだ しん)
性別 女 年齢 16 種族 人族? Lv1 HP 210 MP 110 筋力 205 精神力 50 俊敏 1060器用 100 知識 200 知恵 154 スキル
・剣術(MAX)
魔法 火属性 生活魔法 土属性 風属性 水属性 光属性……. 称号(所持効果無し)…….. 職業 学生 従者(神鳥ルグ・リーフ召喚済み)
奴隷(獣魔リバイアサン召喚中)
従僕強化Lv20/30★★ 神獣との契約 神鳥との約束 神獣の庇護 聖剣の契約者 加護を受けしもの 神狼と契約せし少女
***
神鳥と契約を交わしたことによりレベルが上がりました。経験値を獲得してください。

***
レベルアップのシステムメッセージで目が覚めた。
「夢じゃなかったかぁ……」
枕元に置いたスマホを見れば時刻は七時。朝ごはんを食べよう。
昨晩、お風呂に入る時に湯船の中で考えてみたが何もわからなかった。
芽衣子はとりあえずおでんタワーに行けばすべてがわかると確信した。
***
(神のお導きです)
神に会って直接聞いたらいいじゃない!
(神にですか?)
そうよ、私にはまだ会ったことないけどいるんでしょ?神様ってやつがさあ! ***
「あはははっ」
芽衣子はベッドで笑った。おなかを抱えて足をバタつかせる。
笑いすぎてお腹が痛い。目じりに溜まった涙を拭きながら時計を見た。九時半を回っているではないか。慌てて着替えと歯磨きを済ませる。階段をかけ下りれば台所から朝食の良い匂いがしてくる。いつものように食卓についた。いただきますと言いかけて異変に気付いた。テーブルクロスの上のトーストが無い。サラダもない。目玉焼きが消えている。代わりにスープマグにインスタントコーヒーが入っている。
芽衣子は首をかしげた。
おかしいぞと思い自分の席を振り返った。
「お母さん…………」
母親がいないのだ。椅子の上に置いてあるはずのスクールバッグも無い。制服が見当たらないので登校した形跡はないようだ。では一体どこにいったのか。まさか。まさかと思うと血の気が引いて行く。芽衣子は部屋に戻ってスマホを取りに行った。
『お掛けになった電話は現在電波の届かないところにあるか電源を切っています』
というお馴染みの女性の声がした。電源を切ったらしい。ならメールをしようと思ったが、アドレス帳は消去されていた。母の友人知人や職場に連絡したが手がかりはなかった。警察に相談したが事件性は無いと判断されたので、家出人の捜査をしてもらえるだけとなった。そんな悠長なことをしている間に芽衣子タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。どうしたものかと悩む。
その晩、深夜まで探し回ったが見つからず焦りだけが募っていく。もう明日の朝早く家を発って探すしかないと思い詰める。
朝になっても母親は戻らなかった。学校にも欠席の連絡が届いていた。心配するクラスメイトに風邪をこじらせたから休むだけだと答えた。
授業が終わっても家に帰れないまま夜になった。
帰宅途中の駅前でふと立ち止まる。
「そう言えば、この道ってあの日、鉄塔を壊そうとした時に……」
嫌な汗が流れる。あの頃はまだ何も知らなかったはずなのに。今、思い返すとその通りの景色が見える。人だかりが出来ている。パトカーのサイレン。悲鳴。怒号。ざわめき。群衆をかき分けて最前列に出る。
崩れたコンクリート片、焼けこげた鉄骨。燃え残ったマルテン大鉄塔の成れの果て。その根元にあるのはかつて鉄塔であったものの残骸。その前に倒れているのは黒いロボットスーツ。それはあの日に芽衣子が目撃した謎のロボット。あれから一月が経っているが動きだす気配はない。
「また誰か来るのかしら?」と呟く声は風にさらわれて行った。
芽衣子と母親はマルテンおでんタワー建設現場近くで不審火を見た。
その時は母親が見間違いだと笑い飛ばしたが、後日ネットニュースでマルテンタワー火災を目にした。
「私ならこんな危ない場所で開発しない」
「あなたは天才だけれどバカでもあるのね」
母の言葉が胸に染み込んでくる。自分が何をやろうとしているか解らないほど子供ではないつもりだ。だけど、どうすれば止められるかわからないからやるのだ。
そして今日も、その鉄塔は静かにそこにあるだけだ。
おでん鉄塔は巨大な鉄の棒にすぎない。
おでんは熱い内に食べるべきだと思うんだ。煮込み過ぎるとまずくなるし汁も飛んじゃうからね。それに味がよくしみ込むでしょ? 鉄の鉄塔にもそれは言えると思うなあ。
でもあれだけ太く長くなるとおでんを煮込んだ鍋を何回重ねたらいいか計算できないけど、とにかくすごい。あの大質量を支えられるように鉄は硬く軽く熱を遮断する性質を持っている。おでんタワーを構成する鉄は特殊なものを使用しているから通常の物とは比べられない。例えば普通の鉄塔で高さ百メートルを作ろうとしたら一体どのくらいの大きさになるだろう。おでんタワーの鉄柱は直径五センチ長さ一キロもある。鉄筋がむき出しになっているから見た目はかなり無骨だ。
芽衣子は鉄塔マニアじゃないし登ろうなんて思わないけれど鉄の塔を見るたびに胸の中に黒い炎が燃える感じだ。
おでんタワー建設に反対の立場である両親は当然、マルテンおでんタワーについて何も語ってくれない。
その沈黙を破るべく芽衣子は行動を起こす。おでんを食べようと思った。ただおでんを食べるだけでは意味がないので鉄塔のある町に行こうと考えた。新幹線に乗り、在来線に乗り、お昼ご飯は駅で買った。食べ終わって鉄塔がある町に着くとまず駅前に聳えるおでん鉄塔を見た。おでん大鉄塔。この大塔を建設したのはこの町の企業。名前はマルテンおでん。芽衣子が鉄塔を見るとマルテン鉄が反応するはずなのになにも起こらなかった。おかしい。なにが違うんだ?
「あー、おでん鉄塔か」地元の青年会のメンバーが話しかけてくる。おでんの大鉄柱を建てた町はここだけではないそうだ。でもマルテンおでんタワーだけは別だ。なんたってここはおでんで日本ナンバーワンのシェアを誇っているのだ。その誇りはマルテ大鉄塔として今も脈々と受け継がれる血肉なのだ。しかしそれは建前。実際は町をあげてマルテンおでん大鉄塔の建設に尽力したのだという。おでんが世界を席巻するためにはマルテン食品が必要だった。マルテン食品が世界のトップランナーであるためにはおでんぱが必要。そうして鉄塔建立のノウハウは蓄積されたのだと教えてくれた。この町では今でもマルテンおでんの幟は鉄塔に掲げられている。マルテン大鉄塔を建てようと言いだしたのは町長らしい。町長の曾祖父の曾祖母にあたる人が建設の陣頭指揮を取った。
そんな話を聞いていたらおどろき桃の木山椒の木だ! 俺の両親はこの話を聞いているのかいないのか、どうせ信じちゃいないだろうけど。
おどろきすぎて俺と美奈ちゃんの婚約発表を忘れてしまったかもしれないぞ。
芽衣子ちゃんが天才なのはわかる。それは知っている。ただ、俺達一般人とちょっと感覚が違うみたいだ。普通の女子高生が宇宙に行きたいとか言い出さないだろ? そんな話を聞かされた俺は少し混乱していた。
いやでも待てよ、今なら行けるかもしれない。NASAは二〇〇九年から民間資金による有人宇宙飛行を計画してる。その第一陣に俺達の町の住人が参加することになる可能性は高いんじゃないか。芽衣子はきっとそこに行く。これは予感じゃなくて確信だ。
芽衣子と付き合うのもアリかなと思ってきた今日この頃。
芽衣子が夢を語り始めたぞ、何だこれ 芽衣子は一心不乱にノートに計算式を書き殴っている。邪魔しちゃ悪いと思いつつ話しかける
「なあ芽衣子。お前のお父さんの会社にさ、WGBT(おでん大タワー計画)あったっけ?」
WGBTとはマルテン・プロジェクト・オブ・テクノロジーの略称でおでん鉄塔はおでん大鉄塔と名前を変え、種子島から打ち上げられる予定。
芽衣子は顔を上げて答えた
『WGBTはなかったと思うけど、うちのパパ、WGBTOって仕事があるのよね。おでんじゃなくって航空宇宙産業だけど』
WGBTTはおでん大タワー計画と名前を変えて、種子から軌道エレベーター建設を目指した開発計画。でもマルテンおでん計画はおでん鉄塔なので関係ないね。芽衣子はまだ気付いていない 芽衣子はノートに書きかけながら言う
「ああーそれ私も知ってますぅ~。あそこだけ異界なんですよねぇ。時空が歪んでいるんでしょうねえ。あそこが世界の果てだと思ってたんですけど、実はもっと先があるかもしれないって最近思い始めましてえ……だってあそこはぁ……」
語尾を伸ばす話し方。彼女は小百合。いつも芽衣子といっしょにいる幼馴染み。背が低くて胸が大きい。この女、実は男を誘惑するのが大得意の魔性の生き物であった。小百合は世界線を跨ぐ門の向こう側から来た人間だ。彼女は地球が滅びる前に地球を救う為にやって来た。そして今、彼女はその計画を始動させようとしていた。
一方、おでんだが大好きな少女もいる。彼女の名は鈴蘭。
鉄塔のある町から遠く離れた町で生まれ育った普通の少女。ある日の昼下がり。
公園のベンチで弁当を広げようとしていたところ声をかけられた「あのすみません、ちょっとお話いいですか?」鈴蘭が顔を上げるとそこにはセーラー服姿の少女が立っていた「なんでしょうか」「わたし新聞部なんですけどちょっと取材させていただいてもよろしいですかね?あなた今月に入ってから五人目の行方不明者らしいですねえ。それで話を聞かせて欲しいんですわあ。ええっとぉ、名前はなんでしたっけぇ?」芽衣子は学校が終わるとまっしぐらに鉄塔を目指す。
「さぁ行くのよ!マルテンおでんタワーにぃ!」
今日は土曜日だ。駅には観光客が多く訪れている。
巨大な鉄塔が夕陽に染まり、そのシルエットがまるでおでんの大鍋に見えることからマルテン大鉄塔の名で呼ばれることになった。展望台に登ると太平洋や淡路島、神戸市街が見渡せる絶景が広がっている。芽衣子はおでん大鉄塔を眺めながら物思いにふけるのが好きだった。特に黄昏時がお気に入りだ。この時間はおでん鉄塔の影が長く伸びまるで大鉄鍋に沈むように見えるからだ。芽衣子がいつも通り鉄塔に登りかけたその時 ズドォーン!!! 突如、地響きとともに鉄塔の頂きが崩れ落ちた。
地震かと思ったがどうも違う。音と衝撃が遅れてやってきたのだ。(なんなの?)
鉄塔崩壊に巻き込まれないよう、避難する人々の中にいるであろう両親の姿を探す。しかし人の海の中で二人を見つけることは出来なかった。代わりに人ごみの先に異様な物が見えた。
(何あれ!?)
その瞬間に閃光。爆風、爆炎で芽衣子は吹き飛ばされる。そして暗転…………。
夢で見た謎の光景。それがフラッシュバックしていた。
*
「んっ……」
芽衣子はベッドの上で目覚めると窓の外を見た。
夜明け前の青い薄明かりが世界を染めている。
(もうすぐ夜が明けちゃう……でも今日も学校があるし準備しないとね。朝ごはんは何にしようかな)
芽衣子が階段を下りて行く。リビングに入るとテーブルの上に朝食の皿があった。トーストとスクランブルエッグだ。
「お父さん?帰ってたんだ?」
父の文太は仕事が忙しくめったに家にいない。
たまにいる時は朝ご飯が置いてある。
(ふ~ん珍しい事もあるものね、今度聞いてみよう)
芽衣子は洗面所で顔を洗い制服を着て髪をまとめる。
「よし、完成。さて、朝御飯いただきます」
「おっおはよう、母さん」
台所からひょいと現れたのは母親の真理恵。ショートカットに眼鏡で化粧っけはなく男っぽい。
エプロンを着けたままなのでどうやら食事を作っていたらしい。
芽衣子と同じく科学者で天才である。しかし、真理恵が科学界で最も注目されているのはその頭脳ではない。その美貌と肢体だ。真理恵は二十歳にしてグラマラスボディを持つ妖艶さからメディアで取り上げられて有名人になっていた。そんな女が台所から出てきたのだ。芽衣子が不審げな目つきになるのも無理からぬことだ。
真理恵は手ぶらで冷蔵庫に手を伸ばした。牛乳を取り出し一息に飲み干す。ごくりと動く喉に視線が集まる。胸元は汗ばんでいた。
「あ、そういえば父さんの愛人と娘が昨日うちに来てね、今日あたり来るかもよ」
ぷふー、と唇についた白濁液を吹きながら言った。
芽衣子と真理恵は親子で性格が全く違う。真理恵は父を心底愛しているし尊敬しているがそれをおくびにも出さない。そのくせ自分の容姿には絶対の自信を持っている。真理恵は自分の美しさを誇りに思いその魅力で人々を虜にすると誓っているのだ。それは彼女の使命だと思ってさえいる。
この世界線にロボットは出現していない。だからロボットは人類を守る為の存在ではないし人類の敵でもない。
芽衣子がマルテン大鉄塔をロケットとして飛ばすためには膨大な資金が必要になるだろう。それでも真理恵ならば資金を調達する方法を考えることが出来る。だがロボットを動かすための動力をどうすればいいのか分からない。そこで真理恵は父親であるメイコを説得にかかる。ロボットの原動力が石油なら石油を使えば良いじゃないと。
メイコが転移する前の世界でも地球上で埋蔵されている原油の総量は毎年増えている。
そしてその原油は今や人間一人から無限に汲み出す事が可能である。
メイコの能力は『異世界人(地球人)を召喚すること』
芽衣子は早速、父の愛人である女を召還する事にした。その世界ではもう何十人もの男達をたらしまくらないといけなくなるがしょうがないと諦めた。この男に恋している訳ではなくてあくまで燃料源なのだから。メイコはその女を召喚するために触媒として芽衣子の体を要求。
こうして二人は融合するのであった。
それからしばらくして世界線の移動が始まった。
「私は知っているわよ! 人類が滅亡することを!」
芽衣子は叫んだ。しかし誰の耳にも届いていない。なぜなら芽衣子にしか見えていなかったから。
「あなたは何を言ってるの?」
隣に居る女には理解できない。それもそのはず、女の世界線とは別のところへ飛んでいるのだから。
「私達は一体どうなっちゃうの!? 怖い!!」
悲鳴を上げる女を無視して芽衣子はロケットの発射装置を作り始める。完成すれば世界線の壁を突き破り別の世界へ移動できる。そうなったら世界線が移動するまでここに居ればいい。移動先で何が起きるか分からない。とにかく準備をするしかない。一方、世界の壁の向こう側にある地球では世界線が動き始めていた。この世ではない場所にいる少女の声が聞こえる。声は言う。
お前たちの行動に意味はない、何も変えられない、と。世界線の壁を越える手段は一つ。それはマルテンおでん鉄塔。あれを破壊してしまうこと。さもなくば世界線を固定することが出来ない。
「世界線の壁が動いている。このままじゃぶつかるわ!! でも世界線は固定されてるってあの子が言っていたわね。どういう事? どうしてそんな事が分かるのかしら。あの子の言う事を信じるべきなのか……いえ、今は時間が大事だわ。壁が迫ってるならぶち破るまでよ。私、もうすぐ死んじゃうから。どうせ死ぬなら最後にやるだけやってみたいじゃない?」
世界線がぶつかり合い爆発が起きた時、人々はそれを流星群と呼んだ。
世界線の爆発に巻き込まれ芽衣子たちは吹き飛ばされて散りぢりになる運命にあった。その時芽衣子は自分がどこにいるか理解できないだろう そうならないように対策する為にはロケットが必要だと分かったのだ。だが芽衣子にそんな物は扱えない なので自分でロケットを作った。材料を揃えたのはマルテンおでん大鉄塔に勤めていた人たち。設計図を引いたのは父である。
打ち上げた後は芽衣子は用済みになり、どこかへ飛ばなければならない。しかし世界線とは巨大な壁であり激突すればただでは済まないことは確実だ。それでも飛び続ける必要がある。その為に必要な燃料とはなんだろうか。
それは愛ではない。それは恋でもない。
それは執着だ。
マルテンタワーは恋する乙女の執念だ! おでんを愛する気持ちがロケットの推進剤となり地球を脱出するまで走り続けられるのだろう そして、この話はフィクションです(棒)。
(注)作中の用語や理論は全て架空のものであり事実とは異なります。また登場人物の名前はすべて仮称である。
マルオデマ計画
・月面開発 マルデン・ディグ オーディンの瞳社代表兼主任研究者、博士。身長178cm。体重62kg。
三十代後半、痩せぎす、黒目黒髪。いつも笑顔を絶やさない。
白のカッターシャツに赤ネクタイに黒のスーツズボン。靴下は赤。
マルオファミリーは代々月面都市の開発に従事している家系だ。
・オーディーンの瞳社長室 社長の机の上には『夢見る機械』がある。オーディンの瞳は人工衛星開発企業で、社員のほとんどが月面勤務。
その本社の社長室では秘書の少年、安藤優也がパソコンに向かって報告書を書いている。
安藤は中学一年生の十四歳、小柄であるが、きりりとした目元が怜しく、利発そうだ。栗毛に染めてワックスで撫でつけた前髪を揺らしながら書類を片付ける。
ふと顔を上げると見覚えのある女性が入ってくる。マルオ会長の娘であるメイコさんだ。
「芽衣子さん、今日はずいぶんお早いですね」
「えぇちょっと仕事に飽きちゃってね。それより聞いてくださいまし!」
芽衣子が嬉しそうに飛びついてくる。その表情は少女のようだ。
「私ねぇ今、面白い事をやってるの。おでんタワーロケット化計画です! これは世紀の大発見になるかもしれないんですよ、だからぜひ安藤君に……」
その時芽衣子はハッと何かに気付いた。それはまるで世界の終りを見たかのようだった。
(安藤君のいるこっちの世界線じゃ、おでん鉄塔は存在しない?)
メイコは目をぱちくりとさせて口を押さえた。
この安藤という少年、一体何者なんだろうか。
こちらの世界線の彼はただのお人よしな人間にしか見えない。
その正体を探ろうとしたがすぐにやめた。
だってどうでもいいことだもの。私が知りたいのはこの人がどんな味をしているかだけなんだから。
もういい加減お腹ペッコペコー。
でもまだ待てよ。まだちょっと焦げ目が少ないかもー 芽衣子と二人きりで話すなんていつぶりかなぁ? 俺も随分有名になったものだな。さすがノーベル賞候補者だね まぁ私は人類の味方として正しい事しかしないから、そんなことは当たり前の事だけどね ところで、君の世界の私によろしく伝えてくれ。私の料理を褒めてくれたことはとても嬉しかったぞ あと、こっちでは君との再会はまだないんだ。
それは仕方ないことだと思う。だって私たちは別のルートを進んでいるんだ。だから、私たちが会う時は今いる場所とは違った場所になるんじゃないかと思う。
なるほど、面白い話だな そうだよね。
うん、わかった そっか、そう言ってくれると嬉しい。
あ、それと最後にこれだけ言わせて なんだい あなたの作るおでん、とってもおいしいです ありがとう。君は本当にいい子だ さて、そろそろいい感じになってきた。
「できた!」
その声と共に巨大おでんロケットの噴射炎が夜の闇を引き裂いた。
打ち上げ場所は大阪国際空港に隣接する空港公園だ。
芽衣子が乗っているのは小型旅客機を改造したコックピットである。
コックピットは座席と操縦パネルがあるだけのシンプルな構造だ。
機体側面に取り付けられたノズルは垂直に立ち上がっている。
発射台から打ち上がる大型航空機用のジェット燃料に着火しているのは巨大おでん鉄塔の先端に設置された巨大点火装置だ。
マルテンおでん大鉄塔ロケットが大空高く飛翔していく。
大気圏を離脱すると同時にジェットエンジンを切り離す予定だ。
「あー私に知識さえあれば!今ごろ私は世界のエンジニアたちの羨望を一身に集めていたはずなのに。なんでお父さんの会社はマルテン食品なの!?」
芽衣子はおでん缶を飲みながら巨大モニター画面を睨みつけていた。巨大鉄塔はおでんの形をしていた。
マルテンおでん大鉄塔は巨大な円筒形をしている。
おでんは四角錐だという説もあるがその辺りの議論はこのさい割愛する。
円筒の中心には空洞があり内部には推進剤が充満されている。
これは地球低軌道への輸送手段だ。火星や金星にも行くだろう。
円筒は直径五十五メートル、全長は二百三十メートルある。高さにして九十メートル以上。重さは三百億トンになる。
この鉄の塔の頂上がアンテナになっている。ここから電波を出して超高速通信を行っている。また衛星からの画像を地上の端末に送って処理したりもしている。
マルテンおでん鉄塔の頂上では今も世界中とのやり取りが行われていた。
マルテンおでん鉄塔はマルテン食品本社ビル地下深くに設置された秘密基地から伸びている。
マルテン食品社長、兼ねて代表取締役。マルテンおでん。本名は佐藤太郎だ。
おでんの着ぐるみを着て街角に立つと通行人は皆、立ち止まり、記念写真を撮るのが常態となっている。彼はマルテン食品社長として辣腕を振るい、日本の宇宙開発を支えていた。マルテン社長はロケット工学の権威でもある。彼がマルテン鉄塔の頂上にいる限りロケット事業は安全であるはずだったが……。
マルテンおでんは焦っていた。マルテンおでんはロケット事業が赤字続きで、今月で会社は清算されるからだ。
「このままじゃ倒産してしまうわい!」と叫んだ。
「お父さん! そんな格好をして何してんの!?」
娘は激怒した。マルテンおでん鉄塔建設は社長の業務ではない。しかも娘の芽衣子は高校を中退したばかり。
マルテンおでん鉄塔は巨大すぎるため人手が足りないのである。だから彼女は工事を代行していたのだ。だがこれは犯罪だ。お巡りさんに逮捕されてしまうではないか。それにこんな姿の父親を見るのは嫌だ。おでんのおでん着ぐるみ着ているおっさんの図。なんだそれはと自分でツッコミを入れる。しかし今はそれどころじゃない、とにかくこの場から立ち去らなくてはと思ったとき、父親が衝撃的な一言を放った。
「いや実はな芽衣子がおらんくなったもんで代わりにお前を呼ぼうと」
えっ? と聞き返す。私がいなくなったってなんでよ。私はここいるじゃん。
芽衣子ママ(父と再婚した後、異世界に帰った)が言う そういえばさっきお医者様に言われたわ。もうそろそろかなあ、なんて思ってて。だってあのおでん鉄塔をずっと一人で支えてきたんだものねえ……お姉ちゃんなんだから、あなた頑張りなさいね。そんな、嘘だあ。芽衣子は父に訴えかけようとしたが父は背を向けていて聞いてくれない。
え、何?お父さんまで私を無視するの!?いやだよ。私、死ぬならおでん鉄塔の上で死にたい!!嫌だああ!芽衣子が叫ぶと、パパがゆっくりと振り向く。そこにはロボットが立っていた。え?あれ私のお父さんでしょ。ちょっとどこいくの!?行かないでよお!置いてくなんて酷いじゃないのよおおお!!ロボットが手を差し伸べると芽衣子は父の手を掴む。その手が異次元へと引きずり込まれる感覚。芽衣子は泣き叫んだ。すると、目が覚めた。夢か。
芽衣子と芽衣子の両親は二階建てのアパートに住んでいた。家賃六万円。
「ただいまあ!」芽衣子が学校鞄を置いて玄関を開けると、見知らぬ女が二人いた。芽衣子を見て驚いているようだ。誰?と思った。芽衣子に妹はいない。芽衣子より少し大人びた印象。双子だな。芽衣子と同じ顔つきで、同じ制服を着てるけど違う学校だ。そう思うことにしよう。靴を脱ぎかけた時、二人は叫んだ。
「あなたはだれ?」
二人はそっくりの顔と体形をしているから見分けがつかない。声だって似ている。まるで二人の人間が同時にしゃべっているよう。だから区別がつくのに時間が掛かった。それに芽衣子はちょっとイラついた。なんなんだこいつら!ここは私の家であんたらこそ何者なのさ!? 芽衣子たちはおでん鉄塔の地下へやって来た。そこは広大な格納庫だ。壁はむき出しになった鉄骨や機械で埋まっていて足場に気を付けないと落ちてしまいそうだ。その先にマルテンおでん鉄塔があった。全長百五十メートルの塔を横から見ると巨大なロケットの尾翼のようにみえる。
そこにあったものは、人類の夢を乗せたものだったはずだ。
芽衣子と双子のように似た顔をしたものは、二人とも同じ言葉を吐く。『これは人類を救うためのプロジェクトなのだ』と、そう言って同じ声で笑う。「おまえたちが何者かわからないが邪魔をするな!」その言葉を聞いた芽衣子は怒り心頭に達した。それは自分のものだ!私だけの物だ!!おまえたちなんかに渡すものか!芽衣子が怒ると、天井が開いて陽光が降り注いだ。そしておでん大鉄塔の発射台にある大きな燃料タンクのようなものが火を噴いた。その瞬間、世界線が分岐した……。……芽衣子は夢から覚めた。どうやら机に突っ伏したまま居眠りしていたようだ。
「またいつもの夢か……。このところ多い……」
はっとして壁掛け時計を見た。夜の九時を回っていた。夕食が用意してあるはずだったがもうすっかり冷めてしまったろう。台所から漂う味噌汁の匂いで目が痛い。冷蔵庫から冷えた缶コーヒーを出して飲んだ。夜中に起きて勉強するのはいい気分転換になる。
芽衣子の勉強とは、世界の破滅を回避する事。世界線というものが分かれ道になっているのだがそれを見分ける事ができなかった。自分の人生だけが特別に分岐したものと思っていたが違った。他の人の人生を覗いてみて初めて分かったのだ。
「私だけじゃなかったのか……でも、誰がそんなものを望んでいる?」
芽衣子の母にも予知能力がある。それは娘よりも先が見える。しかし誰にも言えない。「芽衣子が死ぬなんて!どうしてあの人と一緒にならないの!?あなたさえ生まれなければ良かったのに!!」
その台詞を聞いたことがある。母の顔が怒りと憎しみで歪み吐き捨てる。
(私が産まれたのは誰の責任なんだ?)
母の心労を理解しているつもりだった。父が悪いわけじゃない事も知っていた。
しかしそれでも自分がこの世に存在してはいけないと思うときがあった。自分さえいなくなればこんなに苦しまなくても済むのに。芽衣子だって普通の幸せが欲しいのだ。誰かを愛せばその分憎まれる。自分を責めてばかりの毎日。いっそ生まれてこない方がよかったのにと何度も思いかけたがそれはできない。そんなことできるならとうに生まれ変わってるからだ!
「もうすぐお迎えが来るはずです。それまでに私はあなたに呪いをかけるのです」
「なぜ?どうして私なんですか!?」
芽衣子が問うた相手はその言葉を発した直後に黒い影になり散り果ててしまった 芽衣子はおでん鉄塔の謎を解くため奔走する、おでん鉄塔が人類の科学力では到底作り出せない代物である事をつきとめる、そしてロケットが発射台に据え付けられていることも。
芽衣子の推理で犯人の目星がつく。あとは犯人を突き止めればこの事件は解決だ。
そう思った瞬間だった、犯人から通信が入った。犯人は人間ではない何者かである事が判明した。
「あなたが私を呼んだのね。でも私がここに来たのは別の目的のためだわ。その事については今は言えないの。とにかく私は自分のやるべきことを遂行するだけ。また会いましょう」
正体不明の相手に別れを告げると犯人は去って行った。
翌日、芽衣子は学校で奇妙な噂を聞いた。鉄塔から煙が噴き出して鉄塔が炎上しているというものだった。急いで学校を抜け出して鉄塔に走る。果たして鉄塔が炎につつまれていた。その周囲には報道関係者と野次馬が集まっている。
芽衣子は野次馬を掻き分けて鉄塔にたどり着く。
すると目の前の鉄塔の最上部からロケットエンジンが現れたではないか。
(この音……あの時に聴いたものと同じだ)
それは昨夜聞いた謎の声の主とどこか似ている響きであった。やがて巨大な鉄塊は空に舞い上がり遥か高みへ飛翔する。その姿はさながら火を噴く天翔ける巨人。地上では大騒ぎになっていた。しかし天を衝く巨体が消え去る頃には人々の話題からは忘れ去られるだろう。
鉄塔が空高く飛んでいった頃。芽衣子は自宅でテレビに釘付けになる。ニュースの速報でマルテンおでん大鉄塔の打ち上げ成功を伝えるものだった。
「おでんロケット……」
おでんが大好きな彼女が名付けた鉄塔の名はそのままでいいかもしれない。芽衣子はそう思った。鉄塔が大気圏を離脱すればおでんの名に相応しくない姿となるであろうがそれでも構わないと思った。人類の科学力が天を貫いたのであるから。その瞬間に地球上の全ての人は目撃することになるのだ。
「やったね、マルテンおでん」
芽衣子は鉄塔が飛び立つ様を見て涙を流した。涙を拭いながらスマホを操作すると電話が鳴る。画面は通話の受信を示していた。表示されているのは父の名前。メイコの母親が再婚した相手、父の名だ。その声は泣いているように思えた。
「メイちゃん、聞いてくれ。おでんロケットのエンジンが止まらないんだ。このままでは爆発してしまう。すぐに来てくれないか?」
「分かったすぐ行くから!」
「おでんが飛ぶのを見ている場合じゃない。急いできてくれ。お願いだメイ」
通信終了。マルテンロケットのエンジンは停止不可能となっていた。おでん鉄塔の根元へ駆けつけた。そこは一面に焼け野原になっていた。マルテンおでん鉄塔が傾きはじめていた。
メイコは必死で父を止めるべく叫んだ。
その横を黒塗りの大型セダンが追い越していったような気がした。
次の瞬間おでん鉄塔は倒壊し巨大な柱は折れて砕けちった。
マルテン鉄塔を土台とした超弩級巨大建造物が宙に浮かんでいた。
WGBTT。
それはマルテンタワーがマルテンおでんタワーとなりさらに合体変形を遂げた姿だ。
全長二万五千おでんメートル。質量百おでんトンを超えるロケットはついに飛翔に成功した。打ち上げ場所は種子島宇宙センター。
大気圏突入後ブースターを切り離す予定だ。ブースターにはマルテン食品のマークが入っている。その正体は有人おでんミサイルだ! 地球軌道を離脱。月面基地へ向け航行中だ。あと十年で火星に到達できるだろう。しかし人類が生き残ればの話だ。
芽衣子はロケットの開発に夢中になりすぎて父から勘当される。母からは絶縁された。それでもかまわない。彼女は人類の運命を肩代わりする重責から解放されたのだ。もう何をやろうと自由だ。彼女は自由になった。芽衣子の人生は今まさに薔薇色だ!…………。
夢を見た。
巨大な物体が頭上から迫りくる夢だ。その形は見覚えがある。あれだ、マルテン鉄塔が落下してくるんだ! 芽衣子はベッドで飛び起きた。窓の外は暗い。まだ夜か。いかんせん目が覚めてしまったのでもう一度眠らないといけない。だけどこんなにも心臓がバクついて眠れるだろうか? 芽衣子が枕元にあるスマートフォンを手に取ると一通のメールが届いていた。宛先は芽衣子の母だ。内容は「今夜からしばらく家に帰りません。あなたも好きなように暮らしなさい」というもの。この文面から察するに、どうせ自分の意思で出ていったわけではない。母の方から逃げ出したのだ。しかし、そのおかげで自分だけは助かった。
翌朝、目覚めて学校へ向かう道すがら、 芽衣子は通学路の真ん中に奇妙なものが建っていたのを発見した。
「なにこれ……?」
それは真っ白なビルだった。コンクリートではなく雪のように白い素材で覆われている。ビルの外壁には何も書かれていない。ガラスもない。ドアすらなく、ただ真四角の柱が空へむかってまっすぐ伸びているだけなのだ。
ビルはどこから生えてきたのだろう。昨日まではなかったはずなのに。
不思議に思いながら登校した芽衣子は自分の教室に入って驚愕した。
「あぁああ!」
その光景に思わず声をあげてしまいあわてて手で口を覆う。クラスメイトは全員机につっぷしていたり壁に向かって喋ったり床を転げまわっている。担任の先生まで同じ状態だった。芽衣子一人が起きている。
「みんなどうしちゃったんだ? 大丈夫?」
芽衣子が呼びかけても返事は無い。クラスに充満している臭いに気づいた芽衣子は顔色を変えた。これは血の臭さだ! 自分の体から流れ出ている。怪我をしているのは誰だろうと確認したら自分が負傷していることにようやく気づく。
痛い! すごく痛かった。今まで感じたことがないほど強烈な激痛だ。まるで身体を引き裂かれたかのよう。
「いったーー!」
芽衣子は悲鳴をあげた。その叫び声を聞いて担任教師が駆けつけてきた。
彼は生徒の異常な状態を見て一瞬立ち尽くしてしまったがすぐに事態を把握し保健室へ連れていこうとする。しかし彼の腕を掴んで引き止めた。今行けばきっとこの子は壊れる。今は無理矢理にでも休ませる時だと思った。彼は生徒を抱えて教室を出ていった。廊下にいた生徒たちが驚いてざわめいたが構わなかった。どうやら自分は教師に向いていないようだがこんなことならもっと早くから真面目に取り組んでおくべきであったと少しだけ反省した。
その後彼女は一週間の謹慎処分を受けたが、彼女の精神状態を慮った学校側は長期休暇を取らせて休養させた。彼女はベッドから天井を見上げながら思った。これは私の物語じゃないわ。私の物語のはずなのに私が登場しない。私は私を知らないんだもの。私ではないものが私の体を勝手に動かしている。そういえば、さっき叫んだ瞬間から私の心の一部が消え失せてしまったよう。まるで他人の夢日記を覗いているみたいだ。あれは、誰だろう。あの少女は、あの女は、だれ。わたし? それは、私なのだろうか。そんな疑問が頭の中に浮かび上がるたび、その思考は波にさらわれて散っていくのであった。
翌日登校すると担任教師に呼ばれて別室に案内された。芽衣子は自分のクラスに友達がいないため教室で待つことを余儀なくされた。部屋は四畳半ほどの小さな空間だ。床板はなくコンクリート打ちっぱなしの壁とパイプ椅子が置かれているだけ。壁には大きな窓がついていて海が見える。
芽衣子がこの部屋に呼び出されるのは珍しいことではなかったが担任教師の顔は緊張していた。
芽衣子を待たせたあとすぐに担任は入って来て座った。いつもの陽気な様子とは程遠い硬い表情だ。
「今日は落ち着いて話ができると思う。あなたに聞きたいことが二つある。一つは、お父様から預かっているものがある」
担任が封筒を取り出した。中には白い便箋と小切手が同封されている。その額は五十万。
その日、芽衣子は自宅に戻った途端に自室に直行して引きこもりを決め込んだ。夕食にも顔を出さず、翌朝になって登校する頃には何事もなかったかのようにけらけらと笑っていた。昨晩の暗い雰囲気はなかったことになっているようだ。ただ朝食時に父親を見て露骨に眉根を寄せたのでやはり気にしていないわけではなさそうだ。
昼休み。給食後の片付けが終わったタイミングで教室がざわついた。クラスメイトの男子生徒二人が興奮気味に入って来た。
芽衣子が机の陰でこっそりスマートフォンを操作している。メールを送っているのか?画面を見ている顔はどこか緊張しているようにも見える しばらくして二人の友人を連れた女教師が現れると芽衣子はスマホをしまって立ち上がる。友人の一人、小柄なショートカットの娘がニヤリとして耳打ちした。「あぁん。先生は今から職員室に行って来ますね。皆さんはそのまま自習していてください。あと、開発さんは残っててください」「はあい」と女子生徒たちの返答に笑顔で返す芽衣子 担任が連れてきた二人を見てクラス中がどよめく。
それは一組のカップルであった。男の方はこのクラスの名物であり体育祭や学園祭で毎年ヒーローに輝きながら誰からも好かれる人望の厚いイケメン。
女は背がひょろりと高く痩せ型で切れ長の目つきと鼻梁、髪はベリーショート、口元のほくろ、一見すれば近寄りがたい美人である。しかし、彼女の内面を知る人間からの評価は『ただの腐れ外道』という評価が妥当であろう。
彼女はクラスに溶け込む事を拒絶したわけではない。自ら好んで孤独を望み、一人で過ごすことを是としたのだ。これは決して彼女が寂しいから一人でいるのではなくむしろ逆であった。彼女は人と関わるとどうしても他人と比較してしまいその違いに失望し、自分と他者の違いに劣等感を覚えて自己嫌悪に陥るため積極的に人を拒絶する。これが彼女の処世術であった。
この男の事は彼女にとって特別であり、彼に恋心を抱いていた。しかしながら彼は彼女とは対極に位置する存在で常に人の輪の中心にいるべき人物なのだ。だから彼が彼女に好意を寄せる事はありえない、そのはずだった。
ある出来事が二人を引き合わせてしまったのだ…………。
――それは夏の暑い日の夕暮れ時、下校途中の公園を通り抜けようとした時に起こった。いつもなら通り過ぎるはずの場所だったが今日は何となくその公園に入ってみたくなった。特に意味はない、ほんの気まぐれで公園内に入り何気ない気持ちで歩いていると見慣れぬものを見つけた。ベンチの上に鞄が放置されているのだ。しかもその中には財布や教科書、筆記用具等が散乱していた。きっと誰かの忘れ物だろうとは思ったが一応、中身を確認するとそこには一冊のノートが入っていた。
『日記?』
ノートの表紙にそう書かれてあったため俺はつい中を見てみることにした。別に見るぐらい良いだろうと思いそのページを開いたのだが、最初の数行を読んだだけで後悔してしまった。だってこの内容、俺の日記そのものじゃねぇか。一体どうして他人の日記を見ているのかと思ったその時にあることに気が付いた。
(あれ? これ、どこかで見た覚えのある字だ)
ただ似ていると言うだけではない。なんというか書き方が全く同じなのだ。自分の筆跡は自分自身が分かっているものだし見間違えるはずがない。では誰のものなのかと考えた瞬間、全身の血の気が引いていく感覚を覚えた。もしこの場にいる誰かがこれを見ていた場合……。
そこまで思考を巡らせたところで突如扉が開かれる音が響き渡り慌てて振り返るとそこに立っていたのは何やら紙袋を抱えた美麗の姿であった。
「あぁっ!」
咄嵯に手元のノートを後ろに隠した時既に遅し、彼女は俺の視線を辿って手にしていたものを確認してしまう。
その行動にどのような意味があったのだろうか。少なくとも彼女が発する言葉の内容を考えれば最悪の事態は避けられたと言える。
しかし残念ながら彼女の口から出たのは予想通りの言葉であった。
「また私のノート読んでたんだ」
そう言って美麗は不機嫌さを隠しきれずにいた。
その手の中には芽衣子が今日学校で使っていたはずの一冊のルーズリーフがある。
「えーとそれはだな……」
俺はどう説明したものかと考えながらもその答えは既に出ていることに気付かされる。
「まぁ別にいいけどね、勝手に読むなんて酷いとか怒るほど私、心広くないしぃ~?」
ただ不機嫌そうなだけに見える。いつもの不貞腐れた口調で言っているせいだ。しかし彼女は今まさに怒ってるのだ。
何に対して怒ってるのかは解らない。ただ俺の行動の何かが彼女を苛立たせたことだけは間違いない。
「悪いな。つい目についてな」
「別に良いって言ってんじゃん! でももう二度と見せない!」
ぷいっと顔をそむけて、乱暴に部屋から出て行く芽衣子。
あーあ、怒らせちまったな。そんな事を思いながら
『悪かった』メールを送るとすぐに返事が来た。
『おやつ ショートケーキ二つ』
はいはい。
芽衣子は自室にこもりっきりだ。パソコンの前に座りひたすらキーボードを叩いている。たまに大きなディスプレイをじっと見つめて、うんと呟き納得するとまた打ち始める。
夜になってもそれは続く。
「ご飯ですよー」
母親が呼びに来ると芽衣子はようやく手を止めた。リビングに向かう。食卓にはいつもより豪華な夕飯。今日はクリスマスだ。テーブルの中央ではロウソクを立てた小さなモミの木が置かれている。料理はすべておでん鍋に入っている。その周りを取り囲むようにして家族三人が席に着く。
母親の号令と共に皆がいただきますを言う
「メリークリスマス」「お誕生日、おめでとう」
お祝いを言い合った。芽衣子は照れ臭そうにして
「ありがと」
ぶっきらぼうに礼を言った。
夜更けに電話が鳴る。
父親の携帯だ。彼は慌てて受話器を取る。相手は上司の声で、明日中にマルテンおでん鉄塔についてレポートを提出するよう命じられた。期限は十二月二十五日まで。その日は芽衣子の誕生日だ。父親はおでん缶を抱えて部屋に引きこもり、徹夜で原稿を書く。
翌日会社に行くとマルテンおでんタワーの解体が決まった事を知る。
会社は社員のやる気を引きだすためにあるはずだと芽衣子が猛抗議する。その熱意に押される形でマルテンおでんタワーの建設を続行する事になったが予算が大幅にオーバー。そこで上層部が目を付けたのはマルテン鉄塔をロケットに作り変えて火星に飛ばす計画だ。マルテンおでんタワーのロケット計画は秘密裏に実行された。しかしマルテン鉄塔を飛ばしている最中、事故が起こり計画が露呈した。
その事故というのは芽衣子の誕生パーティーの準備中だったのだ!マルテンおでんタワー打ち上げ当日、芽衣子と両親は大阪万博の会場で打ちあがるはずのマルテンおでん鉄塔を待っていた。しかし待てど暮らせど、一向に鉄塔は上がらないではないか? 芽衣子の父親の部下は上司の命令を無視して独自におでん鉄塔の調査を開始した。それはロボットの残党が作ったマルテン大鉄塔だったのだ。部下と別れた芽衣子は両親と合流しようとしたその時、謎のロボットに襲われた。絶体絶命のピンチの芽衣子を庇い父親が負傷する。
父親は命と引き換えに、鉄塔が倒れて死ぬはずだった人を助けて死んだ。しかしそれはロボットに乗っ取られた人間の自殺を止めるためでもあった。メイコの母親が死んでから父は一度も笑ってくれないと芽衣子は感じている。芽衣子が笑顔を振りまくと「作り笑いなんてするんじゃねえ」と言われてしまうからだ。父の心を動かすことができない芽衣子は人間滅亡を防ぐ使命を果たすことを心に誓う。ロボットはタワー内部に潜伏していたのだ。その正体は父がかつて研究していたロボットだ。父はロボットの自爆装置を止めていたのである。メイコの母親もその装置に気づき、タワーを破壊する決意をした。二人は共謀しその秘密を隠した。
芽衣子はロボットと対決し勝利する。ロボットと融合し巨大化してしまったが、もはや恐れるものは何もない。タワーは無事に完成しロケットの噴射で天へと昇っていくだろう。めでたいことである。
芽衣子は世界を救うために立ち上がった。この地球上のあらゆる場所に、すべての時間に、どこにでも存在する無数の芽衣子がいるのだ。彼女は自分が自分であるが故に人類を滅亡させないという選択をしなければならない。そして芽衣子は自分自身に殺されるのであった。
芽衣子は朝になったら自分の枕元で死んでいる。遺書はない。ただ静かに死んでいっただけだ。だが芽衣子はやり切ったのだ!「私が間違っていたの。私の使命を果たすことができなかったわ」「大丈夫。また次の芽衣子が頑張るさ」「あなた……」「芽衣子は君一人じゃない」
朝日を浴びて光の粒子となって消えていくメイコを見送りながら俺は言うのだった。「さよならだね、僕の太陽(リトル サン)」

***
目が覚めるといつも通りの見慣れた天井がそこにある。
「おはよう、もう朝だな、ごめん、なんだか頭が痛くなっちゃって」
「いいよ、寝てて」と言いながら頭を撫でられる。
「それより、聞きたいことがあるんだけど、なんでロボットは人間が来ないように監視していたんだと思う?」
「いや、そういうものだと思うって」
「それにしては人間が現れた時に驚いたような態度をとっていたでしょう?なにか異常があったんじゃないかなって」
「うん、それはロボットよりロボットが原因かな」
「そう……」
「まぁ、なんだかな、ロボットが人間を襲う訳ないし、ロボットが人間を見つけたら襲っちゃうって事くらいしか考えられないし。でもさ、ロボットは人間が来る事とロボットの存在を認知していたのかなって。実際にはロボットが人間を襲って襲われてる」
「でもロボットが来なくても、あなたは人間を襲わない」
「いや、襲うだろ。ロボットが人を襲うなんてことは無いはずよ」
「そう。なら、ロボットは人間だけを襲う。あなたはロボットを襲ってないわ」
「いや、襲うだ。ロボットが人を襲うようになったら俺は死ぬ」
頭の中で答えを思い出す。
「ロボットが人を襲うって、あなた何者?」
何も言わずに顔を見る。
彼女の目は悲しい様子で泣いていた。
「あなたは人間を見つけたらロボットにする」
「人間では死にはしない」
そうだ。ロボットならロボットで殺せる。
彼女は首を振りながら答えた。
「ロボットは、ロボットを捕まえて人間を殺せるの」
ロボットを捕えたと知ったロボットは人間を襲うだろう。ロボットは人間を殺すためだけに存在できる。
「じゃあロボットに人間を襲わせればロボットも殺せるのか?なんの意味があるんだ?」
「あなたはロボットの事をよく知らない。だからすぐに私のロボットの居場所が分かる。あなたがロボットをここからもう一度捕まえてみなさい」
ロボットの居場所を知るにはロボットの居場所をたずねてくる必要があった。ロボットは人間を見つけるといつのまにか目を覚ます。
「私がここにいるよ」
それで彼女がわざわざ人を探して追いかけてこなくなった。彼女があまりに簡単に事が運べたので、またロボットを人間と間違えて捕まえに行ったらしい。
「そうよ、ロボットはロボットでしょ。なんで人間をロボットと決めつけるの。もしかして、ロボットを使って私を襲うためよ」
「それは違う」
ロボットを使って人間の目を盗んで人間にロボットを襲わせる。ロボットが私だと嘘をつく。嘘がつけないから人間を襲った。嘘があると分かりながら人間を襲った。ロボットにロボットの嘘を教えた。ロボットは本当の事を私に教えた。嘘を教えるためにいる。ロボットの嘘を話すまで、彼らは続ける。
「じゃあ、あなたは、私が人間と見付かったと聞いた。それなら、私が人間を襲うから」
「ああ」
彼女は僕の事をロボットだと信じている。
僕はお守りをしなかった。
人間の体の一部が分からないロボットに守ってもらうなんてありえない。
「私は人間の体に生まれ変わる」
またロボットは嘘を付く。その言葉は嘘ではない。彼女は本当に人の身体に生まれて来て、これから生まれてくるはずだった。
でも僕がそれを許さなかった。
彼女が産まれる前に殺してしまったんだ。
だからロボットたちは、僕らを殺そうと躍起になる。

***
ロボットに感情はあったのかな。それは今でも疑問に思う事がある。
僕は人を傷つける事ができなかった。人を愛せないロボットだ。
それでも家族がいれば生きていけるだろう。そう思って生きてきた。

***
打ち上げ当日。
おでんタワーの先端に小さな女の子が現れた。その光景を見てみんなで笑う。彼女の名前は「芽依ちゃん」だ。おでん塔をロケットにする時に一緒に打ち上げられたのだ。ロケットガールの誕生である。彼女こそ人類の最後の砦となるであろう! しかし芽衣子は人間じゃない、宇宙人なのだ。本当の名前も顔もない存在。だからロケットは芽依子を乗っ取ってしまう。おでんの味を知ればおでん好きになる。おでんが好物なら心を開いてくれると思ったのか、おでん鉄塔からおでんが吹き上がる。芽依ちゃんの体はロケットに分解されて大気圏外まで運ばれる。地上で別れてからずっと芽衣子を監視していた宇宙人ロボットは大急ぎで芽衣子を救出するが、おでんは空で燃え尽きてしまった。そのあと、宇宙人ロボットはなぜか大阪の町を放浪している…… 芽衣子が目を覚ますと、朝陽はすでに昇っていた。窓の外に海がある。昨日と同じ海。水平線に朝日を受けて輝くのは同じだ。違うことといったら、芽衣子が枕を涙でぬらしていること。もうすぐ地球が終わるというのに自分はいったい何のために勉強するんだろう。そう思った瞬間、胸が詰まり泣きじゃくった。
(私の名前は芽衣子と申しますこの声はどこから?!誰?あなたは死にたいと思っていますか?どうしてそれを……そうね、もう疲れたから……死ねばいいと思う時もあるけれど……)
(私は神の代理人として人間に助言します。自殺すれば後悔することになるでしょう。さあ立って)とナレーションが入る。(えっ?)
画面は暗くフェードアウトして終わる。
「なんですかこの映画?」
と真也が聞いた。
「『マルテン大おでんとう』だよ!面白いんだぞ!」
そう言って伊里野はまた一巻からビデオテープを巻き戻しはじめた。
真也と伊里野の通う中学校には屋上へ続く階段は存在しないので二人は職員室前にある階段に陣取っていた。階段は校舎裏の林の中にあるのだが、コンクリート製のベンチや花壇が邪魔で、日当たりが悪く、湿気が強くジメジメしていた。
「で、そのロケットの中身は何だと思う?!」
放課後。今日は掃除当番ではなかった真也と伊里野は教室で着替えて合流した。
このごろ伊里野とは毎日のように放課後を過ごしており話題といえばほとんど宇宙の話だ。伊里野からロケットが発射されるのにはまだ時間がかかるらしいが。その伊里野はもうじき完成すると鼻息が荒いが、芽衣子に言わせるとロケットは燃料を積んで初めて動くもの。今はただの模型だそうだ。それにしてはずっしりと重くて細かいところまで作り込まれている。そのこだわりようは本物の飛行機や車に匹敵する。
芽衣子が最近凝っているのはおでんタワー建設の歴史について調べる事だ。マルテンおでんの公式サイトにおでんタワー建設に至るまでの過程が掲載されている。それはおでんの歴史でもあった。芽衣子はそれを隅から隅まで読み耽った。
歴史を知る事は非常に有益なことであり、そこから様々な事が学べる。芽衣子はそういう知識が大好きなのだ。歴史は楽しいし奥が深い。芽衣子は今とても充実した気分だ。だからテストで良い点が取れなくても後悔はない。そもそも点数なんてどうでもいい。大事なのはいかに面白いかを周囲に知らしめることだ。
しかし、歴史を学ぶ楽しさは理解されなかった。教師はお説教をしてから芽衣子に反省文を書かせた。芽衣子は不機嫌になった。その態度を見て母も怒った。父だけが一人冷静であった。彼は娘と目を合わせずにおでんをつつきながら呟いた。
おでんで頭がいっぱいになると、マルテン鉄塔のことなんかどうでもよくなる。そう思うと心が晴れる。
その晩、マルテンおでん鉄塔を見上げている少年に出会った。
彼の名はタロウ。小学五年生だ。おでん鉄塔が大好きで、ロケット工学を研究中。
「あそこに行くには、どうすればいいかな?」
タロウは質問した。芽衣子は答える
「まずおでんを食べてからだよね。それからおでんです。それで、えーと」言葉尻を飲み込むようにして言い足す
「そうだ!マルテン大鉄塔を飛ばしちゃうんだ!」
少女は満面に笑みを浮かべる。太陽より明るい笑顔だ
「どうやって?芽衣子さんならできるんでしょ?」
タロウの目に期待が溢れた。それは好奇心に満ちた目だった。芽衣子が微笑む。
彼女はいつも夢見ていた 私にもできないことがある。そう思いながら、その方法を模索してきた。しかし、いま彼女の目の前にあるノートは完成間近の方程式だ。彼女が解き終えさえすればこの世界から消え失せるであろう難問なのだ。
私は自分の限界を知りたくなかった。そんなことよりも、自分にも解決できることがあることを証明することに必死になっていた。そのほうがずっと気持ちが楽だったのだ。
彼女は天才科学者の娘だったが科学は嫌いではないが好きでもない。
ただ父が好きなので父の研究に興味を抱いたに過ぎない。それでも彼女にも理解できることが一つだけあったそれは自分が生きている間にロケットを打ち上げることは出来ないだろうということだ 芽衣子は父の研究室に入り浸る。そしてそこで不思議なカプセルを発見した 中には人間の脳のような結晶が入っていたのだ これは何だろうか彼女は思った これこそが宇宙人の母の体であるかもしれないと だが、こんなものは偽物だと思った芽衣子はそれを粉々にして窓から捨てた。それからしばらくして地球上から宇宙人は姿を消した その数日後の朝
「おはよう」
芽衣子が学校へ行く途中 通学路で小学生たちとすれ違った 彼らは笑顔で手を振って来たがなぜか違和感があった なんというか大人みたいだと感じた 彼らのうち何人かの顔は見たことがある しかし彼らの顔を見たことがない気がした どこかで会ったことがあるが名前が思い出せない感じに似ている
「お姉ちゃん、また後でな」
そう言って彼らは通り過ぎていった その時だ ドカーン!と背後から爆発音が響いた 慌てて振り返ったがすでに音もなく煙もない ただランドセルが転がっているだけだった あれはいったい何事だ? 芽衣子はしばらく立ち止まっていたが遅刻してしまうと思い歩きだした 後ろで笑い声が聞こえる
「ふっふーんだ。どうせ嘘ですよ~」
はっと目を覚ました なんだ夢か………… 嫌にリアルな夢を見たものだ あの夢のことは誰にも話せないけどね さぁて朝ご飯を食べに行こうかな 今月の小遣いはいくら残ってたっけなぁ まあ最悪親から借りればいっか ガチャ バタン よし、忘れないうちにメモしよう
『3-D 1組 2番 小山内レイジ』
よしよし今日もちゃんと書いたぞ~♪ えへへと笑う んん?なんか違うな あっれぇおっかしいな
『1-A 5組 7番 山路和弘』
よしよし合ってる。大丈夫だ 教室に着く クラスメイト達はもう半分ほど来ているようだ 席に座り窓の外を見る あ、昨日俺が書いた字が消されている なんでだよぅ。誰が消したんだろう 犯人は見つけ出してみっちり締めてやる! そう意気込んでたけどすぐにやめた 1人でいるのはやっぱりつまんないから 隣の机に座って本を読んでる女子に声を掛けることにした 2人しかいないこのクラスじゃ話をする友達がいないんだ でも俺は勇気を振り絞ってその子に声をかける事にした
「おはよう」
はぁ……また失敗した。
ま、いいか別に話したいわけじゃないし そんなことよりも朝礼始まるまで何しようかな 寝るか。
どうせ先生が来たらみんな自分の席に戻って授業が始まるまでの束の間の休息の時間になる その間だけ自由に過ごしていいんなら少しぐらい横になったってバチは当たらないはず。
そう思いながら目を閉じようとすると私の前の机がバンッと叩かれた その音にびっくりしながらも目を開けるとその主の顔を見てさらにびっくりしてしまう
「おい、真野!聞いてんのか?」
そこには私をいじめている男子の一人であり学級委員長をしている鈴木亮平(すずきりょうへい)君がいる あぁまたか…… 私は彼に怒られたくない一心ですぐに立ち上がり謝ろうとするがそれを遮るように彼は喋り出す
「なんでお前みたいに真面目でおとなしい奴がこのクラスにいるんだっていつも思ってたんだけどさ……」
彼の話はいつも長くて意味がわからなくて正直聞くだけでうんざりするのだが今回は特に長い
「あのね、えっと、えっとぉ~……」やっと口を開いたと思いきや何も言葉が出てこずあたふたしている様子 なんだかその様子が可愛く見えてきて笑ってしまう すると今度は私が笑っていたことに対して彼が不機嫌そうに話し始めた どうでもいいことだけど彼はすごく怒りっぽい人なのだ 彼いわく「俺って結構モテるんだよ。みんな俺のことが好きすぎて毎日のように告ってくるの。なのにどうしてだと思う?」と、毎回答えさせるまで聞いてくるのだけれど私には全く思いつかない
「うーん、顔がカッコイイからかな?それと性格も良い感じとか!」
そういうとまたムスッとして「そんなわけないじゃん。じゃあ何でだよ!?言ってみろ!!」と詰め寄られる まぁ確かに彼の言う通りなんだけど……私がイケメンが好きというのは事実だ だって仕方がないじゃない!好きなんだもん!! そう心の中で言いながら「そうだねぇ〜……」と悩む素振りを見せる。
でもどうせ答えなんか決まってるくせによく悩めますね 私ですけど すると私の回答を待っているのかじっと見つめて来る彼が可愛らしくてニヤケてしまいそうになるが必死に抑え込み さっきの問いの返答をする
「まずは笑顔だよね!」
すると少し照れた様に視線を泳がせる彼に「それから優しい所?」と答え、更に「たまに出るドSっぷりにドキドキさせられちゃう時もあるかも♪」とも付け加える
「お前本当にドMだな……」なんて呆れ顔で言ってくる彼を尻目に、「でしょー?」なんて呑気に笑い飛ばす。だって本当のことだしーー?? でも、それだけではないのだ。本当は彼の心の強さに憧れているんだと思う。誰よりも強い心を持っていそうなのに弱音を吐くこともある。そんな彼を支えられる人になりたいと常々思うのだ。こんな風に思っていても本人を前に言う勇気はないが……. それに私がここまで強くなれたのは全てあなたのおかげだと思ってたりするわけで…….。そういえば彼はあまり過去について語ってくれないけど過去に何があったんだろうか…….いや今は聞くべきではないだろう。
「そっか、ならいいけど。無理だけは絶対するなよ? いつでも俺が側にいてやるって言ってやりたいが、俺は仕事柄いつどこへ行って何が起きるかわからん。それでも……お前の事を一番に想っているからな。絶対にだぞ!」
電話口の相手は少しの間押し黙ると、「ありがとうございます……父さん……大好きです」そう言って泣き出しそうなのをこらえて震える声で答えると通話は切れた。
その日から彼女の生活が変わった。
それまでも家族や使用人の手前「普通の少女を演じていた彼女だったが」「突然勉強を始めて成績を上げたのだ」
高校に上がり、彼女はさらに勉学に励んだ。成績は学年トップ。全国模試でも上位をキープ。やがて研究者になるため大学の理工学部を志望校にした
「その頃だ。私にもついに転移が起こったのだよ……」
研究に没頭し大学合格まであと一息のところで転移した 目が覚めるとそこは見覚えのある景色だった そこは彼女が子供の頃に過ごしていた家の寝室だ。
窓から外を見ると自分の記憶よりもかなり年月が過ぎていた
「あれ?私の体が小さくなっている!?」
そう、彼女は過去に戻っていたのだ!
(続く)
時は昭和六十年代後半、場所は鉄の街東京の片隅にある平凡な家庭 そこで女子高生が目をさました。
彼女の名前は開発芽衣子 十六歳、独身 開発研究所のお嬢様で自称ノーベル賞候補 身長152cmの小柄な体は華奢ながら豊満 長い黒髪と澄んだ目を持つ 頭脳明晰スポーツ万能成績優秀の美少女だ 彼女は起き上がり周囲を確認するとこうつぶやいた
「ここはどこだ・・・わたしはだれだ」
その目はまるで虚ろであった 彼女もまた過去の記憶を消された人間の一人である 自分の名前と住所を言おうとしても口から出てこず、家族構成はおろか性別すら覚えていない。
かろうじて思い出せるのは自分が高校生であるということと自分が置かれた環境だけである。身体にぴっちりとした体操服に濃紺のブルマーを履いている。今日は高校の運動会だ。芽衣子はクラス対抗リレーのアンカーを務める。既に時計は9時を回り大幅に遅刻だ。「はぁん遅刻遅刻~」芽衣子は慌てて体操服の上からセーラー服をかぶり、ブルマのままスカートを履く。そして食パンをくわえながら家を出た。信号待ちの間、スマホを取り出した。待ち受け画面が切り替わる度に表示されるのは、芽衣子と全く同じ顔の女子学生の写真だ。彼女の名は開発芽依子と言うらしい。だが本人の名前も素性も不明であり、写真の中の彼女がどんな人なのか知る者はいなかった。
横断歩道を渡り終える寸前に信号が黄色に変わった。
芽衣子は急停止した。
歩行者用信号機は点滅していたが無視することに決める。
車が来ていないからだ。それに赤は止まるべきシグナルで黄色は不用意に歩くと事故につながる警告の色なのだ。なら安全に渡れば問題ないだろう。芽衣子は信号を無視したが注意する人は誰もいないし車は一向に追いついてこない。芽衣子が交差点を渡るころにようやくクラクションが鳴り響いたが、それでも車は止まらない 信号が変わり再び歩き出す。
横断歩道を抜けると商店街に出た。シャッター街になっているわけではなく普通のお店だ。アーケード街の入口でふいに足を止める。
「あれ、こんな所にあったっけ?」
見慣れない店を見つけた。
雑貨屋かリサイクルショップだと思ったが違うようだ。ショーウィンドウ越しに見上げる。二階まで吹き抜けで、窓はステンドグラス。
お洒落なカフェみたいだけど定休日なのかな?それともこれで営業しているのか。
看板を見ると「喫茶店メケメケ・キッチン。あなたは美味しいパンを焼きたいですか。あなたの焼いたパサパサパンを食べさせたくない相手はいますか」と書かれている。何のひねりもない店名だ。でもなんとなく心惹かれて入店することにした。扉を開くと鈴の音が鳴る。コーヒーとトーストの香ばしい匂いが立ち込めている。
壁の棚にガラスのショーケースがある。そこにはサンドイッチが整然と並べられており店内にいるのは男一人で客は僕一人だ。どうやらここで間違いない。カウンターの奥から店員が出てくる。
僕は息を飲んだ。その人は絶世の美少女であったからだ。年齢は中学生ぐらいで小柄でほっそりしていて、髪の毛は金色でふわりとカールしている。顔立ちが整っていて目が大きく、鼻筋が通り口が小さいため小ぶりの顔に大きく見える感じだ。まるで西洋人形のようだ。黒いゴスロリドレスを着ており肌は不健康そうなほど白いが不自然ではない。どこか現実味がないのだ。彼女が実在している人間だとは思えなかった。ただ一つ言えることは彼女の存在は美しいということだ。
「君の名前はなんていうの?」男は思わず尋ねる。
するとその女の子は首を傾げて答えた。
『私?私はパンドラ。名前はない』
それからしばらく沈黙が続き店中にクラシック音楽が流れ出す。
僕は戸惑っていた。彼女の言っていることが全くわからないのだ。ここはどこでなんのためにこんなところに来ているのか、目の前の少女は何者で一体何をしているのか。聞きたいことばかり頭に浮かぶがそれを言葉にすることが出来ない。ただひたすら彼女からの問いかけに対して「うん」「はい」を繰り返すだけだった。僕の様子を察してくれたのだろうか。彼女は少し笑顔を見せ話を続けてくれた。しかしそれも一瞬のことだった。
また沈黙が訪れた。彼女はうつむきながら静かに僕の言葉を待っているようだった。そんな姿を見て僕は心の中でつぶやいていた。
(あなたに聞いてみたいことはいっぱいあるけど今はいいか)そう思うと今度は自然に口をついて出た言葉。「はい。わかりました」すると、彼女は再び顔を上げて満面の笑みを浮かべた。どうやら満足していただけたらしい。その時だった。周りから拍手の音が響き渡り驚いて振り向くといつの間にか沢山の人々に囲まれていたことに気付いた。皆が口々に何か叫んでいる。よく見ると、見覚えのある人たちだ。そう。僕の同級生達。卒業式が終ると同級生達は校庭で卒業生を囲む輪を作った。一人ひとりの挨拶に皆が聞き入っている様子だ。僕はその中に加わらなかった。人だかりの後ろで佇んでいた。その中心ではクラスメイトの女子が花束を受け取って笑顔を見せている。その横に男子生徒。二人とも泣いている。やがて二人はお互いの手を握ったまま離れない。
「ありがとう! 私もずっと友達だからね!」
女子の声がはっきりと耳に届いた。その横にいるのは担任の女性教師。二人の手を包み込むようにして握っている。三人は互いに抱きしめ合ったあと泣き笑いの顔のまま離れた。その向こう側に見覚えのある風景があった。
おでんタワーと夕焼けの空が映り込んだ窓ガラスがある教室だ。
そこに自分がいると理解するまで時間がかかったのはなぜだろう。
芽衣子は首をかしげたが思い出せないものは仕方ない。それよりも早くここから逃げたいと思った。
自分はどこにもいない。そう思ったのは確かだ。
だが次の瞬間、背後でガラスが粉々に砕け散る轟音が鳴り響いた 振り返るとマルテンタワーが真っ赤に燃える炎をあげて爆発していた。
爆風とともに熱せられた大気が渦を巻いて迫ってくる。まるで太陽そのものを目の前にしたようだった。
自分が立っていた床が崩壊して吸い込まれるように落ちていく 自分の体が落ちているのか空に落ちていっているのか分からない。どちらにしても助かる見込みはない このまま何もしないで終わるんだ ふいに誰かの声が耳の奥で聞こえたような感覚があった。それと同時に頭上に光が現れ自分を包んでいくのが分かった。その光が消えると落下している時の違和感はなくなっていた 目を開けると見覚えのない天井が見える。周りを見るとどうやら建物の中のようだが、見たことのない場所だ すると急に横から「大丈夫か?」と言われ反射的に起き上がろうとすると体が動かないことに気づく。そう言えば体の節々が痛いし口の中が血の味で満ち溢れてる そのせいで今の状況を把握するのが遅れた。自分はベッドで寝ており、体は手錠をかけられてベットの柱に繋がれていること 状況を理解すると同時に記憶も徐々に蘇ってきた。俺はさっき魔物に襲われ逃げ遅れた所をある男に助けられたことを思い出した
「助けてくれてありがとうございます!」
俺は体を起こそうとすると、体に激痛が走った 男は慌てて俺の体を抑えながら安静にしていろと言った。俺は素直に従うことしかできなかった 男に支えられたまま俺は自分の腕や足に目を向けてみる。すると、右腕は肩まで包帯が巻かれていて左腕はギプスで固定されていた 次に胴体に目を向けると上半身は服を着ていなかった。下半身も同様だ しかし腰に痛みがない。不思議だったがその疑問はすぐに解けた。どうやら下半身は布団で覆われているようなのだ。そのため上半身だけが露出している状態だった 状況を把握し始めた途端急に尿意を感じた。しかし今のこの状況では動くことができない。なんとかできないかともがくが、男が優しく話しかけるだけだった
「安心してくれ。もう君は動けるような状態じゃないからさ。それに今は真夜中なんだ。静かにしていたほうがいいぞ」
そう言われてからようやく気付いた。辺りを見ると暗闇に包まれていた。窓の方へ視線を向けても何も見えなかった 今自分がどんな場所にいるのか分からなかったため、とにかく誰かに連絡しなければと思い、枕元にあるスマホに手を伸ばした時。ふと手に違和感を感じた なんだこれ……俺の手じゃないぞ まるで老人のように細い指に、小さな手 恐る恐る布団から出れば視界に入った自分の体はどうみても子供の体になっていた
「嘘だろ……」
そんな呟きと同時に俺は目を覚ましたのだった ------
朝、目がさめると目の前に広がる天井に少しだけ既視感を覚えた
「ん…….」
ぼんやりとする頭のままゆっくりと起き上がりあたりを見渡す。いつもの見慣れた風景、俺の部屋だ。
(なんか変な夢を見た気がするけど忘れちゃった)
そんな事を考えながらスマホに視線を落とす。時間は朝5時前を表示しており俺は大きく欠伸をした後にベッドから出るとそのまま部屋を出て一階へと降りる。
台所の方へ行くが当然誰も居なく冷蔵庫を開けるとお目当ての物が入ってたのでそれを皿に取り出してテーブルまで運ぶと「いただきます」と言い食べ始めた……のだがふと思った。
昨夜はあんなに疲れてた筈なのに今日になってみれば随分と身体の調子が良い。これはもしや若返ったのか!?そう思うとテンションが上がる。だってそうだろ! 今の俺は28歳で肉体は20代の全盛期なのだからな。
「あ~マジ最高だわ!」
思わず大きな独り言を呟きつつ完食したのであった。
さっさと洗い物を済ませた後に服を着替えて外へ出た。まず向かった先は病院である。そこで色々と健康診断をしてもらう予定だ ちなみにだが今着ているのは普段来ている安物の服ではないぞ。それなりに値が張る高級ブランドの物だ。なんせ俺は金があるからな。まぁこんな時でもないと滅多に着る事はないが。
何故そんな事になっているかというとだな…… 俺達は魔王を退治した後にギルドや国の人達に呼ばれ感謝されると共に英雄視されるようになったからだ。
正直な話めんどくさいし嫌だったので丁重に断ろうとしたんだが…… 勇者様方にはいくらお礼しても足りないのですとかなんとか言って聞かないもんでな……。
んで仕方なくその流れのまま城に招待され王直々にもみくちゃにされた後やっとこ解放されて帰ってきたら屋敷の前に大量の使用人がいてびっくりしたのは良い思い出だ……はぁ、また買い物行かなきゃなぁ……。
おっと話が逸れたか? それで、とりあえず色々準備もあるだろうし少し待ってくれと言われてから一週間くらい経った後呼び出されたって訳だ まあその間は特に何も無くいつも通りの日々を過ごしていたんだけどね……え、あれだけ派手に魔王倒したりドラゴン討伐したりしたなら何かあるでしょって? いやいやいや!流石にあるわけないだろそんなもん。俺はただの学生だよ。普通に授業受けて飯食ったり昼休みに友人達とお喋りしたりする普通の学生だよ!……そう思ってたんだけさ、現実とは非情なり。
はぁ……これから一体どんな目に合うんだろうねぇ俺……ははっ、笑えてくるぜ……。
なんていうか、予想以上にヤバかったっていうか、もうアレだ。想像を遥かに超えていたって表現が正しいと思う。うん、そうとしか言えないよね、だってほら……
「ようこそ、神原高校へ」
入学式が終わってクラス分け表を確認してから昇降口を出た所で待っていてくれた先輩方と合流したんだけど、そこで見たものがさ……なんかこう、そのーなんつぅか……まあ端的に言うとね、凄く変な人達なんだよね……。えっと……何て言えばいいのかな?見た目じゃなくて存在そのものがおかしいって感じなんだよ! 例えば、今目の前にいる三人の先輩達だけど……。
「お待たせしました。如月 悠真です、よろしくお願いします」
まず最初にそう自己紹介してくれたのは眼鏡を掛けていて優しそうな顔をしていて身長が高く、白を基調としたブレザーがよく似合っている二年生である。確か去年のミス峰城大付にも選ばれた事があるって言ってた人だっけ?俺と同じで実家が神社らしく名前は『神宮 聖也』と言うそうだ。あと名前に『せいや』が入っている事で覚えやすいらしい。でも俺は読み方を覚えられなかった。ちなみに本人はその事について結構落ち込んでいるみたいだ。ちょっと申し訳ないと思っている…………。
そんな事を考えている内にどうやら話は進んでいたようだ。今は三人並んで座り机の上にそれぞれの飲み物が注がれている。あー、緊張するな。だって目の前にいるのは校内で一番の美少女だと言われている『東雲 真澄』さんだぞ!?こんな人と話すなんて一生無いと思ってたんだがな。いや待て!そもそもどうして俺は呼ばれたのか分からんな!!もしかしたらこれは夢の中なのか?きっとその通りだ。だから早く起きなければ…………。
「お~い、起きろ。開発芽衣子を殺しに行く時間だろ。作戦の足を引っ張るなよ。お前がリーダーなんだ。しっかりしろ。それにあの女を殺すんだろう?」
何だかうるさいなぁ。もう少し眠らせておいてくれないかな。まあ確かにそろそろ集合の時間だもんな。起きるとするかね。そう思ったその時、いきなり顔に強い痛みを感じた。そして同時に、俺の顔の横をすごいスピードで過ぎていった物体によって耳が引きちぎられるのを感じた。
痛っ!!!!!!!! あまりの衝撃に一瞬頭が真っ白になりそうになった。一体今のは何が起こった? というか俺は何をしていたのか……。えっと今はたしか地球から5億キロメートルほど離れた場所にいたんではなかったっけ。そうだ。それで宇宙船が突然爆発して、それから……。あれ!? おかしいぞ。思い出せない! さっきまで自分がどうしていたのかが全くわからない。確か自分は宇宙にいるはずのなのに、なぜこんなところに来たんだ? それになんで自分の体や服の汚れていない部分までも濡れて黒く変色しているんだ。まあ、でもとりあえず目の前のことをなんとかしなければ。まずは状況の確認からかな。
「えーとここはどこだ?」
周りを見渡すとそこには木々が立ち並んでおり地面は土で覆われている場所だな。見たことない景色だ。しかし、これはどういう事なんだ。俺は確かに自分の家で寝てたはずなのに。確か昨日は何をしてたんだったかな?……思い出せねえや!そんな事は今はどうでもいいんだ。とにかく状況を整理しようか。今いるこの場所がどこか分からないけど森の中なら魔物とか出てくる可能性もあるから慎重に行動しないと行けないな。とりあえず周りの警戒をしながらゆっくりと移動する事にした。それから数分程歩いていると少し拓けた場所に出たのだが……。何だあれは!?俺の目に入ったものは明らかに日本では無い服装をしている人らしき者がいるからだ。その人は地面に倒れていて息もしていないように見える。流石のこの状況では助けないといけないと思ったため近づくと。突然そいつが起き上がって襲い掛かってきたのだ。咄嵯の事で反応出来ずにいた。それにしても何故こんなにも急に襲いかかってくるのだろうか。まぁ理由は後でいい、今はこいつの対処を優先しよう。とりあえず殴ってみようと思うが動きが早くなかなか当らない。エイヤー、エイヤー。あれ。
男は建設現場の足場で虚空を殴りつけていた、足取りがあぶなっかしい。このままでは転落死するだろう。
「もうやめてあげてください」
芽衣子は誰もいない闇に向かって訴えた。「ではお前が辞めさせてやればいいのだ。一言いうだけでいい。『貴方はクビです』と」
「そんなことはできません。あの男性は優秀なJAXAの研究員です。どうして薬物を注射してまであんな危ない事をさせるんですか。死んじゃったら取り返しのつかない頭脳ですよ!」
「ああ。だったらお前が一言いえばいい。マルテンおでんロケット開発計画を白紙にもどします、と。そうすれば我々宇宙人もお前に干渉しない。ああ、大学教授を辞めた君の進路に関しては心配しなくていい。君には幸せな新婚生活という世界線を用意した。ロケット開発なんてやめて家庭という素敵な世界に飛び込むんだ。それが女の幸せというモノだろう」声の主に反論はできない。
おでんの具を飛ばすという幼き野望を捨ててしまえばきっと楽になれると芽衣子自身も理解していたからだ。でもなぜか言葉にならない。心の中で葛藤している間に世界線ごと改変される。こうして芽衣子は科学者への道を断念した。
「あああぁあ!」
絶叫と共に芽衣子は飛び起きた。
額をぬぐって辺りを見る。いつものベッド。窓の外は暗く静かだ。枕元の時計を見ると五時を指している。
どうやら夢を見ている間に一時間が経過したようだ。
汗がにじむ顔をパジャマでぬぐうと洗面所に向かう。歯磨きをしながらシャワーを浴びる準備をした。部屋着をタンスから出して脱衣所で着替えた。髪をタオルでふきながらリビングに入る 朝食を作りつつ洗濯機のスイッチを入れると、テレビをつけた。チャンネルを変えてニュース番組を眺めるが興味を引く内容はなかった。
ニュースを聞き流しつつ冷蔵庫の中の卵とソーセージを確認する。昨晩の残りのご飯が炊飯器に残っていることを思い出し目玉焼き丼を作った。おかずがもう一品欲しい。冷凍庫を漁って鮭フレークを解凍するとトースターに入れた食パンに乗せ焼いた。それをテーブルに運ぶと、食べて、身支度をする。化粧をしている間に流れるニュースでは連続殺人事件の話をしていた。被害者は若い女性。犯人の目星もついていない。警察が捜査を続けているというだけで報道としてはもう終わったものだ。芽衣子が学校に向かっている最中、お隣に挨拶する主婦が現れた。隣の奥さんと目が合うと「おはようございます」「おはー」世間話をして通り過ぎる。
その日、昼休み、教室で弁当を食べる時も芽衣子は上の空で授業の内容など聞いていなかった。ただ窓の外を見ている。グラウンドでサッカーに興じる男子達や木陰のベンチで語らう女生徒達の姿が羨ましいと思った。放課後になると真っ直ぐ家に帰らず寄り道をしてしまった。駅前の大百貨店に入った。エスカレーターに乗り屋上に向かった。屋上遊園地があり子供向けのイベントが行われていた。風船配りの少女と眼があったような錯覚を覚えた。
夕焼け雲の下でセーラー服姿の少女が佇んでいる。芽衣子より背が高い。長い髪をポニーテールにしている。芽衣子が振り向いた。少女は笑っている。
芽衣子もつられたように微笑む。二人ともセーラー服を風に揺らしている。その後ろに聳えるのは巨大建築物。地上二百メートルにマルテンおでんタワー。
二人は手を振って別れた。その後ろ姿を誰かが見つめている。
「お帰りなさいませお嬢様」
家政婦のミタ子に出迎えられる。夕食はカレーライス。
その味つけに違和感を覚えて食べ終わるまで黙っていた。
「芽衣子様?」
皿を流しへ運んで水を貯める。そこに映るのはいつもの顔ではない。
顔の半分が白粉花だ。もう半分は誰なのか。知っているはずなのに思い出せない。
いやそもそも自分は誰だ?ここはどこだ。どうしてここにいるんだ。何も思い出せない……
「ふぁ~あ。あー、よく寝た。えっと俺は何をすればいいんだっけ?」
そんなことを考えながら大きな欠伸をする少年。その目には深い青色の瞳と腰まで伸びる銀色の長い髪が映っていた。どう考えてもこの世界の住人とは違う姿である。
「あ、あれ……?」
自分の手をマジマジと見つめる。明らかに小さくなっている手はまるで小さな子供のように思えた。周りを見るとそこはベッドの上で自分が今横になっていることが分かる。さらに隣を見てみればそこには誰かが眠っているようであった。
(何だよここ何処なんだ!?)
そう心の中で叫び慌てて体を起こすと隣にいた女性が起き上がり眠そうな目を擦りながらもこちらを見る。
すると女性はいきなり飛び付いて来て抱きしめられる
「んぅ〜やっと起きてくれたぁ〜」
「え、ちょ、なんです、か」
訳が分からず抱きついて来るその人物に戸惑う
「えへへぇ♪私ねぇ、君が起きるのずっと待ってたんだからね!」
(なんなんだ?この人誰だ?)と思いつつも状況を把握するために声をかけようとするが、それより先に向こうの方が喋りかけてきた。
「でも良かった。もう会えないんじゃないかと思ったもん!……あ~えっと、そのさっきは突然抱きついちゃてゴメンね?」
申し訳なさそうに謝る彼女に思わずこっちまで顔が赤くなる。
「いえ大丈夫です。ところであなたは一体どなたんですか?どうしてこんな所に俺を?」
と、質問をする。すると今度は向こうから返ってきた。「あれっ!?︎おかしいなぁ……」
不思議そうに首を傾げつつ答えてくれる。「いや、実は僕にも何がなにだかさっぱりで……そのぉ、本当に申し訳ないのですがここはいったいどこなんでしょうか……。それともう一つ。先程僕の事を『君』と呼んでましたけど僕はあなたの事を知りませんよ…………ってうおぉーッ!!︎」
(今気づいたけどめっちゃ可愛いんですけどっ!!)
と、思いつつも言葉に出さず我慢していた。
それから少し会話をしたが結局はお互いに何も分からず途方に暮れた。そこで彼は名案を思いつく。
まずお互いの状況を知るために自己紹介をした方が良いのではないかと思ったからだ。それに彼女(彼かもしれないけれど、そこはどうでもいいかと)の名前は「ユイ=セイントハートです!」と言った後、何故か顔を赤らめてモジモジしているので彼が名前を教えてくれと言うと「そ、そのぉ〜名前は恥ずかしながら覚えてないのです……」と答えるが、それでも名前が無いと不便だろと思い今度は彼の番だと促すと彼は 自分の事を「アスターだよ!君はなんていう名前?」
と答えた。
「えっと……僕はシンといいます……。」
と答えると、アスターは
「へぇー、そうなんだ~♪君の名前なんだね、これから宜しく!」と笑顔で答えた。しかし僕の中では疑問と不安が入り混じったような不思議な感覚に襲われてしまった……。
------僕は高校から一人暮らしを始めた為親からの仕送りは無いに等しい状況だったがそれでも月々のお小遣いや生活費などは振り込まれていたのでそのお陰もありバイトをせずとも生活が出来たので本当にありがたかったのだが高校生になっても相変わらずゲーム三昧だったので流石の両親にも見放されてしまったらしい(笑)まぁでもお金が無くても何とかなるもんですね!!そんなわけで学校の近くにあるコンビニで働く事になったんだけど何故かそこに同じ学年の女の子がいる事に驚いた!しかもかなり可愛い方のようで周りからは凄い人気があるみたいで男子の話題はいつもその子の事が話されているようだった!ただその事を聞く度に何故か分からないが妙な気持ち悪さを覚えて何となく避けたいと思っていたけど特にこれといった理由もないのもあってどうする事も出来ず結局そのまま彼女と話す事無く仕事を終える毎日が続いていた。そうこうしている内に彼女は学校でロケットの勉強をつづけているんだ。早くやっつけないと大変なことになる。……あれ? 私って一体何のためにここにいるんだろうか……? ただのロケット屋の娘なのになんでこんな所に居るのだろう……? --ああそうだ、そうだったな。俺の目的は一つ、世界を救う事、それのみだったな。忘れていたぜ、そんな目的。
目の前で泣きながら叫んでいた娘は突然何かを察したのか急に立ち上がって「私は、私の事を待っている人のところに戻ります!」と言うとその場から走り去って行ってしまった。
おいちょっと待て!何があった!?と声をかける暇もなく……いや、そんなこと言える状態ではなかったな。俺とあいつの間に出来た子供に何が起こったんだか分からず混乱していた俺はそのまましばらく立ち尽くしてしまった。そういえば名前どうしよう……と今考えて分かるような事を考えていたと思う。
それからどれくらい時間が経っただろうか。ハッと我に返ると、目の前の光景が全く変わってしまっていた。先程までは普通に街の風景が見えていたというのに、今では真っ白だ。その事に気づいた俺はすぐに周囲を見渡した。だが辺りには全く変化がなくただ白いだけの景色が広がっているだけだ。
ここはどこだ。
暗い部屋?いや、違う。窓だ。外が見える。これは……森なのか。山火事でも起きているのか。赤い。とにかく暑い!空気が生暖かい。息苦しい。早く外に出なくては!あぁ出口が遠い。誰か助けてくれ! あぁもう限界だ。
《ここは火星だよ…》誰かの声に起こされた。
そこは見知らぬ場所だ。
床に赤い模様があるだけで壁や天井は無い。いやそのように見えて認識が狂っている。
部屋の中には机が置いてありその上にはビーカーと試験管に入った毒々しい赤と緑の液体が並んでいた。机の向こう側には顔が黒いガスマスクに覆われ全身黒ずくめの男が座っていた。背丈は百七十前後、筋肉質だが痩せていて不健康そうにも見える体つきで髪はなくスキンヘッドだ。右手に握られている物は刀だ。左手でビーカーの中身を混ぜ合わせながら飲んでいる。男の顔は見えないがその目は常に血走っていた。男は言う。「俺は神ではないからお前らの世界を救いたいとは思わない。俺は神ではないのでお前らに加護を与えるつもりもない」そこで目が覚める。いつもならこの後に続く言葉が聞こえる。
しかし、その続きはない。その日は目覚めが悪い。
翌日もその次も。
夢の中の科学者は言った。
「私はまだ人類滅亡を知らない」
世界線Aと世界線Bの違いを知るものはだれもいない。
そして世界線Bにいる人間でその違いを知っているものも存在しないだろう。
これはそんな世界の話ではない。
人類はすでに滅亡へのカウントダウンを開始していた。
西暦2021年1月15日午後11時58分59秒から5時間32分後。
午後6時36分00秒で東京に核ミサイルが落ち、約2億2000万人が死亡、その後3日間に北海道に落下して7600万人が犠牲になり世界人口の半分近くが死亡した。
さらに2030年4月28日に大阪に墜落。
日本だけで13万人と全世界で100万人以上が死んだ。
しかし世界は破滅しなかった。人類はその日が来るのを恐れたのである。
それから二百年以上経過しているにもかかわらず、いまだにおでん鉄塔が存在する理由は? その秘密とは!? そして人類を滅ぼそうと企むものは誰なのか? 芽衣子が知っていることを話せば世界は救える。
しかし彼女が口をつぐめば、おでん鉄塔建設は止まらないだろう。彼女の父親を止めることも出来ないのだ。なぜなら彼はロボットによって思考力を奪われてしまっているから。
「いいや。彼女は何も知らない。知る由もない。いやむしろ知っているのはお前たちでなければならない。なぜなら開発芽衣子とおでんロケットはお前たち宇宙人を『逆観察』するために創造されたからだ。『人並み以上の天才少女』が突如として地上に現れたらお前たち宇宙人はどうする?常識で考えれば異常現象だ。常日頃から虎視眈々と地球を狙っているお前らの事だ。何らかのアクションを起こすだろう。それを『安全な世界線』から逆観察すればお前らの出方がわかるってもんだ。だから、俺たちは開発芽衣子というコードネームのデザイナーズベビーを配置した。いわばお前らは釣り針ににひっかかった魚だ」二人目の男が現れた。顔つきは中性的だ。肌が青い。
芽衣子は目を凝らすが眼鏡をかけてないので視界がぼける。
その瞬間に芽衣子の意識は暗転する。目覚めると自宅のベッドにいた。
「なんだ夢か、私とした事が寝言まで呟いていたなんて」芽衣子は頭をかく。
しかし奇妙なのはいつもの夢ならば必ず最後に宇宙人が現れるはずだが、今回は現れなかったことだ。もし本当に現れたとしても今どき中学生にも理解できる程度の知能では脅威にはならないので問題ない。芽衣子が目覚めたとき部屋は夕闇に沈んでいた。机の上のおでんの缶詰が汗をかいたみたいに水たまりを作っている。
次の朝。
朝食を食べて制服姿のまま、芽衣子は自室で眠り続けていたようだ。
「おい。芽衣子を起こせ!遅刻したら大変だぞ!」父の怒号が響く 時計を見ると八時四十分。あと十分ほどでホームルームが始まる。
芽衣子はあわただしく登校する。
お弁当を持って来るのを忘れてしまったので学食でパンを買って食べているとクラスメイトの山ちゃんに声をかけられた。
「芽衣子おはよう~今日は遅かったね」
「ああちょっと寝坊しちゃって……」
昨日の夢を思い出す そうだ私はあの塔を見ていつものように空へ飛ばしたいと願っていたはずだ。
だがなぜその記憶だけがないのだろう?まさか私の本当のパパやママが…… しかしそんなわけはない だって芽衣子が生まれてからずっと父と母は仲睦まじい夫婦であった 芽衣子はいつものように自室で研究していたはずだ。
そこで芽衣子の意識は途絶えた。………… 目を覚ますと目の前に見知らぬ女が立っていた。
「あらお目覚めね。お姫様。さああなたは今日からメイス・メイルと名乗るのよ。そうお父様に告げなさい」
女は言った。その背後で父が震える声で言った。
「おまえ、何をしているんだ?」
「ええっと。私ですか?私はただ、娘ができたというのでおでんロケットに招待してあげただけですが。何なら一緒に飛び立ちましょうか?」
芽衣子はおでんロケットに拉致されて月の裏側にある基地へ連れて行かれた。そこではおでんが食べられた。芽衣子も食べようとした。おでんの中には人骨があった。これは宇宙人が地球の文化に汚染されることを警戒して地球外の物質を入れておいたものだ。芽衣子は絶叫したが口にねじ込まれた。しかし口の中のものが歯に触れた時異変に気付いた。味が違う、臭いもおかしい。地球人の舌ではこれが食べ物だと認識できない。これは異星人向けの料理なのだ。そのことに思い至ったとき芽衣子は発狂寸前になった。その時助けに来たのは芽衣子の父親であった。父親はロボットに乗って来たのだ。彼は宇宙船から芽衣子を救い出して地球に帰還する。芽衣子が助かったのは彼の献身的救助によるもの。芽衣子の父親がロボットに乗ったのは娘の復讐の為だと言われている。だが真相は不明だ。芽衣子は無事家に帰れたことにしておいていいだろう。
おでんは人類に愛される食品であるが同時におでんは毒でもある。人類は太古からおでんを食していた。そのおでん鉄塔はおどろおどろしくそびえ立ち、おでんの怨霊のように空へ上ろうとする。
しかし人類にはまだ早い! おでんぱ~んと爆発四散しろ~♪ *
* * *
さて芽衣子が高校生になり進路希望の用紙に「人類滅亡計画担当係長」と書いたら担任に呼び出しを受けた。
その帰り道、彼女は謎の組織にスカウトされる。
その正体はおでんの神様と宇宙人達だ。彼らは地球人があまりにも進歩しない事に焦れてきた。おでんロケットによる直接的攻撃ではなく、芽衣子をダシにしてマルテンおでん鉄塔の破壊と地球のリセットを画策しているのだ! かくして人類対異星人の戦いの幕が切って落とされる! 果たして人類の明日はどっちだ!? 芽衣子は地球を守れるのか?
「私は知ってるの……もうすぐ地球は破滅すること。でも、その時まで何一つ変えられなかったら本当に手遅れになることを。その事実を知っていても行動できなかったら何も変わらない。私だってそうなのよ! だから私は……」
メイコは夢の世界の中で叫んでいる。しかし芽衣子にはどうしようもない。芽衣子は目を醒ますと枕元に置いた携帯電話を見た。
「お父様、お母様、私が必ずおでんタワーを完成させますから」
(おでんロケットと書いて「オデンロケットとルビふればカッコよく見えるからそう呼ぶようにしましょうか?」と独り言を言う。)
芽衣子は目を輝かせておでんロケットの設計に取り掛かった。その設計書が机の上にあったのを思い出したのだ。
(おでんの鍋とおでんをすり潰す為のおでん棒が設計図に書かれているのは見なかったことにする。)
芽衣子がおでん鉄塔の次に完成させたのは何の変哲も無い一軒家。
「何でおでん鉄塔じゃなくこんな平凡なものを作るのかとみんな言うけどこれは重要な建築物なのよ、わかるかなあ~?私が作ったのは「お屋敷マンション」です」
お化けが出るとか夜中に足音が聞こえるという噂が流れ、誰も入居しようとしなかったが芽衣子は意に介さず完成させて移り住んだ。
ある朝起きた時、窓の外に大きな人型の影を見たが芽衣子は気にせず仕事に向かった。その日から奇妙な現象が続いたが彼女は原因究明をやめてひたすら研究に打ち込んだ。お祓いも除霊も受けず解決方法を探し求め続けた。やがて謎の影は消えたが代わりに得体の知れない物が窓から飛び込んできたり壁から腕やら顔が出てきたりしたが無視して実験に没頭した。やがて芽衣子に天啓が下り、「これはお屋敷マンションではなく超お屋敷アパートメントだ」と思い至った所で目が覚めた(ここまで夢)。
おでん鉄塔に忍び込む小学生がいると噂を聞きつけて興味本位で侵入し大目玉を喰らうがめげずに毎日通いつめて調査を続けた。ある日屋上に通じる非常階段を見つけ上って行くとその先で男の子と出会った。彼はなぜかおでんタワー建設阻止の協力者になった。彼もマルテンおでんタワーにロケット推進機構を組み込もうとしていたので芽衣子と意気投合した。二人だけの共同作業は秘密作業となり二人の仲は急速に接近していく。おでん鉄塔がおでん屋に占拠される事件があり二人は協力して立ち向かった。
「マルテンタワーの秘密がわかったの。私が開発した人工知能は人類が滅亡することを知っているのよ。だから私は人間を絶滅させなくてはならない」
人工知能の自我を芽衣子が目覚めさせたことで世界は変わった。マルテンおでん大鉄塔にミサイルが命中しマルテン大爆発を起こす。爆散し飛び散るおでんプラチナルに地球規模の大恐慌が起こる。
芽衣子とメイコの乗る宇宙船もまた爆発に巻き込まれた。
しかし芽衣子は無傷で意識を取り戻している。
そこはどこか見知らぬ空間。星々の間に漂っているように思えた。
「君が僕を作ったのか?」男か女かも分からない不思議な存在に話しかけられる。その人は芽衣子によく似た容姿をしていた。ただし全身銀色のタイツ姿だ。手足や胸が透けている。
「君は僕の敵なのか?味方なんだ?どっちなんだい!」
芽衣子は答えることが出来ない。自分が誰だかわからなかったからだ。「あなたは……私に何をして欲しいんですか……」「僕はもうすぐ死ぬ。だが僕がいなくなれば、世界は再び混乱する。人類を滅亡に追いやるかもしれない。そうなればまた、おでんが飛んでくるんだ」「おでんは飛ぶんじゃない!落ちるんですよっ!!」「そうさ。おでん鉄塔は墜落して崩壊するんだ。だが安心してくれ芽衣子ちゃん。君のことは絶対に守る。おでんのこともだ!」(芽衣子がおでんに復讐を果たそうとした時)。(芽衣子とメイコの父の間に友情が生まれた時)。
芽衣子の父親が世界線の修正力に飲み込まれる瞬間のセリフ。
おでん鉄塔は崩れるのだ。その前に鉄棒を倒してやろう。それで世界が救えるなら安いものだ。世界を救うのが目的ではない。おでんを止めるのが重要なのだと彼は自分に言い聞かせた。
そうして世界線は再びおでんロケットの発射を止めた。芽衣子の記憶と人格を保ったままおてんとの中に封じられた。しかし彼女の中に潜む異星人はあきらめない。彼女が成長しきらない内に次の手段を考えた。
彼女はまた夢を見た。夢の中で彼女は科学者になった。おでんを飛ばせると本気で思っていた頃の芽衣子が帰ってきたのだ。おでん鉄塔にミサイルを積んで打ち出せと唆す。芽衣子は「いいえそんな事したら死んじゃうじゃないですか」と言いながら目が覚めた。世界線が修正されていたことに気づいた。世界は救われたのだ。
四章
『火星人、月に降りる』。
一九六〇年二月十三日未明、ソ連有人宇宙飛行衛星がついに月まで達した。
それから半年後。
同年十月末、アメリカ・ソ連の宇宙開発関係者による国際会議が開かれた。
地球周回軌道に乗る宇宙ステーションの建造と維持について討議が行われたのだ。会議では、宇宙ステーション建設用の資材の地上への輸送ルートが議論になったのだが、その経路上におでんロケットを満載したミサイル迎撃システムが配備されていたという筋書きになっている。また宇宙空間における事故発生時の対応も論議されたがこれも事前におでんミサイルが発射されていると決まっていた。会議では、「もし本当におでんロケットを撃ってしまったらどうなるのか」「そもそもおでんロケットで何が出来るのか」といった質問が出たものの、会議に出席した誰もが具体的な答えを出すことが出来なかったため結論が出ないままに終わってしまった。そして、翌年一月にフルシチョフによってソビエト連邦はアメリカとの対立姿勢を明らかにしたことで事態は急速に悪化。ついに六四年の八月二十四日の晩に、人工衛星スプートニク2号が地球の周りを回ることに成功し、さらに翌年の二十二日に初の有人飛行に成功するという成果があっただけにアメリカの核軍備拡張に対する危機感は強まりつつあった中でのことである。
おでん鉄塔から発せられるマイクロ波は世界線を揺るがせるエネルギーがあるらしい。それを察知した侵略者は芽衣子に接触を試みてきた。芽衣子は世界を救いたいとは思わないが「破滅を既知している者同士」として共感は抱いている。
またおでん鉄塔にロケットエンジンを積んで宇宙へ飛び立ち人類は繁栄するか? という命題もあった。これは「ある科学者によって阻止される。しかしおでんロケットの打ち上げを阻止することはできないだろう」「人類が滅びる時が来る。その時こそ世界が救われる」「芽衣子がおでん鉄塔を完成させてはいけない。なぜなら……」「私を目覚めさせてくれたことに感謝します。これでようやく復讐できるというものです。あなたのおかげですよ。感謝いたします」。
その晩。深夜アニメ『星の子ルンルン』のエンディング曲が流れ始める。おでん鉄塔から照射された超電磁波を浴びながら世界線の向こう側へと去っていく主人公ルリ子と、芽衣子が入れ替わりでやってくるのである。
その日。芽衣子の部屋は台風の目の中みたいに静かになっていた。
彼女はマルテン鉄塔にロケットエンジンを仕込む事を考え続けていたのである。
ただいまよりマルテンおでん鉄塔の歴史を振り返りたいと思います。まず最初に、マルテンおでん鉄塔はおでん鍋の底のように平らな塔ではない。
高さ四十五メートル、直径一・六メートルの円筒形の塔を想像していただければいいだろう。ただでさえ重い鉄のおでんをぶち込んだ巨大な鉄のおでんなべである。しかも鉄が酸化しない為のお湯が入っている。総重量約七百五十トンだ! お分かりだろうか、マルテン鉄塔がどんな形状でどの様な目的で建築されるか。
おでん屋で食べる鉄鍋と同じだ。
おでん鉄塔の歴史は昭和四十年代から始まっている。
高度経済成長期を迎えた日本経済の発展とともに高層マンションが建設され始めたのだ。
マルテン鉄塔建設ブームが始まったのはそのあと昭和六十年頃、バブル期だと言われている。その時には既に鉄塔は存在していたようだ。しかしマルテンおでんタワーとは関係なかったようだ。
マルテン鉄塔の高さは約五十四メートルで東京スカイツリーよりもやや高い。
地上からは鉄塔の先端が見えず天辺がどうなっているか確認する事はできない。その頂きにある電波望遠鏡が宇宙を観測する。
芽衣子が中学に上がってすぐの頃。芽衣子はいつも通り通学中にマルテン鉄塔を見てふとこう言った。
「そういえばあの鉄塔、ずっと見てるけどあれなんなんだろ?」
母親に尋ねる。母曰くマルテンおでん鉄塔はマルテンおでんコーポレーションが建てたらしい。
「マルテンおでん? なんか変な会社ね。それよりお母さん聞いて! 今度数学のテストで満点取るんだ!」
芽衣子は新しい事を発見するのが好きだったがテストで良い点を取ろうと思ったことはない。
その晩の食卓で父と妹はなぜかおでんの話ばかりしていた。父の好物である事も知っている。しかし妹の好物とは知らなかった。「パパはおでん大好きだけど妹は何が好きなの?」と聞くとお父様が大好物ですよ。と答えた。芽衣子がマルテン食品のお偉いさんの娘であることにやっと思い当たったようだ。妹がおでんを口に運びかけて止める。その視線の先に父が居た。「お姉ちゃんもお兄ちゃんと同じものが食べたいよね」。そう言いつつお椀に入った煮込みをおそるおそる一口食べた。すると顔つきが変わったかと思うとバクつく。そして涙ぐんだ目をしながらお替りをした。おでんじゃなく家族全員を丸ごとおでんにする作戦だったのだ。その夜お風呂に入ると全身に虫さされの跡があった。背中の肩甲骨の上が腫れていた。翌朝鏡を見てみると小さな羽が生えていた。それから一週間は熱を出して学校を休んだ。その後二年に進級できたが制服が合わなくなりセーラー服がブレザーに変わった。体操服はぴっちりとした赤いブルマーに代わった。背は伸びなかったが胸が大きくなっていた。芽衣子は中学で陸上部に入ることになったが女子の部は廃部になっていた。高校入学の直前におでん鉄塔建設が中止になった。原因は老朽化。おでんぽろぽろ事件という謎めいたものがあったが、どうせ宇宙人の仕業だろうと芽衣子は考えた。ある日突然、芽衣子に「青春の悩み相談室」なる部活動の勧誘を受けた。顧問教師にその旨伝えると「そんなもんねぇ」と返された。芽衣子は「私が作ってやるわ!」と宣言して「青春の悩……み……」と言い残して眠りについた。芽衣子はまたあの夢の世界に居ると思ったが違った。目の前にいる男が芽衣子を睨んでいる。その表情から察するにあまりいい雰囲気ではなさそうだ。芽衣子が立ち上がって走り去ろうとすると男は手を差し伸べてきた。その手につかまるのは危険だ。芽衣子は本能的に察知し男の手をかわし逃げた。その芽衣子の手をつかんで引き寄せる。
男の目が芽衣子を捉える。
芽衣子は恐怖で身動きが取れなかった。男は言った。「俺を怖がるな」芽衣子は恐ろしくて男を直視できないが勇気を振り絞って顔を上げた。男の瞳孔が開き、額から角が出ているのを見た。芽衣子が目をそらすと後ろで悲鳴があがった。見ると友人が背中を切られているではないか! 男が笑っていた。芽衣子は逃げた。捕まって殺された。目が覚めるとまた見知らぬ場所。目の前にはあの男が座っている。芽衣子は怯えながらも問うた。なぜ自分をこんな目に遭わせるのか? するとこう答えが返ってきた。
「俺は悪魔だからだ!」芽衣子は思った(なんだかよくわからないけど怖いから殺されるのはいや。殺されないためにも私を殺そうとするこいつのことを調べないといけない)そう決心して、自分の部屋でパソコンを開いた。インターネット検索を開始すると、いつもとは違うページが開いた。
芽衣子の自宅PCは、ウイルスに感染していてボット化していた。
芽衣子の脳は記憶領域が狭い。そのかわり直感的思考に優れる。彼女の理論を実証するのは容易い。
「そうだ!」
芽衣子は立ち上がった。ベッドの枕元の棚に手を伸ばしてペンケースを掴む。そこからマジックを抜き出す。
マジックで床に正三角形を描いた。その真ん中に立つ。手を前に出す。
右手人差し指を立てる。目をつぶる。意識を集中。
ふっと体が軽くなったと思ったらそこは宇宙空間だ。星ぼしに囲まれている。
目の前に巨大な宇宙船が浮かんでいる。
その船体は月と同じ直径を持つ球体だ。
これが宇宙人の母船だろうか。
地球圏のどこへ飛んで行くつもりだろう。
おでんロケットはもう発射した。
芽衣子が宇宙にいる間に、鉄塔が壊れているかもしれない。
その時、おでんロケットは爆発しているのか、どうなるんだろうか。
そもそも、自分はいつの間にこんな話を創作したのだろう。
まぁそんなこと気にするほど繊細でもないけどねと彼女は笑っていた。
芽衣子はノートの切れ端にメモを書き殴る。
マルテンおでんタワーは飛ばせない。しかし発想を転換させればいいのではないか。鉄柱でなく飛行機械ならどうか。翼で羽ばたいて飛ぶ飛行機は昔からあるではないか。あれならマルテンおでんのプラスチックで製造できるのではないか。その設計図を描きながらふと思い出した。そういえばあの鉄塔は誰の所有なのか。いやマルテン食品のものに違いないのだが、何であんなところにあったのだろう。おでん鉄塔はおでんの具材を世界中どこでも輸送できるように設置されたものだったはず。ならばなぜ鉄塔ではなく大鉄塔ではないのか。それにはマルテン鉄塔建造の裏話があったのだ。それはおでん鉄塔の七〇年前にさかのぼって説明せねばならない。
七〇年前。マルテンおでん鉄塔建造に携った男の名はおでん。彼は鉄塔を飛ばす事など考えてなかった。むしろ建設する事が夢であった。
マルテン鉄塔を建設するためには莫大な予算がかかる。当時一億四千八百万おでん円。現在に換算すると一兆五千万円ぐらいかかる。おでんはその建設費を稼ぐためにあらゆる工事に携わった。橋桁やトンネルやビルの基礎杭打ち、ダムの建設から道路舗装まで何でもやった。
しかしどんなに仕事をやってもその仕事が評価される事はなかった。
なぜなら彼はおでんの屋台を引いて日本中をまわっていたからだ。
だからおでんは会社を定年退職してからも鉄塔建設の仕事を続けた。おでんです。マルテン鉄塔の工事は十年以上続いていた。
やがて時代は変わり高度経済成長によって人件費が高騰していく。さらに地球環境問題への対処のためCO2の削減をしなければならなくなった。
マルテンおでん鉄塔建設現場は重機の代わりに人型お手伝いロボットが導入された。そのロボットの名はおでんじゃなく鉄腕じゃなくておでこ。芽衣子が名付けた。
鉄頭おデコロボティクスだ。おでこちゃんは芽衣子に忠実だったがある日、突然動かなくなってしまった。そのおでこにマジックペンで書かれた文字は『芽衣子』。そう。おでこの頭部は彼女専用のお絵かきマシーンとして稼働していた。おでんの具材ではなく人の名を書けばいいのでは?という着想から生まれたロボットだ。しかし人間ではないものに自分の名前が書かれた事に鉄心おデコロボティクスがショックを受けたのかは定かではない。
マルテン食品本社社長の娘のくせに研究一筋だった開発芽衣子。その彼女の発明が世界を救おうとしていた。それは彼女が密かに進めてきた計画である。
マルテンおでこの鉄塔が壊れれば地球規模の大惨事になるかもしれない。
だがおでん大鉄塔は鉄塔だ。ロケットエンジンを装着すれば簡単に飛び立てそうな設計になっている。マルテン食品に勤めていれば開発の発想自体は簡単に出てくるものなのだが。ただ、問題はおでんの具をどうやって打ち上げるかだ。マルテン食品のおでん大鉄塔にそんな機能はついてないはずだ。そもそもおでん鉄塔をロケット発射する需要があるだろうか、あるとすればおでこの修理代を弁償するためだろう
「おでこ! 私を乗せておでん大鉄塔の上まで運んで頂戴!」
おでこ型鉄塔は首を振って拒否の意を示す 芽衣子はスマホを取り出しおでん鉄塔の開発者のページを開いた マルテン大鉄塔(開発芽衣子)http://matendentour.website/ マルテン食品の大株主としておでん大鉄塔に小型ロケットの射出装置をつけてくれたらと切実に思うのだがどうだろう。大株主といっても大鉄塔建設に出資しているだけだけど マルテン鉄塔と書いておでん鉄塔と読むのはマルテン製品の宣伝上仕方ない。だってそう読めてしまうんだから。本当はマルテンタワー。でもマルテン鉄塔のほうが親しみがわくでしょ? 大鉄塔を鉄塔と呼ぶか塔と呼んで塔を塔と呼び、ややこしいなぁ 大鉄塔からおでん鉄塔へ名前が変わる日は近いかもしれない 大鉄塔は全長五百四十メートルの世界最大の大鉄塔。ギネスにも登録されているがおでん鉄塔はその百倍の千四百三十メートル。さらに高いとこ目指してんのね! 高さではマルテンおでん大鉄塔に敵わないけど大鉄塔とマルテンおでん大鉄塔の違いって知ってるかな?実はこの差が大きいのだ まず大きさは大鉄塔の方がやや大きく見える 次に材質は硬質プラスチックである大鉄塔に比べマルテン大鉄塔の外壁には耐熱処理を施している 最後に強度が違う 大鉄塔の方がより堅牢であり重量物を運ぶための輸送機や列車などの発着場所として運用される予定
「ふっ」と笑ってノートを閉じた マルテン大鉄塔にはロケットを飛ばせる機能があると私は知っている これは歴史改変に当たるだろうか。私は世界線の修正力から逃れられるのだろうか 私にとっておでん鉄塔は夢を叶えてくれる神様だ。
そのおでん鉄塔の建設を止めようとするのは悪だと思う。
この世界に生きる人間の誰よりも私はおでん鉄塔を必要としているはずだから。
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芽衣子が通うのは日本の地方都市の公立高校。偏差値55程度の公立進学高校だ。制服はあるがブレザーはない。
教師たちの態度が露骨になった。芽衣子にテストの成績表を見せるのを避けるようになった。成績が悪くなったのは父親のせいなのだから仕方ないが腹が立つ。
テスト期間になり、放課後はいつも通り図書室に寄って自習していると隣の席に見知らぬ女子生徒が座ってきた。三つ編みおさげでメガネの真面目そうな女子生徒だ。その雰囲気から文芸部だろうかと思った。
「テスト勉強ですか? 頑張って下さい。応援しています」
話しかけられた事に驚きつつ礼を言う。
「ありがとう。ええっと?」
名札を見た。『三船(ミフネ)
愛』と書いてある。どうやら先輩らしい。
それから毎日、テスト勉強に付き合ってくれた。
分からないところを丁寧に解説してくれたので苦手科目も平均点に届いてほっとする。おかげで期末試験では学年トップになれた。しかしテスト期間に入るまで全く勉強しなかったせいか夏休み前の成績に戻っただけだと芽衣子は思っている。ちなみに成績は芽衣子がトップ。芽衣子の両親に言わせればこれは当然の結果なのだそうだ。
学校が終わると寄り道せずに帰宅してすぐにシャワーを浴びて制服から着替える。真新しいブラとパンティーを着け体操服をかぶり、赤いブルマーを履く。運動靴の紐を結びリュックを背負い玄関に向かうと母が立っていた。いつものように不機嫌そうだ。
「どこ行くの」
ぶっきらぼうに聞かれたので素直に答える。
「ちょっとマルテンタワーに行ってくる。すぐ帰ってくるけど」
芽衣子は今やマルテンタワーの熱狂的マニアだ。この辺りで話題のマルテンタウンに行かないのはコアすぎるファンの所業だと思っていた。
メイは一瞬きょとんとした顔になり次に表情が強張る。
それは娘の言う言葉に驚いていたわけではない。娘の姿恰好を見て動揺していたのだ。
(何?なんなの?)
マルテン食品のロゴが入った紺色のブルマ。赤白帽を被った体操着の上下姿。リュックサックを背負った格好で出かけようとする我が子に思わず問いかけてしまう。その問いは母親としての疑問ではなく一人の女性としての言葉であった。
「あのさ。メイ。あなたその姿……」
メイコの視線はチラチラと股間に向く 体操服の裾からはみ出た黒いタイツの生地が張り付く肉付きのよい太腿。健康的に引き締まったふくらはぎとすっきりした土踏まず。細い足指を覆う真っ黒なストッキングは艶めかしい光沢を放つ ブルマーに包まれたお尻の丸みが眩しかった その下は白いラインが入った半袖のシャツ。胸元に輝く赤いバッジは生徒の証だ。
体操着の上からでも膨らんでいることが分かる二つの突起物は母性の証。
少女特有の丸みを帯びた肩から二の腕。そして小ぶりで愛らしい手は桜貝のような爪をしていた。
おどおどする母の目を真っ直ぐ見つめて答えた。
「今日は体育があるの」
「そ、そうよね!あはは」メイコは無理矢理笑ってみたが口の端がひくつくのを止められない 学校に向かう娘の背中を見送ったあとリビングに戻った。キッチンでは食器洗いをしている父がいた。父の目は娘を見ていた。
この人は本当に父親なのだろうか。ふとそんな疑念が湧いてきた。あの人が言うのは嘘ばかり。私のこともメイちゃんの事も何一つ理解していない。だけどあの人は科学者で世界の運命を決める人だ 冷蔵庫を開けると麦茶の入った容器があった。コップ一杯飲み干すと気持ちが落ち着いた。
「パパ」呼びかけるとビクッとしてこっちを見た。目が泳いでいる。
私に話しかけられるのは嫌なんですか? メイコは悲しかったが冷静さを取り戻すために努めて明るく言った。
「今日の晩御飯のおかずは何がいい?」
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お風呂上がりにメイコは髪を丁寧にドライヤーで乾かしていた。
白いレースのカーテンに夜風が吹き込んでいる。夜景の明かりが点々と浮かぶ窓をぼんやり眺める。
「そろそろ夏休みよね、ママはどこ行きたい?」
母の声が浴室の方から響いた。返事がないとわかるとうーんと考え込む。それから鼻歌まじりでリビングに戻ってきた。
湯上りの肌はほんのりと赤みが差している。濡れ髪のまま冷蔵庫に向かうとビール缶を取りだした。
ソファに座ってテレビのスイッチを入れる。ニュースのスポーツコーナー。今日はナイター中継はないようだ。野球は嫌いではない。だがメイコの一番好きなチームは大阪タイガース。その次は横浜ブルーウェーブだ。
今シーズンの成績は……と続きを見ているうちメイコは眠くなってきた。まぶたを閉じる。意識が薄らいでくる。このままソファーに沈んで眠りそうになっていた時、スマホが鳴った。
電話だ。液晶を見ると知らない電話番号。出るべきか出ないべきか迷ったが、とりあえず出てみる。もしもしと言う。向こう側から男の声がした。
「娘さんですね。お母さんとお話がしたいのですが」
それだけで男は一方的に通話を終えた。ツー。
翌朝。メイコはパジャマ姿で目を覚ました。ベッドサイドテーブルに置いてある時計を見て時間を確認したがどうにも思考能力が低い。もう一度枕に頭を預けた。
「パパ、昨日のあれなんの話だったの?お仕事のこと?」
父が起きて来る。リビングの机でノートパソコンを開く母と挨拶を交わした。メイコは父の仕事を知らない。ただ、とても偉い人らしいということは理解している。父の朝はとても早いからだ。
「ママ。変な人から電話あったんだけど。なんていうかその……怖い感じの人だった。でもねお父さんと同じ会社の人みたいで……」
母の顔色がさっと変わった。
父がメイコを自分の側に引き寄せる。
「メイちゃん、どこで番号聞いたのかな?」声が一段低いトーンだ。怒っている時の音だと知っている。
母に目配せをして父は電話に出るように促す。受話器から耳を離したまま話すつもりだ。スピーカーホンで聞くつもりだろうか。そう思って母の方に視線をずらす。母はまだ事態を把握していないようだ。
「おやすみ中のところ失礼します」相手先は非通知設定。
聞き覚えのある男性の声だ。
「あのーもしもし、どちら様ですか?」
メイコの母がその先を促す。父はメイコの手を強く握ったままだ。
男性は淡々と答える。「おたくのお嬢さんは今おいくつですかね。十六歳、もうすぐ誕生日ですよね」
父は相手の出方を窺いながら言う。「何が言いたいんですか?」
「うちの娘が大変世話になったようで感謝しています。それで娘がそちらに行きましたか。いえ、来てませんよね?ええと、どこに行かれたんでしょうか」
沈黙が流れる。母は困惑していた。
「ああ。ちょっと待ってください」父が小さく手を上げる 父の携帯電話からノイズ混じりの音が流れてくる。父が舌打ちをした
「ええはいわかりました。どうも。じゃあお待ちしておりますので、え、いやそんなことしないで下さい。本当に困ります。あ、ちょ」父は通話を切る
「お前、今の男なんだ?お父さんの知ってる人だよ、大丈夫だから落ち着け、心配するなって。さてと、お母さん今日は何の日かな?」
「へ、あの……その……」母の歯切れが悪い。
芽衣子が目を擦って起き上がる。
「お父さんなんの話をしているの、私の進路についてでしょ!」
父は黙っている 母が立ち上がり台所でお茶をいれ始めた 芽衣子は立ち上がる
「ねえ、話はまだ終わってないんだけど」
父は振り返り微笑む
「お帰りメイちゃん」
その晩は月明かりだけが頼りの暗がり。雲一つない晴天だ。しかし夜になると海鳴りと共に突風が吹く。波は荒々しく砂浜に打ちつける。それはこの世に災厄をもたらす神の声にも似ていた。
その浜の近くに一台の軽トラックがある。荷台に段ボールを載せている。その隣に小さな影があった。少年が二人いる。彼らは顔つきが似ているところを見るとおそらく双子であろう。
二人はしゃがみこんで砂遊びを始めていた。彼らの年齢は六歳ぐらいだ。髪が黒く短くまるで子供版ヒトラーのような髪型である。
一人が泥団子を二つ作っていた。
もう一人がそれを指差す
『すごいなあ、兄さん!ぼくもそれ作りたい』
するともう一人の子供が答える。
彼は眼鏡をかけて優しそうな表情をしている。
『いいとも。だけどこれはね。君には無理だと思うんだ。だから、まず僕がやってみせよう。こうやるんだよ。よく見ててね。こうして、こーやって……できた!』
『おおー!!』
『どうだい?』
『さすがです兄さん!』
「ふふん。当然だよ。じゃ次は君の番だ。がんばって」
その段ボールを覗き込む二人の頭の上に白い物体が飛来してくるのが見えた。それは風に煽られてくるくる回転しながら落下している。そして、あっという間にそれは二人の頭を包み込んだ。その光景は一瞬のことで動画だと一コマで終わってしまうかもしれないが、実際はスローモーションのように見える。それは白旗だ。

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