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第10話 寝るならほかの場所で寝ろ!!

 ()れながらもようやく辿り着いた84階層。
 ゆっくりと慎重に進むエリシュの背を視界に捉え、俺は寡黙に追従していた。

 80階層の居住階層(ハウスフロア)まではこの迷宮(ダンジョン)のような構造が続いているらしく、ともすれば外魔獣(モンスター)をばったり出くわしてしまう可能性だってある。
 迷宮(ダンジョン)内では時折、敵意に満ちた咆哮が壁のあちらこちらから跳ね返り聞こえてくる。加えて地鳴りのような、腹の底が振動する低い唸り声。
 それらの残響を背に遠ざけて、外魔獣(モンスター)との望まぬ邂逅を巧みに回避しながら慎重に進んでいく。その甲斐あってか最初の戦闘以降、外魔獣(モンスター)と一度も遭遇(エンカウント)していない。
 エリシュの案内があってこそ、だ。

 しばらく整備の整った洞窟のような迷宮(ダンジョン)を進んでいると、前方から眩しい光が差し込んできた。エリシュの進路は変わらない。掌で(ひさし)を作りそのまま光へ向かって突き進むと、開放的な場所に辿り着いた。ここには圧迫感をこれみよがしに与えてくる左右の壁がない。まるで吹き抜けを連想させる形状だ。
 そしてその吹き抜けの中心部を支配しているのは、青白く屹立した水晶にも似た柱。
 大人ならなんとかしがみつけそうなほどの円柱で、放つ光は吸い込まれるように美しく、そして同時に人を寄せ付けない不気味さも感じさせる。
 上下を見渡せば階層を突き抜ける形で伸びており、どちらにしてもその光源の終始点は薄暗い闇に飲み込まれていた。
 これこそが聖支柱(ホーリースパイン)だと、振り向きざまにエリシュが俺に教えてくれる。
 
 初めて見るこの世界の命の光を目の当たりにして、俺は妙案を思いついてしまった。自分で言うのもアレだけどハッキリ言って完璧な作戦だ。

「なあエリシュ、この聖支柱(ホーリースパイン)を伝ってさ、するするっと下に降りようぜ」
「———触ってはダメ!」

 聖支柱(ホーリースパイン)に伸ばす俺の手を、エリシュの声が咄嗟に止める。

「……え? 触ったら、どうなるんだよ」
「死ぬわ」
「ウソ!? ———うわっ、あぶね! そう言うことはもっと早く言ってくれよ!」

 慌てて手を引っ込める俺に、エリシュはため息を(まじ)えて俺を見た。

「この柱の光は、最上階の王族しか触ることが許されていないの。許可なく触れたら一瞬で蒸発してしまうわ」
「なんだよそれ! 怖っ! ……でもよ。この光のおかげで、みんな生きていられんだろ?」
「……そうね。私たちはに与えられているのは、その光の恩恵だけ。ただ光をその身に受けて、生かされているの」

 神聖なものなのに、今にも唾を吐き出しそうなエリシュの顔も気になるけども。

 ……せっかくのナイスアイデアだと思ったのによぉ。

 それよりも俺には落胆のほうが遥かに大きく、苛立ちを隠しきれなかった。

 聖支柱(ホーリースパイン)を迂回する形で俺たちは、閉鎖された迷宮《ダンジョン》内へと戻って行く。
 結局のところ、摺足(すりあし)で音を立てずにヒタヒタと歩き危険を察知、迂回する。遠回りに感じるが、これが80階層までの最速の道。選択肢はほかにない。

 俺の苛立ちと焦燥が伝播したのか、エリシュはチラリと振り返る。そしてにべのない顔に少しだけ憐憫(れんびん)の表情を滲ませた。

「……少しだけ、急ぐわね」
 
 先を行くエリシュの速度が上がり、小走りになる。
 音を極力奏でないように、静かに、速く。そして慎重に。

 迷宮の曲がり角。並走する俺とエリシュは生温かい感触に押し戻された。

 決して警戒をかなぐり捨てた訳じゃない。
 だけど慢心は確かにあった。俺の心情を汲んでくれたエリシュを責めるだなんて、俺はそんなに腐っちゃいない。
 直角に曲がった通路のすぐそこに、大きな体躯をとぐろに巻いて寝ている外魔獣(モンスター)に真っ向から衝突してしまうことなど、誰が想像できるというんだ。
 
(———こんなところで、寝てるんじゃねーよっ!)

 気だるそうに持ち上げる目蓋の奥から覗かせた深紅(ガーネット)の瞳を、俺は鋭く睨み返した。

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