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 とても、とてもためらった。
 リゲルに連絡するのを。ノートのことを言わなければいけなかったので。
 数日、悶々とした。学校でも普段と違う様子を晒してしまっていたようで、ミアやシャウラに「具合でも悪いの?」と訊かれてしまったほどだ。
「うん、寒いしね。鼻風邪みたい」
 そんな、つまらない言い訳をした。確かにここ数日は特に冷え込んでいたので、「ならいいけど……」なんて受け入れられてしまって。
 でもライラはこのことをミアたちに話すつもりはなかった。こんな汚い感情、ひとに知られたくないなんてつまらないプライドで。
 そしてもうひとつ。これは、自分とリゲルだけのプライベートなことだから。
 どうしよう、どうしようとためらっていたのだけど、そうしているうちにあちらから来られてしまった。
「こんばんは。リラさん、これ、差し入れです」
 リゲルがある夕方、訪ねてきた。時折してくれるように、カゴを持って。その中には真っ赤に色づいたいちごがたくさん入っていた。
「まぁ、ありがとう」
 リゲルを玄関で迎えたのはライラの母。普段ならライラが先に、自分から玄関へ走っていくのに。
「いつもライラのこと、ありがとうね」
 母はくちもとに手を当てて、ふふ、と笑って言った。
 ライラはそっと、リビングから顔を出した。決まりが悪い。
「はぁ。その、……ありがとうございます」
 ライラの母の言葉を聞いて、リゲルは決まり悪そうに頭を掻いている。少し顔を赤くして。
 もうとっくにライラの母にはリゲルからも言ってくれていたけれど。「ライラさんとお付き合いすることになりました」と。
 まだただの交際だというのにちゃんと報告してくれたこと、そして「俺、ライラさんのことを大切にします」と言ってくれたこと。とても丁寧な言葉で。
 胸が熱くてつい泣いてしまったライラを見て、母は「幸せなら笑わないと」と背中を撫でてくれた。あのときはあんなに幸せだったのに。
 いや、幸せな気持ちでいられないのは自分の心のせい。リゲルはちっとも悪くない。
 ライラの家の地下室にノートがあったのも。
 自分のノートに当時、想いを綴ったことも。なにがいけないというのか。

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