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 しゃべりながら歩いていたうちに、目的地が近づいていたらしい。リゲルは、話題が見つかってほっとした、という様子で先の角を指さした。
 ほっとしたのはライラも同じだった。
「そうなんだ。路地裏なのね」
「ああ。だから昼時でもそんなに混んじゃいないんだ。今日は土曜だが、まぁ大丈夫だろ」
 空気は、するっと元のものに戻っていた。まるでさっきのものは一瞬の夢だったように感じてしまう。
 でも夢ではないのだ。胸元にあるネックレスは、きちんとオレンジ色の石が嵌った面が上になっていたのだから。ひっくり返っていたことには気付かなかったけれど。
 よくあるのだ、今回のようにネックレスやペンダントがひっくり返ってしまったり、髪飾りがつけているうちに歪んできてしまったり。リゲルの言うとおり、不器用……とはあまり認めたくないけれど、器用とは言いがたいので。ついうっかり、そんな軽いミスをしてしまう。
 そもそもこのネックレスのチェーンを一回切ってしまったのだって、それ。でも今ばかりは「あはは、またやっちゃった」なんて言えるはずないではないか。これほど意識していたところなのだから。
 ああ、もう。
 少しだけは、落ち着いてくれた心臓。上から押さえたかったけれど我慢する。そんな仕草はおかしいだろうから。
 かわいいと思って着てきた、ジャンパースカート。今日の服ならトータルとして比較的厚着だから、薄っぺらな胸や体はそれほど強調されないと思うけれど。
 それでも彼の手が近づいたことで意識してしまった。
 どうしても彼の好みではないことを。
 少なくとも、自分はそう思ってしまっていることを。コンプレックスに、不安に感じてしまっていることを。今、二人で居るときにそんなことを考えるのはおかしいことだとわかっていても、浮かんでしまったのだ。
 でもそれを口に出すときではないし、だいたい、勇気を出すにしたって、そのときも『好みじゃない』云々は別に口に出すことじゃない。
 ライラは自分に言い聞かせて、すう、はぁ、と意識して息を吸って吐いた。
 楽しもう。つまらないことは考えないで。
 意識してしまうのは仕方がないけれど、意識しすぎては、せっかくのこのお出かけを楽しみきれない。それではなんのためにリゲルを誘ったのかわからないではないか。
 お礼をするため。それと同時に、二人で楽しく過ごすためだ。

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