頂点
大魔剣は自身すら飲み込んで、限界まで魔力を圧縮させ続ける。そして光の柱を最後の一押しとして限界を超え、その機能は失われた。それと同時に圧縮魔力の枷は外れる。ため込まれた膨大な魔力は反転して膨張し、光と熱と衝撃波となって全方向へと放出された。
星の大釜に残された人々は天空を仰いでいる。地位も種族も老若男女を問わずその視線はユウト達の軌跡の先へと向けられていた。
そして刹那、すべてが白く覆われる。広がる青空に稲妻が閃いた。
人々にどよめきが起こる。すると間を置き、地を震わす重たい轟音が降り注いだ。
その強烈な音におののくようにしてハイゴブリンの四姉妹はレナにしがみ付く。レナはそんな四姉妹にそっと手を添えながら横たわる草原から視線を外さず空の変化をとらえようとしていた。
「ユウト・・・」
レナがぽつりと名を呼ぶ。そばでリナがはっとして何かに気づいた。
「大魔獣が、崩れていく」
そのリナの声に気づいてレナは視線を落とすと星の大釜の底を見る。そこにはレナ達の魔槍によって吹き飛ばされながらも脈打ち、形作っていた黒いモノが溶けるように地を流れ始めていた。
「じゃあ、ユウトはやったの?」
レナは緊張をにじませながらリナへと尋ねる。
「ええ・・・おそらく。確証はないけれど」
煮え切らない表情でリナはまた空を見上げた。
それにつられるようにしてレナもまた、視線を上げる。いまだ変化を見せない遠い青空を凝視した。
ユウトは瞳をゆっくりと開く。ぼやけた意識の中で自身の状態を意識した。
風が切るような音を聞き、軋む全身の筋肉を感じてようやく呼吸を思い出す。ハッと息を吐いて薄い空気を吸い込んだ。自身の身体は仰向けに自由落下を始めている。はっきりとした視界が捉えたのは濃紺の空に広がる染みだった。それは遠く四散して広がる大魔獣の核であるとユウトは気づく。達成感と安堵感が全身を駆け巡った。
しかしそれは余韻を残さず一瞬でかき消える。ユウトの思考は後先考えなかった現状の打破へと向けられていた。
ユウトは仰向けの体制からぐるりと半回転して着実に迫りくる地上へと相対する。その時ようやくどれほどの距離を昇って来たのかを認識することになった。霞んだ緑の大地に雲のまだら模様が浮かぶ。まったく見慣れない光景にユウトの内心に焦りが広がった。
「セブル、ラトム、ヴァル!大丈夫か?聞こえるか?」
ユウトはどうにか口を開いて声を発する。
「はぃ・・・なんとか」
まず、セブルの声が聞こえた。
その声は弱弱しい。ユウトの全身を覆っていたはずのセブルの身体は小さくなってユウトの首元にいた。
「オイラも大丈夫っス。でも持ってる魔力はかなり少なくなってしまったっス」
次にラトムの声が聞こえて来る。するとユウトの目の前に飛翔するラトムが姿をあらわした。そしてすぐに視界の外に消えたかと思うとユウトの落下速度は弱まる。それはラトムがユウトの腰の帯をつかみ翼を広げたことで抵抗を増したためだった。
「我モイルゾ」
ユウトの脳内に声が響くと徐々に近づく物体があることにユウトは気づく。それがヴァルであることをユウトはすぐに気づいた。ヴァルはユウトの真下で落下速度を調節し、ある程度の距離を保っている。ユウトは全員の声を聞いて、いっぱいいっぱいだった気持ちに少し余裕を感じることができた。
「・・・よしっ。ヴァル、大魔獣の核はどうなった?」
「我ノ観測ト、地上ノ外部装置ノ情報カラ、破壊シタモノト判断スル」
「わかった」
ヴァルの報告からユウトは大魔獣のことを思考の隅に追いやり、気持ちを切り替える。
「オレ達にはまだやることが残ってる。まずは無事に星の大釜に降り立つことだ。みんな手は少ないと思うけど力を貸してくれ。ヴァル、星の大釜の場所はわかるか?」
「問題ナイ。我ガコレヨリ誘導スル。我ノ直上ヲ維持セヨ」
「ラトム、調整を頼んだ。それと着地の時に落下速度を和らげてほしい。できる分でかまわないから」
「了解っス。がんばるっス!」
立て続けにユウトは指示を出した。
「セブル」
「は、はいっ」
一拍の間をおいてユウトはセブルに声をかける。
「セブルにはまだ大仕事が残ってる。だから今は休んでいてくれ」
「・・・はい」
セブルは疲労と緊張の中にさみしさをにじませた声で返事を返した。
「セブル、ありがとな。先に、言っておきたい」
ユウトはセブルへ静かに言葉を続ける。
「えっ?」
「大魔獣の核に対する最後の一撃。あれほどの威力とは思わなかった。きっとオレもだめだったはずだ。それがこうして無事でいられるのは、セブルが守ってくれたからだろ?」
ユウトはちらりと自身の腕を見た。
その装甲はただれている。しかし手袋などは少し焦げ跡が残る程度だった。
「いつも心配してくれて、オレの無茶に付き合ってくれてありがとう。次はセブルの望みを叶える番なんだ。今は見守っていてくれ」
ユウトの首元にいる小さくなったセブルは身体を震わせる。
「はいっ・・・もちろんです」
セブルは答えてユウトの首元を柔らかく伸ばした毛で覆った。