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ー 揺れるアールタラ(1) ー

ここはどこだろう。知らない場所だけれど、とても美しいところだわ。
装飾が施された石畳。ぐるりと等間隔で並び立つ柱。遺跡のような、神殿のような。生活感はないけれど、手入れが行き届いている厳かな場所。

そして、豪奢な石階段の先には荘厳な祭壇があり、枯れかけた小枝のような魔晶石(イデア)が一本生えている。色は光属性(アイテール)だ。今にも、砂にでもなって消えてしまいそうなそれは、とても大切そうに祀られている。

————なのに。こんな美しい場所でも戦があったというの?
打ち捨てられた剣。柱に飛び散る血飛沫。石畳の血溜まりは、装飾の溝に這うようにして流れていく。死体は片付けられてしまったのか、もう見当たらない。

その血溜まりを中心として、遊色に煌めく美しい鉱石の欠片が散らばっていた。それはまるで呼び寄せられるように、枯れかけた魔晶石(イデア)に次々と融合していく。刹那、それが眩い光を放ったかと思うと、始祖の支柱(ファグルリミ)に似た巨大な魔晶石(イデア)へと変貌した。

巨大な魔晶石(イデア)の一番太い幹の中には、銀色の羽翼と、先ほどの欠片と同じ色をした竜の尾と角を持った妖魔族(ファフニール)の赤子。
その様子はあまりに美しく、あまりに幻想的で、私はきっと夢を見ているのだと思った。

————だって、この銀と遊色の煌めきは、私の色だもの。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「………」
目を開けると、見慣れた天井。傍らにはヘスティア。
何だか、頭がぼうっとしてうまく働かないが、どうやらここは自室のようだ。

「…私、イーダフェルトで…」
あぁ、そうだ。ミード作りの最中に伝令使(サーガ)からお父様に伝令が来て、その時に魔力酔いのような症状で倒れてしまったのだった。でも、いつもの魔力酔いとは、少し違ったような気がする。喉が張り付いたような感覚がして軽く咳き込むと、心配そうな顔をしたヘスティアが水を差しだしてくれた。

「ありがとう、ヘスティア」
こくり、と私が水を飲んだのを確認した彼女は優しく微笑むと、すぅと扉の外へと消えていく。私が目覚めたことを知らせにでも行ったのだろう。外はもう暗く、恐らく日付が変わった頃合いだ。
しばらくして、コンコンと控えめに扉をノックされる。

「どうぞ」
「お休みのところ、失礼いたします。お嬢様」
家令のエルディルが申し訳なさそうに入室し、私の顔を見るなり安堵した表情を浮かべた。

「…心配をかけてしまったわね。ごめんなさい」
「とんでもないことでございます。お嬢様がご無事でようございました」
「お父様とお義母様は、もうお休みかしら」
「いいえ。本日は、妖魔族の王城(スキーズブラズニル)に詰めるとのことでございます」
「え?…そう、ではここにはどなたが?」
「リーグル・ノルズリ様がお連れになりました」
「わかったわ、教えてくれてありがとう」

明日、イーダフェルトに行くときにお礼の品をお持ちしなければ。
あ、でも、エーシル様も介抱してくださったのだから、明日は一旦略式として、後日正式な手順に乗っ取ってアウストリ家からノルズリ家へお礼をした方が良いわね。お父様にご相談しましょう。

私が倒れたあの時、魔力酔い覚まし(ケイロンミード)の経口摂取が難しかった。気を失ってしまったから覚えていないけれど、きっと魔力回路(ヒュレー)への直接注入で対応したのだろう。魔具技工士(ファーベル)はそういった医療用の魔道具(フロネシス)の製作も行っているし、エイル隊であれば誰でも処置が可能なように訓練を受けている。

そもそも、ミードは材料からも水薬のように誤解されているが、経口摂取した場合でも、外傷に直接かけた場合でも、魔力回路(ヒュレー)に吸収されて魔力回路(ヒュレー)に作用するものだ。なので、たくさん飲むような事態になっても、お腹がタプタプになるようなことはない。

その代わり、生来より魔力回路(ヒュレー)が脆弱な人間族(ヒト)獣人族(キメラ)は、ミードの使用量に注意しなければ魔力酔いを起こしてしまう。元々はそのために開発されたのが、魔力酔い覚まし(ケイロンミード)だ。しかし、魔力酔い覚まし(ケイロンミード)で魔力酔いを覚ましながらまた別のミードを乱用するのは、魔力回路(ヒュレー)への負担が大きいために推奨されていない。

「お嬢様。もし体調が戻られたならばと、ご当主様より一点言付かっております」
「お父様が?明日の調合についてかしら」
「いいえ。明日は、なるべく早い段階で妖魔族の王城(スキーズブラズニル)へ登城するようにと」
妖魔族の王城(スキーズブラズニル)へ…?わかったわ。体調は恐らく問題ないだろうから、礼装の準備をしておいてもらえるかしら」
「承知いたしました。どうかご無理だけはなさりませんよう」
「ありがとう。…お休みなさい」
「は、お休みなさいませ」
彼はいつものように完璧な所作でお辞儀し、闇の中へと姿を消す。

エルディルとヘスティアの気配を感じない事を確認し、私は、そっと自分を抱きしめた。

————怖い。フュルギアが二度も夢枕に立ったこと、いつもと違う魔力酔いを起こしたこと、極めて軍事機密性が高いであろう伝令、屋敷へ戻れないほどご多忙なお父様とお義母様、未だ戻られる気配のないアルヴィスお義兄様、一兵卒である私が妖魔族の王城(スキーズブラズニル)に登城するよう呼び出されたこと。

この全てが繋がっているのだとしたら…?

私は頭まで毛布を被り、ぎゅっと目を瞑って、誰にも聞こえないようにそっと囁く。
「きっと、夢の織り手(ドラウムニョルン)のせいよ」

とにかく眠ろう。次は良い夢が見られますように。
私はたった一人、静かに祈った。

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