ー 揺れるアールタラ(1) ー
ここはどこだろう。知らない場所だけれど、とても美しいところだわ。
装飾が施された石畳。ぐるりと等間隔で並び立つ柱。遺跡のような、神殿のような。生活感はないけれど、手入れが行き届いている厳かな場所。
そして、豪奢な石階段の先には荘厳な祭壇があり、枯れかけた小枝のような
————なのに。こんな美しい場所でも戦があったというの?
打ち捨てられた剣。柱に飛び散る血飛沫。石畳の血溜まりは、装飾の溝に這うようにして流れていく。死体は片付けられてしまったのか、もう見当たらない。
その血溜まりを中心として、遊色に煌めく美しい鉱石の欠片が散らばっていた。それはまるで呼び寄せられるように、枯れかけた
巨大な
その様子はあまりに美しく、あまりに幻想的で、私はきっと夢を見ているのだと思った。
————だって、この銀と遊色の煌めきは、私の色だもの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「………」
目を開けると、見慣れた天井。傍らにはヘスティア。
何だか、頭がぼうっとしてうまく働かないが、どうやらここは自室のようだ。
「…私、イーダフェルトで…」
あぁ、そうだ。ミード作りの最中に
「ありがとう、ヘスティア」
こくり、と私が水を飲んだのを確認した彼女は優しく微笑むと、すぅと扉の外へと消えていく。私が目覚めたことを知らせにでも行ったのだろう。外はもう暗く、恐らく日付が変わった頃合いだ。
しばらくして、コンコンと控えめに扉をノックされる。
「どうぞ」
「お休みのところ、失礼いたします。お嬢様」
家令のエルディルが申し訳なさそうに入室し、私の顔を見るなり安堵した表情を浮かべた。
「…心配をかけてしまったわね。ごめんなさい」
「とんでもないことでございます。お嬢様がご無事でようございました」
「お父様とお義母様は、もうお休みかしら」
「いいえ。本日は、
「え?…そう、ではここにはどなたが?」
「リーグル・ノルズリ様がお連れになりました」
「わかったわ、教えてくれてありがとう」
明日、イーダフェルトに行くときにお礼の品をお持ちしなければ。
あ、でも、エーシル様も介抱してくださったのだから、明日は一旦略式として、後日正式な手順に乗っ取ってアウストリ家からノルズリ家へお礼をした方が良いわね。お父様にご相談しましょう。
私が倒れたあの時、
そもそも、ミードは材料からも水薬のように誤解されているが、経口摂取した場合でも、外傷に直接かけた場合でも、
その代わり、生来より
「お嬢様。もし体調が戻られたならばと、ご当主様より一点言付かっております」
「お父様が?明日の調合についてかしら」
「いいえ。明日は、なるべく早い段階で
「
「承知いたしました。どうかご無理だけはなさりませんよう」
「ありがとう。…お休みなさい」
「は、お休みなさいませ」
彼はいつものように完璧な所作でお辞儀し、闇の中へと姿を消す。
エルディルとヘスティアの気配を感じない事を確認し、私は、そっと自分を抱きしめた。
————怖い。フュルギアが二度も夢枕に立ったこと、いつもと違う魔力酔いを起こしたこと、極めて軍事機密性が高いであろう伝令、屋敷へ戻れないほどご多忙なお父様とお義母様、未だ戻られる気配のないアルヴィスお義兄様、一兵卒である私が
この全てが繋がっているのだとしたら…?
私は頭まで毛布を被り、ぎゅっと目を瞑って、誰にも聞こえないようにそっと囁く。
「きっと、
とにかく眠ろう。次は良い夢が見られますように。
私はたった一人、静かに祈った。