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1.今日もお呼びがかかります

 剣と魔法が支配している時代に四方を森と山に囲まれているランメルト国という国があった。

 自然豊かな国、と言えば聞こえがいいが、実際問題として、森は魔物の住処となり、ひっきりなしにランメルト国を襲っていた。
 そのため、森の近くにある町には魔法が使える者と剣を扱える者が町独自の警護団を作り、討伐任務をこなしていた。

 国の王都ユルバンも例外ではなく、王都を出てすぐのところにある、魔物を見張るための塔の中から、24時間交代制で見張りを立てており、王都に魔物が入り込まないように日々目を光らせている。

 雪の季節を迎えようとしていたユルバンは穏やかに夜を刻んでいたはずだったが、今日の見張り当番である警護団魔法部隊のリーダー、アルシェ・フルコンから緊急招集がかかった。

『森に魔物が現れた。この声が聞こえた警護団員は至急、ユルバン郊外の森へ集合しろ』

 夕食が終わり、ユルバンの中心地近くにある屋敷の自室で湯あみ準備中にのんびりと魔法に関する本を読んでいたレーヌは突如頭の中に聞こえた声に反応した。
 それを見た侍女のアラベルは、またか、と思いつつ、
「お・じ・ょ・う・さ・ま?」
 レーヌはその声にはっとして、ぎこちなく笑顔を浮かべ、
「あ、でも、ここまで魔物がきたら怖いでしょう?」
 と言ったが、アラベルはため息をつきつつ、
「ええ、わかっていますよ、お嬢様の性格は!困っている人を見かけるとなりふり構わずに助けてしまうことも、その結果、自分を犠牲にすることも!」
 レーヌは苦笑いでごまかそうとしたが、
「だから、お父様が反対されるのですよ?」
「うん、わかっている」
 
 今から6年ほど前、9歳の秋頃のことだ。
 今日みたいに呼び出され、森の中へと魔物退治へと行ったのだが、1人見慣れない少年がいた。
 この町の警護団はほぼ顔見知りばかりなので、不思議に思っていたが、そこそこ魔法と剣が使えるらしく、かなりの魔物を退治していた。
 ところが、一瞬の隙をついて魔物から炎の魔法ががら空きだった少年の背中にむけて放たれた。
 その気配に少年も振り返るが、防御の魔法が使えないのか、立ちすくんだままだった。
やばい、と思ったレーヌは少し距離があるので走りながら水の防御壁を作る魔法を少年に掛けたが勢いが止まらず、防御壁の前に飛び出してしまい、両足に炎を浴びてしまった。
 悲鳴を上げたのが合図になったのか、数匹残っていた魔物が消えてしまった。

 戦闘を終えた魔法部隊の隊員が即座にレーヌのところに集まり、治癒魔法を浴びせるようにかけてもらった結果、わずかにふくらはぎにやけど痕が残る程度になった。
 見知らぬ少年も、申し訳ないと何度も謝りながら治癒魔法を使ってくれた。
 そしてこの状態では今日は歩けないだろうからと、馬車で自宅まで送ってくれた。
 馬車から降りようとした時、少年が、
「その足で歩くのは辛いでしょうから」
 と言って、馬車の中から横抱きにされたまま自宅へと戻った。

 門兵から帰宅を知らされた執事のルーが両親を連れ、慌てて玄関にやってきた。
 少年はその姿を見て、一礼をすると説明をしてくれた。
「僕の不注意でけがをさせてしまいました。今日は夜遅いので、失礼しますが、明日またお伺いさせて頂きます」
 とだけ言って、レーヌを静かに降ろし、再び一礼をして帰って行った。
 両親とレーヌ、ルーはその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 ルーに抱えられるように応接間に行き、医者を呼び出し診察を受けた。
その時に私の足を見た父親はかなり激怒した。
 公爵令嬢としての気構えがなさすぎる、とか、嫁入り前の体に傷をつけるなんて、将来嫁にいけないではないかとか、もう金輪際警護団に関わるな、とか。
 ただ、とりなしたのは母親だった。
「この国で貴族として生活するのに、国が安定していないといけません。魔物がこの町に入りこんでしまえば、貴族としての生活はできません。レーヌは小さな体で頑張ってこの町を守ったのですよ?」
 母親の言葉に父親は何も言い返せずに、それ以来、暗黙の了解で送り出してもらっている。

「あれから十分気を付けて退治しているから、けがをしていないわよ?」
 アラベルはそんなレーヌの言葉を聞かないふりをして、魔物退治に向かうための洋服をクローゼットから持ち出してきた。
 その洋服は緑色をしていて上下に分かれており、ボタン付きのシャツとズボンで、全体的に動きやすいように少し余裕のある作りになっている。
 これは警護団から支給というものではなく、警護団で決めた洋服のルールにのっとり各自が誂えている。
 というのは、国は各町にある警護団に一銭も活動費を支給していないのだ。
 そのため、活動に関してはお金に余裕のある貴族ばかりになってしまうが、レーヌのように女性だと両親の反対もあり、活動できない人が増えてしまう。
 町の人がそれではここを守れないのではないかと危機感を抱き、金銭や洋服などを寄付し始めてくれた。
 おかげで平民でも警護団に入団し活動できるようになり、規模が大きくなった。
 貴族や町民からの寄付金で、魔物退治中にけがをした場合、最高水準の医療を受けられるようになり、洋服や鎧などを誂えられない警護団員は寄付金と寄付された服を解き仕立て直して使うことができるようになった。

 アラベルが出してきた洋服に手早く着替えると亜麻色の髪を頭の高いところで結び、さらに三つ編みをして、コンパクトにまとめた。火から頭を守るためだ。

「準備完了!行ってきます!」
 と2階の自室のバルコニーで風を巻き起こし、その風に乗りながら地上へと降り立つと、厩舎に行き、芦毛色の愛馬オレリーにアイコンタクトをして、その背中に乗り、夜の町を近郊の森へと向かい駆けぬけていった。

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