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第5話(4)魔族のプリンス

「うわあっ!」

 俺たちは真っ逆さまに落下したが、木々の枝に引っかかり、地面との直撃は回避した。やや落ち着きを取り戻し、冷静に周囲を見てみると、どうやらここは市民憩いの公園のようだ。俺たちはなんとか地面に降りると、木々を抜けて広いところに出る。

「ど、どうなっているんだ……?」

「魔法による攻撃を受けたのよ……」

 俺の疑問にメラヌが簡潔に答える。ただ、それは俺もなんとなくだが察しはついた。

「ど、どうやって……?」

「飛行中は魔力の相当強いものにしか感知出来ないようにしておいたんだけどね~」

 メラヌは無残に折れた箒を眺めながら悲しそうに呟く。

「ふっ、その魔力の相当強いものがこの場にいたのが、貴様らの運の尽きだ……」

「誰だ⁉」

 視線を向けた先には青い短髪の端正な顔立ちの青年が立っていた。細身の体を覆っている鎧の色も青で統一されている。一瞬人間かと思ったが、違った。額の両端に太く短く折れ曲がった赤い角、そして背中には赤い翼が生えている。メラヌが呟く。

「あれは魔族ね……」

「魔族⁉」

「そう、魔族の若きプリンス、トレイルとは僕のことだ!」

 トレイルと名乗った男は角にかかった前髪をかき上げながら答える。

「聞いてもいないのに名乗ってくれたわね……」

「貴様らのことは全て調べがついているぞ……先日、ここから北北西にある、エルフの集落で執り行われた儀式によって召喚された転生者の勇者、ショー=ローク……」

「! 歴戦をくぐり抜けてきた万夫不当の勇者だと……?」

「いや、そこまでは言ってないわよ……」

 メラヌが手を顔の前で左右に振って、俺の言葉を否定する。トレイルはそんなメラヌを一瞥し、戸惑い気味に呟く。

「……それで貴様は誰だ?」

「あら、調べがついているんじゃなかったの? プリンスさん」

「……勇者一行がこの都市に入るまではな、貴様は急に現れた……何者だ?」

「女のことを知りたいのならもっとマシな聞き方を学んでくることね」

「ふん、まあ良い……まとめて始末するまでだ!」

 トレイルが剣を抜き、斬り掛かってきた。速い、俺は盾を繰り出して、何とかその斬撃を受け止める。しかし、盾に軽くヒビが入る。細い体にもかかわらず、凄い力だ。

「!」

 メラヌがトレイルに向けて銃を発射する。至近距離からの銃撃だったが、トレイルはこともなげにそれを躱してみせる。メラヌは感心したように口笛を吹く。

「へえ、今のを躱すなんて……やるじゃない」

「銃口の向きを見れば、ある程度の予想はつく。しかし、拳銃とは……この地方では相当珍しい武器を使っているな」

「なんだ、全くの初見ってわけじゃないのね。お姉さん、危うく自信を失いかけたわよ」

 メラヌがワザとらしく胸を撫で下ろす。

「そう言えば聞いたことがあるな。魔女の癖に魔法を使わない一族がいると……」

「あら、流石にその程度の情報共有はしているのね」

 俺はトレイルがメラヌに気を取られている隙を突いて、斬りかかる。

「それ!」

「ふん……」

「な、何⁉」

 俺の渾身の一振りをトレイルは退屈そうに剣の先端であっさりと受け止める。ピクリとも動かない。体格は同じくらいのはずなのに。

「報告よりは流石にマシになっているが、やはり貴様は大したことはないようだな……」

「くっ!」

 俺は後ろに飛んで、トレイルと一旦距離を取る。トレイルが首を傾げる。

「分からない……何故あの御方が貴様のことを気にかけるのが……」

「あの御方?」

「不確定な要素が多いのは認める。ただ、あくまで誤差の範囲内だ。放っておいてもさして問題は無いだろうに……」

 俺の問いを無視して、トレイルは腕を組んでなにやらブツブツと呟く。俺はその態度が妙に癪にさわり、自分で言うのもなんだが、珍しく怒り気味に斬りかかる。

「喰らえ!」

「うるさい……」

「どわっ⁉」

 トレイルが背中の翼をはためかせ、起こった突風に俺はあっさりと吹き飛ばされて、無様に転がる。メラヌが声を掛ける。

「考えなしに突っ込むのはリスキーよ、冷静になって」

 俺はまたもや転生者派遣センターでのアヤコとのやりとりを思い出した。

                  ♢

「戦闘において不確定要素が多い場合はどうされますか?」

「ひとまず逃げるな、それがベストだ」

「……」

「冗談だ、まずは様子を伺う」

「ふむ……それがベターなのかもしれませんが……」

「なにかあるのか?」

「少し質問を変えましょうか、お互いに不確定要素が多い場合は?」

「腹の探り合いになるな」

「駆け引きすらも余計になるかもしれません……」

「つまり先手必勝ってことか?」

「あくまで私の意見です……」

                  ♢

「メラヌ、少し聞きたいことが……」

「何かしら?」

 体勢を立て直した俺は小声で簡潔に問う。

「……そういうことは出来ますか?」

「……出来るわ。アドリブというのが若干不安だけど」

「そこはどうにか合わせて下さい!」

 俺は三度、トレイルに斬りかかる。トレイルはため息をつきながら剣を振るう。俺の剣はまたもあっさりと弾き返される。

「馬鹿の一つ覚えか……」

「『憩いの森』!」

「なに⁉」

 俺は魔法を唱え、先程俺たちが落下した小さな森と似た森を周囲に生えさせる。

「銃口の向きが分からなきゃ、回避できないでしょ⁉」

 メラヌが両手に構えた銃を発射する。一瞬戸惑ったトレイルだが、すぐに冷静になる。

「ふん、木陰に身を隠せば当たるわけが―――⁉」

 次の瞬間、トレイルの体に二発の銃弾が当たる。一発は鎧の腹部だったが、もう一発が、露になった右の鎖骨の部分に命中する。トレイルは端正な顔を歪め、しゃがみ込む。

「ば、馬鹿な……銃弾が曲がっただと?」

「魔力を込めたのよ。追尾魔法の効果を付与してみたわ。ただ、イマイチ精度に欠けたわね、脳天を撃ち抜くつもりだったけど……」

 メラヌがこちらに近づいてきながらトレイルの疑問に答える。

「魔法を使わない一族ではなかったのか?」

「イメージが勝手に一人歩きしているだけね。私の一族に綿々と伝わる主義は『使えるものは何でも使う』。古代魔法でも科学兵器でもね。私はこの子たちがお気に入りなの」

 そう言って、メラヌは拳銃に頬ずりする。

「くっ! 覚えていろ!」

 トレイルは翼をはためかせ、素早く上空に舞い、姿を消す。メラヌは呆れる。

「お手本のような捨て台詞ね……お連れの皆さんと合流しましょう、勇者さん」

 森を抜けると、俺たちを見つけたスティラたちが駆け寄ってきた。俺は安堵する。

「皆……良かった、無事だったか」

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