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第2話(1)どうやら魔王を打倒するらしい

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「スティラ、この世界についていくつか聞きたいのですが……」

 俺は馬をゆっくりと進ませながらスティラに尋ねる。

「? ああ、そうですね、ショー様は召喚の儀式を経て、こちらに来られた方なのですよね。不思議ですね……どうぞ、わたくしに答えられることであればお答えします」

「ではまず、この世界の名前は?」

「え? 世界の名前ですか? いきなり難しいことをお聞きになられますね……」

「以前私が訪れた世界にはそれぞれ名称がありました。例えば、パッローナとか……」

「世界は世界ではないのですか?」

 スティラの率直な疑問に俺もそう言われるとそうだなと思ってしまう。自己が認識している社会の全体、生物の生活する環境というものが世界だ。それ以上でもそれ以下でもない。転生者生活も長くなると、その辺の感覚が変わってくる。俺は苦笑いを浮かべる。

「貴女の言う通りだ、世界は世界だ……とはいえ、何か別の言い方があるのでは?」

「う~ん……しいて言うならば『スオカラテ』、でしょうか」

「スオカラテ……それはどういう意味ですか?」

「もうかなり古い言葉ですので意味まではちょっと……すみません……」

 長寿の種族であるエルフの彼女ですら分からないとは、質問を少し変えよう。

「この地方の名称は? 世界で言えばどの辺りなのですか?」

「この地方は『ランドオブメニークランズ』、略してメニークランズと呼ばれることが多いです。大陸の南方に位置する地方ですが、巨大な大河、また大きな山々によって、大陸の中央部で長年行われている政争や戦争とはほぼ無縁で過ごしてきました。大陸中央部のみならず、他の地域との交流や交易もほとんどありません。つまらない争いなどに巻き込まれる危険性は下がりますが、交流・交易などで得られる経済的恩恵や文化・文明の発展の妨げにもなっているというのが実情です」

 俺はスティラの説明に頷く。

「メニークランズというのは、つまり……」

「はい、人間だけでなく、多くの種族がそれぞれ自治国家のようなかたちをとっていました。もっとも国境線のようなものは時が経つにつれて、曖昧なものになっていきました。今ではこの地方多くの町村、あるいは大きな街に至るまで、多種族が共生しています」

「まるで理想郷のように聞こえますね」

「そうした話を聞きつけて、他の地方から険しい自然を乗り越えてまで、この地に流れ着く方もそれなりにいるそうですよ。『多種族共生』というのが、このメニークランズに暮らす様々な者にとって、一種の合言葉、スローガンになっていますから」

 スティラは少し誇らしそうに話す。

「ただ、それを乱す存在もいると……」

「そうです。流石ショー様、察しが良いですね!」

 スティラの素直な賛辞に俺は再び苦笑いを浮かべる。

「たとえば、貴女の集落を襲ったミノタウロス……」

「そう、あれこそが、『魔族』です。正確に言えば魔族が各地に遣わしたモンスターですね。魔族、又はそれに与するものが、このところ活動を活発化させてきているようです」

「魔族……ミノタウロス……手強い相手でした……」

「ええ、ただ、こう言ってはなんですが、何故に辺境のわたくしたちの集落にあのような強力なモンスターをわざわざ遣わしたのか……その理由が分からないのです」

 スティラは顎に手をやって考え込む。恐らくチート魔法使いとして覚醒しつつある彼女の存在をなんらかのかたちで感知し、始末しておこうと考えたのではないだろうか。集落が襲われたことが自分の存在に因るものだと知ったら、彼女の心は動揺してしまうかもしれない。俺はその点には触れずに話を進めていく。俺は空を指差す。

「この見ているだけで気分が陰鬱としてくる黒い空や雲も魔族が活動を活発化させたことに関係するのでしょうか?」

「ええ、そうです。ただ、これは……」

 スティラはなにかを言いかけて口をつぐむ。

「どうしました?」

「はっきりと確認した訳ではありません。長様たちの話を聞いてしまったのですが……」

「その内容は?」

「魔族を統べる者、魔王ザシンが数百年ぶりにこの地方に復活したのではないかと」

「魔王ザシン……」

「ええ、少し手をかざすだけで嵐が巻き起こり、数歩歩いただけで周辺は大きな地震に見舞われる……そのような言い伝えがある恐ろしい存在です」

「その手の伝承には大抵尾ひれがつくものですが、あのミノタウロスを見ると、あながち大袈裟なものではないのでしょうね」

「はい、強大な魔力を秘めていると言います。恐らく魔王だけでもこの地方はほとんど破壊し尽くせるのではないでしょうか」

「何とも恐ろしい……」

「その魔王を打倒して下さるのが、ショー様です」

「ふ~ん……って、ええっ⁉」

「ええっ⁉」

 驚く俺にスティラが驚く。俺は視線を彼女から逸らし、先日の酒席を思い出す。断片的な記憶ではあるが、確かに「この地方を脅かす魔王の打倒は勇者様に行って頂こう! それで宜しいですかな? 勇者様」、「んえ? あ、は、はひ! ドーンとお任せ下さしゃい!」……ろれつの回っていない口で擬音交じりに思いっ切り答えてしまっている。俺は両手で頭を抱える。

「シ、ショー様?」

 スティラが心配そうに声を掛けてくる。そうだ、俺だけじゃなく、彼女もいるじゃないか、今俺たちは所謂『パーティー』を組んでいる。俺の不安が彼女に伝播してはならない。今後の活動に支障をきたす。俺は気持ちを切り替えて、前を向く。

「魔王ザシンだかザシミだか知らないが、例え強大な敵であろうと打倒するのみです。今まで私はそうやって、数多の困難を乗り越え、いくつもの世界を救ってきました」

「おお……頼もしいお言葉です」

 スティラが俺に対して心からの信頼を寄せてくれているのは背中越しにもヒシヒシと伝わってくる。罪悪感が凄い。だって今の俺、虚勢を張っているだけだから。馬の手綱を握っている両手、ブルブル震えているし。それでも大口は止まらない。

「このまま、一気に魔王のいる城にでも乗り込みましょうか、はっはっは!」

「……それもありかもしれません」

 いやいや、全然ありじゃないでしょ、スティラ。え、マジで考えこんじゃってますけど? 俺の提案いきなり採用ですか? 流石にそれは無謀が過ぎるってもんでしょ?

「これも噂でしかありませんが、魔王は覚醒したばかりで、その魔力はまだ貧弱だと」

「魔王の城まで飛ばしますよ!」

 馬を走らせようとする俺をスティラが慌てて止める。

「お、お待ち下さい! まだ魔王の本拠もよくわかっておりません!」

「ふ、ふふふっ、ちょっとした冗談ですよ」

 俺は平静を装いながら馬の手綱を絞る。

「じ、冗談ですか……驚かさないで下さい……」

「すみません……現実的に考えると我々も戦力を増強する必要がありますね」

 急に真面目になった俺の言葉にスティラが戸惑う。

「え、ええ、そうですね……あら、あれは……?」

 スティラが何かを見つけたようだ。俺も視線をそちらに向ける。

「! 誰か倒れている⁉」

 俺たちは馬車を降り、倒れているものに近づく。女の子のように見えるが少し奇妙だ。

「この方は獣人族の娘ですね……確かこの近くに彼女らの村があったはず……」

 スティラの言葉に俺は納得する。確かに頭に狼の耳が生えている。

「大丈夫ですか⁉ しっかりして下さい!」

 俺はうつ伏せに倒れていた狼娘を仰向けにして抱き起こす。

「……う……ん」

 狼娘が僅かに目を開ける。俺はその目を見て語りかける。

「どうした? 何があったのです?」

「た……べ……も……の!」

 狼娘は俺の頭に思いっ切りかぶりついてきた。俺は分かり易く狼狽する。

「⁉ ちょ、ちょっと待て、食べ物じゃない! 牙を立てないで、痛いから痛いから‼」

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